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天気予報
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 01月31日
 
温度管理 21      
 
 発症してから行おうとすれば、魚が若い程、低温期である程、困難が増します。困難というよりも生存が危うくなります。
 発症していたのを気が付かない場合は、成魚の方が多いのですが、不思議なように死んでしまったり、やたらと死んだり、餌を食べると痩せたり具合が悪くなったり、成長が思わしくなかったり、産卵がおかしくなったり等になります。
 発症前の魚が一見異常を見せていない時に、予防措置として行えば問題を起こさないで済み、昔の魚のように活き活きとして来ます。転ばぬ先の杖が温度管理の最上策です。
 
2016.01.31(Sun)  土佐錦魚TOP
 01月30日
 
温度管理 20      
 
*温度管理の運用
 秋の長雨時期ならまだ春より暖かく、天候不順で体調を崩しても、中温域ですから温度を掛け易いのですが、秋に何もしないで冬籠り前の低温域に入り、魚の動きや抵抗力が低調になってからは、三〇℃程の温度上昇には気を使うことになります。
 また最悪の事態としては、病気が発症してから温度を掛けようとすると、ウィルスが治まってくる三〇℃以上の恩恵を受けることなく、ウィルスの好きな三〇℃前で魚は死に至ることが、ほとんどという状態になります。
 また三十℃手前で死に至った魚は、温度掛けをしなくても、いずれは病気で死ぬ運命だったと言えます。
 
2016.01.30(Sat)  土佐錦魚TOP
 01月29日
 
温度管理 19      
 
 ところが一五℃を経験していても二〇℃を経験していないと、徐々にでも三〇℃へ上げると、対応が難しく不調になります。
 また、低温域から高温域へ、高温域から低温域への急な移行或いは一日での移行でも、避けることが賢明です。
 低温域の時に例えば、最低水温八℃前後、最高水温一五℃の低温域にいる魚を、急に二五℃へ入れると不調になります。
 まだ中温域から高温域への上昇方向へはなんとか対応していますが、逆に中温域から低温域への下降方向は、対応力が低くなるので更に注意が必要です。
 
2016.01.29(Fri)  土佐錦魚TOP
 01月28日
 
温度管理 18      
 
*温度範囲の経験(高温から低温へ)
 秋から冬への時には、逆が当てはまります。
最高水温が二〇℃を下回る頃に、
最低水温は一〇℃前後になることがあります。
 その頃の魚は、低温へより対応するために体内スイッチを低温域用へ切り替えようとしています。
そして低温へ適応するようになると、急な高温へは適応できなくなります。
 高温域に対応している時には、試しに二三℃から突然二九℃へ魚を移しても、
なんとか凌いでいます。
 中温域に対応している時には、一六℃から二三℃へポチャンと移しても、けっこう対応しています。(弱っている魚は別です)
 
2016.01.28(Thu)  土佐錦魚TOP
 01月27日
 
温度管理 17      
 
 この過程の始まりの最高水温一五℃辺りで、冬ごもりから春への準備が始まると感じています。
でもまだ最低水温が低温域になっています。
そうでないと冬の戻りに見舞われた時に弱ってしまいます。
 このような段階で急に三〇℃程を経験させることは禁物です。
魚の体がまだ低温域状態ですから、急な高温域への対応ができていません。
考えずに高温を経験させると、対応できなくてかえって調子を崩してしまいます。
 
2016.01.27(Wed)  土佐錦魚TOP
 01月26日
 
温度管理 16      
 
*温度範囲の魚の経験(低温から高温へ)
 最高気温が一五℃とした時、まず魚に二〇℃を経験させます。
その二〇℃程は、自然的な温度管理にして下さい。
二回程を隔日に経験させてから、二五℃程の経験へ移ります。
それも隔日に経験させてから、次の三〇℃へ移ります。
始めは様子を見ながら三〇℃で止めます。
次の時には三一℃を経験させます。
 すると、体に着いていた白濁もとれて、朝に一五℃前後に下がっても元気でいます。でも、温度管理三十℃を経験させたら餌も多く食べ始めるので、できれば一五℃を保ち、絶対に一〇℃以下には下げないことが賢明です。
 
