FC2ブログ
天気予報
ブログ内検索
月別アーカイブ
 04月30日   
  
選別思考 1424   
 
解剖をしているときに、上部のトンネル内の太い神経から椎体を跨いで、下部へ細い神経が渡っているのを見ることができる。
下部のトンネル内の太い血管から椎体を跨いで、上部へ細い血管が渡っているのを見ることができる。
上部用の神経は、太い神経から椎弓や椎弓の間の膜を利用して、中央部から上部へ直接上がっている。
ここに、神経棘の正中線の性質が備わっていると考えている。
下部用の神経は、トンネル内の太い神経から椎体を跨がなくては下りることができず、根元から左右に分かれて下りている。
ここに、血管棘の左右対称の性質が備わっていると考えられる。
上葉の狭い板骨は左右にある。血管棘系と解る。
その間の正中線に尾芯が通っている。神経棘系と解る。
尾芯の根元から尾先まで通っている一番太くて長い棘条が、トンネルからの太い神経の最後の作用となっている。
 
2014.04.30(Wed)  土佐錦魚TOP
 04月29日   
  
選別思考 1423   
 
尾筒の上部の神経棘の椎弓は、棘状へと変化している。
尾筒の下部の血管棘の椎弓も、少し変化している。
それでも尾筒の椎弓にはトンネルがある。
トンネルがあることは、そこに神経が通っている。
トンネルを通っている神経から信号を受けている。
その上部の神経や下部の血管は、尾骨で止っている。
尾骨は椎体の末端でもあり、神経の末端でもある。
尾骨にはトンネルがない。直接埋まっているものと感じられる。
神経は、尾骨に直接働いていることになる。
その神経が椎弓を介すことなく、直接棘状となって現れて、鰭として
作用している。
その太い神経(神経棘)の末端の作用が、尾芯となっている。
その二俣に下りた神経の末端の作用が、尾鰭となっている。
尾芯と尾鰭は、根幹的に作用が異なっている。
 
2014.04.29(Tue)  土佐錦魚TOP
 04月28日   
  
選別思考 1422   
 
鰭は尾筒の付属物かも知れない。
すると尾骨は、尾筒の発展形になる。
鮒尾は効率の発展形であり、開き尾は効率以外の発展形になる。
効率の発展は単純になって行く。
効率以外の発展は複雑になって行く。
複雑過ぎて効率の形を留めていないのかも知れない。
その分、他の目的の効率の形になっている。
尾骨は、トンネル状がなくなった分、塊のようになった。
椎弓も棘状の機能も纏めて、塊のようになった。
その分を、棘状が複雑に補っているのかも知れない。
小さくてもトンネル状が確認できれば、尾筒の骨となる。
尾筒は塊になっていないことになる。だが塊状へ近付いている。
椎体が太り出している。椎弓の根元の間が尖り出している。
肋骨のところでも尖りが見えるので、椎弓が変化をする時に働き出していると感じられる。
 
2014.04.28(Mon)  土佐錦魚TOP
 04月27日   
 
選別思考 1421   
 
尾骨にはもう、椎弓というようなものは無くなっている。
鰭との距離が短く、椎弓を伸ばす必要も無くなっている。
椎弓があるとかえって邪魔になる。
神経棘の椎弓は、尾筒から徐々に骨なのか神経なのか紛らわしく変わっている。椎体も尾筒から徐々に変わり始めている。
鮒尾の時に上下二俣だった尾骨が、開き尾になって塊のようになるには、尾筒の椎体から変化することが必要だったと思える。
尾筒の神経棘の椎弓が、神経状の棘状に変化している。
まるで尾の働きの一部のようになっている。
尾筒からが、尾と言えるのかも知れない。
尾筒は、尾の茎と言えるかも知れない。
泳ぎの移動の元々は、尾筒を振ることから始まっている。
そこに効率が言いように、鰭が生えてきた。
 
