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 12月31日
 
選別思考 1966 
 
オランダ獅子頭も琉金から派生した系統となっている。
画像でしか見たことのない玉サバも、大型と読んでいる。
リュウキン系統は、大型になる素質があると推測できる。
体型が蘭鋳以上となれば、大きな尾が更に加わることになる。
とにかく土佐錦魚の大型魚以上を、これまでに見たことがない。
高知の人の選別の一つには、大きい中から良さそうなのを拾うと、あちこちで聞いたことがある。
そんな選別を度重ねれば当然、大きくる系統が出来上がる。
角鉢の水面から背鰭の付け根迄が出ていまい、背鰭が横に曲がったままになっていた魚の腹鰭は、底に着きっぱなしで畳まれたままだった。
これ以上大きくしたらどうなるのだろう。
「今でも醜いのに」と要らぬ心配をしてしまったことがある。
 
2015.12.31(Thu)  土佐錦魚TOP
 12月30日
 
選別思考 1965 
 
それは、美意識の高まりを迎(むか)えたことを意味している。
高知人には、尾長鶏のような独特の美意識があった。
その美意識は、大きさに走っていた土佐錦魚の歯止めとなった。
大きさの歯止めは、大き過ぎない大きさを求めるようになった。
大きいことの美もあれば、小さいことの美もある。
もともと小ささを嫌うことで、過小への制限が下地にあった。
土佐錦魚としての大きさの範囲を感じるようになった。
大阪ランチュウまでの土佐錦魚と琉金が掛け合わされたことで、土佐錦魚は一段と大型化が可能となったと思われる。
それは体のみでなく、尾の大きさを見せる平付けにあった。
土佐錦魚の大型を見るまでは、水産試験所で見た十七歳のオランダ獅子頭が一番だった。こんなに大きな金魚がいるのかと驚いた。
それは、二坪程もある深いタタキ池で悠然と泳いでいた。
 
2015.12.30(Wed)  土佐錦魚TOP
 12月29日
 
選別思考 1964 
 
それはリュウキン系の土佐錦魚の創出と共に、リュウキン系の台頭が同時に始まっている。
その始まりは、立ち並ぶ各系統との葛藤の始まりでもあった。
それは土佐錦魚の美の葛藤の始まりでもあった。
それは、系統ごとの美の認識でもあった。
それは、系統というものを意識させた。
それは、系統と言う異なる方向からの理想への筋道を見つけた。
それは、系統を越えた土佐錦魚の美とは何かを、探し始めた。
そこから、土佐錦魚としての美意識の創出が始まった。
大阪ランチュウ迄のように捲れが大きい、平付けが珍しい、腹が大きいとかの、
珍しいやただ大きいだけではなくなった。
抑えが見つかり、渡りに気が付き、反転に驚き、後の広がりに息を飲み、やがて、土佐錦魚独自の円を見つけることができた。
 
2015.12.29(Tue)  土佐錦魚TOP
 12月28日
 
選別思考 1963 
 
(土佐錦魚の歴史に触れてしまうと、いつも[作り]に触れてしまい、また長い寄り道をしてしまった。作りを書き始めた時、時期尚早と感じていたが止らなかった。次に別の視点からの[作り]が出てきた時には、是非思い返して欲しい。)
さて、琉金からの突然変異の土佐錦魚がいたとすれば、
[琉金の土佐錦魚化]となり、あくまでも琉金の変化で
[琉金の変種]となる。
一方大阪ランチュウまでの土佐錦魚に琉金を掛けて、琉金の良さを取り入れることは[土佐錦魚の琉金化]と言える。
それまでの土佐錦魚からの変化で、[土佐錦魚の変種]となる。
琉金が掛けられて以後の土佐錦魚はまさに、土佐錦魚の変種と言えた。
それは、大阪ランチュウまでの土佐錦魚が、[リュウキン化した土佐錦魚]に変わったことと同じになる。
 
