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 01月31日
   
選別思考 3391−29
   
また、なんてバカなことを言い出すのだろうか。
そう言う人には、いつも「それなら角鉢で飼えばいいじゃないですか、
そんなことをしてまで丸鉢で飼う必要はないですよ」と、
いつも憎まれ口を叩く。
その人は狐につままれたような顔をして外方(そっぽ)を向く。
そんな人の楽しみは、魚を大きくすることと見受ける。
鯉顔であろうと蛙顔であろうと、大きくなればそれで良いのか。
良いはずはないが、多分、土佐錦魚はどういうものかを聞きかじった程度で、
シッカリと教わったことがないのだろう。
教えられても分からず屋であったら、もう救いようがない。
そんな人の魚は土佐錦魚に能わず、土佐錦魚属そのものとなる。
そんなに餌を与えたければ、土佐錦魚を作りながら大きくすればいい。
それを土佐錦魚作りでは、可能にしている。

2020.01.31(Fri)  土佐錦魚TOP
 01月30日
   
選別思考 3390−28
   
角鉢派は、その上に日除け板を乗せて、快適にしてしまう。
当歳では、三十八℃〜四十℃の過酷温度が必要になる。
今期のようなふやけた梅雨では、より過酷が必要になる。
親魚なら深い角鉢でも、上面三十六℃で日除け板をする。
親魚では、三十六℃以上を必要としていない。
親魚では過酷温度や限界温度は病気の治療以外に必要のない危険温度になる。
二歳の過酷温度や限界温度は、その中間になる。
当歳でも、梅雨が明けてこの時とばかりに餌を与えると、食べた後の過酷に耐えられず、魚がまいってしまう。
昔は糸目を与えていたので、糸目が陽に当たると死んでしまい、
腹を壊したり水を汚したりして、陽が高くなる前にしか与えられなかった。
ま、それでも与える人は与えていたが。
また、「日除けをして餌をあげればいいじゃないか」

2020.01.30(Thu)  土佐錦魚TOP
 01月29日
   
選別思考 3389−27
   
梅雨の時期には、気をつけていても多少は顔がふやける。
それぐらいなら、梅雨明けの過酷が直してくれる。
だが角鉢で、喰わせるだけ食わして目幅を広げては、
梅雨明けの過酷がいくら焼いてくれても望みはない。
味を求めるなら丸鉢で節度を、角鉢でタネ魚的な大きさを求めても、
土佐錦魚属にならない程の適度を求められる。
我池では、丸鉢から落ちたタネ魚用を角鉢で適度に育てている。
梅雨の間丸鉢で抑えていたなら、あとは梅雨明けの過酷が直す。
過酷な昼間に、日影のない丸鉢の底でジッと留まっている。
丸鉢には、過酷を与えられる条件が備わっている。
角鉢では、この過酷条件を与えることができない。
つまり角鉢では、土佐錦魚を作れない。
角鉢では、過酷以前の楽なところが底一面や、側面の影にある。

2020.01.29(Wed)  土佐錦魚TOP
 01月28日
   
選別思考 3388−26
   
今期は、上面四十一℃では、日除けを乗せなかった。
上面四十二℃、底面四十℃で日除けを乗せた。
冷たい水の差し水はしなかった。
差し水で上面四十℃になり、底面三十九℃になればそれで十分。
昔は差し水には至らなかったが、異常気象のお陰か、
暑い最中丸鉢六十七個に差し水をする。
大変だが、それでも喜んで作業をしている。
何で喜んでいるのか。当歳に過酷条件を課すことができるから。
梅雨までのふやけを、過酷が吹き飛ばしてくれるから。
今季は一回目の過酷期間が、八月四日から間訪れた。
だが上面四十℃は一回だけで、日除けを載せることはなかった。
それでも大分、目幅が整ってきた。
やっと十一日に、上面四十一℃、少し顔が削げてきた。

