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 04月30日
 
選別思考 1721 
 
*方向の一対一(内外)尾
土佐錦魚の方向性にはもう一つ、内外的で、エネルギー的で、イメージ的な方向性として、拡散と集中がある。
尾は外向的で、放つように拡散方向となっている。
後は水平方向に、後方から横方向へと、要の金座からのエネルギーの拡散を
イメージしている。
前は前方向にエネルギーを向けながら、上方向と左右方向へ拡散をイメージしている。
背鰭は、目立つほどではないが、上方向に拡散している。
前と後を纏める金座は、あたかも体からのエネルギーを発する要となっている。
尾鰭は、エネルギーの果つる形となり、
金座は、エネルギーを放つ元となり、
尾筒は、エネルギーを送る筒となり、
背鰭は、エネルギーの揺らぎとなっている。
 
2015.04.30(Thu)  土佐錦魚TOP
 04月29日
 
選別思考 1720 
 
*方向の一対一(左右)
金魚に左右の方向性があるのだろうか。
土佐錦魚はその左右の方向性を、十字線に張り出す渡りが持っている。
平付けの後も持っている。
丸手の体はどうだろうか。長手の体よりは持っている。
だがそれを左右の方向性として採り上げることが是非だろうか。
むしろ、ことさらに方向性をあらわにしては尾の特性を失う。
むしろ、方向性を保持するところに特性がある。
方向性と言うより体積的な容量で現される。
方向性を現すとしたら、長手の前後と言うことになる。
強いて体の方向性を言うならば、豊満で容量的な腹から尖った口先へとなる。
腹形は豊満性であって方向性ではない。
土佐錦魚の上見からの左右の方向性は、のちほど採り上げる課題があるので、
これで留めることにする。
 
2015.04.29(Wed)  土佐錦魚TOP
 04月28日
 
選別思考 1719 
 
すると上下の方向性は、体とすることができる。
もっぱら背鰭と腹鰭とすることができる。
それも上方向の背鰭が現していることになる。
だが普段、それを意識させられることはほとんど無い。
だが背鰭が無くなっていることを想像したならば、背鰭が上方向であることを
感じることが出来る。
蘭鋳の体では上方向を見ることも感じることも出来ない。
蘭鋳では尾立ちがそれを賄う。
土佐錦魚の尾に尾立ちを感じることは、不可ない方向になる。
上方向はもっぱら、背鰭と言うことになる。
背鰭が有っても無くても美観上は、大して関係ないように軽視されやすい。
だが塊的な体に揺らぎをもたらす背鰭は、尾の揺らぎに体を馴染ませる役目を
持っている。
 
2015.04.28(Tue)  土佐錦魚TOP
 04月27日
 
選別思考 1718 
 
*方向の一対一(上下)
土佐錦魚に上下の方向性があるのか。
一見ではそう感じられる。
何を持って方向性とすることができるのだろうか。
上方へは背鰭によって感じることが出来るとすれば、下方は腹鰭だろうか。
だが、見えない。
だが、見えることがすべてではない。
背鰭、腹鰭はいずれも体になっている。
尾には上下の方向性がないのだろうか。
反転が上方向と言えなくもない。
親骨が下方向と言えなくもない。
いずれも僅かだが、確かに方向性はある。
これも一対一と言えなくもない。
これを、ことさら方向性として採り上げることが是非だろうか。
むしろ、ことさらに方向性を露にしては尾の特性を失う。
むしろ、方向性を保持するところに特性がある。
親骨は、十字線より抑え気味が良く、前後上下に大きく動いては不可ない。
動くと抑えが無くなり、反転に支障が出る。
反転も、尾先が上方へ向き過ぎると翻(ひるがえ)りが無くなり、
軟域線が前方に向き過ぎるとベタ返りになる。
 