2015.12.28(Mon)  土佐錦魚TOP
 12月27日
 
選別思考 1962 
 
おそらく盆栽でも奥義になると、いろいろな切り方や、いろいろな巻き方があると思われる。土佐錦魚でも奥義になっている。
手術を「手入れ」と言い直してしまえば、もう作り以外のなにものでもなくなる。更に言い直せば「技術的作り」と言える。
宮地式は基本的な水替えや餌やりの高度な手入れを駆使して、「生長遺伝子を、誘導操作する作り」と言い直せる。
基本を駆使すれば、奥義を極めることができる。
奥義を極めた基本の使い方は、宮地式ばかりではない。
するとやはり、基本に始まって基本に終わることになる。
土佐錦魚独自の技術的奥義が更に加われば、作りは万全となる。
手入れの仕方ばかりが奥義ではない。
心構えや感性がすでに、その域に到達していることになる。
すると、魚が見えてきたり、魚が動かなくなったりする。
 
2015.12.27(Sun)  土佐錦魚TOP
 12月26日
 
選別思考 1961 
 
その時に手がサッと動く、魚が痛さで暴れると我を取り戻す。
どうやら魚の痛みは、それほど持続しないのかも知れない。
元気がなく少し不自由になるが、のたうちまわることはない。
切った時には手術という感じだが、抑えたり曲げたりの時には、整体という感じがする。手術や整体は手入れの一環になる。
盆栽を例にすると、指やハサミで摘むことが手術で、針金を巻くことが整体に当たるのだろう。
これは技術的な手入れをしていることになる。
水や肥料を上げることは、基本的な手入れになる。
金魚で言うと、水替えや餌やりは基本的な手入れとなり、それに加える技術的な
手入れが、ナンキンの色抜きや、ヂキンの鱗剥ぎや、土佐錦魚の手術や整体の手入れと言うことになる。
その中でも土佐錦魚の手入れは多技に渡っている。
 
2015.12.26(Sat)  土佐錦魚TOP
 12月25日
 
選別思考 1960 
 
*手術はどの[つくり]と言えるのだろうか。
遺伝子を切り取るなんて専門家じゃないと出来っこない。
現場ではそんなまどろっこしいことしてないで、目の前にある邪魔な部位を、
サッサと切り取ってしまうことになる。
その後にどう生えてくるかの問題になる。
こんな風には思うまえに兎に角一度切ってみたらどうなるか、好奇心がそうさせている。
手術は要らないところや、切り取り可能なところに使われる。
切り取ってもくっ付くところや、再生するところを手入れする。
主に尾になる。腹を切ることはない。切ることばかりでもない。
抑えたり曲げたり、どれも手加減が肝腎になる。手に微妙な実感が伝わる。
まるで魚と手が繋がっているような感覚になる。我を忘れる。
すると魚が俎板(まないた)の鯉になる。
 
2015.12.25(Fri)  土佐錦魚TOP
 12月24日
 
選別思考 1959 
 
「いかに良い目先を作るには」の、現場での工夫の積み重ねのみと考えられる。
途切れぬ作意から、弛まぬ工夫は生まれる。
直接遺伝子を操作していなくても、環境を操作して、魚体の働きの遺伝子を間接的に操作している。
宮地さんの強い意志からの行為や作りの工夫の結果が、たまたま遺伝子の働きに及んでしまっていた。
その工夫は、宮地さんの楽しみの世界にもなっていた。
飼育界や個人の世界での趣向になっていた。
その独自の工夫の作りの歩みが、芸術界へ踏み込んでいたことにも、やはり本人は気がついていなかっただろう。
現在では、宮地式の遺伝子の道筋を解いて、宮地式の無理を少なくした方法で、
目先作りを行うことが出来ている。
これも宮地さんの功績あっての現在となっている。
 
2015.12.24(Thu)  土佐錦魚TOP
 12月23日
 
選別思考 1958 
 
意図を持って雌雄を掛け合わせたときには、意図的な遺伝子操作になるのだろうか。操作には至って居ないと思える。
では、いま働いている遺伝子を無理矢理抑えて、その遺伝子が抑えられたことで、別に働き出した遺伝子を有効活用することは、意図的で作為的な遺伝子操作になるのだろうか。
その遺伝子を抑えれば、あの遺伝子が働き出すことを、承知した上での行為となる。そんなことができるのだろうか。
実際に、宮地式と言っている方法が、それに当たる。
しかもそれを比較的短期間で、二度に渡って行っている。
これは、意図的で作為的で遺伝子操作的な[つくり]と言える。
しかも、おそらく、当の本人に自覚はなかったと見受ける。
だがこれは、遺伝子の直接的な操作ではないように思える。
明治生まれの職人気質(しょくにんかたぎ)に、時代は遺伝子云々を伝えるまでに到っていなかった。
 
