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 02月28日
 
選別思考 1660 
 
ここにも「口は小さいにこしたことはない」なんて言葉が出てくるのだろうか。妙に言い当たっている。
詰まりは三つ尾を基準として三つ尾に近ければ標準としている。
小さい口を基準として、小さい口に近ければ標準としている。
かと言って奇形で小さ過ぎる口も、奇形的で小さ過ぎる口先も違和感を生じさ
せる。目幅に見合った口幅と言うことになる。
目幅が広ければ、もはや小さい口は意味をなさないことになる。
基準の目幅があってこそ、基準の口先が存在を発揮する。
三つ尾も摘んでいれば奇形で、ツマミに近ければ奇形的になる。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」度を超したツマミは基準に近くてもハネになるが、桜尾は標準扱いされる。
「三つ尾に越したことはない」という言葉は、三つ尾支持に規定を認識する余地を与えているが、けっして賛美はしていない。
どちらも標準の理想化から生じた、基準ということができる。
 
2015.02.28(Sat)  土佐錦魚TOP
 02月27日
 
選別思考 1659 
 
美観を損なうまでの桜尾は、問題点になる。
正中線を途切れさす桜尾は、美観も損なっている。
挿していると細い口先から尾芯先までが一筋に通って見える。
土佐錦魚の円の縦の直径の筋として繋がっているように見える。
挿していないと、肝心な中心点近くで筋が途切れてしまう。
尾を支える意味でも、美観からしても、土佐錦魚らしさからにしても、挿しを
無くすことは土台無理となっている。
そこまで正中線に拘るのなら、深い桜尾も正中線の最後を途切れさせている。
「三つ尾に越したことはない」と言う言葉は、ここも含んでいたのだろうか。
桜は本当に、正中線の最期を台無しにしているのだろうか。
もう一つの正中線の反対方向の口先は、線状になっていないのに正中線を阻害していないのだろうか。
 
2015.02.27(Fri)  土佐錦魚TOP
 02月26日
 
選別思考 1658 
 
正中線への潜在的なこだわりが三つ尾至上を持ち上げ、桜尾の毛嫌いへ至って
いると考えたい。
好き嫌いを元にした漠然として根拠に乏しく、素人でも取っ付き易い良し悪しからの説とは思いたくない。
三つ尾への拘りは、舵鰭二枚への拘りと似て悪いことではない。
拘るあまりに、舵鰭一枚や桜尾を排他することが問題となる。
桜尾は、正中線を解放する作用になっている。
正中線から見るとせっかく最期まで通したい正中線を、桜尾の割れが台無しに
していると、言いたくなる。
その僅かが、最後の締めくくりを甘く見せているのだろうか。
だがその程度のことなら尾芯がちょっと曲がっても損なわれる。
ツマミのように、太さが不自然でも損なわれている。
深めの桜尾は、正中線の最後の印象を途切れさせている。
 
2015.02.26(Thu)  土佐錦魚TOP
 02月25日
 
選別思考 1657 
 
だが、盛り上がってきたところの稜線は無く、乱れている。
尾筒は幾らか太くなっていても、挿しているので収束している。
筒筋も肩筋も無くなってはいない。元は土佐錦魚になっている。
土佐錦魚の背の凹みの補いは、背側筋だけでは無理に思える。
欠損したと見られる傾斜筋の復活ができないと、綺麗には補充できないと
思える。
ランチュウは背鰭がなく、担鰭骨がなく、稜線がハッキリしなくなり、
その分の背側筋が発達している。
傾斜筋がなくなればもう単純に普通筋と呼んで良いと思える。
担鰭骨は、鰭がなければ必要なくなり存在する意味がない。
だが正中線は、高等生物の基本として意味を失うことはない。
土佐錦魚からすると、ランチュウの背鰭がないことや、尾芯が挿していないこと、しいては四つ尾までが正中線異常と思える。
土佐錦魚では、正中線が最重要な基本線となっている。
 
