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 11月30日   
 
選別思考 1638   
   
蘭鋳では、稜線が有ってはならない。
蘭鋳でも、正中線は見えなくても確かでなくてはならない。
だが、蘭鋳愛好者には、稜線でなく正中線を認識できるようなかすかな稜でも、毛嫌いしている向きがある。
それは、土佐錦魚の三つ尾至上と良く似ている。
では蘭鋳にも、正中線の現れが必要な理由とはなんだろう。
高等生物であればあるほど、正中線がシッカリしていると言う事実が繋がっている。金魚の中では高等と自負している蘭鋳には、正中線の現れがなくて良いのだろうか。
蘭鋳には背が乱れている魚がいる。多分奇形的扱いだろう。
蘭鋳にとっての稜は、正中線の現れが少し強いと言える。
稜辺りの鱗の乱れは、正中線が確認できない程弱まったことが、正中線の現れが必要であることを示唆する、乱れとなっている。
 
2014.11.30(Sun)  土佐錦魚TOP
 11月29日   
 
選別思考 1637   
   
若い成魚では、膜骨(板骨)と椎弓の形が紛らわしいが、完成魚(老魚)になると次第に単純な椎弓へと変化して行く。
棘状となった椎弓は、背筋を形作る作用があると考えられる。
棘状が、尾骨へ届く途中で稜線を形成する作用している。
その作用は背鰭を失っていても、稜線を形成している。
仮に稜線を挿しが作用しているのなら、挿していなければ蘭鋳のように稜線がなくなるはずだが、挿していない土佐錦魚の筒には、稜線が残っている。
それは背鰭がなくても、挿していなくても、筒には稜線が存在できることになる。ただ残念なことに、背鰭がなくて挿していない土佐錦魚を未だ目にしたとがないので、確かめることが出来ないでいる。
それは、最初が和金で最期に琉金が掛けられている因果だろう。
 
2014.11.29(Sat)  土佐錦魚TOP
 11月28日   
 
選別思考 1636   
   
背の稜線は見えないが、筒にはハッキリとある。
それは挿している尾芯から繋がっている。
背に見えないと言うことは、背鰭がないので背では稜線を造る要素がなくなっている。担鰭骨がその要素となっている。
だが担鰭骨が元々ない尾筒には稜線がある。
すると何が作用しているのだろうか。
背鰭から離れた尾筒の椎弓は、尾鰭へと向かって変形している。
尾筒の椎弓が変化した棘状は、椎弓より遥かに長くなって神経のような太さや色になっている。
[椎弓から神経的な変化をしている状態を棘状]と呼んでいる。
(棘状とは、完成魚の椎弓へと変化している過程とも言える)
十歳の椎弓の先は軟らかく、担鰭骨と纏わる感じになっている。
 
2014.11.28(Fri)  土佐錦魚TOP
 11月27日   
 
選別思考 1635   
   
さて、ランチュウの頭骨は幅を持っている。
それは頭骨の幅を少し持っているナンキンと、それより少し幅をもっている大阪ランチュウを経て、徐々に頭骨が背幅と共に影響を受けたて行ったからと踏んでいる。
頭骨の幅は背幅と連動している。
背幅があると稜線をつくる角度がなだらかになる。
ナンキンや大阪ランチュウの背肉の発達は、担鰭骨がないために高さより幅への発達となっている。
すると、担鰭骨は、高さへの発達を促していることになる。
背鰭を支える担鰭骨は、背高を上げる役目にもなっている。
だが、担鰭骨はその分の背を二段にしている。
我池のランチュウ土佐錦は四歳で、担鰭骨の無くなった分の背の凹みが大分目立たなくなって、平らぐらいになってきた。
するとだんだん腰折れが良くなってきた。
それがさらに稜線を目立たなくしている。
 