2020.01.28(Tue)  土佐錦魚TOP
 01月27日
   
選別思考 3387−25
   
グルグル泳ぎやジグダグ泳ぎは、温度の上底差によって起こる。
グルグル泳ぎやジグダグ泳ぎは、底と壁との勘違いから起きる。
グルグル泳ぎやジグダグ泳ぎは、幼い一時期に起こる。
その幼い一時期が過ぎ、そして我慢の梅雨が明けると、
過酷な止まりの季節がやって来る。土佐錦魚の夏がやってくる。
上面三十六℃、底面三十四℃、当歳魚絶好調。まだ泳ぐ。
晴れていれば陽射しが効果を見せ始める。
上面三十八℃、底面三十六℃、しきりに苔を突ついている。
それでも、陽射しを嫌うような素振りを見せる。
上面三十九℃、底面三十七℃、底ではまだ苔を突ついている。
ここからやっと、底に留まるようになる。日除けを用意する。
陽射しと共に、温度の過酷が始まりを告げる。
上面四十℃、底面三十八℃になると、
垂木(縦3センチ横4センチ)の日除けを乗せる。
上面四十一℃、底面三十九℃で冷たい差し水をする。

2020.01.27(Mon)  土佐錦魚TOP
 01月26日
   
選別思考 3386−24
   
少しずつ餌を与えていても、少しずつ生長している。
病気になったり死ななければ、その先幾らでも生長させられる。
ところがこの時期には、角鉢の方が案外無難に育つ、
角鉢の条件が悪条件を緩和する。
飼い易さは、角鉢の方が断然勝る。
それを、好条件と受け取ることが起こりうる。
梅雨以前の泳ぎは、角鉢でもなんとかなっている。
悪条件も起き易い丸鉢は、飼い難いことになる。
だが、この時すでに、口の大きさが異なり、顔つきが異なっているが、
角鉢推進派の人達は、まったく気にかけない。
顔の崩れを気にかけなければ角鉢推進派の人達に、
なんで丸鉢で飼う必要があるのだろうと、疑問が生じても不思議ではない。
生じた疑問が、顔を気にかけないことで確信に変わってしまう。
だが丸鉢の骨頂は、梅雨明けから現れる。

2020.01.26(Sun)  土佐錦魚TOP
 01月25日
   
選別思考 3385−23
   
泳ぎを止めるために日除け板を乗せると、さらに水温の上昇が妨げられる。
過酷な迄の水温へ、さらに上がらなくなる。
今度はその弊害が起こる。
シワが出来易くなり、さらにメリハリが出来ない魚になる。
メリハリのない鉢では、魚にもメリハリが出来ない。
安易な鉢では、安易な魚ができる。
メリハリのない季節では、メリハリのない魚になる。
梅雨時がメリハリのない季節と言える。
魚も人もひたすら我慢、病気にならなければそれが一番。
この時期に過度な成長を目論むと、口が大きくなったり、目幅が広がったり、
目が出たり、目先が悪くなったりして顔が悪くなる。
おまけに太らすと逆し向く原因をつくったりする。
この時期の食べ過ぎは病気の元や崩れやろくなことにならない。

2020.01.25(Sat)  土佐錦魚TOP
 01月24日
   
選別思考 3384−22
   
角鉢の側面の壁に沿った上下泳ぎの繰り返しを見たことがない。
たとえしていたにしても、壁の深さの距離が少ない。
壁に沿った前方への泳ぎは、つぶさに見ている。
角鉢の側面には、傾斜がない。あっても僅かしかない。
広い底面の側面に傾斜をつけても、あまり意味がない。
広い底面を狭くすることは、角鉢を小さくすることになり、
あまり意味がない。土佐錦魚作りをさらに困難にしてしまう。
角鉢には、連続して上下にジグダグ泳ぎをさせる要素がない。
もし、似た泳ぎをするとしたら、一坪池程の広さと深さになる。
すると今度は、止まりの季節が来ても止められない。
なら『日除け板を乗せればいいじゃないか』
取って付けたような安易な考えの悪循環が始まる。
しまいに、『他の会では角鉢で飼っていた魚が優勝したよ』
悪循環の極みになる。嘆かわしい。

