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 07月31日
  
選別思考 1813 
 
通過点に各種の成魚形が現れてしまうと、それは土佐錦魚への通過点ではなくなり、その種の完成点の現れであり、土佐錦魚では停止点となり、土佐錦魚らしさへ到達できない。
土佐錦魚はこれ迄に掛けられた種の完成形を取り入れていない。
これ迄に掛けられてきた各種の完成形そのものはどこにもない。
すると何を取り入れて土佐錦魚を構成しているのだろうか。
琉金の幼形とは言ってきているが、各種の幼形の結びつきを取り入れた基から、
土佐錦魚独自の発展形が土佐錦魚とも言える。
各種の完成形が出たところで、土佐錦魚への発展が停止する。
遺伝子に於いても、作り方に於いても、停止してしまう。
その状態を、土佐錦魚属と形容している。
それ故に、各種の完成形を排している。
その土佐錦魚独自の完成形が、土佐錦魚らしさとなっている。
土佐錦魚らしい独自の完成形が、土佐錦魚足らしめる。
  
2015.07.31(Fri)  土佐錦魚TOP
 07月30日
 
選別思考 1812 
 
大阪ランチュウ系とリュウキン系の、土佐錦魚として好まれるところが混在
して、土佐錦魚らしさになっていれば最良となる。
風格や力強さをもちながら、可愛さを保持していることになる。
可愛さは、リュウキン系の幼形の体を保持していることになる。
土佐錦魚に於ける幼魚の可愛さは、通過点の一時期でしかない。
変化の激しい土佐錦魚では、それを楽しんでいるいとまはない。
多くの場合、通過点の形を見極めながら発展させることになる。
すると通過点の形に土佐錦魚らしさの将来を見ることができる。
土佐錦魚らしさは、大阪ランチュウの成魚らしくてはいけない。
土佐錦魚らしさは、琉金の成魚らしい体になってはいけない。
土佐錦魚らしさは、ナンキンの成魚らしくてはいけない。
土佐錦魚らしさは、土佐錦魚の前身のどこもなってはいけない。
 
2015.07.30(Thu)  土佐錦魚TOP
 07月29日
 
選別思考 1811 
 
もしそうなら、背骨より上と背骨より後ろでも叶いそう。
土佐錦魚において、琉金と大阪ランチュウの特徴は共通するところもあるが、
むしろ対局となっているところの方が多い。
土佐錦魚の行き過ぎた大きさや力強さの限度を見切れば、大阪ランチュウ系と
リュウキン系の良さが共に冴えを見せる。
大阪ランチュウの肉瘤を嫌い、顔を嫌い、リュウキン系より更なる顔の発展を望み、腹形の発展を望み、背形の発展を望み、筒形の発展を望み、付き形の発展を望み、尾形の発展を望む。
そこには、行き過ぎた大きさや力強さを取り除いた後に残った大阪ランチュウ系の土佐錦魚らしさが必然的に認められてくる。
その必然的な現れが大阪ランチュウ系に求められたものとなる。
そこには、一方の土佐錦魚らしさとして大阪ランチュウ系に求められる良さが
現れてくる。
 
2015.07.29(Wed)  土佐錦魚TOP
 07月28日
 
選別思考 1810 
 
これまで土佐錦魚を成してきた大阪ランチュウ迄の存在がある。
大阪ランチュウ系の行き過ぎた形や力や大きさによって、リュウキン系の土佐錦魚らしさを認識する事が出来た。
今度は、リュウキン系の認識から、大阪ランチュウ系自体の行き過ぎや良さを再認識することによって、大阪ランチュウ系の土佐錦魚らしさを導くことが出来る。
それはそれ以外のナンキン系の、土佐錦魚らしさも導くことにもなる。
それは、リュウキン系や大阪ランチュウ系では叶えられない、ナンキン系の特徴となっている。
土佐錦魚の基準とされている顔型と腹型は、ナンキン系になっている。
ただし、それ以外のナンキンの特徴は否定されている。
独立した一つの分野の顔型ともう一つの分野の腹型は、何となく背骨より先と背骨より下と言うことで、叶うような気もする。
 
