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 04月30日
 
選別思考 2054 
 
*土佐錦魚らしくなければ、味も品もあったものではない。
一定水準までの形が整ってから始めて、評価されるようになる。
味の評価は、味覚のように薄いとか濃いとかで表現される。
味や品は、力の押し出しとは反比例的な存在となっている。
味や品があっても、力がなくては存在感が薄くなる。。
それでも、力感が欠けていても土佐錦魚属にはならない。
押し出しがあっても味や品がなくてガサツでは、土佐錦魚の資格そのものを疑われ、土佐錦魚属とされてしまう。
味や品があり力感ある土佐錦魚は、より尊ばられることになり、
味や品のある二次的な土佐錦魚属は、いないことになり、
味や品を損ねると、二次的な土佐錦魚属と呼ばれることがあり、
味や品は、土佐錦魚と土佐錦魚属との分岐の要点になる。
 
2016.04.30(Sat)  土佐錦魚TOP
 04月29日
 
選別思考 2053 
 
すると個性的とは、どこかに偏りを示していることになる。
土佐錦魚の円に当てはまると、超越的で中庸的で、男性的な切れを持ちながら、
且つ女性的な華やかさを備えることができる。
女性的男性的という対称的なイメージの他に、共通するイメージもある。
品や味と言われている分野となる。
良さとして何気なく感じることはできても、
また、部位的な良さを言うことはできても、
どれが品とか味と言い表すことは出来ない。
良いイメージは、制御された形の上に浮かび上がってくる。
土佐錦魚としての規定に当てはまらなければ、いくら大きくても驚くだけで、
良さに圧倒はされない。
男性的に力強くても万歳していては抑えを通り越してしまう。
女性的に優しくても流れていては、抑える迄に及んでいない。
 
2016.04.29(Fri)  土佐錦魚TOP
 04月28日
 
選別思考 2052 
 
*土佐錦魚の円には、理想形が醸し出すイメージも含まれている。
女性的は優しさ、男性的は力強さ。
女性的な綺麗さ、男性的な切れの良さ。
女性的な優雅さ、男性的な威厳。
女性的な高貴さ、男性的な風格。
女性的は、尾に置き換えることも出来る。
男性的は、体に置き換えることも出来る。
女性的や男性的と感じることは、どちらかへの偏りを示している。
この傾向は、系統や雌雄や飼育差で見ることもできる。
どこか良い点が秀でていても総体的な良さを埋め切っていない。
どこか良い点が秀でていなくても総体的に良いと、素直と言う。
素直で土佐錦魚の円に当てはまってくると、中庸的になる。
中庸的は、個性的イメージの喪失を示している。
 
2016.04.28(Thu)  土佐錦魚TOP
 04月27日
 
選別思考 2051 
 
だが、当歳初期では、大きなタタキ池の方が良い場合さえある。
大きなタタキ池が全て悪い訳ではない。
大きなタタキ池にも使い方がある。
丸鉢で飼育すれば、必ず良くなるものでもない。
丸鉢万能ではけっしてない。丸鉢も使いようと言うことになる。
丸鉢ほど使い用で差が出てしまう鉢も少ない。
その使い用を、作りようと言い換えることが出来る。
大きなタタキ池では、土佐錦魚としての作り用に無理がある。
大きなタタキ池では何とかすることが出来ても、規定の土佐錦魚作りには困難があり、土佐錦魚属に傾きやすくなる。
規定の土佐錦魚とは、土佐錦魚に規制を掛けていることになる。
その規制が土佐錦魚の円となり、均整的な抑えになっている。
 
2016.04.27(Wed)  土佐錦魚TOP
 04月26日
 
選別思考 2050 
 
その素質を良くもすれば悪くも現すのが、飼育段階となり、
その素質を伸ばして行くのが、土佐錦魚作りの段階となり、
その素質を悪くするのが、土佐錦魚属の段階となっている。
作りの段階は、抑えの段階と言い直すことが出来る。
それまでの大きなタタキ池から小さな丸鉢が用いられるようになったことは、
大きな池から小さな池への抑えとも言える。
野放図な大きさの抑えが叶えられ、
万歳からの親骨の抑えが叶えられ、
親骨の抑えがあることで、反転の発展が叶えられ、
体の長さの抑えがあって、太りの発展が叶えられ、
停まりから泳ぎへ、泳ぎから停まりへと、段階の抑えがある。
丸鉢で魚を大きくするために丸鉢を大きくしたり、エアーを入れたり、日に何回も水替えしたりすることは、丸鉢の抑えの機能を放棄している。
本末転倒と言える。
大きくするためなら、タタキ池の方が向いている。
 