2015.12.23(Wed)  土佐錦魚TOP
 12月22日
 
選別思考 1957 
 
遺伝子操作はどの[つくり]と言えるだろうか。
作為の塊と言える。つくりを通り越している。
だが、その遺伝子操作の段階にもよる。
青い花の無い種(しゅ)に青い花を創るために他の種の青遺伝子を移植すれば、
土佐錦魚で言うつくりを通り越している。
そうとするなら、いま働いている癖の遺伝子の伝達を、手術で取り除けば意図ある作業だが、取り除いたそののちに、どう変化するか、どの遺伝子が働くかには及んでいない。
取り除いた次に、どのような遺伝子があるかを予想していれば、そして予想が当たっていれば、遺伝子の働きを操作していることにもなる。
この辺がサクラの手術の一つにあてはまる。
では、交配は遺伝子操作に入らないのだろうか。
 
2015.12.22(Tue)  土佐錦魚TOP
 12月21日
 
選別思考 1956 
 
こののちに腹をもっと出したい、もっと開いた尾や返った尾へ進展させたい、
と積極的な意図をもって選別すると作意になる。
選別には大なり小なり作意があることになる。
その作意を持った行動や結果には、作為があることになる。
選別とは、作意を抱いて作業していることになる。
すると選別は、作りの作業であり、造りの過程であり、創りへの行程と言うことになる。
だが、作りを意識して選別している人がどれ程いるだろうか。
土佐錦魚では、作りの意図が本来とされている。
だが、本来の意図を意識している人がどれだけいるだろうか。
その意図がどの方向へ向いているかによってくる。
育ちや大きさか、形へ向いているか、どんな形に向いているか、
下手な方向になってしまうと、無作意以上に始末に悪い。
 
2015.12.21(Mon)  土佐錦魚TOP
 12月20日
 
選別思考 1955 
 
土佐錦魚の前身とナンキンを掛けたときに、
ナンキン腹で、背鰭がある土佐錦魚の前身と、
ナンキン腹で、背鰭が無い土佐錦魚の前身と、
ワキン腹で、背鰭がある土佐錦魚の前身と、
ワキン腹で、背鰭が無い土佐錦魚の前身が、出たとする。
その時にどれを選ぶかは、当事者の趣向の意図の作意になる。
まず和金腹の両方は、捨てられたと想像できる。
すると残るは、ナンキン腹で背鰭が有るか無いかになる。
背鰭有りの遺伝子の方が強く、背鰭無しの遺伝子の方が弱ければ、背鰭の無い綺麗な背が出なかったことが想定できる。
背鰭の有る綺麗な背が多く出たとすれば、現在の土佐錦魚への経路に沿う。
この場合は、結果的な成り行きと言える。
始めから目標を背鰭有りに設定していたのだろうか。
とにかく掛け合わせてみたら背鰭があって腹が出た結果を得た。
 
2015.12.20(Sun)  土佐錦魚TOP
 12月19日
 
選別思考 1954 
 
*手入れ的つくり
選別はどの[つくり]と言えるのだろうか。
それともどれかの作りの一行程になるのだろうか。
選別には意図がある。作為さえ感じることがある。
その作為、あるいは作意は、もしかするとつくりのもとなのか。
選別も人が手を下すなら手入れ的行為となる。
作為は自分の意思で作り出すために、故意に手を加える。
例えば、そこに何かを産み出そうとして、土佐錦魚の前身へ、ナンキンを掛け合わせる時は作為による行為になる。
そして腹の出た土佐錦魚を創りたいとか、背鰭の無い土佐錦魚を創りたいとの思いは、制作的で意図的な作意になる。
作意は、創作意図をもとにして、工夫が趣向をもたらす。
選別は作為を進め、創作意図の実行への手段となっている。
 