2014.04.27(Sun)  土佐錦魚TOP
 04月26日   
 
選別思考 1420   
 
血管棘の始まりを肋骨とした時、閉じずに左右へ開いていた。
肋骨は、腹終いで閉じ始めてトンネル状になる。
そこの際から、舵鰭への骨が出ている。
その血管棘がトンネル状一本に纏まっているか、分かれているかは微妙なところとなっている。
繋がってトンネル状を造っているが、先は一本にならずに二本で尖っている。
その先から舵鰭への骨が発している。その骨が再び閉じれば舵鰭は一本になり、閉じなければ二本になる。
血管棘も神経棘もトンネル状は、尾骨で終わる。
背骨の終わりに繋がっている尾骨は、鮒尾では上下二俣に開いている。
それなら横に開いている開き尾の尾骨は、左右二俣に開いているはずなのに、
塊のように小さく纏まってしまった。
その塊状の尾骨からは簾(すだれ)のように棘状が出ていて、尾骨はその陰に
隠れて形を見ることができない。
 
2014.04.26(Sat)  土佐錦魚TOP
 04月25日   
 
選別思考 1419   
 
正中線とされている神経棘と、左右対称とされている血管棘は、椎体で繋がっている。根元で椎体を挟む形になっている。
出発点は、椎体の外側真ん中の同じところになっている。
繋がっているのにどうして上と下で作用が違うのだろう。
繋がっているのだから、その気で同じにすればできるのか。
その気で横になったヒラメは同様な鰭が体の両側にできている。
神経棘は上へ、血管棘は下へ、脊椎の両側から始まって、各々上と下で合流し
一本の棘として、単鰭骨や稜線に繋がっている。
合流したところにトンネル状の隙間ができて、上のトンネルには神経が、
下のトンネルには血管が通っている。
上の神経は素麺みたいで確認できたが、下のは細くてもろかったのか、
下手に洗っているうちに流れてしまったようだ。
 
2014.04.25(Fri)  土佐錦魚TOP
 04月24日 
 
選別思考 1418   
 
せめぎ合いは、血管棘系の進行で引き起こされている。
だからと言って、神経棘系の正中線が無くなることはない。
ヂキンは、尾が左右化していても、背鰭と稜線と隠れているような尾芯が、
正中線を維持している。
正中線が維持されているから、クジャクに例えられる尾が対象として活き
てくる。
蘭鋳の尾は四つ尾なりだが、正中線を維持している。
蘭鋳の尾がヂキンの様だったら、間が抜けてしまう。
鮒尾は、正中線そのものとなっている。
開き尾も、腹の出も左右化として、金魚の歩みになっている。
正中線を失えば左右化(左右対称化)は意味を失う。
ジレンマ的様々な変化を人間が面白がって、飼育界の金魚としている。
 
2014.04.24(Thu)  土佐錦魚TOP
 04月23日   
 
選別思考 1417   
 
神経棘系は、血管棘系の変化に、必ず抵抗を見せている。
しばらくは上葉が開いていない頃があったとする推測の次に、上葉の峡葉部(クビレ部)の担鰭節の一つが、開いていた下葉の煽りを受け始めたと進められる。上葉の開き方はその時に、ツマミへ到る順序を辿ったと推測を進められる。
垂直尾翼の二枚化には時間がかかっているが、水平尾翼の下方化と連動した
と見ている。
しばらくかかった時間の経過は、下方化を伴う開き尾としての下葉の固定的経過と見ている。
下葉は、開き尾からの先祖帰りの変化の度合が上葉より少ない。
これは、血管棘系としての固定度が進んでいるものと思われる。
上葉は、血管棘系と神経棘系のせめぎ合いがまだ進行している。
そのせめぎ合いが、上葉の板骨成形を遅らせていると思われる。
 
2014.04.23(Wed)  土佐錦魚TOP
 04月22日   
 
選別思考 1416   
 
下葉は、少しずつと言うより一気に開いたことになる。
それは、一条ずつ徐々に開いたのではなく、鮒尾の下葉の板骨全体が一体として、一気に開いたと見ている。
あのイチョウ状の板骨が一体として共に動いている。
開き方の過渡期は、板骨の安定化の流れと言える。
では何故上葉は、下葉と一体として同時に動かなかったのか。
上葉には板骨らしい、上葉の担鰭節全部をいっぺんに載せられるような板骨を、未だに見つけることができていない。
これを書く前にも標本になった金座部分を、そーっと掘じってみたが、下葉には見つけたが、上葉には小さいのや幅の少ないのがあっても、下葉程の銀杏型は無かった。
これがビヨクやツマミやシワを造る要因になっている、と、感じさせた。
 