2016.04.26(Tue)  土佐錦魚TOP
 04月25日
 
選別思考 2049 
 
素質に土佐錦魚らしさを欠いていると一次的土佐錦魚属となり、
素質にあっても、作らずして無くすと二次的土佐錦魚属になる。
らしさが失われても、素質には隠れて存在していることになる。
その土佐錦魚としての素質を駄目にしてしまうのが、土佐錦魚属に貶める飼い方になり、粗野な素質や、土佐錦魚としては切り捨てられた土佐錦魚属の繁殖は、もってのほかとなる。
品を失わせることは、二次的な土佐錦魚属へ進む方向になる。
失っただけでそうしてしまうのは、いかにも可哀相に思えるが、飼い方でガサツにしたり、余分な力をつけたりしてしまえば、可哀相な魚でも仕方のない二次的な土佐錦魚属になってしまう。
中には気をつけて飼っても品がでない種(たね)がいる。
それも土佐錦魚として素質の薄い一次的な土佐錦魚属と言える。
品や味が素質として備わっているのにガサツに飼ってしまうと、今や土佐錦魚属扱いされてしまうほど洗練されてきている。
今や、品が基本的な扱いになってきていることを示している。
 
2016.04.25(Mon)  土佐錦魚TOP
 04月24日
 
選別思考 2048 
 
*イメージ的な土佐錦魚の創成
土佐錦魚らしさも、土佐錦魚のイメージと言える。
大阪ランチュウ迄の土佐錦魚へ琉金が掛けられたことによって、土佐錦魚の基本的な段階としての土佐錦魚らしさが浮かび上がってきた。
土佐錦魚らしさを備えた上での更なる段階が、品や味と言うようなイメージ的な
拵え(こしらえ)になってくる。
その上に、土佐錦魚らしさは常に発展している。
品や味は土佐錦魚らしさの上に、創出されるものとなっていたが、いまや、品は
土佐錦魚に欠かせないものへと進展している。
品を失ったものは土佐錦魚属に組み込まれる過程になっている。
「品や味は備わったものとして元々あるものなのか、それとも作られるものなのか」と、かつて質問したことがある。
答えは、素質として備わっているが作り出すものと返ってきた。
〔素質としてあるが、飼い方によっては失われるものとなる〕
 
2016.04.24(Sun)  土佐錦魚TOP
 04月23日
 
選別思考 2047 
 
高知に生まれた土佐錦魚の美意識は、基準と共に洗練された。
洗練と共に、土佐錦魚らしさの形の規定が誕生して行った。
共に、土佐錦魚らしさの美の規定が芽生えて行った。
洗練された土佐錦魚らしさは、次第に土佐錦魚独自の芸術性の創出へと進んで行った。
それは始めから芸術性を意識していた訳ではない。
土佐錦魚と言える良い魚を作ろうとした美意識が、芸術性を高め、そこから自然と涌き上がってきたとしか言いようがない。
芸術性の高まりは、ひたすら土佐錦魚作りに専念していることによって、いつのまにか解ってきたことになる。
作りへの専念は、飼育界の高まりと言える。
飼育界の高まりは、土佐錦魚の芸術性を創成することになり、芸術性の高まりは、芸術界の創成といえる。
 