2015.12.19(Sat)  土佐錦魚TOP
 12月18日
 
選別思考 1953 
 
土佐錦魚らしくなければ、土佐錦魚の品は現れないことになる。
品の遺伝子というものが存在しているのだろうか。
土佐錦魚らしい遺伝子は存在している。
土佐錦魚らしさの現れを邪魔しないと、品が現れてくる。
人がその働きを手助けして、更に磨きを掛けた結果が品となる。
土佐錦魚らしさが、人の感性でさらに磨かられて品となる。
品の遺伝子も味の遺伝子も、そのものは存在していない。
土佐錦魚らしさの結集が、品や味として浮かんでくる。
なら、土佐錦魚が品を持てば、作りによる創出になるのか。
品は、土佐錦魚らしさの洗練になる。
洗練は創りにならず、作りになる。
洗練は品に代表されているが優雅、威厳等も同様となっている。
洗練は土佐錦魚を芸術界へ導く。
 
2015.12.18(Fri)  土佐錦魚TOP
 12月17日
 
選別思考 1952 
 
始めから弱々しく飼っている人より、武骨だった人が目覚めた方が以外と到達の
早いことがある。だが目覚める人は稀になる。
最初から神経質に飼う人より、最初から武骨に飼う人の方が圧倒的に多いから、
目覚める人の率も低くなる。
だがいったん目覚めると、到達する人の率は高い。
神経質な人の方が目覚める率が高い。
目覚める要素を多く持ちあわせている。
平均的な到達をする人の率は高い。
 印象的なつくりは、具体性に欠けている。
精神的へ偏っている。
どうやら精神的な持ち様が、作業を導いていると感じられる。
作りの方向を、考え方や感性が導いていることになる。
品とは創出されるものでなく、導かれるもの、身につけるもの、持っているもの、と思えてくる。
土佐錦魚属に、土佐錦魚の品は存在していない。
 
2015.12.17(Thu)  土佐錦魚TOP
 12月16日
 
選別思考 1951 
 
「土佐錦魚は武骨でも良い」と思っている人は極少ない。
ほとんどの人は、武骨では不可ないと教わっているはず。
教えている人もそれは解っていて、武骨な魚を育てている。
その魚が武骨になっていると、気が付いていない人に多い。
それは、武骨の度合が解っていない人に多い。
それは、とにかく大きく育って欲しいと言う本能から生じる。
武骨とは、武士の荒々しさを揶揄嘲笑(やゆちょうしょう)している。
御公家さんに象徴される上品とは対義語になっている。
武骨は、力強いこと荒々しいことの過ぎたるを象徴している。
同じ苺でも二つがくっ付いたような大きくて不格好になる。
それが好きだから、土佐錦魚もそれで良いと言えば武骨になる。
琉金系のおむすび型の目先を洗練した苺型を教わっていれば、その人の感性が磨かれて、武骨が下火になって行く。
 
2015.12.16(Wed)  土佐錦魚TOP
 12月15日
 
選別思考 1950 
 
野中さんは大阪ランチュウ系が主だった。
近森さんはリュウキン系が主だった。
その双方を揃えていたその頃の師と仰ぐ戦前からの方々も、口を揃えて
「品がなくては不可ない」と言って努力をしていた。
ここには、土佐錦魚の方針が明らかに感じられた。
戦後生まれの世代になるとその方針が個々別々に薄れて行った。
その嘆きが「土佐錦魚が少なくなった、土佐錦魚属が多くなった」と、矢野城楼さんの言葉になって嘆かれる時代になった。
品は意識しないと薄れて行く。
品は努力しないと薄れて行く。
品は意識して努力してやっと保たれる。
土佐錦魚が大きく育つとその気になってしまう会員が増えた。
作るを学ばないでその気になってしまう会員が増えてしまった。
 