2020.01.24(Fri)  土佐錦魚TOP
 01月23日
   
選別思考 3383−21
   
そのメリハリを丸鉢のどこが齎(もたら)しているのだろうか。
[上底差(じょうていさ)]がもたらしている。
丸鉢には上面と底面の面積に大きな差がある。
これを上底差(じょうていさ)と呼んでいる。
もう一つの特徴は、側面に傾斜がある。
基本の傾斜は、四十五度。角鉢の立ち上がる壁より距離が長い。
丸鉢の傾斜は、傾斜によって日影が少ないように意図している。
傾斜を壁とみるのは、お椀型や立ち上がりの付いた丸鉢になる。
傾斜が底の延長と見えた時に、底の続きと魚も勘違いする。
それには、四十五度が目安になり四十五度より立っていると壁になってゆき、
四十五度より寝ているとより底と勘違いし易い。
傾斜の側面に緩い弧がついていると更になんとなく勘違いする。
ジグダグ泳ぎは、この傾斜を上下する。

2020.01.23(Thu)  土佐錦魚TOP
 01月22日
   
選別思考 3382−20
   
*泳ぎ(角鉢)
我池では角鉢の当歳を見に行くと、いつでも餌を欲しがって側に寄ってくる。
丸鉢では四〇℃とゆうのに、角鉢では三十六℃、絶好調の温度帯になっている。
それでも陽射しが強いので日陰に寄っていたりするが、泳ごうとすればいつでも泳げて、留まろうと思えばいつでも、少しの日陰に寄れる。
ゲンナリする温度上昇や、刺さるような陽射しを避けられる。
餌を欲しがる時の、ゴチョゴチョ泳ぎでも範囲が広くなる。
すると、丸鉢より背や腰や筒が太くなったりする。
豊富な餌とゴチョゴチョ泳ぎが、背や腰を太くする。
良く生長し、健康的で、太くなれば、育てるには文句ない。
一坪池では、留まりの時期が来ても泳ぎ過ぎて役をなさない。
二尺三尺の角鉢でさえ、丸鉢よりは泳ぎ易い環境になる。
角鉢では、泳ぎと留まりのメリハリが少ないことになる。

2020.01.22(Wed)  土佐錦魚TOP
 01月21日
   
選別思考 3381−19
   
グリグリ泳ぎは、陽射しを避ける泳ぎ、夏の始まりを告げる。
真夏になると、昼間の暑さを避けて底に留まる。
暑さとは、強い陽射しと高温になる。
陽射しは魚を焼く、そして水が沸く、高温は魚を煮る。
耐えられない陽射しになると、魚は日陰へ避難を始める。
ところが真昼の基本形の丸鉢には日陰がない。
すると一番深いところへ逃げるしかない。
深い底は、僅かに温度が低い。丸鉢はそのために深い。
底でジッとして、受けたくない陽射しを否が応でも受け続ける。
その留まりの泳ぎが始まる。舞留まりの泳ぎが始まる。
舞留まりの泳ぎは、土佐錦魚の生涯に通じるところがあり、
泳がせる遊泳の時期は、のちの生涯に訪れることはない。
角鉢の当歳は、遊泳しようと思えば真夏でもいつでもできる。
角鉢の当歳は、止まろうと思えば、いつでもどこでもできる。
そこに、制約がない。

2020.01.21(Tue)  土佐錦魚TOP
 01月20日
   
選別思考 3380−18
   
*止まり(とまり)或いは留まり(とまり)
泳ぎの制約には、泳ぎを誘導する制約と、泳ぎを留まらせる制約とがある。
誘導的な制約とは、群れ泳ぎをさせる。
止まり泳ぎは、漂うようにジっとしているのとは一寸異なる。影に隠れてジッとしたり、少しの冷水にジッとしたり、対流に対応したり、止まりながら泳いだり、留まらせる制約になる。
高温の中で強い陽射しから避難して、前を使いジッとする泳ぎになる。
舞や、決め或いは極めの状態になる。
これを[舞留まり或いは舞止まり(まいどまり)]と言う。
泳がせる誘導的な制約は、当歳の春から初夏迄の一時期になる。
次にゴチョゴチョ泳ぎ陽射しが強くなるとグリグリ泳ぎとなる。
その時期が過ぎると止まりの時期が始まる。
梅雨が明けた真夏を「土佐錦魚の夏」と言っている。