2015.04.27(Mon)  土佐錦魚TOP
 04月26日
 
選別思考 1717 
 
*方向の一対一(前後)
土佐錦魚の上見の中心から前後を二分する。
前半を体側(たいがわ)とするとき、中心から前方へ福与かな体から口先の尖った顔への、エネルギー的方向性が生まれている。
後半を尾側(おがわ)とするとき、中心から後方へ金座の要から尾先の朝顔の開きへの、エネルギー的方向性が生まれている。
平付けのシッカリした後(あと)は、金座から尾先へと、放射状に広がりをもち、それだけで前半との釣り合いがとれるほどの、大きな面積を占めている。
前(まえ)は、反転が前方への方向性を以て、体横の両横の空間を埋めている。
それは体が、面積的な大きな空間を埋めることができないでいることへの、補いとなっている。
体は口先への方向性として、前は反転の意思の方向性を以て、後の広がりとの面積的釣り合いをとっている。
それは対向するかのように、あたかも陰と陽のように、前後への方向性を明確にしている。
 
2015.04.26(Sun)  土佐錦魚TOP
 04月25日
 
選別思考 1716 
 
体は、手を握った拳(こぶし)のような固まり、
尾は、手をパッと開いた掌(てのひら)のような広がり。
その双方は、同じ掌(てのひら)を握っているか開いているかの違いになっている。
その両方は、正反対であっても、質量的には同じエネルギーの一つの形態であることを感じとることができる。
その拳(こぶし)は握り拳が丸手の体であって、指を長いままに纏めたような長手の体にはなっていない。
その掌(てのひら)を精一杯広げた大きな平付けの尾であって、掌を窄めたような山付けの尾でないことを感じとれる。
体と尾が釣り合ってくると、その質量的エネルギーの比率が、一対一になっていることに気がついた。
その釣り合いが新たな目標となっていった。
 
2015.04.25(Sat)  土佐錦魚TOP
 04月24日
 
選別思考 1715 
 
*比重の比率一対一
体の丸さと尾の大きさの釣り合いが、長さだけの釣り合いではないことに気がついた。
体と尾の釣り合いは、体積と面積の一対一の比率となって現れていた。
本来は比較できない対象と思われる。
それが視覚によって、視認として実感できる形容となっていた。
面積的には、尾に及びもつかない体。
体積的には、無きに思える尾。
どうして釣り合って見えるのだろうか。
広い尾を丸めると、体に匹敵する。
丸い体を広げると、尾に匹敵する。
それを、感覚的に感じとっている。
感覚的対比と言える。
 
2015.04.24(Fri)  土佐錦魚TOP
 04月23日
 
選別思考 1714 
 
*長さの一対一
丸手が見られるようになると、体長が短くなり、体幅ができて、体長と尾長が釣り合っているように感じられてきた。
長手から丸手になって、体と尾が近づき、体と尾の一体感がよりまとまってきた。土佐錦魚の和金離れと言える。
和金様の長い体に和金様の小さな尾から始まってから、やっと和金離れをした丸い体と大きな尾を手に入れることが出来た。
それまでは体は丸く、尾は大きくが、それぞれの目標だった。
それぞれの目標が達成されても、体と尾の比率が問題になるまでには到っていなかった。
体と尾の比率を、見定めるところには至っていなかった。
体と尾が釣り合いを見せてくると、丸い体の長さと大きくなった尾の長さが一対一になっていることに気がついた。
その釣り合いが、とても良いことに気がついた。
その釣り合いが新たな目標となって行った。
 
2015.04.23(Thu)  土佐錦魚TOP
 04月22日
 
選別思考 1713 
 
体と尾の一対一の比率が見えると、体と尾の比率を成り立たせている、様々な
一対一の比率も見えてきた。
*長さの一対一
*比重の一対一
*方向の一対一
*静と動の一対一
*重要度の一対一
*丸い体と一対一で均整する土佐錦魚の尾
*長い体と一対一で均整しない土佐錦魚の尾
これらへの目覚めは「土佐錦魚とは」の理解へと繋がり、理解は認識をもたらし、認識は土佐錦魚の規格へと導いた。
 