2016.04.23(Sat)  土佐錦魚TOP
 04月22日
 
選別思考 2046 
 
今度は尾を理想へ近づけることが、普行的な目標となる。
尾は作りの度合が体より少なく、遺伝子的な素質の割合が多い。
体も尾も大阪ランチュウ系が遺伝子的な基礎になっている。
体では大阪ランチュウ系を基礎にして、リュウキン系とナンキン系と時には和金系が割合を分けているが、尾では、大阪ランチュウ系とリュウキン系が大半を分けている。
体と尾で異なる割合分けなんてできるのだろうか。
土佐錦魚を学び、土佐錦魚の円を描き表した時から、その疑問めいた不安は抱かれていた。だが体の一部は仮にも実現できた。
尾も可能と信じて励むしかない。
作りの究極は、大関をつくるためではない。
理想の土佐錦魚を創るためだ。
円に収まる土佐金魚も、理想の土佐金魚を想定している。
それ迄の高知には、円に納まる土佐錦魚は描かれていなかった。
土佐錦魚の理想円に、理想の土佐錦魚を印(しる)したその時に、実現を目指す
運命が背負わされてしまったのだろう。
 
2016.04.22(Fri)  土佐錦魚TOP
 04月21日
 
選別思考 2045 
 
ところが種親は、雌が素赤で雄が端白なのに子は白勝ちが多い。
過去の遺伝が出てきたとも考えられるが、ナンキン顔が顕著なことから、色にも
南京が現れているのではと思いつかせる。
大阪ランチュウ体の基盤に、様々な部位の理想的で都合の良い結びつきは、遺伝子の成せる業なのだろうか。
この段階は[造り]に入っているのだろうか。
この段階は[作り]の極みではないだろうか。
この特徴が数尾でなく一腹に多く現れたことは、作りの巧みによって、遺伝子の
働きが伝えられる迄になっている。
この段階は[造り]に入っている。
体は造りに入ったものの、その遺伝子を固定迄にもって行くことが次の目標となる。高度な作りをしなくても多くの人が飼育し易い系統になれば[造られた]と言える。
 
2016.04.21(Thu)  土佐錦魚TOP
 04月20日
 
選別思考 2044 
 
*作りによる理想の形容
理想の土佐錦魚の体に唯一足りなかった〔理想の背〕が実現したことによって、
顔と繋がる理想の体が、現在に日の目を見た。
想像していた願望の体と言う一部が創造されたことになる。
大阪ランチュウ体と、伴うリュウキン背と、ランチュウ腰と、ナンキン腹と、
ナンキン顔が結び付いてくれたことになる。
この時に改めて気付いたことは、琉金の背鰭があることによって、背の高さが体の丸さを整えていることだった。
やはり琉金が、体の丸さに働いていることが重要と見せられた。
やはり琉金が、体の高さに働いていることが重要と見せられた。
背高が足りなければランチュウ腰へ続く四半円は成り立たない。
腰に余裕がなければリュウキン背から続く四半円は得られない。
体全体の締まりは、明らかに大阪ランチュウ体と見てとれる。
やはり、大阪ランチュウ体が基本になっていると見てとれる。
 
2016.04.20(Wed)  土佐錦魚TOP
 04月19日
 
選別思考 2043 
 
*作りによる追求の形容
形の追求は、作りでしか叶わない。
各段階での目標へ向かうことは、追求をしていることになる。
横見の実態に気付くと、上見との関連性が掴めてくる。
関連性が掴めてくると、上見からでも横見の実体を推し測ることが出来るようになり、全体を掴めるようになる。
全体が掴めると単に形に留まらず、系統の如何や、遺伝子の働きの有り様や、次に改善する箇所の作りの目安がついてくる。
すると、次の段階としての追求する目標が定まってくる。
その追求を止まない目標は、何処に向かっているのだろうか。
想像上の土佐錦魚へ向いているのだろうか。
願望上の土佐錦魚へ向いているのだろうか。
創造上の土佐錦魚へ向いているのだろうか。
 
2016.04.19(Tue)  土佐錦魚TOP
 04月18日
 
選別思考 2042 
 
作りは、何を目標としているのだろうか。
部位なのだろうか。質なのだろうか。
部位の目標は、形を対象にしている。
質の目標は、印象を対象にしている。
目的の形が整い始めると、魚の印象も変わり始めると気につく。
すると、もっとこうしたらと言う挑戦的な思いが浮かんでくる。
すると、それに向かって自主的な、目標と作業が生まれてくる。
形への作りは、やがて質の作りを伴うようになる。
質の向上は、気付きによって自覚する。
その気付きによって、段階は次第に向上して行く。
例えば、その時には土佐錦魚の横見は詰まらないと言う段階に留まっていた。
だが、ある時に努力目標にしていた体作りが成功すると、横見もさらに見事なものとの気づきが訪れる。
 