2016.01.26(Tue)  土佐錦魚TOP
 01月25日
 
温度管理 15      
 
 これは温度管理だからと言って、無理矢理温度を上げたりすることは、管理になりません。
 春先暖かい日であれば最高水温は一五℃程に上がるでしょう。
でも、最低水温が五℃前後になることがあるかも知れません。
最高水温だけでは管理していることになりません。
 なら、最低水温も管理すればいいじゃないか。
そのとおりですが、温度管理とは無理にするものでもありません。
自然に上がってきたものを手助けする。
或いは気候の不安定から来る不調を予防したり整えたりしています。
最初から最後までの温度を管理するものではありません。
 
2016.01.25(Mon)  土佐錦魚TOP
 01月24日
 
温度管理 14      
 
*温度範囲
その内に温度範囲が掴めてきて、大まかに二〇℃を中点とした春と秋の中温範囲と、冬の低温範囲と、夏の高温範囲とが有り、
冬籠り前後は、低温範囲、(いきなり高温域へは入れない)
産卵期前後は、中温範囲、(比較的高温域へ入り易い)
真夏期前後は、高温範囲、(速やかに高温域が可能)
 冬籠り前と、冬籠りと、春先までは低温範囲に入っています。
 産卵期直前、及び産卵期初期は低温範囲から中温域への移行期で、変動が激しくなります。
 産卵期前に発症すると、魚の低温期対応が残っているために温度上昇が困難になります。
 
2016.01.24(Sun)  土佐錦魚TOP
 01月23日
 
温度管理 13      
 
 温度をかけることに気が付いたのはもう一昔前ですが、試しの経験からすると、少し調子が崩れたかと思える時は、
三〇℃を境に回復基調に傾き、
三二℃で効き目が判り、
三三℃で魚が安定して、
三四℃で見違えるようになる。
三〇℃へ上がるまで魚が耐えてくれるかが一番問題になります。
魚がまだ元気そうな時に、予防的に行うことを奨めます。
 温度上昇の仕方が問題で、最初は手を焼きました。
五月や夏場近くで高温に慣れがある時には、わりと順調で一日で済んだりもしますが、低温時の慣れてない時には慣らしが必要です。
慣らしをしなかったことが手を焼く原因でした。
 
2016.01.23(Sat)  土佐錦魚TOP
 01月22日
 
温度管理 12      
 
 肥らすまで餌を与えたら、過食と高温の相乗効果でどうなっていたかと、空恐ろしさを感じました。
そうして肥って大きくはなっても、顔が崩れれば、土佐錦魚の飼い方でなくなっていたことは想像に余ります。
 三三℃で経過した魚のその後は、温度を下げてしばらくは発症しませんでしたが、頻度は少なくなったもののやはり再発してしまいました。
三四℃でも下げたままでは再発を免れません。
 この間出た本で、非常に参考になる記事を見ました。
 ウィルス感染の治療は数日間三〇℃以上にするように書いてあったと記憶しています。それは土佐錦魚以外の金魚での実験でしたが、基本的には共通していると考えています。
そこで土佐錦魚専科としての試みを纏めてみました。
 
2016.01.22(Fri)  土佐錦魚TOP
 01月21日
 
温度管理 11       
 
*温度掛けの始め 三〇℃以上の効果
 感染していると思われる当歳を、三〇℃〜三一℃で飼い続けたところ元気が一層出てきました。
でも、ある時ヒーターの不具合で温度が下がると、じきに発病してしまいました。
 三〇℃を越えると、抑える効果があることは実感できました。
 なら、養殖場では三二℃だったのだから、三二℃以上なら抑える以上の効果があるかも知れない。
そう思い、試しに三三℃で一週間程飼ってみると、魚の調子はすこぶる良くて餌を欲しがって仕方がない程でした。
 だからと言って、調子に乗って与えた訳ではなく、多く与えた訳でもないのに、肥るよりも痩せ気味、顔がデカめになり、品が無くなり、みっともない体と顔になってしまった。
 温度が高いので消耗が激しく、餌の量が足りなくてかえって痩せてしまったとも考えられます。
同時に常時温度が高いので顔が崩れたと思われます。
 
