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 01月31日     
 
選別思考 1335   
 
親骨が下向きだった下葉の頃の垂直方向から、前葉となって水平方向に向きが変わった時でも、捻れることはなかった。
棘条自体には初手から、ネジレる要素がなかったことになる。
一方尾芯の方は、平付けになることで棘条がネジレてしまった。
後葉は前葉より後発なのに、さらにネジレの要素を増してしまい、より不安定になったことになる。
むしろ様々の要因で、安定しきれていないときの方が多い。
ツマミも、尾立ちも、下がりも、ネジレもまだまだ起こる。
これを、前葉と後葉との安定度の差とした時に、前葉は先に開いた分、先に安定していると考えることができる。
先に開いた分、尾骨の板骨を先に受け継いだ。
後葉は、遅れている分、まだまだ不安定と言える。
後から開いた分、尾骨の板骨が、板骨と呼ばれるほどに発達していない。
 
2014.01.31(Fri)  土佐錦魚TOP
 01月30日     
 
選別思考 1334   
 
形態的吊りとは、反転が大きいために吊られる親骨になる。
捲れの段階では、親骨のネジレはないものとする。
反りの段階では、捻れていない方が良い、が程度問題となる。
反転の段階では、半側条の時には程度問題を受け継ぐ、が、
並側条になると、反転に吊られて親骨が捻れることは当然とされる。
そして、吊られ度合へと問題が移る。
この構造変化は、半側条をなくした軟条の構造変化ではなく、半側条をなくした棘条の構造変化になっている。
半細条分が軟条へ移って、並細条になったことになる。
見方を変えれば、棘条が側条によって強化されていない時代に戻ったと言える。
要素が眠っていたから変化が可能だった。
棘条そのものの構造的な変化と言える。
軟条そのものの形態的な変化と言える。
棘条の作用が変化したから、軟条の形態が変化したと言える。
土佐錦魚の大きな軟条の尾は、上手に泳ぐことより、大きく棚引く方向への自由度を増している。
  
2014.01.30(Thu)  土佐錦魚TOP
 01月29日   
  
選別思考 1333   
 
尾芯の単純化は、行われているのだろうか。
おそらく四つ尾化が、単純化の流れではないだろうか。
もしそうならば、三つ尾は複雑化と言うことになる。
ネジレを失くすために、棘条を二俣にすることが無理な代わりに、尾芯を短くして、軟棘条で左右を分け始めることをした。
親骨は、既に棘条が左右に先行して一本化されている。
尾芯(棘条)が根元から左右に別れて一本化されることはない。
正中線を維持しようとする神経棘が、それを許さない。
土佐錦魚に四つ尾を受け入れることは、規定が許さない。
 ここでネジレと吊りの良否の結論を出しておこう。
親骨に構造的なネジレは、無いことが当然となる。
反転による吊りやネジレは、あって当然となる。
尾芯の内部の構造的なネジレはあっても、形態的なネジレは、無いことが当然となる。妥協的には、無いにこしたことはない。
  
2014.01.29(Wed)  土佐錦魚TOP
 01月28日     
 
選別思考 1332   
 
親骨の側条は、一本先まで通った棘状から順に分かれた棘条が一体となっている。これを尾芯で実現するには、尾芯左右用に
が二本必要となる。二本にならず一本に留まっていることは、
左右の情報も一本化されていると見て取れる。
それなのに何故、捻れる必要があるのだろうか。
それは、尾芯の迫り出しが縦になっていることから来ている。
軟条は水平になっている。なら、尾芯の枝分かれも親骨のように水平に枝分かれしていないと、素直にならない。
尾芯が縦の重なり故に、尾芯が横から縦に捻れて対応している、
既に棘条が左右に一本化されていれば、ネジレる必要がない。
親骨は既に水平化されていると、そこにネジレる必要がない。
桁返りも単純化されていると、そこはネジレる必要はない。
 
  
2014.01.28(Tue)  土佐錦魚TOP
 01月27日     
 
選別思考 1331   
 
尾芯は内部の棘状がネジレているが、親骨の内部の棘状は捻れていない。
比較的に並んだような規則的な枝分かれに見える。
それは、側条が水平に付きやすい構造になっている。
ネジレていないことが望まれている尾芯の棘状が捻れていて、
捻れても構わない親骨の棘状が、ネジレていない構造になっていることは、皮肉めいて感じられる。
捻れ度合が少ない魚もいるのは、親骨風の枝分かれが次第に出来つつある方向性とも言える。
だが、親骨のような明確な枝分かれにはまだほど遠い。
それは、下葉のような板骨が上葉に確立されていないからと受け止めている。