2015.07.28(Tue)  土佐錦魚TOP
 07月27日
 
選別思考 1809 
 
これ迄に土佐錦魚へ掛けられてきた各種への戻りを嫌っている。
この兼ね合いが、琉金の土佐錦魚化と土佐錦魚のリュウキン化とのせめぎ合いとして、今日(こんにち)迄にも繋がっている。
理想の土佐錦魚が出来ない限り、いつまでもせめぎ合いは続く。
未だに遺伝子的にも、理想の土佐錦魚でも、普通の土佐錦魚でも、固定と言う程に整っていないことがその証となっている。
それは次々に、複雑に掛け重ねたことが原因となっている。
琉金が掛けられてからやっと土佐錦魚が日の目を見た訳だが、歓迎できるリュウキン化と、歓迎できないリュウキン化をそんなに都合良く、土佐錦魚へ取り入れる事ができるのだろうか。
生き物をそんなに都合よくできる訳がない。
リュウキン系だけを土佐錦魚として、固定する訳にもいかない。
リュウキン系の力を、土佐錦魚の力とする訳にもいかない。
 
2015.07.27(Mon)  土佐錦魚TOP
 07月26日
 
選別思考 1808 
 
大きくなり過ぎると、愛玩的可愛さは消え失せてしまう。
土佐錦魚の大きさにも限度がある。力強さにも限度がある。
琉金として限度を越すと、愛玩とは異なって行く。
琉金の肉付きを嫌い、目先を嫌い、背形を嫌い、鳩胸を嫌い、垂れ尻を嫌い、
詰まりを嫌い、筒型を嫌い、付き高を嫌い、付き型を嫌い、金座の甘さを嫌い、
琉金の尾形を嫌う。
そこには、可愛くないものを取り除いた後に残ったものとして、必然的土佐錦魚の良さが認められてくる。
その必然的な現れが、琉金に求められたものとなっている。
そこには、土佐錦魚らしさの一片が現れてくる。
それが[土佐錦魚として歓迎できるリュウキン化]となっている。
前に連ねた、琉金の嫌った部位が土佐錦魚として現れている項目を
[土佐錦魚として歓迎できないリュウキン化]としている。
 
2015.07.26(Sun)  土佐錦魚TOP
 07月25日
 
選別思考 1807 
 
見た目に感じているのは、人間と言う事になる。
人間が好む感じを魚に当てはめて、求めていることになる。
それが愛玩と言う事になるのだろう。
幼い可愛いさは、いつか通過してしまう。幼形を通過した後の成魚形に、
それ以上の満足が得られなければ意味がない。
そこに醍醐味を感じられるのが、土佐錦魚と言うことになる。
幼形の可愛さの後には、力を得て、可愛さを越した成熟を得て、華麗さを
求め得られれば、リュウキン系として満足するだろう。
だがその満足する条件は、琉金と共通するものだろうか。
幼形の時には、共通する幼さの惹き付けがある。
だがそれを過ぎると土佐錦魚として成長し、成魚形と完成形の条件となって行く。それを過ぎると生長になり、ただ大きくなり、
琉金が土佐錦魚に与えた良さも、消え失せてしまう。
 
2015.07.25(Sat)  土佐錦魚TOP
 07月24日
 
選別思考 1806 
 
雌の雄選び、或いは、雄の雌選びは、異なる。
体内受精では個的で、強い、大きい、美しい等が条件となる。
体外受精の金魚では、成熟した機会を得た同士となっている。
その機会にあえば一つがいでも、複数でもいとわない。
時に機会があれば、別種とさえ可能となる。
金魚は強さ大きさ、色や綺麗さや形で選んでいないことになる。
とどのつまりは、見た目で相手を選ぶことをしていない。
時には、成熟していると勘違いしている魚も混じっている。
フェロモンを強く出しているか、そのフェロモンの作用を受けているかの、
不特定多数による集団或いは個となっている。
金魚自体は、見た目を感じていない事になる。
例え不具魚でも、フェロモンによって誘発されれば参加する。
 