2016.01.21(Thu)  土佐錦魚TOP
 01月20日
 
温度管理 10      
 
*薬の併用
 助かって弱った魚が他の病気に感染しないように、
病後回復が早くなるように、また相乗的な発病をしないように、
他の病気の併発が切掛けで、再発しないようにと、既にリフィッシュとエルバージュの効果を同朋から聴き、それを元にして、他数種を混合した薬も開発していました。でも、その時にウィルスのことは想像もしていませんでした。
 その薬と共に温度を掛けたら、効果が上がるのではと考えましたが、三〇℃以上は副作用が起こり易くなる範囲に入るので、その辺も見極めなくてはなりません。
 治療には三〇℃へ。できたら三三℃までと長い間言ってきました。
この時、同時に薬を入れると効果はかなりになりましたが、やはり三〇℃以上では副作用が出て、色が抜けたり、顔や背が曲がったりしました。
養殖魚の奇形もこんなものだろうか。
 
2016.01.20(Wed)  土佐錦魚TOP
 01月19日
 
温度管理 9       
 
*温度管理の試行
 得体の知れない新しい菌は、おそらく輸入されたものだとは勘づいていましたが、それにしても薬や塩が利かない、夏以外は冬でもかかる、死亡率が高い、産卵を阻害するうえに、産卵期が一番の危機となる厄介なものでした。
魚のためにも飼い主のためにも、何とか手立てを講じなくてはならないと、普段から対策を心掛けていました。
 
2016.01.19(Tue)  土佐錦魚TOP
 01月18日
 
温度管理 8      
 
 これらの元になっている病が、常時三二℃では発病しないことを、ひょんなことから知りました。それは私が温度管理と言う前の温度掛けを、始める切掛けとなっています。
 テレビ番組で養殖業者の方が、常に三二℃で飼っていると言っていました。
「おやっ、何でだ?」と思い、聞き耳を立てると、業者の方へ「温度を保つのは
養殖ですから大きくするためですか」と質問が続いています。
ますます興味津々。
すると、病気にならないからだと渋々答えていました。
「これだな」っと、ピンと感じるものがありました。
 その時に画面で垣間見た奇形的な魚は、温度を保ったせいとは言ってはいないけど、「温度も関係しているな」「そのときに使った薬の副作用もあるだろうな」とも感じられました。
 
2016.01.18(Mon)  土佐錦魚TOP
 01月17日     
 
温度管理 7       
 
*温度管理へ。
 夏になると元気でいる。
 普通冬籠りは楽なはずなのに、意外に落とす人がいる。
 春先に不調を訴える人が多くなってきた。
 産卵が順調でないと言う。
 歳をとると生まなくなってくる。(昔なら産んでいた歳)
 産卵期、産卵後に落とし易い。
 乗り越えると夏には元気でいる。
 秋がきて冷えてくると調子が悪くなる。
こんなことがこの頃多く届いてくるようになりました。
これらには、病原菌と温度が関係しています。
それにしても好調な夏以外は、あまりにも危険が潜んでいる。
これらは、昔ではなかった関連となっています。
 
2016.01.17(Sun)  土佐錦魚TOP
 01月16日
 
温度管理 6      
 
 産卵後の雌は、できたらその日の内に三二℃を経験させると、産後の疲れから
発症する病気を抑えられます。
遅くても明くる日までが有効的です。
 産卵後の雄は、明くる日も使うのであれば、温度は掛けない方が鮒尾率の上昇を防げます。
連続して使うのは二日までとし、二日目には温度掛けをして養生させて下さい。
こんな程度で親を落とすこと無しに、二番、三番と産んでくれます。
その間に成長もして、昔と変わらない感じです。
 万能ではありませんが、簡単で餌も与えられ、色艶良く健康を保ち、形崩れせず、副作用のない便利な方法です。
 大切な土佐錦魚を守るため、飼い主のガッカリした気落ちを無くすために、今からでも遅くありません。是非試して下さい。
(何か詳しく質問等ありましたら、お答えさせて頂きます。)
[温度管理と言う題名は、メールの送り先の方が使っていた
 ところを、適切と感じられたので使わせて頂きました。]
 