 
2014.01.27(Mon)  土佐錦魚TOP
 01月26日     
 
選別思考 1330   
 
蘭鋳でも尾芯のネジレを見ることはある。
だがこれは、土佐錦魚より遥かに軽度になっている。
両側へ、開き尾和金と同様な信号を送れば良いだけになる。
上葉は、ほぼ下向きのままで良くなっている。
土佐錦魚は、平付けで横向きになっている。
そこに、開き尾和金の頃のほぼ下向きのままの性質が出てきたら、平付けとの
接合部には、角度が付いてしまう。
平付けの後葉はほぼ水平で、尾芯と半側条がほぼ垂直だったら、
その接合部はほぼ直角の角度が付いてしまう。
尾芯の脇の角度は、見た目にシワとなってしまう。
土佐錦魚の尾芯の内部の棘状は上手く捻れて、より平付けへの構造変化を強めた。軟条は平付けへの形態的変化を強めた。
実際は尾芯の棘状の変化だが、これを尾芯の内部構造変化、或いは、尾芯の構造変化と言っている。
  
2014.01.26(Sun)  土佐錦魚TOP
 01月25日     
 
選別思考 1329   
 
下向きに側条を付けていた尾芯が、横向きに側条を付けるように変化している。
その時の構造変化は、どうなっていたのか。
ただ尾芯からの側条が、九十度横を向いただけだろうか。
ただ横を向いただけだと、両側ではなく片方だけになる。
片方だけだと、常に尾芯が曲がってしまうがそんなことはない。
たまに曲がっている時は、軟棘条が違っている時が多い。
むしろ尾芯が僅かでもネジレているときの方が多い。
尾芯の九十度の捻れが両側に均等にあれば、両側が水平になる。
その時に尾芯の棘状は、螺旋の様に捻れ構造になったと考える。
もし、尾芯が親骨の様に両側に一本ずつあったなら、ネジレる必要はなかっただろう。
そうなっていれば尾芯が捻れて片方が尾芯の下に入り込み、片方が尾芯の上に回り込むようなネジレの段差もなかっただろう。
そのネジレ解消は並側条化と言える。
 
2014.01.25(Sat)  土佐錦魚TOP
 01月24日     
 
選別思考 1328   
 
結局、双方の利点や欠点を挙げ列ねて、いずれが良いかと言うより、土佐錦魚の進む方向的に選ばれていると言える。
その方向は金魚の真価としての鮒離れをした土佐錦魚を採るか、漫然と鮒の名残をそのままの土佐錦魚を採るか、の問題になる。
土佐錦魚が持っている鮒離れの一つは、琉金から受け継いだ並側条になっている。幅尾系になっている。
琉金では、並側条が良いとはされていても標準になっていない。
琉金でも、尾幅が広くて大きいと言うことを良いとはしている。
並側条に注目し、意識して採り上げようとはしていない。
並側条への気付きを広めて、規格化しようとはしていない。
土佐錦魚の平付けも反転も、鮒離れをしている。
平付けの尾芯も鮒離れになっている。
  
2014.01.24(Fri)  土佐錦魚TOP
 01月23日   
  
選別思考 1327   
 
以前に、玉サバを引き合いに出したことがある。
玉サバは誰もが推測を到らすように、開き尾の琉金から誕生したものとできるだろう。
琉金の祖先とする人は居ないようだ。
玉サバは、長尾になっている。
一方玉リュウは、丸尾になっている。
玉サバの長尾は、棘条が長い傾向にある。
一方玉リュウの丸尾は、棘条が短い傾向にある。
玉サバの長尾は、尾幅が狭い傾向にある。
一方玉リュウの丸尾は、尾幅が広い傾向にある。
これは琉金にも共通している。
尾幅が広いと尾長が短い傾向を持つ。
尾長が長いと尾幅が狭い傾向を持つ。
土佐錦魚の尾芯が長い方を採った時には、尖り尾になった。
尾幅が広い方を採った時には、幅尾になった。
幅尾でその長さに、尾芯が達していることを望んだ。
 