2015.07.24(Fri)  土佐錦魚TOP
 07月23日
 
選別思考 1805 
 
幼さは、男性的女性的魅力以前の、共通する可愛さと言える。
金魚に限らず、生物共通の普遍的な可愛さとなっている。
もう一方の可愛さには、異性から見た時の女性らしい可愛さと、両性から見ても共通する、美しさをもとにした愛らしさがある。
また、可愛くないものを取り除いた後に残ったものとして、必然的可愛さが認められる。
だが、異性から見た時の愛しい可愛さも、美しさを兼ねた愛らしさも、必然的可愛さも、人間の感受性から生じたものとなっている。
錦魚自体がそれを感じてはいない。
確かに、産卵期には色艶が良くなる。
これは錦魚にとって性徴の一つであっても、可愛さとはなっていない。
金魚には、可愛いと感じる器官がない。
 
2015.07.23(Thu)  土佐錦魚TOP
 07月22日
 
選別思考 1804 
 
体は幼魚、尾は成魚からなんてそんなことができるのだろうか。
緩やかにゆらゆらと棚引くような薄手の尾は、大阪ランチュウ迄の土佐錦魚には
なかったので、驚きをもって歓迎されている。
そして、その優雅さは、女性的な魅力として登場している。
比較すると、大阪ランチュウ系は男性的な魅力と言えるだろう。
揺らぎや優雅な女性的な魅力は、大阪ランチュウ迄の土佐錦魚とは対照的な魅力として、琉金の成魚の尾から採り入れている。
大阪ランチュウ系の男性的な強さの魅力に、リュウキン系の女性的な面が加わったことによって、花弁や羽衣(はごろも)の優雅さや漂うような魅力が誕生した。
だが可愛さとなると、必ずしも琉金の成魚からとは言えない。
どの金魚でも、小さい頃は可愛さをもっている。
その可愛さは、幼さに基づいている。
 
2015.07.22(Wed)  土佐錦魚TOP
 07月21日
 
選別思考 1803 
 
*土佐錦魚として歓迎できるリュウキン化
大阪ランチュウ迄の土佐錦魚へ、琉金から何を取り入れたか。
基本的に体の外格と尾の大きさになっている。
その上に尾の薄さから来る、揺らぎや優雅さが加わっている。
体の外格は琉金の成魚からでなく、幼魚から取り入れている。
琉金の成魚の体の外格は、取り入れていない。
成魚の盛り上がった背や顔や尾筒や詰まった体型は、むしろ嫌われている。
土佐錦魚の体型は、琉金の成魚とは異なることになる。
だが尾の大きさは、成魚から取り入れている。
土佐錦魚の小さめの尾の時代は、琉金の成魚以前となっている。
大きな尾の揺らぎと優雅さは、琉金の成魚からとなる。
[体は幼魚][尾は成魚]の特徴を、琉金から取り入れている。
 
2015.07.21(Tue)  土佐錦魚TOP
 07月20日
 
選別思考 1802 
 
大阪ランチュウ迄の土佐錦魚と琉金とのせめぎ合いであっても、それを選ぶのは人間になっている。結果は人間次第となる。
その人間の水準しだい、意識しだいとなってくる。
大阪ランチュウまでの土佐錦魚を、琉金に近づけたいのか。
琉金を、大阪ランチュウまでの土佐錦魚に近づけたいのか。
それ迄の土佐錦魚からの進展として、琉金化したいのか。
琉金の変種として、土佐錦魚化したいのか。
当時の高知の先達が、とことんまで突き詰めたとは思えないが、ともかく、それまでの土佐錦魚路線が良くなることを求めた。
その結果は、これ迄の土佐錦魚を基にした琉金化となっている。
その結果を導いた第一は、平付けの金座の輝きと言える。
いくら尾が大きくても金座が尾柄に近付くことは許せなかった。
どうあがいても、土佐錦魚の象徴は金座と言うことになる。
 