2016.01.16(Sat)  土佐錦魚TOP
 01月15日
 
温度管理 5      
 
 夕方になってもまだ水温が高いと蓋ができませんが、明くる朝一六℃程までに下がっても心配はいりません。また強い雨降りに蓋をしていてヒーターで加温できない日や、ヒーターを入れていても三〇℃以上に上がらない冷えた日があっても、産卵対策にはかえって毎日高温になるより良い結果になります。
これもマンネリ対策になりますので、心配はいりません。
 あまり三〇℃以上を頻繁にすると、夏が来たかと魚が勘違いするので、かえって産まなくなることがあります。
自然の春のように、連続しないで、自然的にします。
 産卵期の産卵予定日の数日前から二、三回で産んでくれます。
それまでに二五℃を数回経験していれば、一回で産んでくれることもあります。自然に、三〇℃以上を経験しているのであれば、敢えて人工的にする必要はないでしょう。
 
2016.01.15(Fri)  土佐錦魚TOP
 01月14日   
 
温度管理 4      
 
 自然的な温度掛けは、治療と違い対処的に活動を抑えて健康効果を高めているので、産卵には朝一八℃近辺に下がっていることが必要となります。
自然と同じように昼過ぎに最高水温が出る辺りでヒーターを切り、朝には下がっているようにします。(自然的な温度掛け、のちに自然的な温度管理と呼んでいます)
 産卵期にあまり最低水温二〇℃程を維持し続けると慣れもありますので、たまには一六℃程までに下がっても、良い刺激になります。
一五℃以下には下がらないように気をつけます。
 
2016.01.14(Thu)  土佐錦魚TOP
 01月13日
 
温度管理 3      
 
 ウィルスはいくら治療しても、魚の調子が崩れればまた直ぐ再発しますので、
治療したからと言っても完治ではないので安心できません。特に産卵期が問題になっています。
 雌は卵を産む機会を、菌やウィルスによって一度止められると、産まなくなることがあるので、菌やウィルスが働く前に温度掛けによって、抑えておくことが肝要です。
 一度治療をするとウィルスはしばらく収まっているので、その後の温度掛けは、ウィルスが働き出さないよう抑える効果にもなっています。
 
2016.01.13(Wed)  土佐錦魚TOP
 01月12日
 
温度管理 2      
 
 我池では、産卵要員の鉢に二〇〇ワットヒーターを入れ、食後の魚が落ち着いてから三〇℃から三二℃に上げて、一五時頃にヒーターのスイッチを切り、あとは自然に下げています。
(以後この掛け方を「自然的な温度管理」と呼びます。)
菌とウィルス対策と産卵対策を兼ねていますので、一番簡単で効果のある方法です。産後にも効果があります。
 三〇℃以上に何日か上げっぱなしにすると、ウィルス治療になることは本に書いてありましたから、ご承知と思われます。
その記事を読んだ時に、コツコツやって来たことに確信を持つことができてきたので、皆さんへお伝えすることにしました。
 
2016.01.12(Tue)  土佐錦魚TOP
 01月11日
 
温度管理 1      
 
 二〇〇八年に土佐錦魚専科へ掲載したものを、二〇一四年に会員より要望を受け三十九回会報用に改めて編集してあります。
  あちこちで親魚が落ちていると言う風の便りを聞くに当たって、
  役に立てばと思い、この課題に触れることにしました。
(今、魚の世話で疲れていて、ゆっくり書いている時間がないので、先日ある人に出したメールの一部応用から始めます。)。
*温度掛けのメール
 もう一〇年(二〇一四年からは十数年)ぐらい前になるようですが、ひょんなことからヒントを得て、温度掛けを対策としてコツコツ積み重ねてきました。
今ではさまざまな手法に辿り着いて、その中でも簡単で効果のある対処方法を、
いろいろ用いるようになっています。
調子の悪い時や病弱な時、なかなか産卵しない時や産卵後にも有効ですから、
是非試してください。
実行している当方の会員は、産卵して困るぐらいの人もいます。
 
2016.01.11(Mon)  土佐錦魚TOP
 01月10日
 
選別思考 1976 
 
逆に言うと、尾が大きければその他のことには目をつぶる。
現在でも「何を言われても俺は長手が好きだ」と言い張る人がいる。
長手は土佐錦魚の前身の和金型の体型として、とうの昔に切り捨てられたハネとなっている。
土佐錦魚属の最たる代表の一つだ。
それでも人の好き嫌いには戸を立てられない。
好き嫌いは自由だが、自身の好みを人に押し付けるようでは困り者になる。
その好きの裏には、土佐錦魚は長手でいいという主張が隠されている。
百害あって、一利もない。
でもそんな人でも長手のみが良いとは言っていないから面白い。
長手でない土佐錦魚が悪く、長手の方が良いとは言っていない。
「好きなものが好きでいてどこが悪い」との開き直りに聞こえる。
好きなものが貶された面白くなさが有り有りとしている。
 
