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 09月30日
 
選別思考 1874 
 
土佐錦魚属の形は分岐の度に増え続けている。
目標の型を持たずに、そのままただ生長することを歴史として継続している。
土佐錦魚は分岐する度に、より狭く規定されている。
土佐錦魚と土佐錦魚属とは、相反するものとして明らかに分岐させなくてはならない。
なぜなら、土佐錦魚属の継続は、常に土佐錦魚の伝統を脅かす歴史となっている。
土佐錦魚の区切りある歴史を学ぶことから、目指す土佐錦魚を知ることが出来る。
目指す土佐錦魚を学ぶことから土佐錦魚らしさを知り、土佐錦魚作りを始めることができる。
ここから伝統の土佐錦魚作りが始まりを告げ、新たな土佐錦魚の試行錯誤が始まった。
土佐錦魚作りの歴史は、芸術界へ至る独自の歩みとなった。
掛け合わせによる創出から、作りによる作出が始まった。
 
2015.09.30(Wed)  土佐錦魚TOP
 09月29日
 
選別思考 1873 
 
土佐錦魚属の形は分岐の度に増え続けている。
目標の型を持たずに、そのままただ生長することを歴史として継続している。
土佐錦魚は分岐する度に、より狭く規定されている。
土佐錦魚と土佐錦魚属とは、相反するものとして明らかに分岐させなくてはならない。
なぜなら、土佐錦魚属の継続は、常に土佐錦魚の伝統を脅かす歴史となっている。
土佐錦魚の区切りある歴史を学ぶことから、目指す土佐錦魚を知ることが出来る。
目指す土佐錦魚を学ぶことから土佐錦魚らしさを知り、土佐錦魚作りを始めることができる。
ここから伝統の土佐錦魚作りが始まりを告げ、新たな土佐錦魚の試行錯誤が始まった。
土佐錦魚作りの歴史は、芸術界へ至る独自の歩みとなった。
掛け合わせによる創出から、作りによる作出が始まった。
 
2015.09.29(Tue)  土佐錦魚TOP
 09月28日
 
選別思考 1872 
 
その都度掛けられた種から土佐錦魚へ採り入れた形が、土佐錦魚化されて土佐錦魚らしい形となって分岐している。
切り捨てられた琉金の形が土佐錦魚属の形となっている。
掛けられる度に、土佐錦魚と土佐錦魚属は分岐した事になる。
琉金が掛けられて以来の土佐錦魚は、他の種を掛けることを法度(はっと)としている。
それは分岐された方向に理想の土佐錦魚を見出したからにほかならない。
そこから理想の土佐錦魚への、土佐錦魚作りが始まりを告げた。
ここからが土佐錦魚としての伝統と言える。
ここから、理想の土佐錦魚と理想の土佐錦魚を損ねる新たな土佐錦魚属が分岐を
始めたことになる。
土佐錦魚の伝統は、土佐錦魚作りの進歩と共に歩み始め、歩み続けて行くことになる。
 
2015.09.28(Mon)  土佐錦魚TOP
 09月27日
 
選別思考 1871 
 
体は大阪ランチュウ型の卵型が追加されて、ナンキン型との二型が目指す形として分岐した。
土佐錦魚の前身の尾とナンキン型の尾は、土佐錦魚属として切り捨てられた。
大阪ランチュウから採用した形が新たに土佐錦魚化されている。
次に大阪ランチュウ迄の土佐錦魚へ琉金が掛けられて、現在の土佐錦魚へと目指す形が分岐したことになる。
大阪ランチュウなりは、土佐錦魚属として切り捨てられた。
琉金から採用された一部の形が土佐錦魚化さたことになる。
琉金が掛けられてからの目指す土佐錦魚の形とは、リュウキンなりが土佐錦魚属として切り捨てられる方向と想像がつく。
その都度掛けられた種の形らしくなっては不可ないことになる。
 