2014.04.22(Tue)  土佐錦魚TOP
 04月21日   
  
選別思考 1415   
 
この経緯を開き尾の段階とした時、水平尾翼の方向性の選択が先発か、
垂直尾翼の二枚化或いは左右化の先行が問われる。
琉金のハネの有り様からすると、下葉の開き方が先行したと見てとれる。
同様な土佐錦魚の例でも、反転が出ていないものでは下向きになっている。
それが自然の成り行きだろう。
反転は、とりあえずのちに起きた出来事としておける。
水平尾翼の下方化が、垂直尾翼の二枚化より先行したと見て、
ここでもう一度、尾鰭の単鰭骨の在り方を持ち出してみる。
左右化した下葉の担鰭骨は、広葉部の担鰭骨は纏まっているのでそのまま左右化している。
峡葉部(クビレ部)の担鰭骨は下葉に一つ、上葉に一つある。
その下葉の一つが左右化している。
ここ迄が、血管棘系の、下葉の左右化になる。
ここ迄が、下葉の担鰭骨あるいは担鰭節の左右化になる。
 
2014.04.21(Mon)  土佐錦魚TOP
 04月20日   
  
選別思考 1414   
 
さて、鮒尾の下部が開いて傾斜がついたり、水平尾翼化したりしても、その役目は変化した程に得るところがなかった。
尾鰭としての推進力は、垂直尾翼化した鮒尾の上葉が、足らずとも果たしていた。水平な下葉は珍しかったものの、泳ぎには全く必要なく、鑑賞的にも足りないものだった。
水平尾翼は、上見からの珍奇を与えたものの、当時の人間を満足させる程ではなかったと考えられる。
人間がそこに留める努力を傾けなかったことは、水平尾翼の付き方を開き尾とされる開き方へ向ける、血管棘の作用をさらに進める時間を与えたと思われる。
土佐錦魚のハネを見ると、極端に水平化しているものが多い。
金魚掬いの容器の中では、極端な水平もいたが少なかった。
金魚掬いは小さめを揃えているので、少さいから極端な水平尾翼がみられるとも考えられる。
琉金や出目金のハネの極端な水平部も例外とはならずに、やがて下向き化が進んで行ったと考えられる。
 
2014.04.20(Sun)  土佐錦魚TOP
 04月19日   
  
選別思考 1413   
 
大阪ランチュウの少し大きめの尾と、琉金の大きな尾とが結び付いた時に、
大阪ランチュウの尖り尾が幅を持つ形で土佐錦魚に現れた。
これは軟条の変化と言える。
この変化が起きたことによって、人間がより三つ尾らしい尾芯の形を欲するようになった。
この時からの尾芯の変化は、変異だろうか。
それとも人間が選別によってもたらした変化だろうか。
この尾芯先の変化は、棘条の変化がもたらしていると思える。
より三つ尾の方が素晴らしいと思わせる大きくて幅のある軟条を、琉金がもたらした。
より三つ尾らしい尾芯は、大阪ランチュウがもたらした。
すると尾芯にまつわるツマミや尾翼は、大阪ランチュウもたらしたのだろうか。
元は大阪ランチュウにあることは確かだが、もたらしたのは人間かも知れない。
 
2014.04.19(Sat)  土佐錦魚TOP
 04月18日   
  
選別思考 1412   
 
作用はやはり、左右に分かれる血管棘からと思われる。
その血管棘の作用は、次に左右に開いた下部と繋がる尾翼部になった鮒尾の上部の軟条に、担鰭節を進めて行った。
そのことによって、尾翼型の鮒尾の上部の軟条が左右に別れた。
だが、棘条(神経棘)は別れることがないので一本のままに留まり、その棘条は、のちに尾芯と呼ばれるようになって行った。
この時、鮒尾の尾先のままに少し丸みをもっていので、のちに桜尾と呼ばれる型として、開き尾の原型となった。
もしこの時、鮒尾の尾先と違って尖っていたなら、のちに三つ尾と呼ばれる型として、開き尾の原型となっていただろう。
尾先が尖って、少しの丸みを持たない開き尾が原型とされていないことは、
桜尾を開き尾の原型とすることが自然に思える。
その自然的が軟条の引き継いだ形と見ている。
 