2015.02.25(Wed)  土佐錦魚TOP
 02月24日
 
選別思考 1656 
 
ところが、土佐錦魚の担鰭骨は意外と小さい。
それに比べて傾斜筋と思われる筋肉は、頑張っていると言える。
それにしても、背骨から背鰭までの背肉があまりにも少ない。
腹部の存在が、あまりにも大きくなっているせいだろう。
傾斜筋であっても、ヒラメとは違った発達形態になったと思われる。
傾斜筋と背側筋が一体となっているかにも見える。
もしかすると担鰭骨が無くなっても、背の中央付近には、傾斜筋の名残が存在しているのかも知れない。
我池のランチュウ土佐錦魚は、担鰭骨が無くなった分凹んで、盛り上がりをなくしている。だがそれも当歳の時には顕著だったが、二歳、三歳と盛り上がってきている。
凹みが少なくなって平ら迄になっている。
同時に折れ下りも良くなってきている。
背惻筋がその分、発達したと見られる。
 
2015.02.24(Tue)  土佐錦魚TOP
 02月23日
 
選別思考 1655 
 
[吻端から背頂までが背上がり、背頂から尾付きまでが背下り]
[背上がりは、吻端から背頂まで直線状を求められている。]
[背下がりは、背頂から尾付きまで弧状を求められている。]
土佐錦魚の背弧に必要な背高は、腹椎の範囲が造っている。
背下がりは、腹椎と腰椎と尾椎の総合で造っている。
[背下がりの基準は、四半円弧になっている]
[背下がりの標準は、四半円弧的になっている]
[背下がりの弧の状態を背弧(せこ)と言う]
この魚の背が、腰が、筒が流れているので、弧(背弧)になっていない。
この魚の背弧には甘さがあるなどと表現する。
背鰭にある担鰭骨の上への発達が、背の高さと弧を造っている。
担鰭骨の両脇にある傾斜筋(ヒラメの縁側にあたる筋肉)が、担鰭骨を支え、
背鰭を支え、背高を高めている。
背鰭両脇の背幅に発達している。
 
2015.02.23(Mon)  土佐錦魚TOP
 02月22日
 
選別思考 1654 
 
だがこれは、背鰭がないことが前提条件になっている。
背鰭があると、背のほとんどを担鰭骨に占められてしまう。
背付けから尾付けまでを、稜線に占領されてしまう。
担鰭骨の作用で、上への生長となってしまう。
背の丸さや背高には有利でも、太い尾筒には不利になる。
背鰭終いから挿しまでの距離を見るだけでも、尾筒の短さが判り、
背鰭の後部(腰部)を巻き込まないと、腰から筒の折れ下りが実現しない困難さを実感させている。
大雑把には、筒も、腰も、尾椎の範囲とされている。
土佐錦魚では、腰と、筒の範囲を分けている。
腰の折れ下りとは、腰の角度と尾筒の尾付きまでの下りを言う。
蘭鋳では腰の角度で大方が決まるが、土佐錦魚では、腰の弧状の角度を得るためには背高が必要となり、背高を得て腰の弧状を得ると、今度は尾筒の水平基準線までの下りを求められる。
これが尾椎の範囲となり、付きと同調するために悩みの種となる。 
  
2015.02.22(Sun)  土佐錦魚TOP
 02月21日
 
選別思考 1653 
 
土佐錦魚のように神経棘(背筋)の影響が強いと、挿しや稜線がちゃんと現れて、同時に背鰭が綺麗に誘導されている。
その代わり、背幅や尾筒の筋肉的発達が望めなくなっている。
神経棘の弱まり具合で担鰭骨の形成が中途半端だと、ランチュウのような背の
乱れになってしまい、
そして、担鰭骨形成までに及ばなくなると、背鰭が綺麗になくなり、
もっと後退すると、背筋や稜線が目立たなくなり、
さらに弱まると、背の弧そのものが弱まり、なだらかな背となり、平に近い背となって、腰の折れ下りだけが強調されて行く。
しかし稜線があっても、腰の折れ下りにはそれほど影響していないことは、我池の個体から観察することが出来る。
稜線はあっても腰の折れ下りには影響が少ないことは、土佐錦魚にとって朗報になってくれるはずだ。
 