2014.01.23(Thu)  土佐錦魚TOP
 01月22日   
  
選別思考 1326   
 
桁桁返り、直返りに関しては直返りが良いと既に結論がでている。
その再度の説明とともに、ネジレか吊られかにも結論を出そう。
親骨は、鮒尾時の垂直方向だったものが左右に別れた時に、九十度水平方向に
向きを変えて移動した。移動して向きが変わっただけで、構造的には鮒尾の構造と変わっていない。
一方尾芯は上葉が左右に別れた時でも、尾芯を一本のまま残してほぼ垂直に近いまま葉部を開いただけだった。一本の尾芯から葉部が二枚生えていても、構造的には鮒尾と変わっていない。
この時に下葉は、ほぼ水平と垂直という差がついてしまった。
差はあるが、鮒尾が尾芯を中心に二つに開いたのと変わりない。
開き尾和金もランチュウもそのままの発展系だから変わりない。
琉金の初期もそのままの発展系と思われるが、のちに尾が大きく、幅の広い並側条が誕生している。
ここから、鮒尾から受け継いでいる半側条が良いか、後に誕生した並側条が良いかと言うことになる。
  
2014.01.22(Wed)  土佐錦魚TOP
 01月21日     
  
選別思考 1325   
 
なにか桁返りの時と似たことになってきた。
桁返りは、側条と並条との軟条どうしの繋がり方になっている。
桁返りは、親骨の水平が保たれている。
逆に親骨が側条と共に水平を保ってしまっているから、起こることになる。
それは、側条が水平だから親骨も水平に保たれている。
側条の水平が固定的でないと、親骨は反転に吊られてしまう。
直返りは、親骨のネジレを見ることができる。
そこに、反転に吊られている様を見ることができる。
吊られている方が良いのか、吊られていない方が良いのか。
桁返りが良いのか、直返りが良いのか。
ネジレている方が良いのか、いない方が良いのか。
白黒つける必要が出てきている。
  
2014.01.21(Tue)  土佐錦魚TOP
 01月20日   
  
選別思考 1324   
 
最後に残っていたツマミが、尾芯を残して開いた時に、開き尾として認められる。
よってツマミは、開き尾として認めることのできないハネとされる。
土佐錦魚の基準は、平付けとされている。
尾芯際にシワがあると、平付けや美観を損ねて嫌われる。
何でシワが尾芯際に出易いのか。
それはツマミや山付けから開く時に、キレイな平付けへ開くことができずに、
中途半端な開き方になった名残。
それは、残った尾芯からの左右への信号が、キレイな開き方になっていなかったからと言える。
それは、広葉の下支えが足りなかったからと言える。    (板骨の関係)
ツマミにも側条だけの一桁や、並条までの二桁も三桁もいる。
尾鰭の棘条として共通する尾芯と親骨は、側条との関係も共通している。(桁返りの関係)
鮒尾離れも共通している。
 
 
2014.01.20(Mon)  土佐錦魚TOP
 01月19日   
  
選別思考 1323   
 
何故か。成り立ちの方向性が逆になる。
鮒尾から和金の開き尾になる場合は、鮒尾が始まりになる。
土佐錦魚から尾翼になる場合は、開き尾が始まりになる。
土佐錦魚から始まる場合は、後葉と尾芯の間にクビレ部は存在しない。
クビレてはいても中葉とはなっていない。
クビレてはいても峡条とはなっていない。
括れて見える箇所は、常にビヨク部に存在している。
だがそれは、常に後葉の尾先と繋がっている。
それは、クビレ部が後葉になっていることを示している。
中葉が繋がりになっていないことになる。
中葉は別にあることになる。現に別にある。
クビレ部は既に、前葉と後葉の間となって左右に存在している。
ビヨクもツマミも既に、後葉の広条の一部と言うことになる。
広条に尾芯は繋がることができるが、
峡条に尾芯は繋がることができない。
  