2016.04.18(Mon)  土佐錦魚TOP
 04月17日
 
選別思考 2041 
 
作りは、何のためにしているのだろうか。
作りは、素晴らしい土佐錦魚を作るためにしている。
素晴らしい土佐錦魚を実現させるためにしている。
さらにもっと素晴らしく発展させるためにしている。
その素晴らしい土佐錦魚は、何を以て素晴らしいのだろうか。
どこが素晴らしいのか。そのどこが素晴らしく作られたのか。
それは、それまでに身につけた飼育者の水準が発している。
その水準が、どの段階に辿り着いているかで目標が定まる。
それは飼育者が、どの段階の作りに達しているかを示している。
それが段階の努力目標となる。
努力目標がある程度達成されると、段階を上げて行く。
それまでの目標を充実させて行くと、次の目標を得る。
次の目標へと挑戦して行くうちに、魚の質が向上して行く。
 
2016.04.17(Sun)  土佐錦魚TOP
 04月16日
 
選別思考 2040 
 
*作りによる目標の形容
作りは、何から発しているのだろうか。
素晴らしい土佐錦魚を知ったからには、その土佐錦魚を作りたいと言う気持ちから発している。
その土佐錦魚とは、優勝できる土佐錦魚なのだろうか。
優勝できる土佐錦魚に求められるものは、先ず欠点が無いこと。
その年度の仕上がり具合が一番秀でていること。
会や審査員の方針に合っていること。
力のある飼い主に恵まれていること。
人目を魅くこと。押し出しが良いこと。健康体なこと。
この中で作りに必要な項目は、基礎の健康体だけとなる。
つまり競い合うことや、人に見てもらうことや、栄誉を得ることや、そのために仕上げることは、作りの目標とは異なっている。
優勝したい気持ちと作りたいと言う気持ちは当然異なっている。
 
2016.04.16(Sat)  土佐錦魚TOP
 04月15日
 
選別思考 2039 
 
*作りによる上見の体の美の形容
小さな口と、長い目先と、釣り合いの取れた目幅の尖った顔を、土佐錦魚の品を
現す象徴として基準に定めている。
口先から頬を通って滑らかに直線的に伸びる体側線は、福与かな後腹の張りによって、苺型の丸手に締め括られている。
そこのどこにも無駄な肉付きはない。
背の太身がシッカリとした筒の太身となって背筋を通している。
無駄がなく顔の上品さを邪魔しない力感がそこにはある。
ただ可愛いだけでなく、上品な可愛さがそこにはある。
丸手で、締まった筒で、見事な平付けなのに、どうしてこんなにスムーズな泳ぎができるのだろうか。
確かに尾筒を横に振ってはいるが、尾を振っている印象がない。
ゆったりしているがモタモタした感じがない、うわずり感もない、安定感そのままに進んでいる。
 
2016.04.15(Fri)  土佐錦魚TOP
 04月14日
 
選別思考 2038 
 
土佐錦魚の背がこんなにも綺麗だったのかと驚く。
土佐錦魚の背鰭がこんなにも放射的だったのかと驚く。
背鰭の付け根にちりばめられた鱗の輝きが、四半円を飾る。
ティアラのような四半円の輝きは、金座に引けをとらない。
背鰭の付け根から口元へ下りて行く直線と四半円が対称になって、幾何的で方向性のある絶妙なコントラストをうむ。
引き締まった腰と腹は、丸手でしか実現できない。
横見に丸手の真価があったとは。
横見からは輝く可愛さが産まれるとは。
横見がこれほど素晴らしいものとは、思いもよらなかった。
それまでは、土佐錦魚の素晴らしさは上見でしか見られないと誤解して、
横見は詰まらないと言っていた。
自身ながら、なんと情けなかったことか。
無知な自分を曝け出していた。
 