2015.02.21(Sat)  土佐錦魚TOP
 02月20日
 
選別思考 1652 
 
蘭鋳の筒の椎弓と、背肩の椎弓へは、椎体から稜線を造る信号が出ないか、
届かなくなっているものと考えられる。
椎体から背筋や稜線や背鰭を造る信号が出ない種がマルコ系となり、
先祖帰り的奇形が帆柱方向となる。
椎体から背筋や稜線や背鰭を造る信号が出ている種が琉金系となり、
やはり、先祖帰り的奇形が和金方向となっている。
背鰭と稜線の有無の信号は、一連になって出ているのだろう。
造るか造らないかの信号は、二者択一になっている。
例え何方が選ばれたにしても、同様な方向に先祖帰りしている。
どちらも先祖的な位置から、反発的な方向が選択されている。
どちらからも真逆の方向が選択されて、選別が重ねられている。
当然骨格は真逆に異なり、当然飼育方法も真逆に異なる。
当然、蘭鋳の飼育方法をする程土佐錦魚は作れないことになる。
当然、土佐錦魚の飼育方法をする程蘭鋳は作れないことになる。
 
2015.02.20(Fri)  土佐錦魚TOP
 02月19日
 
選別思考 1651 
 
このことから、挿しが稜線へ大きく影響していることが解る。
だが土佐錦魚には、挿していなくても稜線があり、背筋がある。
逆に、稜線(背筋)が挿しに大きく影響していることが解る。
それは挿しが影響を受けていても、稜線を直接造っていないことが解る。
金魚であれば全種が挿しているのだが、挿していないように見せているのが、
背筋との繋がり方と言うことになる。
背鰭の無い種では、背筋が無いから挿して見えないことになる。
背鰭の鋸目のある棘条が欠損すると、背鰭全体が欠損し易い。
背鰭の鋸目のある棘条を支える小さな棘条が欠損すると、棘条と肩筋との繋がりが欠損し易い。
尾鰭の尾芯を支える小さな棘条が欠損すると、棘条と筒筋との繋がりが欠損し
易い。この欠損の仕方は同様と思われる。
 
2015.02.19(Thu)  土佐錦魚TOP
 02月18日
 
選別思考 1650 
 
土佐錦魚の挿していないハネを見ると、その部分に稜線がない。
稜線がないとエグレて見えること、
エグレて見えるところには、平たく鱗が見えていること。
さらにもう一つの、内部の起因を探ってみよう。
これは神経棘が一本後退したか、欠損しているのか。
神経棘の欠損はまず考えられないので、後退したと見てみよう。
挿していないと見えている平たい鱗のところから、蘭鋳の筒はできているの
だろう。それは、挿しになっている境目の神経棘からの棘条が出ていないこと
から始まっているのだろうか。
それとも、中途半端でなく普通になっているのだろうか。
普通になっていれば、土佐錦魚よりも一本多いことになる。
筒の稜線の作用が鮒尾の記憶をもっている、と感じられる。
琉金も出目金も鮒尾の記憶辺りから、尾翼が始まっている。
 
2015.02.18(Wed)  土佐錦魚TOP
 02月17日
 
選別思考 1649 
 
背惻筋の発達は押上る程になっているので、背幅までには発達できていない。
土佐錦魚の背幅は、背鰭の盛り上げ幅のようになっている。
それは腹部との繋がりに段差を設けている。
背肩では背鰭がないので、背惻筋の押上が弱くなるために丸みが少なく、
背幅よりも稜線が目立ってくる。
尾筒では、背惻筋を良く使っているので、肩背より太身があっても、稜線と挿しによって背惻筋の居場所が次第になくなる。
よって、筒幅をもつことが出来ない。
ランチュウの尾筒では、稜線もなく挿しもないので、圧倒的な背惻筋の発達が
見られ、筒幅を持つことが出来できている。
そこには、傾斜筋がなくなっているのだろうか。
傾斜筋の本来の役目はなくなってしまったが、背の表面を覆う筋肉として残っているようにも感じられる。
そうでないと、ナンキンの筒と大阪ランチュウの、滑らかな背と筒の丸さの
説明が付かない。
 