2014.01.19(Sun)  土佐錦魚TOP
 01月18日     
 
選別思考 1322   
 
すると、二桁目にシワができるのは、二桁返りの性質がそこに現れたと言うことになるのだろうか。
何となく納得できる。
三桁目でも少し納得できる。でも何となく違和感も感じてくる。
シワができる原因が桁返り的な性質だけではない気がしてくる。
シワは後葉に集中している。それは板骨の形に関係している。
以前に、鮒尾から開き尾になる過程で、ビヨクとツマミが登場して、鮒尾から開き尾和金になる過程では、下葉が先行して開いた、その形が尾翼型と書いている。
その時の尾翼型は、鮒尾から開き尾への過程となっている。
クビレ部が三つ又の繋がりになる形になっている。
この形では尾翼になっている上葉を、ツマミの延長と言えない。
  
2014.01.18(Sat)  土佐錦魚TOP
 01月17日     
 
選別思考 1321   
 
背鰭の鰭終いを見ても、峡条の最後の二条目はかなり短くなっている。
これは背鰭を終息するための作用と見ている。
同様に尾鰭の中葉は、後葉と前葉の収束を、果たしている。
これは、峡条としての独立性が高いことを示している。
以前に、桁返りは尾芯の側条と似た性質をもっていることを書いた事がある。
その似た性質は半側条だから持ち合わせている。
半細条が棘条との一体化を図っているから、似た性質になる。
その時は尾芯からの性質が親骨と同様だから、桁返りが起きていると書いた覚えがある。
その桁返りの半側条と並条は、繋がりに角度をもっている。
その角度を持った繋がり方が、今度は親骨の側条の方に似たとしたら、どうなるだろう。親骨の側に、角度を持ったシワができることになる。
何方が似たとか移ったとかの言い方は別として、同様の性質があることに変わりない。その性質が別のところで発生すると、別の性質として見られることが起こる。
 
2014.01.17(Fri)  土佐錦魚TOP
 01月16日   
  
選別思考 1320   
 
土佐錦魚が目指した一つの方向が、広葉の広条化と言える。
広条化は、大阪ランチュウまでの土佐錦魚になく、どちらかと言えば広葉は峡葉的になっていた。
典型的な広葉は琉金が持っていた。土佐錦魚はその要素を最大限取り入れることで、土佐錦魚化を成している。
土佐錦魚が目指したもう一つの方向が、峡葉の峡条化と言える。
峡条化は、大阪ランチュウまでの土佐錦魚になく、どちらかと言えば峡葉は広葉的になっていた。
典型的な峡葉は琉金が持っていた。土佐錦魚はその要素を最大限取り入れることで、土佐錦魚化を成している。
袖元は常に峡条として、初期の半細条数を維持している。
これは親骨の側条の半細条が、並条の並細条の増加に伴って増えて行くような、付随的性質にはなっていない。
また、半側条が並側条への交代を受け入れる方向とは対照的で、何も受け入れずに変化を拒んでいる。
 
2014.01.16(Thu)  土佐錦魚TOP
 01月15日   
  
選別思考 1319   
 
だがこの最高の鮒離れを、意識して後継した人がいただろうか。
この変化は、人間が築いていることに変わりないが、これに気が付いて、意識して築いた人がいただろうか。
おそらく無意識や好みで大きい尾を求めていたら、或いは尾幅の広い尾を求めていたらそうなってきた。
この辺りが実状ではないだろうか。
半側条と並側条を意識して、採卵をしている人がいるだろうか。
トサキンの将来を並側条へ託す人はいるだろうか。
理想の土佐錦魚への一歩は、並側条化と意識している人は、
理想の土佐錦魚の具体化は、並側条化と意識している人は、
理想の土佐錦魚の方向性は、並側条化と意識している人は、
果たしているのだろうか。
 
2014.01.15(Wed)  土佐錦魚TOP
 01月14日   
  
選別思考 1318   
 
大阪ランチュウは三つ尾を採り上げ、尾芯と親骨を長くして、広葉の尾幅を広げる余地を用意した。
言い方をかえれば、土佐錦魚の前葉と後葉の広葉部に幅尾への道を用意し、尾芯と親骨付近には、長尾への道も開拓した。
言い方をかえれば、現在の土佐錦魚の尾の下地は、大阪ランチュウが広葉部の
幅尾化への余地と、棘条付近の長尾化の方向を、用意していたことになる。
その基礎に琉金が乗って、大きな尾と厚みの変化をもたらした。
広葉部の広条化をもたらして、あるべき広葉本来を導いた。
クビレ部の峡条化を誘発して、現在の土佐錦魚の尾を導いた。
言い換えると、大阪ランチュウの基礎の上に琉金が乗っかることで、広葉と峡葉の土佐錦魚の形が出来上がった。
そして、その発展系の尾に半側条がなくなって並側条になった時が、最高のリュウキンが乗った土佐錦魚と言えることになる。
これは、最高のリュウキンの尾を受け入れたことになる。
最高に鮒離れした尾と言うことになる。
 