2020.01.20(Mon)  土佐錦魚TOP
 01月19日
   
選別思考 3379−17
   
グルグル泳ぎもジグダグ泳ぎも、言ってみればメダカの学校の団体泳ぎになる。
もっと尾が張ってくる頃には、水面に餌を求めたり、狭い丸鉢中の餌を探し回ったり餌を食べては泳いだりするゴチョゴチョ泳ぎは、個体間の競争泳ぎになる。
丸手や張りの強い系統は、もともと群れ泳ぎの期間が短くなる。
ゴチョゴチョ泳ぎと止まる泳ぎの中間も丸鉢では見られる。
互いの影に潜り込むことを繰り返すグリグリ泳ぎになる。
強い光線を避けて影に入って停止したいが、影をつくっていた魚が自身の下へ動いてしまう。
団子状態や影を追って潜り込もうと、グリグリ泳ぐ。
グルグル泳ぎ、ジグダグ泳ぎ、ゴチョゴチョ泳ぎ、グリグリ泳ぎには、泳ぎの意欲を感じられる。
だが、留まりの泳ぎには、泳ごうとする意欲を感じられない。

2020.01.19(Sun)  土佐錦魚TOP
 01月18日
   
選別思考 3378−16
   
飼い主が餌を与える時に丸鉢の側に寄るからゴチョゴチョ泳ぐ、
側に寄ると餌をくれると思ってゴチョゴチョ泳ぐ、
餌を探し、苔をついばみながら、狭い丸鉢をゴチョゴチョ泳ぐ、
苔をついばむ時に、逆し向いたり、横振りをしたりする。
陽受けが良くて影が少なく殆どが明るいからゴチョゴチョ泳ぐ。
グルグル泳ぎは、丸鉢泳ぎの象徴になっている。
早い生まれは春の終わり頃に、遅い生まれは夏の初め頃に、
上面の春の温もりを求めて、上面の初夏の温まりを求めて、
遠くから丸鉢を眺めると、グルグル泳いでいる。
だがグルグル泳ぎは、尾を流している一時期で、多少尾肩が見えてきて、
上面と底面に最たる温度差が出来る頃には、上下に大きく波打つようなジグダグ泳ぎを始める。
この泳ぎも丸鉢にしか見られない。

2020.01.18(Sat)  土佐錦魚TOP
 01月17日
   
選別思考 3377−15
   
*泳ぎ(丸鉢)
良く泳ぐ差だけなら、角鉢で十分となる。
様々な土佐錦魚作りの中の一つとして、泳ぎはある。
普通泳ぎと言うと、泳がせることを言い、遊泳を言う。
普通泳ぎとは、誘導的に泳がせる印象になる。
丸鉢は誘導的に泳がせる制約を備えた最たる鉢になっている。
グルグル泳ぐ、ジグダグ泳ぐ、ゴチョゴチョ泳ぐは遊泳になる。
この種の泳ぎを角鉢では、象徴的に見ることができない。
丸鉢がもたらす独特の泳ぎになっている。
丸いから、上面が広いから、上面が暖かいからグルグル泳ぐ。
新水が、気持ちが良くてグルグル泳ぐ。
上面と底面に最たる温度差が出来るから上下にジグダグ泳ぐ。
同じ方向だと飽きるからジグダグ泳ぐ。
上面と底面の間に傾斜が出来るから上下にジグダグ泳ぐ。