2015.04.22(Wed)  土佐錦魚TOP
 04月21日
 
選別思考 1712 
 
さて、それを追求するにあたり、ここでかなり以前の項目の土佐錦魚の成り立ちの続きに立ち返り、探ることをする。
一対一の比率の誕生
*体と尾の比率一対一
琉金が掛けられてから、丸手の体が確立されたことによって、
そして、土佐錦魚の尾が大きくなったことによって、
そして、渡りを感じられるようになって、
質の違う体と尾が、何故か均衡しているように見えてきた。
体と尾の比率が、一対一になった魚が出てきたことによって、
実際に一対一を目にすることができて、
体と尾が均衡している、と次第に気付いて行った。
その気付きが目指す土佐錦魚を、次第に思い浮かばせ、これが目指す土佐錦魚だと気付かせた。
ここから現在の土佐錦魚へ、人と魚との二人三脚が始まった。
 
2015.04.21(Tue)  土佐錦魚TOP
 04月20日
 
選別思考 1711 
 
体がナンキン系の苺型で、それでいて良い尾にするには、尾はナンキン系を脱しなくてはならない。
逆に、良い尾には卵型の体が着き易い。
なら、卵型を苺型に近づければいい。
すると、胸椎と頭骨がナンキン系になれば良いことになる。
すると、品良くより土佐錦魚らしくなるが、可愛さが薄れる。
すると、顔にも大阪ランチュウ系が少し残って良いことになる。
すると、大阪ランチュウ系を基本とする骨格の胸椎と頭骨に、ナンキン系を
載せれば良いことになる。
すると、目幅も口先も体側線にも、作りが必要になってくる。
すると、骨格としてはナンキン系を基本としないことになる。
すると、腹と体には琉金系を、腰椎にはランチュウ系を載せて、尾椎には
大阪ランチュウ系をそのまま現すことになる。
 
2015.04.20(Mon)  土佐錦魚TOP
 04月19日
 
選別思考 1710 
 
苺型は、ナンキン系の体を象徴している。
ナンキンから貰っている顔と腹形を象徴している。
土佐錦魚には、二型が並んで認められていることになる。
その並び方が、面白い。
[◯◯に、こしたことはない]の◯◯に入るのは、苺型になる。
苺型ではない卵型は、大阪ランチュウ系の形に限られている。
これには体型のみで顔が含まれていない。
だが土佐錦魚の体型には、顔を切り離せない。
ナンキン系が苺型になり、琉金形が更に丸いおにぎり型になる。
ナンキン系を素直に作っていれば自ずと長手傾向の苺型になる。
ナンキン系を作らなければ、次第に長くなって行く。
高度な作業はいらない。むしろ下手なことをやらなければいい。
それなのに、何故か苺型の体には良い尾が付きづらい。
 
2015.04.19(Sun)  土佐錦魚TOP
 04月18日
 
選別思考 1709 
 
一方卵型と言う形容からは、小さな口先や目幅の狭さや直線的で尖鋭な顔や直線的な体側線の印象は受けにくい。
大阪ランチュウ系は卵虫というような、コロコロとした卵からの印象を受ける。
蘭鋳の場合は、肉瘤のある頭を除いた体を、卵型とか小判型とか言っているのだろう。
土佐錦魚では、頭(かしら)と呼ぶことはなく、顔(かお)と呼び、顔と体は滑らかな繋がりを要し、顔と体を一体としているが、卵型では顔を含まない体の印象になり、苺型では顔を含んで体と一体となっている。
卵型は、大阪ランチュウからの引き継ぎ的体型となっている。
土佐錦魚の顔は、人間の顔のように、重要な表情を持っている。
土佐錦魚の整った顔は、品を現す最も重要な要素となっている。
最も飼い主の感性を表現してしまうところともなっている。
顔と体とを一体とするならば、後腹から口先までを一体として形容している苺型が似合っている。
 
2015.04.18(Sat)  土佐錦魚TOP
 04月17日
 
選別思考 1708 
 
いろいろな角度や筋道から過去を振り返ることで、未来を見据えることができるのがろうか。
現在、遅々と進まない理想の土佐錦魚への歩みは、理想の土佐錦魚への意識の薄さだけが原因ではないだろう。
それは、土佐錦魚属を指示して止まない人達だろうか。
それとも、土佐錦魚の前身が足を引っ張っているのだろうか。
それとも、土佐錦魚の前身が人間を長手指示にしているのか。
ナンキン系の顔や腹を得ると、リュウキン系の尾が付きやすい。
これを招いているのが、陰に潜んでいる土佐錦魚の前身になる。
琉金が大阪ランチュウを通り越して、ナンキンと結び付きやすいことにも、土佐錦魚の前身が陰で介在している。
長手の育て易さ、安定のし易さ、尾の大きさにも介在している。
大阪ランチュウ系がその間に割って入る余地は少ない。
その訳は、二者択一的要素があてはまる。
 