2014.11.27(Thu)  土佐錦魚TOP
 11月26日   
 
選別思考 1634   
   
頭骨と背骨の付け根には、下(胸)へ向かって回るく数本の突起状の骨が、神経系を発しているようになっている。
背骨の神経は運動機能や感覚機能だが、胸へ向かっている神経系は、内蔵機能にも関係しているのかも知れない。
胸鰭や腹鰭の運動機能や感覚機能は脳の関係と感じている。
そして脳から近いことは、多機能でもあると感じられる。
余談だが、背鰭の無い種は、案外早く系統樹に登場している。
それは、背鰭の無い種の方が、琉金より早く登場している。
背鰭のある種から、先祖帰り的に背鰭の欠損がでることは、自然的で不思議なことではない。
背鰭の無い種も鮒から発展した。
鮒ですら、太古に背鰭の無い時期が有ったのかも知れない。
2014.11.26(Wed)  土佐錦魚TOP
 11月25日  
 
 
選別思考 1633   
   
蘭鋳の筒には、土佐錦魚のような稜線が見られない。
肩背(背鰭の付け根から頭の付け根まで)には、頭骨の付け根に近くなる程に稜線を見かけることがある。
頭骨の付け根では間隔が広くなるうえに、後頭骨の作用が強くなり、神経棘の作用の弱まりが見られる。
神経棘は次第に弱まるが頭骨との繋がりは次第に強まっている。
前背の稜線は頭骨に近くなるほど現れ易くなっている。
だがその骨以外は弱くなっている。短くなっている。
大昔の稜線には鰭が生えていたと思える。
鰭がなくなってから稜線になって、必要なくなった神経棘は次第に、膜骨(板骨)へと置き換わって行った。
頭骨に近くなるほど鰭以外の作用へと置き換わって行った。
それが、新たな神経系との受け渡しになっているのだろう。
 
2014.11.25(Tue)  土佐錦魚TOP
 11月24日   
 
選別思考 1632   
   
親骨は、一番背骨に近い纏めの尾骨から発達したと考えられる。
親骨の付いている尾骨の隣から、前葉(下葉)が始まっている。
尾芯が挿している上葉までには、筒の厚みほどの間がある。
左右親骨の間には、付きの裏側に皿ができるほどの間がある。
昔、半世紀になろうとする昔、ランチュウの初心者だった頃、
蘭鋳には平筒と丸筒がある、と聴いたことがある。
即座に質問として返した。
「その筒型の違いはどのようなものでしょうか」
私がまだ駆け出しだったせいか「う〜ん」とだけで、教えて頂けなかった。
その平とか丸とかの筒型にも尾骨の棘の出方が、神経棘の後退の仕方が関係しているのではないかと、今になると感じてくる。
その観点から土佐錦魚の尾筒は、稜線のある丸傾向と思える。
  
2014.11.24(Mon)  土佐錦魚TOP
 11月23日   
 
選別思考 1631   
   
土佐錦魚では舵鰭も、本来の目的ではないが、推進運動の補助に携わっていると考えている。
土佐錦魚にとっての尾鰭は、本来の役目とは変わっている。
土佐錦魚の尾鰭は、推進作用を失ってしまった。
尾鰭より尾筒の振りが尾肩の進行になって、わずかな推進作用に代わっている。
この変わり様は、自然界ではあり得ない。
生きて行けない。
土佐錦魚の生きて行く術は、自然界ではあり得ない形を、飼育界で固持して行くことにある。
さらに、芸術界へ人間と共に進んで行くことにある。
人間が芸術界へ進まなければ、土佐錦魚も進めない。
人間の意識が芸術界に達していなければ、土佐錦魚も進めない。
尾骨が背骨として繋がっていたから、大きくなって平な尾鰭を支えることができている。
 
2014.11.23(Sun)  土佐錦魚TOP
 11月22日   
  
選別思考 1630   
   
鰭を本来の役目で分類すると、推進作用と、調整作用と、感覚作用の三つに分けることができる。
推進作用は主に、背骨や筋肉を左右に振ることから生じる尾鰭となっている。
移動目的の力を生み出す泳ぎとなっている。
胸鰭は水平を保ったり調整作用をしたり自在な動きでしている。
尾鰭も、胸鰭と同調して微調整をしている。
背鰭は、進行方向に対して体の垂直の維持をしている。
舵鰭は、尾の振りに対して左右方向を。
腹鰭は、開きや抵抗で、舵に近い左右や上下方向の均整を保つ。
金魚の種によっては、以外と鰭の役目が変化している。
感覚作用は主に、背鰭が上部で、腹鰭が下部を担当している。
後は尾鰭、横は胸鰭がしていると考えられる。
それぞれに流れも感知して、調整している。
 