2020.01.17(Fri)  土佐錦魚TOP
 01月16日
   
選別思考 3376−14
   
一坪池や二尺三尺の角鉢には、どんな条件が足りないのか。
ずらりと並んだ項目を一つ一つ比較検討したのちに、
改めて丸鉢に挑んでもらいたい。
*泳ぎ(丸鉢)
*止まり(とまり)或いは留まり(とまり)
*泳ぎ(角鉢)
*一回戦(餌の量と時間)
*水量(温まりと冷え)
*水量(収容尾数)
*水深(温まりと冷え) 逆し向きの懸念
*水保ち
*側面の傾斜に沿った変化
*側面の傾斜に沿った温度変化
*対流
*沸きと煮え
*底と壁の曖昧さ 体勢 斜面に沿った変化
*対流による舞止まり
*過酷(陽射し)
*過酷(温度)
*光線と温度と丸鉢と角鉢と当歳と親との関係
*生長度の目印
*基本の丸鉢
*高知の理想の苔
*陽受け(日射量)
*上底差(上面と底面の面積の差)快適と沸き
*上底差 温度(上面の泳ぎ)(底面の止まり)
*温度差 高温域の日差温度
*日射量
*焼けと成長
*目幅と餌
*目幅と温度
*遺伝子の切り替え
*薄い日影と濃い日影
*目幅と陽受け
*目先と餌
*目先と温度
*目先と陽受け
*傾斜と苔(付着藻)
*苔(苔焼け)(温度差最高温度)苔による陽受け
*浮遊藻と付着藻
*出来た水
*頻繁な水替え
*練れた水と粗水(あらみず)
*育てると作る
これら総てで、丸鉢と角鉢が異なっている。
どうしてか、それをこれから一つ一つ突き詰めて行こう。

2020.01.16(Thu)  土佐錦魚TOP
 01月15日
   
選別思考 3375−13
   
土佐錦魚作りとは、丸鉢の過酷な条件を活用するところにある。
丸鉢で飼っても、魚に制約を課さなければ、作りをしていない。
「丸鉢を甘く見るんじゃないよ」
「高知の伝統を見くびるなよ」
「土佐錦魚を馬鹿にするなよ」
丸鉢無用論者に、声を荒げて言いたい。
丸鉢に疑いを抱く人達に、警鐘を鳴らしたい。
生涯角鉢の魚で満足したままなのか。
土佐錦魚とは、作られて初めて土佐錦魚と言われるようになる。
作られていない土佐錦魚は、土佐錦魚属となる。
果たして本編を読み終わったら、土佐錦魚属を育てることから、土佐錦魚作りに
挑戦するようになるだろうか。
土佐錦魚を作りながら、大きさや形を自在にコントロールできるようになるだろうか。

2020.01.15(Wed)  土佐錦魚TOP
 01月14日
   
選別思考 3374−12
   
*丸鉢と角鉢の差は、泳ぎの差だけだろうか。
角鉢派の人は、「丸鉢はぐるぐる泳ぐと言うけれど、角鉢の長編だって長くて良く泳ぐよ」と子供めいたことを言う。
確かにそんな側面はある。だが捉え方があまりにも幼稚だ。
蘭鋳用の一坪池の方が、泳ぎは丸鉢より遥かにいい。
三尺二尺の角鉢でも、丸鉢より結構泳ぐ。
太りも育ちも大きい池の方が良い。
なら、丸鉢とはどこが違うのか。
丸鉢は、土佐錦魚を、土佐錦魚たらしめるための制約を、
土佐錦魚に課せられる鉢になる。
土佐錦魚作りとは、土佐錦魚へ制約を課すことになる。
角鉢では土佐錦魚へ、その制約を課すことができない。
角鉢で満足している人は、土佐錦魚作りを知らないことになる。
どんな制約を課せば、どんな形になるかを知らないことになる。