2015.04.17(Fri)  土佐錦魚TOP
 04月16日
 
選別思考 1707 
 
腰部にランチュウ系の折れ下りを求めれば、腹部と胸部もランチュウ系の骨格へと進み易い。
それなら、腹部と胸部と腰部が一体となった土佐錦魚独自の骨格が生まれればいい。それが四半円に近い曲線の後背と、直線的な前背になる。
すると、今までランチュウ系の骨格と言っていたのが、範囲的に間違いだったと言えてくる。
結局土佐錦魚である以上、全ての複合型に立ち戻り、結局は大阪ランチュウ系が基礎になる。
(詳しくは、大分先になりますが横見にての骨格図絵の時に再びとり上げます)
 さてさて、考察の立ち位置を変え、帰り見るように方向が一八〇度変わると、それ迄の見方もまるで変わってしまう。
だが面白いことに、見る筋道は変わっても、結論的には大して変わらないところへ辿り着く。
過去への見方では、成り立ちを説明できると思えるが、未来への成り立ちも説明できているのだろうか。
未来とは、理想の土佐錦魚を指している。
 
2015.04.16(Thu)  土佐錦魚TOP
 04月15日
 
選別思考 1706 
 
さりとてあまりランチュウ系を持ち上げてしまうと、大阪ランチュウ系の陰が薄くなってしまう。
ナンキン系とランチュウ系の間を解決する程度が、大阪ランチュウ系になってしまう。大阪ランチュウ系が基礎であることを忘れては不可ない。
ナンキン系と大阪ランチュウが結びついただけの物足りなさを、発展系のランチュウ系が埋めてくれるはずだったが、典型的なランチュウ系になると、腰回りは良いものの、その腹部と胸部と頭部に邪魔物を感じてしまう。
この上手く結びつかないところは、土佐錦魚としてではなく、蘭鋳として発達した腰部に問題があるのではないだろうか。
ランチュウ系の腰部が欲しいばかりに、土佐錦魚としては難しい骨格を望み。
そこに琉金が絡んでいることを忘れている。
蘭鋳並の腰部の折れ下りを求めれば、腹部と胸部と頭部に犠牲を強いてしまう。
背鰭が有る以上琉金系の関与は欠かせない。
 
2015.04.15(Wed)  土佐錦魚TOP
 04月14日
 
選別思考 1705 
 
我池では、大阪ランチュウ系の熟してくれた魚が既にいる。
金座に拘っていると、それは当然となってくる。
大阪ランチュウ系は、ランチュウ系の元となっている。
そして長い間、充実を図られている。
だがそれを、意識して図っている人は少ない。
ナンキン系を意識していれば、種(たね)として必要視する。
大阪ランチュウ系を意識していれば、種として必要視する。
注目していれば、意識して残すことになる。
大阪ランチュウ系は、腹部まで幅をもっている。
腹部の豊満さが背の幅を卵型の様子にしている。
それは背の段差が滑らかなことを意味している。
ところが、腰になると物足りなさを現している。
そこで、ランチュウ系の誕生が求められた。
 
2015.04.14(Tue)  土佐錦魚TOP
 04月13日
 
選別思考 1704 
 
これは、土佐錦魚らしさからすると、歓迎されない方向となる。
そして作られた土佐錦魚と、生命力のある土佐錦魚属との、せめぎ合いが果てしなく続く筋道ともなっている。
土佐錦魚属は、芸術界を目指していない。
土佐錦魚属は、生命力と力と勢いを売りにしている。
これに圧倒されて求める人は、これも同類項の勢いのある人達と言える。
「土佐錦魚は未だ固定されていない」と言う言葉は、この辺りを語っている。
「土佐錦魚らしく固定されていない」こんな印象を受けると、荒れた遺伝子と
判断している。
我池では温度管理を行っているが、産卵期間には必要最小限度にしている。
無闇にはしていない。それでも影響を抑え切れていない。
産卵完了後には、構えて行なっている。
するとやはり荒れ方向に変化が出てくる。その辺りがやっと見えてきている。
 