2015.02.17(Tue)  土佐錦魚TOP
 02月16日
 
選別思考 1648 
 
そこには、大きく抉れる必然性があった。
筒と肩背には、普通の土佐錦魚の肉付きがあった。
これは、背惻筋だけと言うことになるのだろうか。
だが、筒と肩背が普段通りと言うことは、肩背から筒に連なる筋肉が、背鰭が
なくても存在していることになる。
おそらく、背鰭がなくなると、起立筋は存在できないだろう。
すると、傾斜筋か背惻筋と言うことになる。
普段背惻筋は、神経棘の上部までしか達していない。
すると、筒と背肩の普通通りの肉付きは、背惻筋の上に傾斜筋が乗っていることになる。
傾斜筋との少しの繋がりがあるから、背惻筋との繋がりが滑らかになっている。
背鰭がある時には、起立筋と傾斜筋が共に発達していると思われ、
それを、背惻筋が押し上げていると思われる。
 
2015.02.16(Mon)  土佐錦魚TOP
 02月15日
 
選別思考 1647 
 
それは、背鰭がないことと背に幅と丸みがあることが、関係している。
傾斜筋だけではないことが伺える。
どちらかと言えば、ナンキンの筒も大阪ランチュウの筒も丸い。
どちらかと言えば、ランチュウの筒より細い。
ナンキンと大阪ランチュウの胸幅は、頭部の付け根より太い。
それは、頭部の幅が狭くなっていることから形作られている。
ランチュウは頭部が広くなっているので、ことさら胸幅が強調されることはない。
その背幅は、腰に至って急に細くなることを嫌わせている。
筒の太見をも求めていることになる。
背鰭がなければ、担鰭骨も背鰭を前後に動かす起立筋と下制筋も背筋でさえ必要なくなり、起立筋を支え且つ背鰭を左右に動かす傾斜筋も必要なくなる。
我池のランチュウ土佐錦の幼魚の背は、そのことを裏付けるように大きく抉れていた。
 
2015.02.15(Sun)  土佐錦魚TOP
 02月14日
 
選別思考 1646 
 
その理由で神経棘が稜線を形つくるまでの影響力をなくした。
その結果で筋肉が発達して、背や筒に幅と太見をもたらした。
土佐錦魚の背をよく見ると、背鰭の両脇の肉付きの段差が、頭部の付け根の
両鰓上のちょっと凹んだところにある肩骨から始まり、背鰭の両側を筒へ向い、挿しのところで収束している。
この肉付きは、背鰭を支え、腰をも支え、背と腰を運動させる筋肉となって
いる。これは稜線が、頭の付け根から挿しまで干渉していることを示している。
背鰭がなくて稜線のないナンキンと大阪ランチュウには、この段差らしきものが目立たない。
そして卵型の体から、細くて丸い尾筒が突然のように、福与かに張った後腹の
上に現れる。
これは胸から背に幅をもたらしている筋肉が、筒には発達していないように感じられる。
これが丸筒なのだろうか。
 
2015.02.14(Sat)  土佐錦魚TOP
 02月13日
 
選別思考 1645 
 
金魚のどの種でも、尾芯は棘条と繋がっている。
厳密に言うと、どの種でも挿していることになる。
挿しているか否かに見せているのは、背筋との繋がり方にある。
背鰭の一番前の支えも、直接椎弓とは繋がらずに背筋(肩筋)と繋がっている。理屈は尾芯の挿しと同じになっている。
背鰭の付け根の前が、少し抉れたようになることがある。
尾芯も挿していないと筒が少し抉(えぐ)れたようになる。
抉れ方の違いは、背筋の太さの違いになっている。
背鰭の前の少しのエグレも、挿していないからと言える。
蘭鋳には中途半端な椎弓がないとか、尾筒の椎弓の纏まりが尾を支えているとか、筒の神経棘の本数が確認できれば、土佐錦魚より筒が長いとか短いとかが、尾筒の神経棘の使われ方の違いとして言えるのだが。
 