2014.01.14(Tue)  土佐錦魚TOP
 01月13日   
  
選別思考 1317   
 
平付けのシッカリした厚みのある尾に乗っかってこそ、リュウキンの大きな尾が生きてくる。
そのリュウキンが上手く乗ってこそ尾先が薄くなってくる。
花弁の戻り反転ができてくる。
大阪ランチュウ系の基礎の尾から、大きな尾となる変化が起これば、根元の厚い尾から尾先の薄い尾へと、次第に変化して行くことは当然となる。
尾が大きくなったという一つの変化のように見えていながら、次第に尾先が薄くなる変化を、あえて大きな要素として採り上げている。
土佐錦魚の中には、尾先へ次第に薄くなる系統と、尾先までかなり厚さを維持している系統が、存在している。
かなり厚みを維持している方が基礎となる花弁返りは、元域が広く、翻りが狭い傾向の、大阪ランチュウ系となっている。
根元は同じほどの厚みがあっても、中程から厚みを維持できていない袋返りは、元域が比較して狭く、翻りがさらに広い傾向の、リュウキン系になっている。
リュウキン系の羽衣返りと、大阪ランチュウ系のカトレア返りは、系統的な尾の厚さからくる、土佐錦魚の尾の変化の二大象徴と言える。
 
2014.01.13(Mon)  土佐錦魚TOP
 01月12日   
  
選別思考 1316   
 
大阪ランチュウまでの土佐錦魚に、三つ尾が受け入れられていることは、
それに掛けられた琉金も三つ尾が受け入れられた可能性があるはず。
だが尾幅が足りないことから、切り捨てられた可能性の方が遥かに高いはず。
その切り捨てられ方は、ナンキン系の狭い尾幅の切り捨てられ方と共通するところとなる。
琉金の幅の広い尾には、並側条もある。
ナンキンや大阪ランチュウやランチュウに並側条はない。
土佐錦魚の尾芯の規格は、琉金以前の大阪ランチュウの尾芯を受け入れている。尾芯と伴う平付けも、金座も、厚みも、尾に関しての基礎は、琉金以前の大阪ランチュウを受け入れている。
この基礎が、将来の土佐錦魚の大きな尾を実現している。
この基礎がシッカリしていないところに、リュウキンの大きな尾が乗っかってもヘタルだけとなる。
  
2014.01.12(Sun)  土佐錦魚TOP
 01月11日   
  
選別思考 1315   
 
琉金が掛けられるまでの土佐錦魚の側条は、全て半側条だった。
体は背鰭を受け継いだために、決定的な鮒離れではなかった。
琉金が掛けられてから、決定的な鮒離れとなる並側条が土佐錦魚に現れた。
それは全ての広条が、並細条化したことになる。
だが未だに土佐錦魚には、半側条が鮒の名残となっている。
せっかく現れた鮒離れを、ほとんどの人は意識していない。
土佐錦魚の真価と未来は、鮒離れした並側条にある。
ここでは半側条と桁返りを、琉金以前の土佐錦魚の現れと言い切ってしまう。
だが、琉金にも半側条があるのに、何故そう言い切れるのだろうか。
土佐錦魚の広条は、琉金が掛けられてから完成へと近付いた。
琉金の長尾型が掛けられた可能性は十分にあるが、土佐錦魚の完成型へは受け入れられなかった。
長尾型は大阪ランチュウの三角尾と尾芯辺りに通ずるところがあった。
それは長尾系と結び付き易かった。
だが否定されて幅尾型が受け入れられた。
だが後継者は、そのことを学び継ごうとはしなかった。
意識にさえ載せなかった。
 