2016.04.14(Thu)  土佐錦魚TOP
 04月13日
 
選別思考 2037 
 
*作りによる横見の体の美の形容
抑えの利いた尾は元より、抑えの利いた体を実際に目にすると、その素晴らしさ
から作られた体を実感できる。
特に横見は、作られた実物を目にする機会は稀にしか訪れない。
ただ常識的な種魚選びや、ただ普及的な選別や、ただ何気なく世話をしていては、体の作りを成し遂げることはできない。
円の中に線で描かれていた理想の土佐錦魚の生きた実体を、目の前にすることは
極稀にしか訪れない。
その横見の体を観ることができた人は、その機会にしかいない。
その横見の体を前にして教えを受けた審査員は稀にしかいない。
その横見の体を具体的に認識できた審査員は極稀にしかいない。
その認識は、土佐錦魚の真髄の美を改めて知った喜びを知る。
 
2016.04.13(Wed)  土佐錦魚TOP
 04月12日
 
選別思考 2036 
 
顔は和金型とナンキン型によって、比較的尖った形の素がある。
それを、日射の利用によって引き出す事が容易と解っている。
だがそれを安易に引き出すと、今度は体型が和金型になるかナンキン型になるかの調節が難しくなってくる。
一歩間違えると、和金型を引き出してしまうことになる。
それは、背型が和金型になってしまうことを意味している。
背の骨格は、大阪ランチュウ系を活かす事が理想とされている。
だが背長の盛り上がりはリュウキン系を迎えなくては叶わない。
腰はランチュウ腰まで進ませるので、これも土佐錦魚独自の発展形態を迎え入れることになる。
実物を見たことのない人や説明を受けたことのない人は、具体的な形が目に浮かばないかも知れない。
具体的な飼育法も、思い浮かばないかも知れない。
理想の土佐錦魚を具体的に知るためにも、是非学んで欲しい。
 
2016.04.12(Tue)  土佐錦魚TOP
 04月11日
 
選別思考 2035 
 
*作りによる体の抑えの認識
体の作りには、琉金型が登場しないので、大阪ランチュウ系とナンキン型へいかに琉金の丸さを繁栄させるかに掛かっている。
これは日射利用の工夫が一番となり、次に餌やりの工夫となる。
先ず日射の工夫によって[大阪ランチュウ顔]を固定させなくしたのちに、
[ナンキン顔]を呼び寄せて頭蓋を固定へと導く。
次に餌やりの工夫によって、[ナンキン腹]を呼び寄せる。
ナンキン腹を呼び寄せるには、和金型と大阪ランチュウ型とリュウキン型の腹型を抑えなくてはならず、顔よりも難しい。
「腹出しは簡単だよ」と言う人は、素質的な腹型を認識せずにただ腹を膨らまして出すことだけを言っている。
体型と連動している腹型は、顔よりも系統的な遺伝子の働きが強くなっている。
 
2016.04.11(Mon)  土佐錦魚TOP
 04月10日
 
選別思考 2034 
 
一般的に言われている張りを待つ作りとはまるっきり逆となる。
常識的な丸鉢での飼育法では、保っていけない。
工夫と継続する努力がなくては、保っていけない。
そんな魚を抑えさせるには、丸鉢なくしては叶わない。
そんな魚を抑えさせるには、丸鉢を駆使なくしては叶わない。
そんな魚を抑えさせるには、丸鉢だけに頼ってはいられない。
そんな魚を抑えさせるには、丸鉢での工夫した泳がしになる。
そんな魚を抑えさせるには、丸鉢での工夫した日射利用になる。
そんな魚を抑えさせるには、丸鉢での工夫した水替えになる。
そんな魚を抑えさせるには、丸鉢での工夫した餌やりになる。
そんな魚を抑えさせるには、丸鉢での工夫した手入れになる。
そんな魚を抑えさせるには、丸鉢での工夫した選別になる。
 
2016.04.10(Sun)  土佐錦魚TOP
 04月09日
 
選別思考 2033 
 
*抑えさせる抑えとは、大阪ランチュウ系の特徴となっている。
魚の遺伝子の働きを邪魔しいなような消極的な作りとは異なり、無作為では全部がハネられてしまう危険性までもっている。
飼育法によって抑えの域までにもって行く積極的な作りになる。
稚魚の時から張りが良く、やがて尾先を僅かに流す程度となる。
尾肩の張りは、付きの張りそのものと思える。
尾肩の張りは、金座の大きさそのものと思える。
伝えられている選別の常識から言うと、小さいときから全部が張り過ぎでハネとなってしまう。
張り過ぎでハネになる程に、鮒尾や奇形率が少ないこともある。
その前に、そんな張りの強い種魚から子引きはしないだろう。
その前に、そんな親魚は捨ててしまい育ててはいないだろう。
 