2015.02.13(Fri)  土佐錦魚TOP
 02月12日
 
選別思考 1644 
 
挿していない蘭鋳の尾筒の椎弓は、ひたすら尾に向かっている。
尾筒に筒筋を造らないので、作用は専ら尾に向けられている。
土佐錦魚の尾筒の椎弓よりも蘭鋳の尾筒の椎弓の方が、尾に向かっている分長いような印象を受けている。
土佐錦魚でも神経棘が立っているのは、背鰭のところまでになっている。
腰になると次第に寝始める。
筒になる尾骨の神経棘として急に長くなって、寝ている。
土佐錦魚では、筒の神経棘として長さが中途半端なうえに、何処とも直接繋がっていない棘が一本ある。
それが、挿しの辺りに位置しているが挿しとは繋がっていない。
挿しは、椎弓に繋がっていないのかも知れない。
なら何処と繋がっているのか。背筋(筒筋)に繋がっている。
挿しと挿しでないところの違いは、ここにあった。
 
2015.02.12(Thu)  土佐錦魚TOP
 02月11日
 
選別思考 1643 
 
頭部と背部の接点は稜線の始まりなのか肉瘤なのか紛らわしい。
蘭鋳でも頭部と背部の接点に稜の始まりが現れることがある。
ここには、稜線の名残が現れているようにも見える。
それは、我池の背鰭も担鰭骨もないランチュウ土佐錦の肩背に存在している稜線と、挿している尾筒に存在している稜線が、ハッキリと現れていることから推し量れる。
なら何故、この魚の肩背と筒には稜線が現れて、ランチュウの筒と肩背には、
土佐錦魚のような稜線が現れないのだろうか。
背鰭がなくなっただけでは全体の稜線を消すことにはならない。
椎弓(神経棘)から背筋を造る信号が出ていないことになる。
椎弓から背筋を造る信号が出ていなくても、頭部と背部の接点(上後頭骨)からは稜線の始まりの信号が出ていることになる。
椎弓は脊椎から、上後頭骨は頭部からの、系統別を見せている。
 
2015.02.11(Wed)  土佐錦魚TOP
 02月10日
 
選別思考 1642 
 
背鰭の背筋のない蘭鋳は挿していなくて当然なのかも知れない。
挿しは、背筋と尾芯との繋がりを目に見せている。
背筋は一本の筋ではない。椎弓の先がひょろっとなって重なり連なっている。
鰭始めの筋が鰭終い迄通じていなければ、鰭は連動することができない。
各椎弓から発している本数は集約されるにしても、鰭終いからの背筋が尾筒に、
そして尾芯に繋がっていることは、尾芯も連携していることを示している。
それを尾芯は、背骨と直結していると表現している。
一方の鰭始めから背肩への背筋はどうなっているのだろうか。
鰭始めの鋸目のある棘条を支える一番短い棘条は、背筋状になって、椎弓に
繋がっている。
若い魚ほど膜骨(板骨)の頂上が背筋状になって、完成魚になる程椎弓の先が
背筋になっている。
その背筋は、稜線となって現れている。
 
2015.02.10(Tue)  土佐錦魚TOP
 02月09日

選別思考 1641 
 
正中線を最も現しているのが、稜線と言うことになる。
稜線を最も形成しているのが、背筋と言うことになる。
背筋は、背鰭の根元を背始めから背終い(尾付き)迄で繋げて、背鰭を縦てたり
寝かしたりの、縦の動きを連動させている。
担鰭骨は、背鰭の各条の個々の動きや連動をさせている。
おそらく背筋が確りしていれば、担鰭骨がなくても背鰭は横の動きができなく
なるだけで、支えられているかも知れない。
その背筋は、背鰭がない尾筒にも通っている。
と言うことは、担鰭骨が背筋を造っていないことになる。
椎弓の作用が造っていることになる。
そしてその背筋は、挿している尾芯と繋がっている。
土佐錦魚の[筋が通る]は言葉の妙で、本当に背筋が通っていたことになる。
 