2014.11.22(Sat)  土佐錦魚TOP
 11月21日   
 
選別思考 1629   
   
やはり尾骨は背骨でありながら、背骨の終末として上中下部の隔たりがはっきりしていない。運動機能の尾骨として発達し、尾肩が親骨の一部として血管棘と同時に変形したと考えられる。
肋骨や頭骨は、運動器官の骨とはなっていない。
内部を保護し機能を蓄え発する器官に、携わる骨となっている。
両親骨は、運動器官そのものの骨と言える。
魚類には上肋骨のような背骨から横に生えた骨をもつ種がある。
だがそれは、体の構造を支える役目が多く、運動器官ではない。
尾を根元で支えていた尾肩が直接親骨へと変化することは、案外考え難い。
下葉の鰭棘の棘状の開き尾への変化は、考え易い。
その開いた血管棘の開き方を、尾肩が一緒になって水平近くまで持ち上げていると考えれば、開き尾和金がすでに平付け近くまで上がっていることが頷ける。
 
2014.11.21(Fri)  土佐錦魚TOP
 11月20日   
 
選別思考 1628   
   
尾芯が神経棘系の変化としたとき、両親骨は血管棘系の変化とすることができるのだろうか。
それとも、同列の背骨から生えている肋骨系の対鰭の類にすることができるのだろうか。
血管棘や神経棘は、直接体外へ露出することができるのか。
できないだろう。すると作用として同様でも、変形されて露出させていることになる。
体外へ出ても大丈夫なように変化したのが、親骨や尾芯となっている。
鰭そのものが、大なり小なりそうした器官となっている。
両親骨が血管棘系として対鰭になったとしても、
肋骨関連で対鰭になったにしても、尾筒から腹側の変化となるからには、間にある舵鰭がとうの昔に二枚になっていないとおかしい。
舵鰭二枚は、開き尾から影響されたか、腹鰭から影響を受けたかのどちらかの筋道となるだろう。
或いは、双方から影響を受けていると感じられる。
それは肋骨系も血管棘系に変わりない。
 
2014.11.20(Thu)  土佐錦魚TOP
 11月19日   
 
選別思考 1627   
   
ランチュウは、尾芯の出発点を土佐錦魚より後ろからにしたことで、挿しとして現れなかった。
稜線を消すことに進んだ。
尾骨の棘状と背鰭の棘状とが、連なって繋がらなかった。
神経棘の弱まりと同調した。
背の担鰭骨も必要なかった。
尾筒の長さをもたらした。
尾筒の折れをもたらした。
腹部の長さをもたらした。
背高の低さをもたらした。
神経棘の弱まりは、舵鰭一枚を保とうとする作用が弱くなる。
二枚になる可能性が高くなる。
よって土佐錦魚より、舵鰭一枚の魚が少ないのだろう。
 
2014.11.19(Wed)  土佐錦魚TOP
 11月18日   
 
選別思考 1626   
   
動くランチュウを横から眺めているだけでなく、手に取って爪で重なりを数えるようにしないと、確かめづらい。
土佐錦魚の尾芯の重なりの出発点が、ランチュウより前にあるから、棘条の本数がランチュウより多く重なって現れている。
よって、挿しとして現れてしまう。
よって、稜線を消すことに進もうとしない。
よって、稜線で背鰭と繋がっている。
よって、背鰭と担鰭骨と遠く繋がっている。
よって、神経棘(棘状)で背骨と直接的に繋がっている。
よって、大きな尾を支えることができている。
土佐錦魚は直接的に、棘状で背骨と繋がったことによって、鮒尾との繋がりが現れ易くなった。
 