2014.04.18(Fri)  土佐錦魚TOP
 04月17日   
  
選別思考 1411   
 
平付けの上葉と反りの下葉は、血管棘の作用になる。
変化の流れに逆行する三つ尾は、神経棘の作用になる。
ここに、血管棘と神経棘とに、共通して働いている鰭がある。
それは、担鰭骨或いは担鰭節の先にある軟条ということになる。
垂直であろうと水平であろうと担鰭骨がそうなってはじめて、軟条はその形に
なりえる。
血管棘の棘状と神経棘の棘状の作用の先でもあり、両方に共通する現れとなっている。
垂直だった軟条が水平化し左右に展開することで、著しい尾骨の変化をもたらした。尾骨にとって簡単な変化ではなかったが、遺伝子にとっては、それほど大きな働きではなかった。
初めの変化は、下葉の棘条の左右二本化に伴う鰭条の変化だったが、次の変化は、棘条の変化に伴わない、血管棘と神経棘に共通して働いている、軟条の変化となった。
 
2014.04.17(Thu)  土佐錦魚TOP
 04月16日   
  
選別思考 1410   
 
大阪ランチュウ程になった平付けは、上葉の鮒離れとしている。
大阪ランチュウ程になった三つ尾は、上葉の鮒寄りとしている。
大阪ランチュウの平付けから上葉の鮒離れを引き継いでいる。
大阪ランチュウの三つ尾から上葉の鮒寄りを受け継いでいる。
逆方向の特徴を受け入れたことから上葉内での矛盾が始まった。
土佐錦魚独特の尾芯際のシワもツマミも尾翼も始まった。
口先から尾芯先迄の筋が通る、神経棘系の強まりを望んでいる。
それでいて開き尾の発展という血管棘系の強まりも望んでいる。
開き尾の最たるものは平付けになる。
究極の開き尾の土佐錦魚は、平付けの上葉と反りの下葉と、変化の流れに逆行する三つ尾を大阪ランチュウから受け継いでいる。
 
2014.04.16(Wed)  土佐錦魚TOP
 04月15日   
  
選別思考 1409   
 

琉金の場合は、原則的に和金が掛け戻されていない。
琉金の中に基本的に潜む、三つ尾の和金と緋鮒の現れとなる。
土佐錦魚の場合は、和金系の土佐錦魚の前身から始まっている。
系統樹の根元近くになるナンキンと琉金も掛けられている。
さらに大阪ランチュウが掛けられてから、体の丸さを増して、尾の平付けと三つ尾を選んでいる。
その三つ尾が、三つ尾の和金の桜尾的に近いものだったのか、それとも桜尾より、さらに三つ尾になっていたのか、今となっては知る由もないが、土佐錦魚の三角尾から推すと、尾先には桜型が残っていたと察することができる。
それも近年になって、三つ尾崇拝が顕著になってきている。
そうとするとなら、より三つ尾らしさを求めるようになったのは、琉金が掛けられてからと言うことになり、完全な三つ尾を求めるようになったのは、全国に
波及してからのことになる。
 
2014.04.15(Tue)  土佐錦魚TOP
 04月14日   
  
選別思考 1408   
 
逆に言うと、上葉の水平化した後葉の尾芯が立ち始めることが、後葉の上葉化の方向となり、さらにツマミ化がもう一つの作用となり、その一枚化が進むと尾翼化となり、後葉が鮒尾化した垂直尾翼になってしまう。
だがこれは、鮒への復帰化ではなく、あくまでも土佐錦魚の後葉からの垂直尾翼であって、緋鮒が現れての鮒尾の上葉化にはなっていない。
琉金の場合は、二枚化した上葉の一枚化となっている。
三つ尾の和金への復帰的であり、そこから緋鮒への典型的な鮒尾の上葉化の現れになっている。
琉金の場合系統樹では、三つ尾の和金を介して緋鮒に近く、土佐錦魚より鮒尾が出易く、尾翼も出易いと言える。
なら、土佐錦魚の場合は、琉金より系統樹では遠いのに、どうしてこんなに鮒尾や尾翼やツマミが出るのだろう。
 