2015.04.13(Mon)  土佐錦魚TOP
 04月12日
 
選別思考 1703 
 
だが荒れた遺伝子の魚達には、生命力が備わっている。
人間はそこに、知らず知らずのうちに惑わされてしまう。
特に丈夫と言うことは、土佐錦魚にとって至極有り難い。
だが、その魅力を振り解いてでも、土佐錦魚らしさを遺伝子に求めなくてはならない。土佐錦魚らしさは主に遺伝子にある。
遺伝子が素直なら、遺伝子が荒れていないことになる。
素直な遺伝子を求めていても、実状がそれを許してくれない。
それは、人間が生命力に惑わされているにすぎない。
それでは、人間がどんな時に荒れていると判断するのだろうか。
荒れた遺伝子では、既に生命力に偏っていることになる。
その偏りを荒れたと表現している。
荒れた遺伝子はやはり土佐錦魚の前身へ、その元への戻りの筋道となっている。
 
2015.04.12(Sun)  土佐錦魚TOP
 04月11日
 
選別思考 1702 
 
環境に合わせて形を変えてでも種を残そうとした時には、例外以外は全部孵化して、環境に淘汰させた方が有利になる。
その形が多様性や進化と言われる。これが金魚になる。
これが土佐錦魚にとっても妥当で、原理的にも適用できるなら、温度が土佐錦魚の形態や機能へ、大きく影響している。
いろいろの種が掛けられている土佐錦魚は、いろいろな適応への、いろいろな奇形や先祖帰りが出ても不思議ではなくなる。
その不思議ではなくなった状態が多く出ている時に、人間は荒れた遺伝子と言っている。
なら、荒れた遺伝子は、どのような状況で出来るのだろうか。
単に、元から遺伝されているから、だけだろうか。
その時の環境で誕生してから、遺伝して行くのだろうか。
もしそのようなものであれば、後には選別淘汰されているはず。
そうすることが、人間の役目になるはず。
 
2015.04.11(Sat)  土佐錦魚TOP
 04月10日
 
選別思考 1701 
 
金魚にも共通するようなところがある。
だが金魚は、奇形でも孵化する。
そのワニの子は、孵化した時点での奇形が少ない。
狭い温度帯に適応できた卵だけが、孵化をしている。
ここで終わらせないで、孵化できなかった卵に思いを巡らそう。
その時の温度に適応できなかった卵を異常卵としないで、別の温度帯に適応している卵と仮定してみよう。
例えば、もっと高い時の温度帯の卵と、ずっと低い時の温度帯の時の卵が同時にあれば、個体差であっても適応温度帯が広がり、異常気象の時にでも対応でき、種としては絶滅しないで済む。
それは異常な高温や低温でも、種としての形が保てる性質となる。
どの温度帯でも形を変えないで種を残そうとした時には、適応外は孵化しない方が、異常な性質で適応するより有利になる。
 
2015.04.10(Fri)  土佐錦魚TOP
 04月09日
 
選別思考 1700 
 
先日のテレビでワニの研究者が、卵の孵化率を言っていた。
その種のワニでは、孵化しない卵の率がけっこうあると言う。
孵化しなかった卵を調べてみたら、奇形だったり未形成だったりして、孵化する能力まで達していなかったと言っていた。
形成していることが、孵化できる条件と考えられる。
ただ残念なことに、それ以上の言及はされていなかった。
普通奇形とかは、環境悪化と相場が決まっている。
そして奇形で産まれてから、競争に負けて淘汰されて行く。
そのワニの種では孵化しないで、卵の内で淘汰されてしまうことになる。
その作用は孵化時の温度が高いと卵の中で奇形が発生して、孵化しなくなっているとのこと。
巣の場所や、卵の場所や、気候の環境条件で、個々の卵への温度差が生じる。
だがこのワニの種では、毎年通常的な温度差でも未孵化卵が出るとか。
このワニの種ではすでに、未孵化卵によって自然淘汰が行われている仕組みと言える。
無事孵る卵を選ぶことによって、その時の環境にあった自然選択を行っていることになる。
 