2015.09.27(Sun)  土佐錦魚TOP
 09月26日
 
選別思考 1870 
 
【目指す土佐錦魚が生じるまでは土佐錦魚の歴史】と言える。
【目指す土佐錦魚が生じてからは土佐錦魚の伝統】と言える。
目指す土佐錦魚が生じるその時点までは、土佐錦魚の歴史も土佐錦魚属の歴史も
然程(さほど)の区別なく、混在していたことになる。
土佐錦魚の歴史は、その時点の土佐錦魚から新たな土佐錦魚へ向かって分岐した
歴史とも言える。
初めは土佐錦魚の前身へナンキンが掛けられて、背鰭があって腹の出た土佐錦魚が目指す形として分岐した。
土佐錦魚の前身の体型は、土佐錦魚属として切り捨てられた。
腹の出が、土佐錦魚化されて分岐したことになる。
次に腹の出たナンキン迄の土佐錦魚へ大阪ランチュウが掛けられて、尾は一回り大きくなり、平付けの三つ尾となり、捲れが反りとなった。
 
2015.09.26(Sat)  土佐錦魚TOP
 09月25日
 
選別思考 1869 
 
土佐錦魚作りの意識は、土佐錦魚の認識から芽生えてくる。
土佐錦魚を学ばず、認識をせず、意識なくしては土佐錦魚を作る目標が解らず、
指針が出来ず、成す術がなく、作れず、到らない自我を押し出すことで満足し、
土佐錦魚属で終わる。
琉金が掛けられる以前の大阪ランチュウ迄の土佐錦魚は、出来た形をそれなりに受け入れて規格無しで歩んでいた。
大阪ランチュウ迄の土佐錦魚に、琉金が掛けられてからの土佐錦魚は、目覚ましい変化を与えるものだった。
目覚ましい変化の一時期の満足とは、大きくなった尾がもたらすもので、体がどのようであっても、大阪ランチュウ迄より良い形として受け入れられていた。
だが、しばらくすると、ただ大きい尾や、盛り上がる体や、大きく育つことだけでは不満を感じるようになっていた。
その不満から、さらに目指す土佐錦魚が生じ始めた。
 
2015.09.25(Fri)  土佐錦魚TOP
 09月24日
 
選別思考 1868 
 
ともかく、土佐錦魚が独特の型となったことで、それ迄に掛けられた種の型そのままが、悪い面となってしまった。
先達は、歴史から悪い面を反面教師として学んでいる。
悪い面を繁栄しないことが良い素質を活かすことと学んでいる。
そして土佐錦魚独特の良い素質を選び、活かす道を選んだ。
土佐錦魚作りの意識も、土佐錦魚の成り立ちを学ぶことから始まり、認識して、
良い面に向かうよう心掛けた。
その頃の先達がその意識に気づいて、土佐錦魚作りに向かって努力した試行作業が、土佐錦魚作りの歩みとなっている。
その作りの歩みは、いつしか琉金の幼形を取り入れる歩みと符合して行った。
だが、その取り入れようとしている形が、琉金の幼形であるという認識には至っていなかった。
 
2015.09.24(Thu)  土佐錦魚TOP
 09月23日
 
選別思考 1867 
 
大阪ランチュウ迄の土佐錦魚と琉金が掛けられたときの尾は、大阪ランチュウの尾でもなく琉金の尾でもない、大きな尾の土佐錦魚独特の形として生まれてきた。
その尾型は、大阪ランチュウ迄の尾を基礎にして、琉金の尾が乗った土佐錦魚独特の大阪ランチュウ型とリュウキン型との二型が受け入れられ、土佐錦魚の前身型とナンキン型の尾は切り捨てられた。
大阪蘭鋳と琉金の特徴そのものでも、土佐錦魚らしくないことになる。
一方の体型は、大阪ランチュウ型とナンキン型の二型は受け入れられたが、
この二型の元には背鰭がない。
背鰭の無い元の体型に背鰭を付けたこと自体に、矛盾がある。
そこに理想の体型がありえるのだろうか。
ここにも背鰭の無い体型に、琉金が乗っていることになる。
だが、体型が琉金そのものでは、二型の基礎が失われてしまう。
土佐錦魚の前身の体型は問題なく切り捨てられたが、リュウキン型の体型は紛らわしい問題となっている。
 