2014.04.14(Mon)  土佐錦魚TOP
 04月13日   
  
選別思考 1407   
 
垂直尾翼が鮒尾のように下葉と接としていないことから、土佐錦魚の垂直尾翼は尾芯と後葉の間に生じたとすることができる。
尾芯からの作用で生じたとすることができる。
琉金、出目金の尾翼のクビレ部は、三カ所が中央で接している。
鮒尾に準じていることから、上葉そのものが尾翼となっている。
土佐錦魚の場合は、鮒尾の時の上葉が水平化したことで、上下での判別が紛らわしくなった。
鮒尾の時の下葉が反転に伴って上葉より上方へ上ってしまい、上下が逆転したかの様に見えて判別が紛らわしくなり、且つ、四五度のクビレ部の位置が、見た目に九十度にも感じられ、見た目に前後がハッキリした。
土佐錦魚では、見た目の判別が前後につき易くなったので、下葉が前葉と呼ばれるようになり、上葉が後葉と呼ばれるようになり、通称は前葉を前(まえ)と、後葉を後(あと)と呼ぶ。
 
2014.04.13(Sun)  土佐錦魚TOP
 04月12日   
  
選別思考 1406   
 
なら、平付けでない和金や琉金や出目金に、水平尾翼を思わせるものがどうして出てくるのだろうか。
血管棘の出方の精一杯が、左右に水平と思われる。
それが目的や重力の作用で、下を向いたりしていると考えられる。
それが過剰に働けば、重力の作用より上向いてしまうこともある。
和金、琉金、出目金の水平尾翼は、水平になることはあっても前方向に万歳したものを見たことがない。大概流している。
中心部にあるクビレが引き寄せているものと考えられる。
土佐錦魚のようにまず平付けありきではなく、尾が開く過程の形と感じられる。
土佐錦魚のクビレ部は、金座の四五度方向両側にある。
土佐錦魚の垂直尾翼も発達するとやがてクビレ部ができてくる。
すると、独立したクビレ部が三カ所あることになる。
左右のクビレ部は、前葉(下葉)と接している。
垂直尾翼のクビレ部は前葉(下葉)と接していない。
 
2014.04.12(Sat)  土佐錦魚TOP
 04月11日   
  
選別思考 1405   
 
すると垂直尾翼は、尾芯からの作用と見るしかない。
尾芯に残っていた鮒尾時代の上葉の記憶が、平付けの上に勝手に現れてしまったと見るしかない。
その鮒尾時代の上葉の記憶は、土佐錦魚の中にある記憶となる。
土佐錦魚の奇形と言うより、変形として現れている。
確認したことはないが、土佐錦魚独特ではないだろうか。
土佐錦魚を経過しているからこその鮒尾型の上葉となっている。
同じような尾翼でも琉金や出目金とは、段階が異なっている。
琉金や出目金より段階が増している。
土佐錦魚は、琉金や出目金より金魚としての段階が進んでいることが、上葉の鮒尾帰りの在り方から読み解ける。
土佐錦魚にも鮒尾が出るように、琉金型の尾翼も出てくる。
だが琉金からは、土佐錦魚型の尾翼は出て来ない。
 
2014.04.11(Fri)  土佐錦魚TOP
 04月10日   
  
選別思考 1404   
 
一方の土佐錦魚は、後葉に垂直尾翼がある。
鮒尾型の上葉(垂直尾翼)が、同じ上葉(平付けの後葉)から生えて
立ち上がっている。
垂直尾翼に尾芯が付いるから、平付けの後葉に尾芯はない。
ツマミ段階を越して少し尾翼になった段階で、クビレの兆候が出てくる。
シッカリ立ち上があると、クビレもシッカリできる。
だがそのクビレは琉金の尾翼のように、クビレどうしで繋がっていない。
平付けの後葉の尾先と繋がっている。
しかも全面ではないが、かなり連動している。
尾翼が高くなると、平付けが狭くなる。
クビレも連動も成長するに従って、ハッキリしてくる。
垂直尾翼の上葉と平付けの上葉とが二重に存在するのか。
それを理屈に合わない奇形として見るのか。
二重に存在することを不可能として、連動から一体と見るのか。
平付けの軟条自らが、尾芯の棘条を垂直尾翼までに持ち上げることは、
やはり不可能と見られる。
 