2016.01.10(Sun)  土佐錦魚TOP
 01月09日
 
選別思考 1975 
 
昔の高知の品評会の例では、三年ほどその人の良い成績が続き、そのご崩れてしまうことを度々目にしている。
崩れを経験すると、他の人から血統の薄まった種魚を分けてもらい、血の濃さが薄まると成績を回復していた。
普段交流している仲間が、そんな時には種魚を提供していた。
その仲間が交流をしながらそれぞれに、系統の枝葉として広がっていることが望ましい。その枝葉の広がりによって系統が保たれ、それぞれの系統の維持によって、土佐錦魚全体の血の濃さが保たれている。
それは、土佐錦魚としての秩序が保たれてのこととなる。
尾が小さくなり、垂れ下がり、顔が悪くなり、体が長くても差し支えのない土佐錦魚属であれば、血の濃さは無関係になる。
だが、長手が好きな人をそこまで馬鹿にすることはできない。
長手が好きな人の大概は、尾の大きいことを前提としている。
 
2016.01.09(Sat)  土佐錦魚TOP
 01月08日
 
選別思考 1974 
 
それほどに、互いの交流は少なかった。
それほどに、交流の必要性を感じなかった。
それほどに、頑(かたくな)は高知のイゴッソウと言える。
そのイゴッソウの野中さんと近森さんが、戦後の伝説が誕生するほどの危機に陥った中でも、それぞれの系統を継承していた。
理想の土佐錦魚は、その系統ごとに誕生するのだろうか。
系統の最高峰は、その系統の良いところの最高であって、その系統の欠点を克服することはできない。
系統ごとではどう足掻(あが)いても、その系統の[造る]の段階に留まってしまう。創るには至り得ない。
その系統は、系統内の血統の広さによって維持されている。
狭くなり血が濃くなれば、尾が小さくなり、垂れ下がり、顔が悪くなり、体が長くなる。これは土佐錦魚属化を意味している。
 
2016.01.08(Fri)  土佐錦魚TOP
 01月07日
 
選別思考 1973 
 
師弟関係が生まれ、一途(いちず)であったことが伺える。
戦前迄は、それぞれにその系統を飼育している人が多く魚も多かったので、血が濃くなる心配はなかったが、戦後は飼育している人が少なく魚も少なかったので、系統を保つには、自池の魚で繰り返し子引きをせざるを得なくなってしまった。
その実感が「尾がダボダボした魚を残しちょらんと、尾が小さなる」に現れてしまったと受け止めている。
受け継いできた型を保つには、血が濃過ぎては叶わない。
系統内の血筋と共に薄さを保つか、他系統を掛け合わせるか、とどのつまるところ他に方策がないことになる。
尾がダボダボした魚とは、近森系を差すと受け取れる。
尾の小ささが目につくようになって、このままではどうにもならなくないと観念したかのように、自分で信じた型へのままならない思いが伝わってくる。
 
2016.01.07(Thu)  土佐錦魚TOP
 01月06日
 
選別思考 1972 
 
その師となる先達の鉢で、その形を最初に見た時に気に入って、その時にその形を刷り込まれてしまったと思える。そして飼いなれてしまっている。長い間見慣れてしまっている。
だが後に、野中さん親子が口を揃えて、「尾がダボダボした魚を残しちょらんと、尾が小(ちいさ)なる」と言っていた。
その時分に近森さんは他界していたが、もし居らしていたら、『尾の厚い魚を残して置かんと、尾が垂れてくる』と、言ったかも知れない。
お二人とも土佐錦魚を入手した切っ掛けは、日曜市の金魚屋さんで、ハネ魚だったと聞いている。育てるうちに良い魚が欲しくなって探し当てたり、紹介してもらったりして訪ねた先が、それぞれの師となっている。
良魚を見せてもらって、子を下げて帰って、嬉しくて夢中で育てたことが、自身の経験と重なって想像に余る。
 