2015.09.23(Wed)  土佐錦魚TOP
 09月22日
 
選別思考 1866 
 
それは、土佐錦魚の成り立ちの歴史を知る事から始まる。
成り立ちの歴史は、土佐錦魚とするために何を選び、何を捨てたかを示している。
その取捨を学ぶことで、採り入れる度に進展した土佐錦魚と、その度に捨てられた土佐錦魚属が判断でき、土佐錦魚属が良いと思い込む誤解を根本から回避できる。
だが、過去に切り捨てられたものは、その時点の課題となっていたためにわりと
ハッキリしていた。
土佐錦魚の前身とナンキンのときには、腹の出と背鰭の有無だけだった。
ナンキン迄の土佐錦魚と大阪ランチュウのときには、体の丸さと平付けだった。
この時の丸さは、然程両者を意識することなく受け入れられたと推測している。
おそらく尾型が平付けであって、大阪ランチュウほどに大きく返りがあれば、
腹形の差はそれほど問わなかったのではないだろうか。
そこに規格があったとは伝わっていない。
 
2015.09.22(Tue)  土佐錦魚TOP
 09月21日
 
選別思考 1865 
 
土佐錦魚らしさを持っていると、素質が良いと言われる。
すると土佐錦魚としての望まれる素質とは、土佐錦魚らしさと言うことになる。
土佐錦魚らしさとは、土佐錦魚化された素質や形になる。
すると、土佐錦魚として望まれない素質や形が、土佐錦魚化されていない形と言うことになる。
土佐錦魚に望まれない素質や形が、土佐錦魚属になる。
土佐錦魚としての望まれない飼い方が、土佐錦魚の素質を持っている魚をも、
土佐錦魚属にしてしまうことをする。
土佐錦魚として望まている素質や飼い方(作り方)を知らない人が、いつのまにか土佐錦魚属を増やしていることになる。
土佐錦魚はまず、作る飼い方を学ぶことから始まる。
土佐錦魚の良い面を活かすことを意識すれば、まず受け入れらた良い面と、切り捨てられた悪い面を知らなければ始まらない。
 
2015.09.21(Mon)  土佐錦魚TOP
 09月20日
 
選別思考 1864 
 
土佐錦魚属を土佐錦魚として主張することは、土佐錦魚属として切り捨てられた
時点へ、引き戻すことをする。
土佐錦魚からすると、酷い迷惑となる。
わざわざ土佐錦魚を、貶めることをしないで欲しい。
どうしても土佐錦魚属を主張する人は、土佐錦魚を追いやることをせずに、
別物として土佐錦魚属を理想に掲げればいい。
土佐錦魚を、土佐錦魚属に変える必要は無用にして欲しい。
土佐錦魚属のために、土佐錦魚を否定する必要はない。
土佐錦魚の伝統に、入り込む必要はない。
土佐錦魚の伝統を、屈折する必要はない。
別の筋として、土佐錦魚とは別名で確立すればいい。
別の派として、土佐錦魚とは別名で独立すればいい。
別の会として、土佐錦魚とは別名で活動すればいい。
 
2015.09.20(Sun)  土佐錦魚TOP
 09月19日
 
選別思考 1863 
 
そんな人が指導者になると、どうにも始末にわるい。
土佐錦魚属が、土佐錦魚と称される事態を招きかねない。
土佐錦魚の歴史に於いても、土佐錦魚属が幾度も復活しては前面に浮かび上がろうとして、土佐錦魚界を騒がしてきた。
土佐錦魚属は現在も常に企んでいる。まず、初心者を狙う。
品に目覚めない人を襲う。自己満足の激しい人と共鳴する。
自我の強い人をそそのかす。伝統の継承者をいぶかしくする。
土佐錦魚属の切り捨てを阻止して、土佐錦魚属を主張する。
伝統は歴史を通して、その時の集約的芸術性による土佐錦魚を創出してきた。
現在は理想の土佐錦魚の創出を目指している。
土佐錦魚属は、個人に取り憑き、自己満足と自己主張と自己顕示を利用して、
土佐錦魚の停滞、後退を招こうとしている。
 