2015.12.15(Tue)  土佐錦魚TOP
 12月14日
 
選別思考 1949 
 
さて、品は力強いより少し弱さのある方が、近い感じを受ける。
「御公家さんのような上品な魚を作らなくては不可ない。」と、近森さんが良く言っていた。
現代の御公家さんは思い浮かばないので、時代劇に登場するような御公家さんと受け止めていた。
要点は、京の水で洗われて粗野がとれて、洗練されている。
江戸っ子は、江戸の水で洗われて野暮がとれて粋になっている。
高知で品の良い魚は、近森実さんの鉢より野中進さんの鉢に多く見掛けられた。
野中さんはもくもくと実行していた。
近森さんは、育てた魚がダイナミックになってしまうために、心掛けとして御公家さんのようにしなくてはと、常に自分へ思い聞かせていたことが言葉になって、私にも届いたものと有り難く受け取っている。
心掛けや努力の仕方は人により異なる。
野中進さんは無口だったが、魚が教えとなって伝わってきた。
近森実さんは魚と言葉と行動で教えて下さり、初心者の面倒をよく見て下さった。
 
2015.12.14(Mon)  土佐錦魚TOP
 12月13日
 
選別思考 1948 
 
その会にはその会の個性がある。
だが伝統を継承していれば、ここまで勝手な会にはならなかっただろう。
果たして会員全てが志を持っているだろうか。
ただ錦魚が欲しいから、自分を誇示したいから等等、志には遠く及ばない人達も混ざっているはず。
入会の切っ掛けなんてそんなものかも知れない。
志とはいかなくても、学ぶためにも何にしても、先ず入らなくてはと思うのは当前と言える。だが、最初が肝腎とも言える。
最初の刷り込み的なところが往々にして将来を決める。
それでも経験を積んだら、幾多の会を客観的に見るほどになって欲しい。
最初から会の個性を見極めてから会員になろうとする人はいるだろうか。
客観的な経験と学びを積んでからならそれができる。
だが刷り込まれてからでは、それが叶わなくなる。
 
2015.12.13(Sun)  土佐錦魚TOP
 12月12日
 
選別思考 1947 
 
それは土佐錦魚の歴史も、土佐錦魚の成り立ちも、土佐錦魚の系譜も、土佐錦魚の伝統も、志を持って学んでいない証となる。
自己満足の範囲でしかなくなっている。
特に高知の審査員に対しては、焦(じ)れったさを隠せない。
もう高知には、教えてくれる先輩がいなくなってしまった。
どうしてそうなってしまったのか。
伝統を言っても聴く耳を持っている人がいなかったのか。
高知の先達が抱いていた、かつての危機感が伝わってくる。
五年程経験すると、もう高知を背負っている気になっている。
責任感を持たないが自信たっぷりの自負となっている。
会とは感性を磨くところであり、磨くことを志す会員の集りであり、会員とはその会の感性を磨く人達になる。
その感性の目指すところは、会の方針と言うことになる。
 
2015.12.12(Sat)  土佐錦魚TOP
 12月11日
 
選別思考 1946 
 
だが苺と言われたら、どんな苺を思い浮かべるかは、その個人の感性次第になる。大きくごつごつした真っ赤な苺か、ケーキに挟まっている小粒の苺か、土佐錦魚の理想型とされる先の尖った三角形の苺か。
苺型と言われて苺の形から連想して探すのは、初心者と言える。
土佐錦魚の理想型の体型から「なるほど苺か」と連想できるのが、ナンキン系の土佐錦魚の良型を知っていることになる。
同じくどんな卵型を連想するのかは、大阪ランチュウ系を経験値として学んでいることになる。
これは良い魚だとは、ちょっとした審査員なら誰でも言える。
これはナンキン系の良型とか、大阪ランチュウ系の良型とか、リュウキン系の良型、果てはランチュウ系の良型まで認識している審査員には、未だ(いまだ)お目にかかったことがない。
 