2020.01.14(Tue)  土佐錦魚TOP
 01月13日
   
選別思考 3373−11
   
土佐錦魚は丸鉢で無理やり大きくしなくても、丸鉢の使い方の本来を知っていれば、小さく飼うも大きく飼うも自在にできる。
しかも当歳を二歳魚程に大きくしても、作りはできる。
それを成し遂げるのは、丸鉢があったればこそ、丸鉢の使い方を知っていればこそになる。
こう言っている私も教えられた筋道を辿りながら試行錯誤を重ね、ハッキリとした確信を得たのは近年のことになる。
これも、半世紀続けてきた賜物と言える。
その人生の賜物を記載してゆくことになる。
読んだ後からは、二度と馬鹿な丸鉢無用論を唱えないで済むようになって欲しい。
ただ丸鉢に入れれば、土佐錦魚が出来てしまう訳ではない。
丸鉢の使い方次第で、土佐錦魚属を育てることになる。
丸鉢の使い方次第で、土佐錦魚を作ることが出来る。

2020.01.13(Mon)  土佐錦魚TOP
 01月12日
   
選別思考 3372−10
   
一旦歯止めが外れると丸鉢を使っていても、電気を点けて夜まで餌を与えたり、
エアーストンを使用して大きく育てようとしたり、一日に二度水替えをしたり、
ヒーターを入れて大きく育てようとしたりと、
丸鉢の使用法を高知自ら崩してしまった。
勿論全部が全部ではなく、丸鉢の本来の使い方を志そうとした人もいたが、
最早丸鉢の使い方を伝える師はいなくなっていた。
高知の人が丸鉢無用論に反論する謂れ(いわれ)が消えた。
高知の人が自ら、丸鉢の意義を失って行ったことになる。
すると雨後の筍のように、東京や各地方に天狗が現れだした。
それこそ、どこの土佐錦魚か判らなくなっていた。
地方、地方あるいは、個人、個人の土佐錦魚が乱立し出した。
高知には、それを統一する実力が伴っていなかった。
誰も高知に従おうとはしなかった。

2020.01.12(Sun)  土佐錦魚TOP
 01月11日
   
選別思考 3371−9
   
その頃は、高知の先達は矍鑠(かくしゃく)としていて、
土佐錦魚も異彩を放っていた。
やがて、伝説的な人は伝説となり、名人は話の人となり、戦前、戦中派の方々が会からいなくなると、歯止めが外れたかのように高知の土佐錦魚は様変わりしだした。長手になる兆しを見せ始め、お化けのように大きくする競争が始まった。
それ迄の審査員の方々は、伝統に則った審査をしていた。
馬鹿でかい当歳魚を審査外としたり、そんな魚をお化けと言ったり、顔が悪いとカエル顔や鯉顔と言ったり、長いと土佐錦魚の基本は丸手と言って、長くしたり大きくしたりする競争に歯止めをかけていた。
その方々の会長任期が終わると、高知の会の暗黒時代が訪れた。体が長くても、
端瘤や肉瘤が付いていても、大きければいいという審査になってしまった。

2020.01.11(Sat)  土佐錦魚TOP
 01月10日
   
選別思考 3370−8
   
一度出したら県外の方が多数派になって、高知は無視されてしまうことは必至と
言っていた。
先見の明があったことになる。
私が土佐錦魚に会いたさで、高知へ行って土佐錦魚を持ち帰ろうとした時に、
門外不出派の人が、将来高知をないがしろにしないようにと念を押してきた。
もちろん私にはそんな気持ちは毛頭なかったので、誓うことをした。
のちにその人のところへ行くと、迎え入れてくださり、親身になって教えてくれた。
東京に普及するため毎年、背に担いだ上に両手で持ちきれない程の錦魚を持ち帰った。まだ四国とは連絡船で渡った時代で、高知空港ができてからはプロペラ機のYS11で持ち帰り、
本四連絡橋ができると夜行バスで東京へ持ち帰り、毎年懸命に普及に努めた。
幾度か渡った本四連絡橋からの景色を見たことがない。通った時はいつも夜中で、海は真っ暗だった。
今のように、錦魚を宅配便で送れない時代になる。