2015.04.09(Thu)  土佐錦魚TOP
 04月08日
 
選別思考 1699 
 
土佐錦魚の鮒尾は、退化と言っても良いかも知れないが、その段階の遺伝子が働いてしまっただけとも言える。
その段階は土佐錦魚の段階で、鮒尾の段階にはなっていない。
鮒型であっても土佐錦魚からの出現であって、鮒ではない。
尾翼型が発展段階であったように、鮒型でさえ土佐錦魚の過去の段階となっている。それはほんのちょっとでも緋鮒より金魚に近い特徴を何処かに持っている。
それは、環境要因が未だに導いているのだろうか。
それは、数ある対立遺伝子の選択の内なのだろうか。
そうとすれば、対立遺伝子は、かなりの幅や箇所を持っていることになる。
産卵期の親の体内で卵が成熟する時に、温度条件等で選択肢が狭められ、重なる条件で決定付けられて行くのか。
 
2015.04.08(Wed)  土佐錦魚TOP
 04月07日
 
選別思考 1698 
 
サクラ尾はサバ尾には長さが短く、玉リュウには幅が狭い。
ま、玉サクラとでも名が付いていれば存在感があっただろう。
ここで聞いてみたいことは、玉サバと玉リュウの稚魚の時の尾型になる。
おそらく、初期の時には似たような形と思われる。
土佐錦魚も大して変わらないが、それでも丸手と長手の体は、どことなく感じることができる。
だが尾型は、開き具合が見える程度で勘が付かない。もう少し成長を待たなくてはならない。
玉サバと玉リュウの場合を、土佐錦魚になぞらえてみる。
同じ琉金の変種の段階となってから変化は始まるが、この段階では小型なだけで、玉サバと玉リュウと桜状の判別は付かない。
尾が異なる変種の段階の初期では、基本の形の桜状と思われる。
段々基本の形の桜状から、玉リュウと玉サバ双方への流れが生じ始めると推測する。
 
2015.04.07(Tue)  土佐錦魚TOP
 04月06日
 
選別思考 1697 
 
長尾型への発展形は、鰭棘の長さが発達したことによって、一条あたりの幅が
狭い直条になって、よって尾幅が狭くて、尾先の丸さが少ない、伸長方向の発達となった。
[[玉サバ]の[サバ尾]の長尾型と[玉リュウ]の幅尾型は、今や別の種のような様相になっていながらも、
玉リュウは、サバ尾の進化型、
サバ尾は、玉リュウの退化型、と受け取られがちになる。
ここには、中間的な桜状が登場していない。
桜尾は開き尾にしか存在しないから当然だろう。
この種には桜状が出ないのだろうか。
おそらく出ているだろう。
おそらく、どっち付かずの扱いになっているのだろう。
例えば三種にして、リュウ尾、サクラ尾、サバ尾にしていれば、サクラ尾の居所が在っただろうに。
なにかいつも存在感がない。
 
2015.04.06(Mon)  土佐錦魚TOP
 04月05日
 
選別思考 1696 
 
ここに登場したオタマと似た形で[玉サバ]と言う種が、新潟地方にある。
玉は、琉金のように玉のような体形を指している。
サバは、鮒尾型のことを言うと書いてあった。
[サバ尾]と呼ばれている尾鰭は、鰭条が長く尾先は尖り気味となって尾幅が狭い。これは、鰭棘が発達して長くなっている。
別に[玉リュウ]と呼ばれている尾鰭は、[玉サバ]の[サバ尾]に対して
一条あたりの幅が広い直条で、尾幅が広くて、尾先の丸みが大きく、鰭条が短い幅尾型の発達となった。
体型は同じでも長尾型と幅尾形で名称が変わっている。
これは、鰭棘の長短の発達の違いとなっている。
これは、鰭棘の長短の発達によって、軟条の幅の発達へどう影響したかを、
長尾型と幅尾型で現している。
 