2015.07.20(Mon)  土佐錦魚TOP
 07月19日
 
選別思考 1801 
 
*琉金の土佐錦魚化とのせめぎ合い
土佐錦魚を一見すると、素人目には琉金の変異に見える。
著名な学者でさえ、その論を言っていた。
印象的には、無理もないところがある。
その学者の本には、琉金の尾の捲れた突然変異体が載っている。
琉金の突然変異体から選別淘汰されての派生を謳っていた。
確かに琉金からそのような形が出ている。
だがそんな魚同士を掛けて実際に育てたことがあるのだろうか。
琉金と土佐錦魚の掛け戻しにしても、琉金が強く出てしまう可能性が高くなる。
元々土佐錦魚にあった琉金の遺伝子と重なる。
それは琉金が基の、土佐錦魚風の琉金になる可能性が高くなる。
それは琉金が基の、琉金の土佐錦魚化と言える。
琉金として、土佐錦魚をのせるか。
土佐錦魚として、琉金をのせるか。の、根本にかかってくる。
 
2015.07.19(Sun)  土佐錦魚TOP
 07月18日
 
選別思考 1800 
 
ある時、土佐錦魚が死に易いからと言って、丈夫にするため琉金を掛け戻した人がいた。
その時の子は、土佐錦魚を掛けたのかなと思わせるほど、琉金の奇形的な形となっていた。
たまたまかも知れないが琉金の遺伝子が強いなと、見るからに感じさせていた。
尾は長尾系で幅が狭く四つ尾で、僅かに捲れがある程度だった。
その人の琉金を選ぶ感覚の程度が低かったことも考えられるが、結果は散々に感じられた。
そこには大阪ランチュウの面影もなかった。
これが琉金の土佐錦魚化であろう、と感じさせていた。
その子にさらに土佐錦魚を掛け合わせたら、土佐錦魚に近くなるとは思えるが、
挑戦する意思が砕けたようだった。
 
2015.07.18(Sat)  土佐錦魚TOP
 07月17日
 
選別思考 1799 
     
土佐錦魚の各鰭の形は、琉金や東錦のような、比率的に尾鰭と見合うような大きさにはなっていない。
長尾系琉金の鰭は、幅よりも長さを伸ばす生長となっている。
琉金の鰭は、鰭先が尖るように長くなる生長となっている。
琉金の鰭は、柔らかさをもっている。
これを見る限りでは、鰭の形も生長も、琉金の土佐錦魚化とはなっていないことを示している。
鰭先が丸みをもっていたり、厚みがあったり、尾幅があったり、垂れ尾でなかったり、三つ尾を良しとすることは、元が大阪ランチュウ系になっていることを示している。
土佐錦魚らしさも、ここにあることになる。
リュウキン系は、その上の[付加価値]となっていることが多い。
これは、土佐錦魚が琉金であってはならないことになる。
琉金の土佐錦魚風の変種であってはならないことになる。
 
2015.07.17(Fri)  土佐錦魚TOP
 07月16日
 
選別思考 1798 
     
度重なる掛け合わせの時に元とされたのは、どれだったのだろうか。
その選択で一番影響が大きく、且つあやふやだったのは、琉金の時と考えられる。
琉金が掛けられる前の大阪ランチュウまでの土佐錦魚が、琉金を取り入れたか。
琉金が大阪ランチュウまでの土佐錦魚を取り入れたかで、土佐錦魚は根本的に大きく変わることになる。
それが[土佐錦魚のリュウキン化]と[琉金の土佐錦魚化]という問題提起の流れになっている。
魚の内部でも、土佐錦魚のリュウキン化と、琉金の土佐錦魚化との戦いともなっている。
双方が互いに歓迎していながら、どちらかを選ばなくてはならないジレンマ的戦いとなっている。
その答えを、各鰭の形に見ることが出来る。
 