2014.04.10(Thu)  土佐錦魚TOP
 04月09日   
  
選別思考 1403   
 
これは、鮒の尾がそのままその種に現れてきたことにならない。
その種に、鮒尾型の性質が現れてしまったことになる。
垂直尾翼が現れたからと言ってその種が鮒に戻るとは限らない。
琉金の子に鮒尾が現れたからと言って、鮒に戻る訳ではない。
玉サバとか玉リュウとか呼ばれて、その形を特徴とした種になったりする。
だが、琉金としてはハネになる。
琉金からもハネとして和金型が出たり、鮒型が出たりする。
これは先祖の鮒への琉金の経路ではあるが、だからと言って鮒そのものが出てきた訳ではない。
あくまでも琉金のハネとしての鮒型になる。
環境条件や遺伝子の悪ふざけかも知れない。
固定化された遺伝子からも、鮒尾が出てくる。
琉金から出た緋鮒型か、緋鮒から出た琉金型かの違いになる。
緋鮒からいきなり綺麗な琉金型は、奇跡があっても出て来ない。
血管棘の作用としてまず、下葉の二枚化から始まっている。
 
2014.04.09(Wed)  土佐錦魚TOP
 04月08日   
  
選別思考 1402   
 
琉金や出目金の垂直尾翼には、下葉との繋がりのクビレがある。
琉金や出目金の水平尾翼には、上葉との繋がりのクビレがある。
鮒尾の上葉と下葉の繋がりには、クビレがある。
そのクビレと共通するような、三つ又のクビレがある。
共通するようなクビレは、鮒尾から開き尾への下葉先行の変異の順路として、
鮒尾帰りの形を見せていると捉えている。
形は帰り的であっても、性質はその種のものとなっている。
よってその種としての帰り的な形となっている。
金魚掬いの鉢にいるのは初期にハネられた幼魚ばかりで、大きく成長した姿を見たことがない。
その幼魚時代では、各種共通して鮒尾と似た厚みや形を見せている。
これが育つに連れて尾が長くなったり、幅が広がったりして、その種なりの特徴が出てくるものと推測している。
 
2014.04.08(Tue)  土佐錦魚TOP
 04月07日     
 
選別思考 1401   
 
さて、気ままに長い横道へ逸れてしまったが、大分以前の鮒尾から開き尾への
経緯の続きへ戻ることをする。
 夜店の金魚掬いの鉢に居た和金、琉金、出目金のハネの尾翼型の中には、下葉の開いた部分が平らになっていて、典型的な水平尾翼を思わせるのが結構いた。
普通の尾翼型は、後ろから見た時に三ツ矢型をしている。
下葉が平付け風になっていないで、少し下向きになっている。
土佐錦魚にも似た典型的な水平尾翼型が、金魚掬いの鉢に居た。
土佐錦魚は平付けだから、出てきてもなんとなく頷ける。
だが土佐錦魚の水平尾翼は、上葉(後葉)となっている。
琉金や出目金の水平尾翼は、下葉となっている。
だが土佐錦魚の垂直尾翼は、上葉(後葉)と繋がっている。
琉金や出目金の垂直尾翼は、下葉と繋がっている。
 
2014.04.07(Mon)  土佐錦魚TOP
 04月06日   
  
選別思考 1400   
 
審査員たる者、左記を踏まえなくてはならない。
土佐錦魚の伝統を説明できること、
土佐錦魚の歴史を説明できること、
土佐錦魚の所縁を説明できること、
土佐錦魚そのものを説明できること、
右記を踏まえることは、学ばなければ叶わない。
その上での、土佐錦魚の未来像を説明できること。
土佐錦魚を心得ていれば、無闇な方向へ土佐錦魚を進ませることはないだろう。
それでも個人嗜好へ走ることは、審査員たる上記を覆すことになり、汚名を歴史に残すだけとなるだろう。
 
2014.04.06(Sun)  土佐錦魚TOP
 04月05日   
  
選別思考 1399   
 
昔の人は、何故そうなるか迄に、なかなか辿り着いていない。
それは、「良い魚を作りたい」
「良い魚を作るにはどうすれば良いか」に懸命だった。
伝統の維持に懸命だった現在志向と言える。
未来指向を志す余裕がなかったのかも知れない。
全国へ広めて保存しようとする、維持指向が精一杯だった。
だが、個人嗜好が、流れをつくることはなかった。
個人志向は伝統から外れてしまう恐れが多い。
明らかに伝統から外れている流れを、伝統へ引き戻すためには、伝統の啓蒙から始めなくてはならない。
その故を明らかにすることが、その一つになる。
 