2015.09.19(Sat)  土佐錦魚TOP
 09月18日
 
選別思考 1862 
 
他の金魚を経験した人や、ある程度金魚の知識を持ち合わせている人が土佐錦魚を始めると、なまじの自信がつきやすい。
そんな人は、謙虚に土佐錦魚を学ぶことをおろそかにする。
ちょっと説明を聞いただけで、悟った気になってしまう。
そんな人は呑み込みが早く、以前に体得した知識の応用をしているつもりでも、
土佐錦魚の知識としてはそれが先入観となり、ことのほか妨げになる。
土佐錦魚の真髄に至らなかったりする。
やがては深さを増して行くが、自信の上塗りになりかねない。
それでも、自分は早くに確立していると思い込むふしがある。
それは、他の金魚の基本や応用が土佐錦魚へ持ち込まれる可能性を高めてしまう。結局その個人の見解で、見方や飼い方を広める可能性を高めてしまう。
おまけに自己顕示の強い人の方が、自信や権威を振り回して押し切ることが多い。
 
2015.09.18(Fri)  土佐錦魚TOP
 09月17日
 
選別思考 1861 
 
土佐錦魚の歴史は、その時点の達成度合と、先達の感性と芸術性と努力の積み重ねが創り上げている。
初心者は歩みの過程として、過去に切り捨てられた形を、欠点やハネとして教わり、通過することを自身の体験でしている。
初期の欠点は、教わるままに捨てることが割と素直にできる。
育てることが上手になって自身の好みが出てくると、好みの魚は捨てなくなったり、育ててみたくなったりする。
この時に伝統の感性と共鳴するところがあれば、素直に通過することができるが、初心者的な自信がついてくると、紛らわしい魚が好きとか良いとか、とかく主張することがある。
土佐錦魚属として指摘されても、何を言われても、「良いものは良い」と言い張ることもある。
そのままの感覚で満足してしまうことが懸念され、そのままに普及してしまう恐れがある。
 
2015.09.17(Thu)  土佐錦魚TOP
 09月16日
 
選別思考 1860 
 
琉金が掛けられてから土佐錦魚としての形が決まってくると、土佐錦魚として紛らわしい土佐錦魚属とされる分野が出てきた。
それは規格外のハネとしてではなく、ハネと土佐錦魚の間のような、土佐錦魚らしさを損なう位置とされた。
それは例え規格内のようでも、土佐錦魚らしさを崩してしまったり、土佐錦魚らしさを失ってしまったりすることをとりあげている。土佐錦魚らしくないトサキンとでも言える。
それは過大化によって、土佐錦魚らしさを失ってしまうことや、
作りを怠ったために土佐錦魚らしさを失ってしまうことになる。
この場合の土佐錦魚らしさとは、素直さや品を象徴としている。
大きくても土佐錦魚らしさを失っていなければ土佐錦魚になる。
小さくても、土佐錦魚らしさを失っていれば土佐錦魚属になる。
遺伝子的に規格内でも、品格に欠け武骨では土佐錦魚属になる。
土佐錦魚は規格の形の上に感性で作りあげるものと言っている。
 
2015.09.16(Wed)  土佐錦魚TOP
 09月15日
 
選別思考 1859 
 
次に琉金が掛けられたときは、体や筒の詰まり、上付きや過ぎた体高、過ぎた肉付きや垂れた尾が嫌われた。
現在土佐錦魚として取り入れられている体型は、ナンキン系の苺型(昔はおにぎり型)と、大阪ランチュウ系の卵型の二型となっている。
琉金型は双方に混ざっている。
リュウキン系の体型は、ナンキン系と大阪ランチュウ系の体型に丸さ、福与かさを与えるものとして活かされている。
ことにナンキン系との複合は解りづらい程になっている。
琉金が掛けられてからでも、現在の規格が決められるまでには、幾多の葛藤を経ている。
その葛藤によって、背が盛り上がって顔と背に段差ができたり、筒が詰まったり、上付き(うわつき)で、立ち気味の琉金の体型が規格外として切り捨てられた。
尾は深前や流れが嫌われ、付きは山付きが嫌われた。
 