2014.11.18(Tue)  土佐錦魚TOP
 11月17日   
 
選別思考 1625   
   
すると、土佐錦魚の尾筒を短くして、尾に山付けをもたらしたのは、背鰭と言うことになる。
琉金の背鰭ということになる。
リュウキンの背鰭が尾筒に覆い被さったからなのか。
リュウキンの丸さが土佐錦魚の尾筒を詰まらしたのか。
リュウキンの背鰭が土佐錦魚の尾筒を詰まらしたのか。
それとも、挿しが尾筒を奪ったのか。
ランチュウの尾筒が土佐錦魚より幾らか長いとした時、ランチュウの尾芯の重なりが、土佐錦魚より後ろにずれていることになる。重なる本数が少ないと言うことになるだろう。
本当に少ないのだろうか。今度数えて確かめなくてはと思うものの、しげしげとランチュウを見る機会が訪れるだろうか。
 
2014.11.17(Mon)  土佐錦魚TOP
 11月16日   
 
選別思考 1624   
   
ランチュウでは、下葉の平付けが良過ぎると泳ぎが良くない。
土佐錦魚でも、下葉が平付け過ぎるとあまり良くない。
同じ平付けが過ぎると言っても、平付けの基準が異なっている。
基準が異なっていると、同じ言葉でも、度合に違いがある。
土佐錦魚で、後葉の尾芯だけが立ち気味な魚がいる。
「ランチュウ立ち」と言っている。
これは、後葉も平付けになっているのに、尾芯だけが言うことを聞かないで、浮き出ている感じになっている。
挿しているから、そこでなんとか治まっているのだろう。
挿していなかったらランチュウ程に立ってしまうかも知れない。
土佐錦魚は、入射角と反射角をそのままに、水平になるまで腰が下りることを求められている。
腰はおよそ九十度の弧の四半円の印象になるように、折れ下って行くことが求められている。
背鰭のないランチュウ土佐錦魚は、これを叶えている。
 
2014.11.16(Sun)  土佐錦魚TOP
 11月15日   
 
選別思考 1623   
   
入射角だけがいつも問題になる。折れ下りが問題になる。
しかも、ランチュウのような立ちが無くても、後葉(上葉)が山付けになっていると、土佐錦魚らしくないとされてしまう。
全てが真っ平らな土佐錦魚のような平付けは、典型と言える。
なら、それ以外は平付けとは言えないのか。
言っている。平付けには、幅や部分があることになる。
ランチュウでも、下葉の平付けが出てくる。
だが上葉には、立ちがあって山がある。
ランチュウの上葉は、平付けになっていない。
平付けと言っても、上葉と下葉とは別の見方になる。
土佐錦魚では後葉(上葉)と前葉(下葉)の両方の付きが、平付けであることを求められている。

 
2014.11.15(Sat)  土佐錦魚TOP
 11月14日   
 
選別思考 1622   
   
土佐錦魚の前身は和金型だから、尾筒が細くて長い。
ナンキンの筒は細めで、折れは大したことはない。
大阪ランチュウの筒は太目で折れはもっと増している。
土佐錦魚の尾筒もその傾向を持ている。
そこに背高と詰まる程の丸さを、琉金がもたらしたことになる。
琉金そのものはその分を筒の下りとせずに、背高に向けている。
よって筒には詰まりがあり、付き高があり、余裕の下りがない。
土佐錦魚に折れ下りを整える能力があっても、筒に余裕がないとやはり上手く腰型が整わない。
折れは入射角と反射角が影響している。立ちが関係している。
土佐錦魚には後葉(上葉)に立ちがなく、平付けになることが求められている。
反射角が水平で一定になっている。

 
2014.11.14(Fri)  土佐錦魚TOP
 11月13日   
 
選別思考 1621   
   
ランチュウの尾筒は、土佐錦魚より少し長いのではないかと、どうしても感じてならない。
それは我池にいるランチュウ土佐錦の尾筒の、エグレの背鰭終いから付きまでを計ると、一つ分ほど土佐錦魚よりハッキリと長い。
だが背高が低い。
その辺の振り分けなのだろうか。
背鰭の規制がとれると、振り分けの基準が全く異なってくる。
腰や筒が長いと余計に、折れ下ることが可能と感じられる。
今や折れ過ぎかと思えるほどになっている。
背鰭がないと、折れとはこれほど、年々進むものなのだろうか。
折れ下りは、尾筒に非ず腰に在る。
そもそも尾筒は尾骨からで来ている。
入射角と反射角と言っても、骨格はそうなっていない。
椎弓と尾芯との繋ぎ目の角度がそれを補っている。
 