2020.01.10(Fri)  土佐錦魚TOP
 01月09日
   
選別思考 3369−7
   
当時の高知では会が、出来ては消え、消えては出来る、を繰り返していたことから、歴史認識が薄れていたのかも知れない。
高知の土佐錦魚飼いは、自身の錦魚を作ることに精一杯だった。
それなのに土佐錦魚の将来を憂いたのは、土佐錦魚にのめり込む後継者不足を感じたからと聞いている。
全国普及される以前の高知では、土佐錦魚の絶滅を防ぐために、高知県の天然記念物に指定して県外にも普及するとした派と、余計なことをするなとばかりに、県外に出したら土佐錦魚ではいられなくなることを予見して、門外不出を維持し、県外普及に反対する門外不出派があった。
県外普及に反対する派の中には、もし出すのであれば雌雄のどちらかにせよと言う人までいた。

2020.01.09(Thu)  土佐錦魚TOP
 01月08日
   
選別思考 3368−6
   
東京での会の設立にあたり、土佐錦魚は誇りを持って呼ばれるべきと
【東京土佐錦魚保存会】を会名とした。
後に野中さんが、山桜の大きな一枚板の看板を祝いに下さった。
その看板には、東京土佐金魚保存会と墨で書いてあった。
看板に文字を書いてくれた人が、金の字が本部の名であり、天然記念物の名だから、錦の字は書かないと言っていたと聞く。イゴッソウここにあり。
東京に着いてから、墨書きの文字を削り落として、
現在の東京土佐錦魚保存会を、桜の木へ彫り込んだ。
思い返すと、桜の木に合わせて東京土佐錦魚保存会の文字を起こし、仕事が終わってから毎日夜中までコツコツ文字を掘り、まだ暗い頃から錦魚の世話をして、よく仕事ができたものだと感心する。疲れを知らない若さと意欲がなせる技と
痛感する。
七十歳過ぎると、百六鉢の錦魚の世話だけで疲れ果てる。
その後、あちこちで錦の字に気づいてくれたと見えて、錦の字を使う会が増えてくれた。
2020.01.08(Wed)  土佐錦魚TOP
 01月07日
   
選別思考 3367−5
   
昔、高知の土佐錦魚は、門外不出になっていた。
ただし、意図的に門外不出をしていた訳ではなく、高知でも土佐錦魚を知らない人の方が多かった。
高知でも一部のマニアが保存していた状態となっていた。
高知の当時の会名は、【土佐金魚保存会】となっており、
通称、トサキン(土佐金)と呼んでいた。
天然記念物指定時も【土佐金魚】となっていた。
大昔の番付表を見て、【土佐錦魚】となっていたのを知り、
土佐錦魚のことを大昔は通称、【錦(にしき)】と呼んでいることも知り、
呼び名はきんぎょでも、土佐錦魚のことは【錦魚】と錦の字を使い、
【錦魚(きんぎょ)】は当時でも通称となっていた。
その通称が、いつの間にか手軽な金魚(きんぎょ)の字を使ってしまったと推測している。

2020.01.07(Tue)  土佐錦魚TOP
 01月06日
   
選別思考 3366−4
   
それは、角鉢では土佐錦魚を作れないことを意味している。
だが、作りに角鉢は向いていないが、育てるには向いている。
近年は温暖化の異常気象によって、東京も昔の高知並みの暑さを経験できるようになってきている。
この暑さが東京と高知の差を少なく感じさせることも、丸鉢無用論を再び登場させる切っ掛けになっているのかも知れない。
半世紀前の丸鉢無用論は、高知で言う土佐錦魚作りを否定して、東京には東京の土佐錦魚という、勝手な見地から始まっている。
土佐錦魚が手に入ったからには、高知は二の次と受け取れた。
高知の伝統をある意味無視することから始まっていた。
だが、現在は、土佐錦魚の本質を学んでいない人達が、自身の水準を以って一人歩きをしていると感じられ、土佐錦魚の伝統や作りに関しては、無知としか言いようがない。
現に、土佐錦魚属が横行している。