2015.09.15(Tue)  土佐錦魚TOP
 09月14日
 
選別思考 1858 
 
次に大阪ランチュウが掛けられた時は、体の丸みを増した背と体と、尾の捲れを増した平付けと、三つ尾と、尾の大きさは受け入れられたが、口先や顔は好みが別れたと考えられる。
現在の卵型でも目先が細く整うことを求められ、その頃より更に洗練されてから、土佐錦魚に相応しいとされている。
このことから、大阪ランチュウの幅の広めの顔や肉瘤はナンキン顔と比較されると、やはり受け入れられなかった。
大阪ランチュウの幅の広めの顔や肉瘤は捨てられ、背鰭のない体は再び捨てられた。
尾は、平付けと広めの幅と反転が受け入れられた。
平付けが受け入れられたことで、土佐錦魚の前身とナンキンの尾立ちや山形の尾が切り捨てられた。
 
2015.09.14(Mon)  土佐錦魚TOP
 09月13日  
 
選別思考 1857 
 
*自己解釈と土佐錦魚属
初心者の歩みと土佐錦魚の成り立ちは、似た辿り方をしている。
歴史の始まりの、土佐錦魚の前身へナンキンが掛けられた時でも、ナンキンの体より和金の体が好きだった人もいただろう。
それでも、掛けられたナンキンようの腹が出た方を、土佐錦魚の進む道してとしてとり入れた。和金型は切り捨てられた。
だが直ぐに、ナンキンようの腹を採用すると決めたのだろうか。
和金様もナンキン様も、しばらくは飼われていただろう。
個人の好みの相違による摩擦が、かなりあったと想像できる。
現在の土佐錦魚から辿ると、この時点では捲れた尾は保たれた。
腹型は、ナンキンを掛けた意図から太らなければ意味ない。
和金の体は、ナンキンを掛けた段階で捨てられる運命にあった。
ナンキンの腹型は受け入れられたが背鰭の無い体は捨てられた。
2015.09.13(Sun)  土佐錦魚TOP
 09月12日
 
選別思考 1856 
 
自己解釈の内から生まれてくる。
そのときまでの、学びと、観察力と、洞察力と努力の経験は、その時の段階にすぎない自己解釈となっている。
歴史を教わっていても、その段階の自己解釈で判断している。
その段階の自己解釈での判断は、自己の思い込みが優先される。
それでも伝統を支えている師であれば、微笑ましく導いていてくれる。
師も自分の通った道として見守ってくれる。
伝統の継承者の一人になれよと、さらに応援もしてくれる。
揺るぎない指導者がいれば、経験の浅い人も導かれて行く。
その繋がりが、土佐錦魚の歴史の歩みを進めてきた。
その繋がりが土佐錦魚を導き、伝統として継承され、継承者によってさらに発展されてきた。
2015.09.12(Sat)  土佐錦魚TOP
 09月11日
 
選別思考 1855 
 
さて、当時このような分析めいたことをしていたとは思えない。
だが、土佐錦魚の円が誕生していたことは確かと言える。
当時、理性と感性が無意識の内に織りなされて、土佐錦魚の円が紡ぎだされたと
考えている。
土佐錦魚の円も、土佐錦魚の発展段階の一つの出来事と言える。
この土佐錦魚史の発展形態は、個人の発展形態と同じような出来事を、いつの時代でも繰り返されている。
初心者は、土佐錦魚が目にとまった印象や好みで興味を持つ。
ただ飼ってみたい。この段階ではハネでも、良魚でも解らない。
少し見方を習いだした入門者が欠点を教わってくると、その欠点のない良魚が欲しくなる。
その良魚が育つようになると、その良魚から産ませて自身の良魚が欲しくなる。
その良魚が育つようになると、品評会で上位に並びたくなる。
やがて上位に並ぶようになると、自信がついてくる。
自信がついてくると、教えたくなる。
早い人なら五年程の経験で、一人前気取りの人を良く見掛ける。
そんな人達の自信は、何処から生まれてくるのだろうか。
2015.09.11(Fri)  土佐錦魚TOP
 09月10日
 