2014.11.13(Thu)  土佐錦魚TOP
 11月12日   
 
選別思考 1620   
   
だが、背鰭がなくても挿しているのをどう説明付けるのか。
背鰭が無い種の誕生へ、その隙間は直ぐに動きを始めた。
挿していない筒になると、徐々に稜線をも凌ぐようになった。
尾筒という名称は、背鰭のある種には似つかわしくない。
言ってみれば、腰と呼ぶのも、何となく似つかわしくない。
言ってみれば、背鰭が無くて、尾筒や腰が有り有りと見える種からの流用と思われるが、便利なんだから良いではないか。
背鰭が有ると腰が目立たないだけで、腰はある。
土佐錦魚の脊椎は(頸椎)胸椎、腹椎、腰椎、尾椎となる。
腰椎は腹椎(肋骨)と同じ程の本数を持っている。
骨格からすると尾筒は尾椎なので尾に分類できるかも知れない。
 
2014.11.12(Wed)  土佐錦魚TOP
 11月11日   
 
選別思考 1619   
   
開き尾になったことが切っ掛けになって、挿しを失くすことへ進んだとすれば、稜線へも影響を及ぼす連鎖になったと、さらに推測を進めることが出来る。
その連鎖は、背鰭を欠損させるまでに進んで行ったとすることが、背鰭の欠損種がすべて開き尾ということから導くことが出来る。
その動きは先に背鰭がなくなってから、次に稜線がなくなって、その次に挿しがなくなったとの推測からは、逆の順序になる。
すると、現に存在する背鰭があって挿しの欠損がある欠陥が成り立たなくなる。否、欠損、欠陥だから成り立たなくて良い。
次に背鰭があっても尾筒の稜線が欠損したハネがでることから、尾筒の稜線が続いて無くなった可能性が高くなる。
次に、背鰭に奇形のハネが出ることから推して、続いて背鰭がなくなる方向へと、現存のハネから推測することが出来る。
 
2014.11.11(Tue)  土佐錦魚TOP
 11月10日   
 
選別思考 1618   
   
さて、鮒尾時代一番前(椎体に近い)の纏めの尾骨の血管棘が、他の血管棘系の鰭のように尾骨の両側から始まって、トンネル状に結合せずに左右に開いたままになったら、前葉の鰭棘が左右へ移動的に変化して開き尾になった。
このとき、上肋骨的な血管棘の上部の骨が血管棘の開き具合に作用して、より開くようになった。
鮒尾時代の上部の鰭棘(神経棘系)は、開き尾になっても動かずに尾芯へと変化した。
鮒尾からそれ迄になかった血管棘の開き尾が生じたのだから、同じ尾骨の神経棘にも影響が生じたとしても不思議はない。
のちに挿している筒と、挿していない筒とを造る動きが、一番前の纏めの尾骨の神経棘と尾筒の隙間に欠損が生じたとしても不思議はない。
背鰭のある開き尾の種では、挿しの部分がえぐれたように欠損したハネが良く出る。鮒尾では挿しの欠損を見たことがない。
開き尾でないと挿しの欠損は生じないことになる。
それは、血管棘(親骨)の左右への作用が影響している。
 
2014.11.10(Mon)  土佐錦魚TOP
 11月09日   
 
選別思考 1617   
   
その背筋は、背鰭が有ればこそ存在する。
すると、蘭鋳には存在しないことになる。
この有無が稜線尾有無になっていることは、当然理解できる。
この有無が、挿しに影響しているのだろうか。
背鰭が有ると背筋がある。背鰭が有ると挿しがある。
背筋があると挿しがある、と言えるのだろうか。
挿していないときの筒の欠損は、背筋の欠損ではないだろうか。
仮に背筋の欠損とすれば、尾芯の支えの本数が、土佐錦魚と蘭鋳が同じであっても構わないことになる。
尾骨の組織が同じでも、構わないことになる。
椎体的な大層な変化でなくても構わないことになる。
背鰭からの背筋が尾芯まで届いていれば挿しになる。
届いていなければ筒の欠損になる。
背鰭がなくて背筋がなければ、挿しでなくなる。
単純で明快に答えが出る。何れ深く追求する時が来るだろう。
 