2015.12.11(Fri)  土佐錦魚TOP
 12月10日
 
選別思考 1945 
 
*印象的つくり
品や優雅、可愛い、威厳や風格といった漂うと表現される印象は、感性や経験値として感じることしかできない。
子供のように経験値が少ないと、怖いとか優しいとかの快不快的な感情になってしまう。成長や経験が感受性によって受け止められると感性も育って行く。
個性的な感性が出来上がる。
カトレア返りとか、羽衣とかのイメージ的な型の表現は、具現化を目に見えるもので例えている。
長手、中手、丸手の形の表現は、イメージできる具体性がある。
そのイメージをさらに具体化するものが、標準や規格になる。
苺型や卵型は、馴染んだものを例えに用いることで、印象の具現化をしている。
その呼び名を聞いただけで、形が思い浮かぶ具体性を備えていることになる。
 
2015.12.10(Thu)  土佐錦魚TOP
 12月09日
 
選別思考 1944 
 
学ぶうちに、土佐錦魚に接する法が身に付いてくるだろう。
学ぶ必要を感じる時は、まだ身に付いていないことになる。
学ぶ必要を感じない時は、無関心か慢心しているときになる。
先人から学ぶことが身に付くと、今度は錦魚が教えてくれるようになる。
どの方向へ進めば良いかを、どうすればいいかを。
[つくり]は、土佐錦魚を飼育界から芸術界へ移行させる。
[つくり]の作業は、飼育界から芸術界へ移行する行程となる。
よって作られた土佐錦魚は、飼育界から芸術界へ移行して行く。
そこで系統として造られた土佐錦魚は、芸術界での型になる。
造りのない土佐錦魚属は、飼育界に留まることしかできない。
ただ生長する自然界を向いた魚の本能のみになる。
それはその魚の飼い主が、本能的に育てていることになる。
 
2015.12.09(Wed)  土佐錦魚TOP
 12月08日
 
選別思考 1943 
 
法とは、何かを示している。法則、規範、教えだったり、儀式だったり、どちらかと言えば、物より事や心理に適用される。
土佐錦魚を、自分が自由にできる所有物ぐらいに思っているなら、作る方も必要なければ、接する法も知る必要がない。
良い魚をただ欲しがり、品評会でただ優勝したがり、やたら水替えをして、やたら餌を与え、無闇に大きくしたがる。
自己を満足させる道具のような扱いだ。
そんなことを繰り返していると、いつかは飽きが来てしまう。
生物として敬(うやま)っていれば、そして土佐錦魚を生きた芸術と認識していれば、おのずと作り方を知りたくなる。
作る意欲、学ぶ意欲が、おのずと湧いてくる。
その意欲に飽きることがなく、奥が深く、際限が無く、いつのまにか嵌(は)まってしまう。
 
2015.12.08(Tue)  土佐錦魚TOP
 12月07日
 
選別思考 1942 
 
飼い主が作りの意図を放棄していれば、魚の本能は飼い主の本能と同調して同じ方向を向く。
飼い主が激しく養魚的な方向を向くと、魚の個体本能が強く刺激され、自然界どころか勝手に肥育のみへと向かって行く。
繁殖する必要を感じなくなったり、度を越した形となったりして現れてくる。
人間が前向きな意図で作りを始めれば、魚の意図も同調して働き、自然界の法則を超えるような変化を見せるようになる。
土佐錦魚の体はまさに、作りの象徴と言えるだろう。
土佐錦魚の尾はまさに、自然界の法則に反する象徴と言える。
*作法は礼儀作法とは異なる。
だが魚に生物としての畏敬を抱いていれば、根本は同じと言えるだろう。
作りの方法と言えば、作り方、作る法となる。
方とは、何かを示している。
向きであったり、形であったり、やり方であったりする。
どちらかと言えば、物に適用される。
 
2015.12.07(Mon)  土佐錦魚TOP
 12月06日
 
選別思考 1941 
 
この場合、人間の認識が土佐錦魚の意図を台無しにしている。
土佐錦魚には、なんの落ち度も無い。
だが、人間は常に錦魚の遺伝子のせいにする。
それに、人間は気付いていない。
「錦魚は飼い主に似ている」と良く聞くことがある。
それは、飼い主の飼い方が魚に繁栄されるためと感じている。
同じ飼い主の魚が、品評会で似た位置に並ぶことがある。
それは、飼い主の水準が魚の水準として同調を見せている。
土佐錦魚を飼育界で飼っていることは同じなのに、人間が芸術界へ向かって作っているか、自然界へ向かって飼っているか、の意識的進路の違いが魚の形や水準となって現れてくる。
人間の意図が魚の意図と重なった時に、魚の進路が決定する。
飼育界に居る金魚は、どっちを向いても常に前向きでいる。
 