2020.01.06(Mon)  土佐錦魚TOP
 01月05日
   
選別思考 3365−3
   
だが、嘆いてばかりではいられない。
伝説的な田村翁、名人と言われた宮地翁、戦前世代や戦中世代から指導を受けた私のような戦後世代がまだ存在している内に、今一度丸鉢の存在意義を書いておこうと思い立った。
土佐錦魚思考がモタモタしていて、丸鉢思考に到達して追求を始める以前に、こんな問題が再び起きてしまう時代が来ている、
選別思考は土佐錦魚思考の選別編のつもりで書き始めたが、話をとりとめもなく進めることを面白がっている内に、いつの間にか一人歩きをしてしまった。
土佐錦魚思考の選別思考の合間として、二度目の丸鉢思考をまた取り留めもなく進めて行く。
ここでは、何故丸鉢が土佐錦魚作りに欠かせないかを具体的に書くつもりでいる。
それは、丸鉢による土佐錦魚の作り方にもなっている。
それは私の土佐錦魚作りの半世紀の積み重ねを書くことになる。

2020.01.05(Sun)  土佐錦魚TOP
 01月04日
   
選別思考 3364−2
   
土佐錦魚思考 丸鉢と角鉢
丸鉢と角鉢については、四半世紀前の平成五年一八回会報〜二十五回会報の
丸鉢思考で、半世紀前の事柄等を掲載していた。
その頃も現在のように、丸鉢でなくても角鉢で十分土佐錦魚は飼えるという
風潮が、東京で蔓延していた。
それに危機感を受け、土佐錦魚丸鉢思考を書いた。
高知での丸鉢の誕生から変遷、東京での丸鉢作りの苦労や変遷、角鉢との比較等に渡っている。
私が書いたからと言って、丸鉢無用論や角鉢推進論が下火になった訳ではないが、丸鉢が根付いてくれた一面もあった。
ところが近年、またぞろ丸鉢無用論や角鉢推進論がうごめいていると聞き、
半世紀もすると戦中世代が次第にいなくなり、戦争を忘れる若者が増え始めると同じように、土佐錦魚の戦中世代がいなくなると、四半世紀前に訴えた
「土佐錦魚は丸鉢あっての存在」ということがまた忘れ去られてしまいそうになっている。
こんなことも時代は繰り返すのか、と驚いた。

2020.01.04(Sat)  土佐錦魚TOP
 01月03日
   
選別思考 3363−1
   
2019年、令和元年、第四十四回東京土佐錦魚保存会会報掲載の
土佐錦魚思考 丸鉢と角鉢を、ここへ差し込ませて頂く。
2020年、令和二年、元旦は、当会では四十五年度の始まりになるが、
土佐錦魚専科をご覧の方にも、伝統の土佐錦魚作りの役に立てばと早期の掲載に至った。
当会が分裂した時、個人の意見の寄せ集まりではなく、伝統を基にした会としての指針を作るべき、と提案したが拒否された。
伝統の土佐錦魚作りを指標にしている会が、在るのだろうか。
伝統を学んでいる人が、東京に居るとは思えない。
それは昔の高知へ、長期に学びに行っている人が居ないからだ。
東京では、個人の思惑が錯誤している。
伝統に裏打ちされた土佐錦魚を知らないからだ。
遅ればせだが、伝統の土佐錦魚の指標への一助になればと思う。

2020.01.03(Fri)  土佐錦魚TOP
 01月02日
   
選別思考 3362
   
梅雨明けに過酷な焼入れが行われても、発育速度を保つことができる。
保っても加速することはない。
四次の発育スイッチが入っていれば、加速すると思えるのだが、
過酷な焼入れが行われているので、発育制限が起きてしまい、
四次の加速が相殺されている。
もし、過酷な焼入れが行われないと、品評会へ出陳不可になるほどのお化けになるだろう。
だが、土佐錦魚を大きくしたい一心の人達の中でも、お化けの登場率が少ない。
どんどん出ているはずではないだろうか。
東京で大きくて崩れた土佐錦魚属はよく見掛けても、高知のようなビックリする
程のお化けを見たことがない。
何故だろうか。それは分岐点を目に見せているはずの食欲の異変を、飼い主が気付いていないものと考えられる。

2020.01.02(Thu)  土佐錦魚TOP

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