2015.02.09(Mon)  土佐錦魚TOP
 02月08日   
 
孔雀思考 68   
   
もうここまで来ると、飛び抜けて優れた個体能力の持ち主としか言いようがなくなる。よって少数と言えてくる。
飛び抜けた個体能力の持ち主は、最高水準の縄張りを長期間保有し続けている
ことが考えられる。
多少の目玉模様の少なさには、雌も目を瞑るのだろう。
それよりも普段の実績の良さや、多くの優良な子孫の産出が、種に及ぼす貢献として、自然自然に、雌へ受け入れられているとも考えられる。
だが、その一方で危うさが感じられてならない。
発表者の示した縦の二分線に非常に近付いていることが、懸念材料となって
いる。
その二分線の左側へ跨いだ時には引退となり、一挙に転落の一途になってしまうと考えられる。
縄張りを追われ、生存の区域さえ危ぶまれるだろう。
 
2015.02.08(Sun)  土佐錦魚TOP
 02月07日   
 
孔雀思考 67   
   
番組でも、飾り羽が生え揃うには、四年程かかると言っている。
すると、目玉模様とモテ度のグラフの左隅に参加できるのが、四歳過ぎと言う
ことになる。
そこから右へと年々移動して行って、完熟期へとグラフの上へ向かって行くと
見ることができる。
仮に三歳までを少年期として、四歳から青年期に入るとしたら、成年期が四五度の下の方になり、四五度の上の方が青年期の盛りの時期になり、グラフの最上位の最盛期へは何年ぐらいかかるのだろうか。
最盛期はどのくらい続くのだろういか。
番組からも、このグラフからも、受け取ることはできなかった。
グラフの縦軸の要素となっているのは、成熟度となっている。
放射状の四五度の尖端は、成熟度と目玉模様の数の均整が取れていることに
なる。
すると、飛び抜けて成功率が高くて、最上段にあるのに、分岐線に近くなって、
目玉模様が少なめになっている少数の一団の、右3は、どうしてそこに位置しているのだろうか。
 
2015.02.07(Sat)  土佐錦魚TOP
 02月06日   
 
孔雀思考 66   
   
飾り羽は経年として失う機会が多くなっているが、その代わりに精力が向上していることをグラフが示している。
基準点から四五度の向上は精力と成功率の兼ね合い示している。
成功率は、縄張りの良さが上位になりつつあることにもなる。
体の大きさは、若くて繁殖に参加している雄と大して変わらないと察する。
色艶も、それほど変わらないだろう。むしろ、若い方が良いかもしれない。
すると、年を重ねるごとに最高値まで高まって行くのは、経験値と技術値と
生殖器官の成熟値となる。
比較的大型の鳥は、長生きと聞いている。
成熟にも長期間かかると推し量れる。
成熟期も比較的長期間と察することができる。
 
2015.02.06(Fri)  土佐錦魚TOP
 02月05日   
 
孔雀思考 65   
   
右1は左1の延長となって、目玉模様の増え方を示している。
それは個体差を踏まえた目玉模様の増え方であって、成熟度とは別の様相に
なっている。それはグラフの底辺に沿っている。
底辺に沿った左端から右端までを一段と捉えた時に、発表者の示した縦の二分線とは全く異なる、横の二分線が見得てくる。
このことから、目玉模様の数の横軸は、個体差を踏まえた生長年齢が大きな要素となっていることを、掴むことができる。
すると、縦軸のモテ度の成功率の要素は何になるのだろうか。
右側の基点から四五度に放射している周辺に位置する集団を、右2とする。
目玉模様が程々にあり、成功率も程々にある一団となっている。
この集団を、孔雀の成熟した大人の標準と捉えている。
右1より長生きした分年齢が上で、その分経験を積んで、徐々に良い縄張りへ
進出して、実績を積んでいる。
縄張り維持闘争の実績の分、
普段雌を抱えて守り抜いて行く分、
経年の分、
飾り羽を幾らかでも失ってゆく可能性は大きくなる。
 