2015.07.16(Thu)  土佐錦魚TOP
 07月15日
 
選別思考 1797 
     
さて、生物による共生的な選択の他に選択肢はないのだろうか。
生命選択或いは生命力選択というのは考えられないのだろうか。
自然選択以前の選択肢として存在している、と考えている。
多様化を進めたり留めたり、遺伝子の発達の程度を決めたり、遺伝子を現したり隠したり、その生命の意志や働きを選択している生命に最も近い選択、と考えている。
その働きが遺伝子選択であり、その結果が自然選択となる。
その自然選択の中の特異な人為選択が、飼育界をつくっている。
その人間が飼育界で、何を求めて永くやって来たのか。
その選択が、多様化の一つの土佐錦魚化と言うことになる。
土佐錦魚のあるべき姿を、選択して行くことをしている。
土佐錦魚の発展形態に至る関門は、選別と言うことになる。
土佐錦魚の元は、何だったのだろうか。
 
2015.07.15(Wed)  土佐錦魚TOP
 07月14日
 
選別思考 1796 
     
隠れて誘導しているのか、それとも表立って活動しているのか。
一見関係ないような遺伝子が、陰で働いているのかも知れない。
金魚の場合は、飼育界という隔離された所で、人間の意を介して選択をされている。人為的に遺伝子を選択している。
自然選択に対して人為選択が主体となっている。
この遺伝子の選択は、遺伝子の働きとしては表立っていない。
むしろ条件的になっている。
自然選択では自然がその条件になっている。
人為が或いは人意がその条件となって働けば、一つの選択肢になりえる。
だがここでは、人為的なことも自然界の一つと扱っている。
この領域の深い追求は、長くなるので触れないことにしている。
 
2015.07.14(Tue)  土佐錦魚TOP
 07月13日
 
選別思考 1795 
     
ミトコンドリアよって誘導されて現代に到る発展形態は、自然選択の関門を通過するための機能を有していることになる。
ミトコンドリアが、生命力の源動力なのか。
ミトコンドリアは、生命力に近い存在なのだろうか。
ミトコンドリアは、自然選択をかいくぐる動力源なのか。
ミトコンドリアが生体の根源ではないかと投げかけた研究者は、原始に合体した
生物の宿主が主体と思われている常識が、もしかすると逆になっているかも知れないと、ふと感じたのだろう。
科学者でも思いつきを言っても良いのだと、そこでふと感じた。
別の科学者は、ウィルスが人間の遺伝子に入り込んで、乗っ取るような形でかなり利用していると言っていた。
ウィルスは生体になることが出来ないが、生体を利用することは出来る。
ミトコンドリアにも同様なことが言えるのだろうか。
 
2015.07.13(Mon)  土佐錦魚TOP
 07月12日
 
選別思考 1794 
     
ミトコンドリアは原則的に動物に存在する。
葉緑体は原則的に植物に存在している。
動物への発展は、ミトコンドリアがしていたとすれば、動物はミトコンドリアによる誘導形態となるのかもしれない。
すると植物への発展は、葉緑体がしていることになる。
植物は葉緑体による誘導形態とすることができるかもしれない。
受精卵の初期の細胞分裂は生殖細胞によって起こるが、その後は、体細胞分裂によって形成されて行く。
もし、体細胞分裂の初期に、同じようにミトコンドリアによって初期細胞分裂が起き、その後に体細胞分裂へ受け渡しているとしたら、ミトコンドリア誘導とも考えられる。
 
2015.07.12(Sun)  土佐錦魚TOP
 07月11日
 
選別思考 1793 
     
ミトコンドリアが、働き者の下支えとして存在しているのであれば、分化は核内の遺伝子の誘導と言うことになる。
仮にミトコンドリアが誘導したとした生物とは、どのようなものになるのだろうか。
現在の生物は果たして、核内のミトコンドリアの遺伝子が初期誘導したものなのだろうか。
ミトコンドリアが全ての元となっているなら、次に共生状態となった生物にも、
ミトコンドリアの支配的作用が、届いていなくてはならない。
ミトコンドリアがその生物の核内に、何が来ても支配作用を行う遺伝子を置いていれば可能になるが、それほどの支配力や発展力を、ミトコンドリアは持ち合わせているのだろうか。
だが、ミトコンドリアは細胞の働きの基本として存在している。
 