2014.11.09(Sun)  土佐錦魚TOP
 11月08日   
 
選別思考 1616   
   
土佐錦魚では挿していないと筒のそこが抉れたように欠損する。
なぜ、欠損してしまうのだろうか。
欠損したところの下の尾芯の支えは、挿したままになっている。
すると、挿していないことは尾骨が一本少なくなっているのか。
おそらく尾骨の数は変わらなくて、その一本が筒になっているか、尾芯の支えになっているかの違いと考えられる。
すると挿している尾芯は支えが一本多いことになる。
もう一つ、気になっていることがある。
背鰭の一番前の帆柱の支えから始まって、背鰭の付け根を背鰭仕舞いまで通って、筒と付きまで通っている筋がある。
それを背筋と呼んでいる。
帆柱を倒せば背筋によって、背鰭を素早く倒すことができる。
背鰭から筒まで筋が通っていることで稜線を通すことが出来る。
尾筒の神経棘は稜線を背筋に託して個々に造る必要がなくなる。
 
2014.11.08(Sat)  土佐錦魚TOP
 11月07日   
 
選別思考 1615   
   
それは、神経棘を通して背骨の延長のようになっている。
するとランチュウの尾芯は、土佐錦魚より一つか二つ間を空けた尾骨、あるいは棘状から出発しているだけになるのだろうか。
その間が、椎体からの縁を薄くする方向となっていった。
その間が、神経棘から縁を薄くする方向となっていった。
その間が、稜線からの縁を薄くする方向となっていった。
その間が、尾骨としての尾芯になる方向となっていった。
その間は、開き尾になったときから、動く余裕があった。
その間は、背鰭が無くなった時から、動き始まっていた。
その間は、背鰭が無くなった時から、尾筒へと加わっていった。
その間は、尾筒へと加わった時から、尾芯へと向かっていった。
その間は、尾芯へと向かった時から、椎弓から変わっていった。
その間は、尾芯へと向かった時から、棘状へと変わっていった。
 
2014.11.07(Fri)  土佐錦魚TOP
 11月06日   
 
選別思考 1614   
   
そこは刺激を受けると、変化する要素が多いことにもなる。
挿しであったりなかったりの境目と、その先のツマミや尾翼に繋がる要素が、
そこに没した状態で潜んでいると捉えている。
数ある鮒の種でも、挿していない種は存在していない。
挿しているか、いないか、まずはそこに焦点を合わせる。
その差が、尾骨の影響を大きく受けているか、いないか、
その差が、椎体の影響を大きく受けているか、いないか、
その差が、神経棘の影響を大きく受けているか、いないか、
その差が、稜線の影響を大きく受けているか、いないか、
その全ての境目の独立性の強弱に、起因しているのではないか。
土佐錦魚の尾芯は、棘状(椎弓)を通して尾骨(尾椎)と脊椎に繋がっている。
それは、筒の稜線と密接に繋がっている。
 
2014.11.06(Thu)  土佐錦魚TOP
 11月05日   
 
選別思考 1613   
   
それにしても、大阪ランチュウは挿していたのだろうか。
ナンキン同様であれば、挿していない可能性が高い。
もし挿しが尾翼型を出してしまう元となっているなら、挿しそのものに、尾翼型の作用が潜んでいるものと考えられる。
鮒尾時代の神経棘が開き尾にも使われていれば、当然に言えてくる。
使われていない可能性の方が低い。
例えば完全に背鰭が消えて、挿していなくて、尾立ちがあり、四つ尾が多いランチュウからは、尾翼型が出るのだろうか。
もし出ているとすれば、そのハネは挿しているのだろうか。
もし出ていないとすれば、その神経棘の出発点の尾骨が椎体に近いところの纏めの尾骨か、遠いところの尾骨かで、ツマミであったり尾翼であったりすることになる。
 