2015.02.05(Thu)  土佐錦魚TOP
 02月04日   
 
孔雀思考 64   
   
左側の目玉模様が少なく成功率の低い集団を、左1としておく。
より左側は、飾り羽が生え揃ったばかりで、繁殖期を迎えることができた新参者と捉える。いまだ成長過程にあり、目玉模様が少なく、まだ色彩もハッキリしていないと受け取れる。
左側から右側の分岐線寄りへ移って行く規則性は、徐々に飾り羽が揃って行く
完成度を現しているものと受け取れる。
徐々に右側へ移って行く目玉模様の完成度は、個体差を踏まえた成熟年齢とは、少し食い違うことになる。
目玉模様の完成度は底辺に沿って行くが、成熟度は年齢と共に上方へとなって
行く。
目玉模様の完成度と成熟年齢との兼ね合いが、放射状となって現れてくる。
よって最上位は、最高年齢としてしまっている。
右側の目玉模様が多くても成功率が低い集団を、右1とする。
左1と右1を分けものは、発表者の二分線になり基点ともなる。
 
2015.02.04(Wed)  土佐錦魚TOP
 02月03日   
 
孔雀思考 63   
   
次に、発表者の二分線から右側を目玉模様が多く、成功率の良い大きな一面と
する。これも変わらないことになる。
次に、右側の面の単なる一団を、基点から始まる放射状の規則性を見出して、
新しく三分割を行う。
右側の底辺に沿った集まりを、目玉模様は多くなって行くが成功率が低い一団、とする。
次に、基点から四五度の角度周辺にある集まりを、目玉模様が程々にあり、
成功率も程々にある一団とする。
次に、分疑点からの角度が九十度上方に近く、成功率が飛び抜けた高さにあっても、中央付近の分岐線に近くて目玉模様が少なめの特殊な少数(二つ)を、
最後の一団とする。
発表者の二分線の右側を、基点から放射状に発しているを三つの集まりに分け、更に左側を加えて、四つの集団にしてから、分析すことになる。
 
2015.02.03(Tue)  土佐錦魚TOP
 02月02日   
 
孔雀思考 62   
   
 二〇一一年に発表されたグラフは、中程から左右に別れ目があるとしている。
番組では、そこに縦線を引いている。
そこは確かに、左側の目玉模様の少ない方と、右側の多い方との分け目になっている。そこはまた、成功率のモテ度の別れ目にもなっている。
だが、その分け方で見方を留めてしまうと、目玉模様の多さが、必ずしも決め手にはなっていないとしか、言いようがなくなる。
そのグラフをさらに、分岐点と、そこから始まる放射状と、そこに見られる
集まりで捉えることをすると。
縦線の目盛り二と、横線の目盛り六とが交差する辺りを、分疑点とすることが
できる。
この点から縦線を引けば発表者の二分線になる。
その縦線も、基点は変わらないことになる。
この基点から左側を目玉模様が少なく成功率の低い集まりとする。
これも変わらない。
それを左側の底辺に沿った集まりの一団とすることができる。
 
2015.02.02(Mon)  土佐錦魚TOP
 02月01日   
 
孔雀思考 61   
   
雄の元に集まった雌には、我先にと交尾する行動が見られない。
取りあえず雄は、手当り次第にお尻を向けてみる。
一羽がディスプレーに反応すると他の雌は、控えている。
はじめの一羽が交尾を済ませると、二羽目が待ち構えている。
雄はそれを解っている様に直ぐに立ち直り、お尻側を震わせる。
二羽目までは、すぐ成功した。三羽目までが成功したかは、映していなかった。
おそらく成功したとするようか。
おそらく、一番下の位のな雌だろう。
おそらく、一番経験が未熟な雌と感じられた。
おそらく、先輩の雌を見て学んでいるのだろう。
はじめの一羽が受け入れるか受け入れないかで、群れ全部の方向が決められて
いる。
一番はじめの雌が受け入れない時には、群れ全部が逃げ去る。
すべては雌次第と見ることができた。
成功率は、0%か、100%になっている。
その中の一尾が、出し抜くようなことはなかった。
交尾の順番が、順位として決められていると感じられた。
 
2015.02.01(Sun)  土佐錦魚TOP

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