2015.04.05(Sun)  土佐錦魚TOP
 04月04日
 
選別思考 1695 
 
荒れた遺伝子は、先祖的方向へ働いていることが多い。
先祖帰りやごく少数のずば抜けた魚の出る可能性がある。
その代わり、鮒尾や奇形の出る確率も高くなり、最悪になると荒れたままで終わることもある。
両極端となり、平均的高水準は望めない。
鮒尾は、単に究極の先祖帰りか、それとも土佐錦魚の前身と、流金と三つ尾のせめぎ合いが導いているのだろうか。
大阪ランチュウを子引きした先達から、そこを聞きたかった。
大阪ランチュウでは鮒尾が少なかったとなれば、琉金が掛けられて、土佐錦魚の前進の背鰭の作用と重なってしまい、鮒尾への道が新たに開かれてしまった可能性が高まる。
共に和金以前の働き掛けとなっているのだろうか。
流金でさえオタマ(リュウキンの鮒尾)がでるのだから、土佐錦魚にも鮒尾が当然のように出てくるのだろうか。
 
2015.04.04(Sat)  土佐錦魚TOP
 04月03日
 
選別思考 1694 
 
そこまで詮索を進めてしまうと、素直な遺伝子から一枚や長手が出ても当然と、
取り沙汰されてしまうことになる。
先祖的方向へ向いていても、有効に働く要素を持った遺伝子が、僅かでも必ず
存在していると確信している。
素直な遺伝子の時には、数えられる程度の鮒尾に近いハネと、ほとんどまともな土佐錦魚になる。
先祖離れがあることになる。
先進性になるのだろうか。
先進性を得ると先祖帰りを望めない。
これは、群を抜いた良魚が望めないことにもなる。
だがこれは、高水準が揃っていることにもなる。
その水準を更に高めて行けば、高水準な固定へと進んで行ける。
そこから舵鰭二枚へ絞って行くことも、可能となるだろう。
その先として、高水準で舵鰭二枚の理想の土佐錦魚を求めることが出来るだろう。 そこからでも遅くない。
 
2015.04.03(Fri)  土佐錦魚TOP
 04月02日
 
選別思考 1693 
 
ここでの三つ尾指向は、大阪ランチュウと土佐錦魚だけとなる。
やはり、三つ尾指向に主的な問題があると思うしかない。
大阪ランチュウと土佐錦魚の三つ尾に、舵鰭二枚が存在するのだから、そこから推すしかないだろう。
舵鰭二枚を大切に思うこと、これからの目標とすることは、それまでの事態を
了解した上で、奨励することが望まれる。
舵鰭一枚を否定せずにいても、流れは二枚へとなっている。
だがその流れは、土佐錦魚の型の追究よりも優先されるものとなっては不可ない。急がなくても、何れは二枚になって行く。
土佐錦魚の舵鰭一枚を否定することは、挿しを否定するような履き違えや、
行き過ぎた行為に進む恐れがある。
『二枚だけにしてしまうと、良い土佐錦魚がいなくなる』は、
このあたりも示唆していたのだろうか。
 
2015.04.02(Thu)  土佐錦魚TOP
 04月01日
  
選別思考 1692 
 
ただし、大阪蘭鋳がナンキンの系統を強く引いていたとしたら、尾は長く大きめになっても、手は丸いことも考えられる。
すると舵鰭二枚の可能性も高まる。
そこに流金が掛けられて、背鰭のある種としての正中線的作用が加わったことが、再び舵鰭一枚を増やし、二枚の接近型を復活させる可能性に繋がったとも
考えられる。
また琉金独自の舵鰭二枚が、それまでの土佐錦魚の二枚と素直に繋がったかにも、疑問が残っている。
琉金にも尾幅の広い系統と、尾幅は狭く長い尾の系統がある。
仮に選ばれたのが三つ尾系とすれば、尾幅は狭くても長い尾の系統となり、
舵鰭一枚の方の可能性が高くなる。
琉金も四つ尾指向となっていても、当時が今日程とは思えない。
  
2015.04.01(Wed)  土佐錦魚TOP

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