2014.11.05(Wed)  土佐錦魚TOP
 11月04日   
 
選別思考 1612   
   
そこに、大阪ランチュウ独自の特徴が、現れていたと言える。
すると、長尾型は琉金によって持ち込まれた、と言えてくる。
土佐錦魚の前身に長尾型が存在していたにしても、土佐錦魚の尾を長大するほどにはならなかった。
そして土佐錦魚の前身系自体も琉金が掛けられる迄は大きな尾になっていない。
ナンキンに存在していても、土佐錦魚の尾を長大することはなかった。
むしろ尾幅を狭めにしていた。ナンキン系自体も、琉金が掛けられる迄は大きな尾にならなかった。
琉金には、長尾型と幅尾型の両型が、ハッキリと確認できる。
琉金は、長尾型と幅尾型の両型を、共にもたらしたと言える。
リュウキンの幅尾型は、大阪ランチュウ系と結び付き易かった。
その結びつきは、桜尾を導き易くしたと推測できる。
 
2014.11.04(Tue)  土佐錦魚TOP
 11月03日   
 
選別思考 1611   
   
ナンキン迄の土佐錦魚は、四つ尾あるいは桜尾、そして尾先は、和金より丸みを帯びて、ナンキンの特徴も現していたと、想像できる。
もし桜尾だったなら、土佐錦魚の前身からの引き継ぎとなるだろう。
ここに尾三つ尾の要素は少ない。
よってナンキン迄はまだ三つ尾に目覚めていなかったと思える。
それは、現在の土佐錦魚にナンキンとそっくりの尾が出たとき、桜尾か四つ尾がハネとして多く出ている。
だがこれは、推測の参考程度としか言えない。
大阪ランチュウ迄の土佐錦魚では、尾の大きさ、尾の幅も増え、三つ尾と同時に尾の長さへも目覚めたと思われる。
それを長尾型か幅尾型かと問われても、どちらとも言えない。
現在の土佐錦魚の大阪ランチュ型には、長尾型が出づらい。
だが大阪ランチュウ型には、尾芯のみの長尾型が出てくる。
 
2014.11.03(Mon)  土佐錦魚TOP
 11月02日   
 
選別思考 1610   
   
大阪ランチュウ以前の土佐錦魚は、土佐錦魚の前身とナンキンになっている。
和金の尾型で、三つ尾系でも長尾系でもなかったと考えられる。
疑問が残るのは土佐錦魚の前身だが、失われた資料ではジキンに似ていると言われたり、見ることの出来る資料では三つ尾和金の前が捲れた程度になっている。
ともあれ、三つ尾か四つ尾かの極端な違いはあるにせよ、体は和金様、尾は前が捲れていたとすることができる。
ナンキンの尾先は和金よりやや長めで、四つ尾になっている。
尾幅は和金的で、尾先の丸めも幅に習っているのに、手だけはかなりの丸さになっている。
これは、尾鰭だけが和金より長めになっていても、長尾化に傾いたことにならずに、体の丸身化に伴って胸鰭、腹鰭も、丸み化をしているものと考えられる。
ナンキンは体の変化と尾の変化が別方向だったこともあり得る。
 
2014.11.02(Sun)  土佐錦魚TOP
 11月01日   
 
選別思考 1609   
   
それにしても、ツマミと尾翼とを分けることは紛らわしい。
鮒尾型の尾骨が変形しながら棘を伸ばし、開き尾の尾座型に変形したのちにも、鮒尾の遺伝子は消去されずに残っていた。
それが、機会を逃さず鮒尾も尾翼も出没させる。
使われなくなった遺伝子は、没していると言えるが、過去のものとして、
役目を終えたものとして、選択されずにいるに過ぎない。
選択される条件が整えば又候出てくる。
役目を終えた過程的なほとんどの遺伝子は、働きの時を終えてそこに置かれているかのようになっている。
おそらく尾骨の何番目かの神経棘に、その遺伝子の作用が隠れていると思える。
それは、かつて、鮒尾の時に鰭棘として活躍していたに違いない。
未だに造形の過程で働いているのだろうか。
その神経棘が現在の形に変化していても、土佐錦魚の場合はちょっとした条件で、選ばれ易くなっている。
 
 
2014.11.01(Sat)  土佐錦魚TOP

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