2016.04.09(Sat)  土佐錦魚TOP
 04月08日
 
選別思考 2032 
 
*魚が自ら整える抑えとは、以前に「飼い主が少々失敗しても魚が勝手に良くなってくれる」と言ったタイプになる。
遺伝子的に折り合いがわりと着いていると言うしかない。
基礎の大阪ランチュウ系がちょうど良い傾向があり、リュウキン系の台頭が程よく、仕上がりがゆっくり訪れる。。
典型的なリュウキン系のように、尾肩があるのかと疑うまでに流すことはなく、
尾肩をキチッと見せながら、先は上手く流している。
丸鉢でも基本を守らずに泳がせなかったり、混み飼いしたり、餌を与え過ぎたり、水替えせずにいたり等の無茶をしなければ、上手な作りをしていなくても、エッと思うような魚が出ることがある。
ビギナーズラックはこの例に当てはまる。
初心者が師の言いつけを守って、基本を怠らないと出現する。
少し経験を積んだ飼い主が自分で工夫を始めて、魚の遺伝子の発現の邪魔をするようになると、妙な癖を加えて台無しにする。
 
2016.04.08(Fri)  土佐錦魚TOP
 04月07日
 
選別思考 2031 
 
*待つ抑えとは、主にリュウキン系の特徴となっている。
小さい時には尾の張りが比較的弱く、尾が生長するに従って次第に尾を流すようになり、泳ぎが軟らかく、ほっといても良く泳ぎ、張り過ぎの心配がほとんどない。
生長とともに前が段々張ってくるので、張りを待つ抑えになる。
タタキ池でも比較的出来易いので、抑えが偶然的に出現してきた魚の可能性は、
このタイプと考えられる。
一般的に初心者へ伝える選別の仕方の尾の角度や、残しておく尾の感じは、
このタイプを対象にしている。
高知でもこれが常識となっているので、土佐錦魚には、このタイプしか存在していないかのように思われている感がある。
初心者や品評会を目的としているならば、この限りでも差し支えないが、理想の土佐錦魚を追求するとなれば、一タイプへの偏りは、理想への筋道にも偏りをもたらしてしまう。
 
2016.04.07(Thu)  土佐錦魚TOP
 04月06日
 
選別思考 2030 
 
*作りによる抑えの認識(尾)
抑えていてこそ土佐錦魚とはタタキ池の頃から認識できていた。
だがそれは、琉金が掛けられたことによって偶然的に出来た魚の形だった。
偶然的にせよその形から抑えに目覚めた。
その抑えを意図的に作ることは出来ないものだろうか。
探しあぐねているうちに、丸鉢飼育が偶然的に訪れた。
丸鉢の効用と手頃な大きさによって管理が容易となり、
抑えを効かせる飼育が可能となった。
丸鉢と飼育法によって、作る抑えが認識できるようになった。
作ることが可能な抑えには、
*待つ抑えと、
*魚が自ら整える抑えと、
*抑えさせる抑えがある。
 
2016.04.06(Wed)  土佐錦魚TOP
 04月05日
 
選別思考 2029 
 
土佐錦魚の飼育法に作りの概念が、登場してきたことになる。
タタキ池での偶然性や大きく育てる飼育法から、土佐錦魚を作る飼育法ができて、土佐錦魚作りの必要性が認識されてきた。
それは、どこまで、どのように抑えていれば良いのだろうか。
土佐錦魚作りの抑えの度合の認識が、取り沙汰されてきた。
土佐錦魚の漠然としていた美の形容が、取り沙汰されてきた。
土佐錦魚の漠然としていた目標の形容が、取り沙汰されてきた。
土佐錦魚としての形を追求して、答えを得られる時代となった。
土佐錦魚の理想の形容が、取り沙汰されてきた。
土佐錦魚の円が次第に導き出されてきた。
土佐錦魚の円に当てはめて土佐錦魚を見比べるようになった。
利点を褒めることができ、欠点を指摘できるようになった。
円に納まる抑えの美、尾の華麗さを放つための前の抑えの美、先鋭さを放つ顔の抑えの美、尾の均整が土佐錦魚の基準と美の認識をもたらした。
 