2015.07.11(Sat)  土佐錦魚TOP
 08月10日
 
選別思考 1823 
 
稀に、雄なのにコロッとした魚が現れるときがある。
それのことごとくは、大阪ランチュウ系の雄だった。
腰も付きも叶うものだったが、尾が小さ目か並で、やがてリュウキン系が現れ、
尾が大きくなるのに数年を要している。
大阪ランチュウ系の腹形と顔と尾の大きさの発展を望むとは、リュウキン系の
福与かな腹形と幼形の顔と大きな尾を、大阪ランチュウ系へ取り入れる土佐錦魚のリュウキン化を言っている。
その幼形を取り入れると、尾も幼形になってしまうと見られる。
大阪ランチュウ系の尾に、リュウキン系が現れるのに経年を要する因果は、このあたりからと考えられる。
それまでの土佐錦魚がリュウキン化されても、なかなか満足できなかったことは、過渡期的な理由があるのだろうか。
その頃の良い形を見ると、将来の型を想像していたのか。
 
2015.07.10(Fri)  土佐錦魚TOP
 07月10日
 
選別思考 1792 
 
細胞が機能を発揮できる状態となるまでに、核に先立ってミトコンドリアが登場するのだろうか。
仮に先立つとしたら、ミトコンドリアの造るエネルギーや誘導で核が働き、細胞や器官や生体が造られて行くことになる。
ミトコンドリアはその遺伝子を、核に託していることになる。
ミトコンドリアは複雑な発達を避け、可能な生物を乗っ取っり、遺伝子を移して、自分にない生体の発展を成し遂げたのか。
植物に例えたら、葉緑体の生物がそれをしていることになる。
だが、葉緑体が植物を誘導しているとは思えない。
ミトコンドリアの方が動物的に能動的だ。
ともに欠かせない共生だから、どっちもどっちだが、基盤がどっちにあるかで、
生物のそもそもからの発展性は大きく変わる。
 
2015.07.10(Fri)  土佐錦魚TOP
 07月09日
 
選別思考 1791 
    
器官が出来る時に、必要なミトコンドリアが造られるのか。
逆にミトコンドリアが器官を誘導して造り、存在しているのか。
ミトコンドリアは自分が持っていた数々の機能の遺伝子を、宿主の核内の遺伝子へ渡している。
ミトコンドリアは、自分に必要な遺伝子だけの働き者になっている。
だけど、自分の再生を核内の遺伝子に備えている。
それは、渡した機能の中の一つだろうか。
もし、渡した機能に分化を推進させるものがあれば、ミトコンドリアが器官を誘導していることが可能となってくる。
推し述べると、器官どころか生物の多様化までを誘導していることになってくる。生物多様化の根源の一つがミトコンドリアと言うことになってくる。
 
2015.07.09(Thu)  土佐錦魚TOP
 07月08日
 
選別思考 1790 
    
また飛躍して、生物の基本的事柄から求めてみよう。
以前[心の起源を読んで]の中の別枠で、胚時代や細胞分裂時の分化は、ミトコンドリアが誘導しているのではないだろうかと、科学者が問題提起をしていた。
ミトコンドリアの前身だった生物が宿主に共生して、ミトコンドリアになったとき、宿主となった生物が、ミトコンドリアを取り込むたかちで利用したのか。
それとも、ミトコンドリアが寄生のようなかたちで宿主を利用したのか。
それとも、共生だからどっちもどっちなのだろうが。
どっちが主体で、どっちが発展形の元になっているのだろうか。
それによっては、発展形態が様変わりしていただろう。
 
2015.07.08(Wed)  土佐錦魚TOP
 07月07日
 
選別思考 1789 
    
もしその時に、ナンキンの土佐錦魚の前身化を選んでいたら、現在のナンキン系が容易く実現できていたかも知れない。
そうなっていたら、現在の苦労が少なくて済んだかも知れない。
先ず長手を減らして、尾のねじれはのちの大阪ランチュウで埋め合わせをして、
琉金で更に丸くすることができていただろう。
錦の継承や現れも、現在より確率が上がったかもしれない。
ところが今度は、背鰭の問題が新たな課題となっていただろう。
背鰭の存在は次に大阪ランチュウが掛けられた時、さらに危うくなっていただろう。
だが、背形や腰の折れ下りはさらに良くなっていただろう。
危ぶまれた背鰭の存在は、のちに掛けられた琉金が埋め合わせをしていたのではないだろうか。
それは丸手を更に進め、土佐錦魚の長手は激減していただろう。
私個人としては、こっちの方が面白そうに思えてならない。
 