2014.04.05(Sat)  土佐錦魚TOP
 04月04日  
  
選別思考 1398   
 
これらは、棘条からの作用が及んでいる時には、通用しない。
棘条(尾芯)の脇から平に側条が出ているのが、平付けになる。
棘条の下から下向きに側条が出ているのが、鮒尾となっている。
平付けでない開き尾は、斜めに出ている。
この向きの出方が、どうして平付けの土佐錦魚に出てくるのだろうか。
先祖には、全部の型が存在しているからと言える。
棘条が両横向きをもっていれば、側条は平付けになる。
棘条が両斜め向きをもっていれば、側条は普通の開き尾になる。
平付けなのに尾芯が両下向きをもっていれば、側条は下向きのシワを造る。
斜めならシワも斜めに、片方ならシワも片方に。
鮒尾の下向きをもって接合していれば、側条は下向きのツマミになる。
ツマミから子引きをすると、シワまで引き寄せてしまうなんて、ツマミ信奉者には思いもよらないことだろう。
  
2014.04.04(Fri)  土佐錦魚TOP
 04月03日   
  
選別思考 1397   
 
側条は平で一本目の条間膜や二条目にシワがあって、三条目が平らな時、二条目迄を抜いてみると、成功率はかなり向上する。
だが着いた後の尾幅が狭くなる。
このシワは、側条が作用して造ったシワではないと思われる。
軟条の不安定が造ったシワとすることができる。
これを昔通りの竹串を使ったやり方で抜くと、どうなるか。
 根元を抜いてないので、そのまま生えたのでは元通りになる。
切り口の両側に白く生え始めて、根元の方が繋がりを見せる頃、両側を引き寄せる作用が起こる。
このとき細条数が少なく生えればシワは少なくなる。
根元の細条数が同じなら元通りになる。
 運良く尾先が先に着いて間を埋めるような生え方をすると、ほとんど治ったと言えるほどになる。
一度条間膜に置き換わる。
その後減少した細条が出来てきたり、こなかったりする。
これらは、軟条の再生力や再生時の変化を利用した方法となる。
 
2014.04.03(Thu)  土佐錦魚TOP
 04月02日   
 
選別思考 1396   
 
尾芯からの側条が下向きについていると、当然そこは平らにならずに、平付けとの間は段差になったりシワができたりする。
なら、その側条を、すっぽり抜いて側条の記憶をなくしてしまえば、隣の平な
並条が棘条へ着いて、すっかり平になってくれると期待して試みるわけだが。
すると、期待通りに、平らだった隣の並条が引き寄せられて着いて行く。
もう直着き終わる頃、なぜかまた元のようなシワや段差や縮れができてくる。
元よりは幾らか軽いシワになることはあっても、綺麗に治ることは少ない。
軟条の側条の記憶は取ったはず。
着いた方の並条にはシワの記憶はないはず。
なのにどうして。
尾芯からも側条は生えている、下向きの記憶は失われていない。
 
2014.04.02(Wed)  土佐錦魚TOP
 04月01日   
  
選別思考 1395   
 
側条が下向きについていることになる。
下向きの側条と水平の並条との接点となる尾芯の両脇には、シワが出来ることになる。
片方が移行途中で、片方が正常なら、片方だけがシワになる。
中央の一本の尾芯には、両側の記憶が側条と一体となっている。
(829)そしてツマミとシワとの関係も、何れ取沙汰されることになる。
「どうして、尾芯脇にはシワが出来易いのだろうか。」
だれもが、なに気なく、こんなことを感じていることだろう。
「この頃、尾芯脇にシワのある魚が増えてきたような気がする」
「この頃、尾芯際にだんだんシワができてくる魚が増えてきた」
「どうして、尾芯脇のシワは、抜いても治り難いのだろうか。」
心当たりのある疑問が『ツマミに起因している』と言われても、
まさかと思う程度が関の山なのが、ツマミ信奉者だろう。
 
2014.04.01(Tue)  土佐錦魚TOP

  2014.04   03≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930 ≫05

TopAdmin