2016.04.05(Tue)  土佐錦魚TOP
 04月04日
 
選別思考 2028 
 
丸鉢飼育の結果の形から、選別初期の形を割り出すことができてきた。
そうであろうする初期の形を、次の機会に選んで試して行くことから、結果の形を割り出すことができ、丸鉢で段々洗練されて行く好循環が始まりを告げた。
丸鉢飼育での目標の形と、その初期の形の目安がついてきた。
丸鉢飼育によって、土佐錦魚としての目標の形が見えてきた。
目標の型と、目標への選別が定まってきた。
土佐錦魚の形と丸鉢飼育との関連が定まってきた。
土佐錦魚らしさへの丸鉢の必要性が定まってきた。
タタキと丸鉢との飼育の差、選別の差がますます大きくなった。
土佐錦魚らしさへの抑え方と選別は、作りとなって行った。
丸鉢がその求めに応じるように、期せずして登場してきた。
丸鉢での飼い方は、土佐錦魚作りへの方向性を示し出した。
 
2016.04.04(Mon)  土佐錦魚TOP
 04月03日
 
選別思考 2027 
 
それまでのタタキでは、ハッキリとした目標をもった選別に拘らなかった。
まだ迷いがあった。
大きさに拘っていても、肯定否定の基準や尺度がなかった。
大きなタタキ池で好き放題大きくしてしまう飼い方とは一線を画して、抑えや大きさの加減を行う飼い方をすることができた。
丸鉢とタタキでは、飼い方による変化の差が一層激しくなった。
丸鉢では、先行きを見通した丸鉢なりの選別が生じてきた。
名人は、飼い方による土佐錦魚らしさへの変化を理解していた。
土佐錦魚らしさへ変化して行く飼い方に精進して行った。
やがてその飼い方を[作り、作る]と表現するようになった。
 
2016.04.03(Sun)  土佐錦魚TOP
 04月02日
 
選別思考 2026 
 
その求めは、大きなタタキ池に限界を感じ出していた。
飼い方による試みがあちこちで涌き上った時代となっている。
土佐錦魚が解っている個人同士の飼い方の競争になって行った。
飼い方による個人差が大きくなって、名人と呼ばれる人が現れてきた。
その名人は丸鉢を使っていた。
銘魚が誕生すると共鳴する人が増えて、丸鉢は狭いところにでも置けて、
タタキ池より世話が楽になって、土佐錦魚が高知一帯に普及した時代が到来した。
丸鉢は、魚を間近に見ることができ、観察がつぶさにできる。
水替えも小忠実にできる。鉢ごとに餌の管理もできる。
大きなタタキ池より管理が楽にできた。
管理が行き届くと、魚の変化に応じる飼い方が容易になった。
形を見ながら飼う、抑える飼い方が容易できるようになった。
 
2016.04.02(Sat)  土佐錦魚TOP
 04月01日
 
選別思考 2025 
 
土佐錦魚は成り行き的に、或いは結末的に、双方の掛け合わせによる中間的な
折り合いを、形に求めることになって行った。
次第にそれぞれの型のあり方と、その兼ね合いが解ってきた。
兼ね合いとは、土佐錦魚らしさを伴う美的均整と解ってきた。
大阪ランチュウ系の体の大きさ加減と、尾の生長のバランス。
リュウキン系の尾の大きさ加減と、体の生長とのバランス。
中間が解ってくると、兼合いを計れるようになって行った。
中間がないもの、相容(あいい)れないところも解って行った。
大きいだけでない、土佐錦魚らしい大きさの均整も解ってきた。
土佐錦魚の美が現れてきたこと、その美への気付き、そしてその美の追求の時代へとなっていた。
尾に抑えを認めるようになり、揺らめきや華麗な美観を求めるようになって行き、体には腹形の豊満な量感と、滑らかな顔の先鋭さを美観として、ここにも
抑えを求めるようになっている。
 
2016.04.01(Fri)  土佐錦魚TOP

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