2016.01.06(Wed)  土佐錦魚TOP
 01月05日
 
選別思考 1971 
 
今日から例年のように野沢へスキーに言ってきます。帰ってくるまでは、
以前に載せた温度管理の再編集したものを掲載させて頂きます)

 二〇〇八年に土佐錦魚専科へ掲載したものを、二〇一四年に会員より要望を
受け三十九回会報用に改めて編集してあります。

  あちこちで親魚が落ちている風の便りを聞くに当たって、
  役に立てばと思い、この課題に触れることにしました。
(今、魚の世話で疲れていて、ゆっくり書いている時間がないので、先日ある人に出したメールの一部応用から始めます。)
*温度掛けのメール
 もう一〇年(二〇一四年からは十数年)ぐらい前になるようですが、ひょんなことからヒントを得て、温度掛けを対策としてコツコツ積み重ねてきました。
今ではさまざまな手法に辿り着いて、その中でも簡単で効果のある対処方法を、いろいろ用いるようになっています。
調子の悪い時や病弱な時、なかなか産卵しない時や産卵後にも有効ですから、
是非試してください。
実行している当方の会員は、産卵して困るぐらいの人もいます。
 
2016.01.05(Tue)  土佐錦魚TOP
 01月04日
 
選別思考 1970 
 
この時代にはもう一つ、大阪ランチュウ系の固さと、リュウキン系の柔らかさの
葛藤が始まっている。
大阪ランチュウ系の体は、鱗を貼付けた卵肌のようなツルっとした感じになっている。
尾は、カトレアの花弁のような厚さになっている。
リュウキン系の体はナンキン系ほどではないが、押すとフニャッとしそうな柔らかさになっている。
ナンキン系の体は、リュウキン系の鱗より薄く感じられ、並びが細かいような
イメージがあり、リュウキン系をそれと比べれば少し荒め厚めのイメージとなり、大型になると更に強調される感じがある。
ナンキン系の尾は切り捨てられてしまったが、リュウキン系の尾は、たなびく羽衣のような薄さになっている。
「さあて、あなたの主観はどちらが好みですか」。
本来なら何方が好きかと主観に問うべきではなく、その良さをそれぞれに、そして客観的に認めるべき事柄となっている。
 
2016.01.04(Mon)  土佐錦魚TOP
 01月03日
 
選別思考 1969 
 
大阪ランチュウ迄の土佐錦魚に琉金が掛けられてからも、引き続きタタキ池で
飼育された土佐錦魚の時期は、丸鉢を用いた現代の様には、土佐錦魚への作りが必要とされていなかった。
丸鉢が登場する迄は土佐錦魚として、形に突き詰めた美を求めるまでに到っていない時代とすることができ、タタキ池に匹敵する大きさ、あるいはそれ以上の大きさが主流となっていた。
その中に抑えの利いた魚が登場すると、見違える程に良くなっていることに気付いた。渡りの長さに驚いた。
反転の大きさが気に入った。初めて土佐錦魚の美しさに気がついた。
そこから、土佐錦魚に美を求めるようになって行った。
その根本に一対一の比率を見つけたことで、追求が始まった。
そこから、規格への一歩が踏み出した。
やがて丸鉢が登場したことで、円に納まる現在の土佐錦魚の規格が決められて行くことになる。
それ迄の形は、苦悩と変革の時代となっている。
 
2016.01.03(Sun)  土佐錦魚TOP
 01月02日
 
選別思考 1968 
 
琉金が掛けられてから目覚ましい土佐錦魚へと変化したが、土佐錦魚としての方向性が定まるまでは、歴史としての記録があると聞いたことも、見たこともない。
その頃の魚の多くは、万歳していたことが話として残っている。
丸鉢が登場してからは銘魚が作出されて、その作出者が名を残している。
そしてその形が言い伝えられている。
それは銘魚とされる規格が登場したことを示している。
その規格の一つには、万歳していないことが定められていた。
すると万歳していれば平付けでも、いくら大きくても、過去の形として否定される運命となってしまったことになる。
その規格に当てはまる形の魚にするには、丸鉢とその形に作る作業が必要になったことを示している。
 
2016.01.02(Sat)  土佐錦魚TOP

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