2015.07.07(Tue)  土佐錦魚TOP
 07月06日
 
選別思考 1788 
    
それは、これから先の土佐錦魚の基盤を、どちらの品種に求めたかによる。
背鰭を持ち、尾のねじれを持つことを基盤に選んで、その基盤に、ナンキンの腹の出を求めていれば、腹の出がナンキン化となって[土佐錦魚の前身のナンキン化]と言える。
逆に、ナンキンを基盤に選んでいれば、ナンキンに背鰭を付けて、あとから尾の
ねじれを強化することなっていただろう。
これは[ナンキンの土佐錦魚の前身化]を選でいたことになる。
これは掛け合わせの始めから、土佐錦魚の前身を嫌ってしまったことになる。
だがこれは、現在の道と通じるところがある。
だが、土佐錦魚の前身を発展させようとした意図からは外れる。
それは、ナンキンを発展させようとした事になってしまう。
おそらくその時、背鰭の付いた子が多く出ていたと察している。
その中の尾が捲れていて太った子を選出していたと推測する。
 
2015.07.06(Mon)  土佐錦魚TOP
 07月05日
 
選別思考 1787 
    
*土佐錦魚のリュウキン化と琉金の土佐錦魚化
土佐錦魚のリュウキン化と、琉金の土佐錦魚化とでは、どこがどう違うのだろうか。
中間になれば、どっちにしても大した差はないのだろうか。
この違いは案外と大きい、現在で言う[土佐錦魚らしさ]と
[土佐錦魚属]との考え方の元にもになっている。
土佐錦魚の前身には、現在で言う土佐錦魚らしさはみじんもなかった。
今現在では、否定されているものばかりになる。
土佐錦魚の前身とナンキンが掛けられたときに、
[土佐錦魚の前身のナンキン化]と、
[ナンキンの土佐錦魚の前身化]の、どちらを選んだかと言えば、
土佐錦魚の前身のナンキン化を選んだと言える。
 
2015.07.05(Sun)  土佐錦魚TOP
 07月04日
 
選別思考 1786 
    
新しい土佐錦魚を見つけたからには、先ずは新しい土佐錦魚の固定化を進めなくてはならない。
それは、これ迄の大阪ランチュウ系を基礎とした上で、リュウキン系を活かす方向と、琉金を基礎として、それ迄の大阪ランチュウ系を活かす方向になる。
リュウキン系と大阪ランチュウ系を反目させずに、馴染ませなくてはならない。
琉金に、それまでの土佐錦魚を馴染ませることができるのか。
それ迄の土佐錦魚に、琉金を馴染ませることができるのか。
その固定化の方向を、見誤ってはならない。
その元となる大阪ランチュウまでの土佐錦魚のリュウキン化と、琉金の土佐錦魚化の違いを理解しておく必要がある。
 
2015.07.04(Sat)  土佐錦魚TOP
 07月03日
 
選別思考 1785 
    
大きさや力が表現の一つであることは確かだが、土佐錦魚であるなら、
土佐錦魚らしい大きさや力でなくては不可ない。
大きなナンキンにも、清楚さがある。
大きな大阪ランチュウにも、可愛さがある。
大きな琉金にも、優雅さがある。
ただ大きい力強いだけではただ珍しく大きいだけの、大阪ランチュウ迄の
土佐錦魚時代と大して変わらないことになる。
珍しく、大きく、力強かっただけのところに、せっかく琉金が掛けられて、
土佐錦魚としての華麗さも、優雅さも、品の良さも、可愛さも獲得したのに、
むざむざ済まされるものだろうか。
大きさの反動として、土佐錦魚に美意識が生まれたことになる。
高知人の感性は、大きいだけや力感に留まることをしなかった。
 
2015.07.03(Fri)  土佐錦魚TOP

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