2015.12.06(Sun)  土佐錦魚TOP
 12月05日
 
選別思考 1940 
 
人間が伴って芸術界へ踏み入り共に真価を高めるところにある。
見上げた土佐錦魚は、自身で芸術界へ進もうとしているのに、人間が本能的では、魚の足を引っ張っていることになる。
人間が自ら創り上げた芸術界へと、土佐錦魚を押し上げて行くのが、人間が行うべき作用のはず。
足を引っ張られた魚の方は、人間の浅墓にも従うしかない。
芸術界へ向いていた魚でも、自然界への作用が強まってしまう。
土佐錦魚が進展しようとする方向を、飼育界に留めてしまう。
すると、土佐錦魚属の遺伝子の働きが強くなってしまう。
すると、以前の土佐錦魚らしさの遺伝子が働きにくくなる。
すると、土佐錦魚らしさを失って行く。
すると、土佐錦魚らしさを取り戻すことが、困難な状況になる。
すると、芸術界への遺伝子が収納されてしまう。
 
2015.12.05(Sat)  土佐錦魚TOP
 12月04日
 
選別思考 1939 
 
以前に土佐錦魚属で満足している人や土佐錦魚属を好きな人は、
本能的な人か本能で土佐錦魚を飼っている人と書いた事がある。
金魚が本能的と言うことは、自然界の生き方を意味している。
人間が本能的と言うことは、自然界の育て方を意味している。
金魚は飼育界に居ても、自然に本能的になろうとしている。
それを飼育界に隔離した人間が、飼育界としての飼い方をするから、
金魚は飼育界としての変化をする。
土佐錦魚は飼育界の産物に変わりないが、土佐錦魚であるからには、
常に飼育界より先の芸術界へ進もうと歩む。
ところが、人間の方が自然界へ向かう飼い方をしてしまうと、
土佐錦魚がどう足掻(あが)いても土佐錦魚属へ向かってしまう。
金魚にとって自然界は、本能的で生命的で本質的となっている。
その上に人間が本能的に重なっては、もうどうにもならない。
土佐錦魚としての繁栄は、本能のもとで進展するものではない。
 
2015.12.04(Fri)  土佐錦魚TOP
 12月03日
 
選別思考 1938 
 
理想の土佐錦魚は芸術界での創出になる。
芸術界での自然的な発現は、考えられない。
心構えによる作りの作業はあっても、絵画のような心の表現はない。
相手が生き物だから、心構えを魚に投影して、魚がそれを表現するに至っても、
空想や悲しみや心の色や情景を表現することはない。
人間の心象の表現とはなっていない。
魚自体の表現になっている。だが飼育者の性格が投影される。
それは人間からでてきた直接的な芸術とはなっていない。
魚を通した間接的な芸術と言えるだろう。
直接的な面は、手術的な手入れが唯一だろう。
作業の場は、飼育界となっている。
表現の場は、芸術界となっている。
完成して初めて、芸術界の存在となり得る。
 
2015.12.03(Thu)  土佐錦魚TOP
 12月02日
 
選別思考 1937 
 
作りや手術の目的は、魚の真価を高めることにある。
魚の真価が高まると、その魚が捨てられないで済む。
その魚の命を救うことになる。
目的としてはこの方がずっと、優勝を目指すより高尚になる。
大きく育てることが目標では、真価を問う必要がない。
土佐錦魚を創るところは、理想の土佐錦魚となっている。
理想の土佐錦魚は今のところ想像上でしかない。絵でしかない。
想像できる限りの土佐錦魚でしかない。
想像の実現だから、創るになる。
想像の実現へ志すことに、意義がある。
目標だから、未踏だから、最高峰だから、理想だから、芸術界だから、真の土佐錦魚の創造だから意義がある。
 
2015.12.02(Wed)  土佐錦魚TOP

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