選別思考 1854 
 
感性内に於いて、二者択一で対峙するものは同居できない。
では、華麗と堅実はどうだろうか。
堅実の上に華やかさを載せる程度なら、同居できると思える。
だが華麗になると感性内で堅実と対峙することになる。
では、理性内での対峙は起こるのだろうか。
「起こらない」と考えられる。
理性は互いを整理して対峙させてはいない。
整理されて洗練されてから、理性内の円に加えられる。
対峙する要素としない要素を検討し、整理している。
理性は、実、堅実、素直、型、学術、要素の構築
感性は、華、華麗、個性、趣、芸術、要素の抽出
構築された要素の中から、感性の要素は抽出される。
2015.09.10(Thu)  土佐錦魚TOP
 09月09日
 
選別思考 1853 
 
愛らしさと風格は同居しない。
風格は成魚へと重なり、愛らしさは成魚へと遷(うつ)ろう。
素直と個性は同居しない。
素直は成魚へと充実して行き、個性は成魚へと破綻して行く。
優美と力は同居しない。
優美ははかなく通り過がり、力は優美を打ち消し、武骨を残す。
華(はな)と実(じつ)は同居しない。
華は薄れようと機会を伺い、実は常に移り行く。
相反するものは反発する。
それは同居しているから反発が起こる。
反発が調和すると、反発していた双方が消えて行く。
調和すると、素直でも個性でもなくなる。
そこに土佐錦魚の完成形が現れる。
愛らしさと風格の調和があることを、何処かで望んでいる。
2015.09.09(Wed)  土佐錦魚TOP
 09月08日
 
選別思考 1852 
 
そうとするなら、華(はな)と実(じつ)は同居するのだろうか。
到底、華麗と堅実は同居しないと思える。
だが、愛らしさと風格が同居しないのは、金魚だから言える。
人間なら、性格は愛らしくて見た目に風格がある。なんて言う。
金魚には、それほどハッキリした性格が見られない。
雌雄の性格差、長手丸手の性格差、系統による性格差、色彩差、丈夫差を見ることができるが、何れも精神的なものではない。
金魚では、その性格でさえ視覚で見てとらなくてはならない。
金魚では、犬や猫のように対話ができない。
人間の性格は、視覚以外でも精神面でも感じとることができる。
視覚からでは、愛らしさと風格は双方とも感性的な趣になる。
2015.09.08(Tue)  土佐錦魚TOP
 09月07日
 
選別思考 1851 
 
小さい時に素直だと、一応残して置く感じで詰まらない。
だが実際は、将来的につまらない方が実になる傾向がある。
面白い方はだんだん、つまらなくなって行く傾向がある。
基本的な素直からの逸脱が個性なのだろうか。
こういう見方はできないだろうか。
個性が洗練されて行くと素直と言われるようになって行く。
個性の取捨選択、選ばれた特徴の常識化が、現在の土佐錦魚ではないだろうか。
すると、素直と個性は同立しないことになる。
それは個性の方が感性へ強く訴えかける働きがあることになる。
それは素直の方が理性へ強く訴えかける働きがあることになる。
理性は、個性を素直へと進める働きがあることになる。
これこそが、理性の役割ではないだろうか。
理性は絶対的であっても、否定的ではないことになる。
2015.09.07(Mon)  土佐錦魚TOP
 09月06日
 
選別思考 1850 
 
感性には危ういところがある。そこには主観の思い込みが入り込み易い。
例えば可愛いだけでも、色が良いだけでも、味があると思い込む傾向がある。
それだけで理想の土佐錦魚と思い込んでも、主観的には間違いとは言えない面がある。
感性は、感激してしまうことがある。
感性に、共鳴が起これば、他はかすれてしまう。
それは、感性では総合性を求められていないからと受けとれる。
それは、感性では同立性を許容していないからと受けとれる。
それなら、理性では総合性のもとに、同立を許すのだろうか。
例えば、素直と個性は同立しないと言えるのだろうか。
感性では同立しないと言えて、理性では同立すると言えるのか。
土佐錦魚にとっては、素直が基本の一つになっている。
個性は、小さい時に個性的な方が喜ばれるように、面白い。
2015.09.06(Sun)  土佐錦魚TOP
 09月05日
 
選別思考 1849 
 
理性の補いに感性が役立つのだろうか。その反対は。
生まれながらに優れた感性を持ち合わせていれば、理性が覚束(おぼつか)なくても優れた認識ができるのだろうか。
感性の優劣と理性の構築とは別物になっている。
理性を得るには学ばなくてはならない。
学ばずして感性に頼ると、自分善(よ)がりになってしまう。
権威を持ちたい人が一番陥(おちい)り易い例になる。
常に理性を磨いていれば、感性に乏しくても豊かな認識ができるのだろうか。
豊かでなくても、基本的にはできると言える。
土佐錦魚の円の基本は理性で出来ている。
だが感性に乏しいと理性を絶対的として、感性を切り捨て易い。
互いが互いを補いあうことをしていないことになる。
2015.09.05(Sat)  土佐錦魚TOP
 09月04日
 
選別思考 1848 
 
魚から新しい信号を受けとることが出来るようになると、新しい認識はさらに広がって行く。
その時に新しく、知性が磨かれて行く。
その時の感性によっての取得が、理性化されて行くことになる。
感性による取得は、常に理性によっての裏付けが必要となる。
理性による裏付けがなされたときに、理性による取得がされる。
その理性による取得は、感性によって感覚化される。
その感覚は段階を取得して、感性を高めて行く。
理性には感性による裏付けが必要、それは感覚化されて行く。
感性には理性による裏付けが必要、それは知性化されて行く。
互いに互いの裏付けが必要とされているのなら、その反対に、
互いが互いを補いあうことはしているのだろうか。
2015.09.04(Fri)  土佐錦魚TOP
 09月03日
 
選別思考 1847 
 
思い込む人の大概は、自分が間違えているとは考えもしない。
新しい気付きの境地の心地よさに浸ってしまう。
「そうであろう」が、「そうだ」と思いたがる。
そして「そうだ」と思ったときから確認を忘れてしまう。
ただし、何処かに後ろめたさを感じていれば、あるとき気付きに恵まれる、そんな機会があるかも知れない。
また、確認はすぐできるとは限らない。
常に心掛けていないと、機会を得られずに忘れてしまう。
確認できた人は、幸いかも知れない。
その時に再度新しい認識を持つことができる。
そこから、新しい認識の実践が始まる。
そこから、確認の確認を受けとることもできる。
2015.09.03(Thu)  土佐錦魚TOP
 09月02日
 
選別思考 1846 
 
土佐錦魚の認識が土佐錦魚を理論化するように、土佐錦魚への意識や知識が薄い人には、感性の知性化を行う必要が生じる。
これは、初心者経験者を問わず学びの段階を問わず、同様となる。
[感覚によって取得ー整理ー認識ー理性化]
[経験と学びと理解ー感覚の段階ー段階の取得]
段階から生まれる意識とそれまでの認識と知性の働かせによって整理を行い、
新しい解釈を構築する。
新しく構築された解釈を直ぐさま確認する。
新しい解釈の確認を行わない大概の人は、
新しい解釈を得た時点でそれが正しいものと思い込む。
それが勘違いしている時には、道を外れてしまう。
理性的な人は、勘違いかも知れないと検証をする。
 
2015.09.02(Wed)  土佐錦魚TOP
 09月01日
 
選別思考 1845 
 
*理性と感性の一対一と巡り
理性による土佐錦魚の円は合理的で、象徴的で、思考的で、絶対的で非感性的に
なっている。
感性による土佐錦魚の円は印象的で、抽象的で、感覚的で、自然的で非理性的に
なっている。
感性の円を二次的発生としているが、先立って感じるのは感性に他ならない。
感じてから後に思考する。
そこから、理性による認識が発生する。
客観的に個人の好みを排除して掛からなくてはならない。
そこから理性の円に納める必要が生じ、理性による水準に達した時に改めて、
感性の円による認識を持ち出す。
主観的な面を拭うことは難しい。個人差が生じる。
その差を埋めるために理性を求めるが、これも難しい。
 
2015.09.01(Tue)  土佐錦魚TOP

  2015.09   08≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930 ≫10

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