2014.01.11(Sat)  土佐錦魚TOP
 01月10日   
  
選別思考 1314   
 
ツマミも桁返りも起きづらい側条がある。
それは、琉金の大きな尾に現れている並側条となる。
おそらく並側条は琉金が元祖だろう。他の並側条は琉金からの派生と感じられる。琉金の並細条は、鮒離れした尾としている。
背鰭の無いマルコは体の鮒離れになる。
緋鮒からの系統樹では、琉金よりもマルコの方が早く枝分かれしている、と
教わった。
マルコは背鰭の欠損が、体の鮒離れと言える。
そのことが体を丸くする可能性へと繋がっている。
背鰭を有しながら丸くなることは、背鰭がないものより一段難しくなる。
そのためにマルコより遅れたのかも知れない。
発生がマルコより遅いとされる琉金は、丸い体と、開き尾の大きな尾が鮒離れになっていた。
その後、尾が一段と大きくなる変化として側条の並側条化が起こった。
側条の並側条化は、鮒尾離れを決定的なものとしている。
 
2014.01.10(Fri)  土佐錦魚TOP
 01月09日   
  
選別思考 1313   
 
さて、横道の分岐点だった担鰭骨の変形辺りに戻って始める。
担鰭骨も、節となる骨も、鰭の変化と伴に変化している。
桁返りは、親骨の側条に現れ、圧倒的に半側条となっている。
ツマミは、尾芯の側条に現れ、圧倒的に半側条となっている。
シワは尾芯の側条に多く現れ、圧倒的に半側条となっている。
ツマミの元は鮒尾の半側条にあって、開き尾以前の存在になる。
桁返りの始まりは、水平となった開き尾以後となっている。
だが、開き尾以前の鮒尾の半側条が、そのまま開き尾に着いてきただけとなっている。尾が水平になってしまった関係上半側条が強いと水平を保ってしまい、
強い水平が尾芯のネジレを伴わなくなり、反転の立ち上りが半側条と並条の境目となった。
逆に、鮒尾時代の名残の垂直を保ちたがる尾芯は、側条が水平になりたがらない。少し下り気味になると尾芯際の弛みになり、もう少し下りるとシワになり、開かないとツマミになる。
 
2014.01.09(Thu)  土佐錦魚TOP
 01月08日   
  
選別思考 1312   
 
最後の覆い隠すような畳み込みや大振り袖は、リュウキン系の羽衣返り(袋返り)でしか実現できない。
大振り袖に近付くほど先域が発達した形になっている。
先域が大きく発達することは、リュウキン系が強くなっている。
リュウキン系が強く出ると、大きくなり、弱くなり、薄くなる。
大きく、弱く、薄くなることは、戻り反転を大きくする。
リュウキン系の先域の発達は、より翻りを造ることになる。
袖元の上げ方の巾着、襷掛け、袂捲りは、大阪ランチュウ系が強くないと実現できない。何れも元域の形になっている。
小振り袖に近付くほど元域が発達した形になっている。
元域が発達することは、大阪ランチュウ系が強くなっている。
大阪ランチュウ系が強く出ると、強くなり、厚くなる。
強くなり、厚くなることは、戻り反転を小さくする。
大阪ランチュウ系の先域の発達は、翻りを少なくする。
大阪ランチュウ系とリュウキン系の兼ね合いが中振り袖を造る。
  
2014.01.08(Wed)  土佐錦魚TOP
 01月07日   
  
選別思考 1311   
 
袖元の繋がり方は、折り目や重なりがなく湾曲の状態が、大阪ランチュウから伝わった、初期的となっている。
湾曲が進むと、折り目がついてくる。
折り目がついてくると、目立たない程度の重なりができてくる。
目立たない重なりが進むと、軽い重なりになってくる。
軽い重なりが進むと、畳まれるようになってくる。
畳みが進むと、覆い隠すような畳み込みになってくる。
この順序は、もって産まれた遺伝子による系統差と、遺伝子の現れる順序でもある成長差にもなっている。
完成形としての大阪ランチュウ系に近いか、リュウキン系に近いかの表れにもなる。
 
2014.01.07(Tue)  土佐錦魚TOP
 01月06日   
  
選別思考 1310   
 
基本的には、先型(袖先)と袖元は連動していることが多い。
だが前と後は、連動してない時がある。型が違う時がある。
幼魚時代の舟底の底の底には、ナンキン系が隠れながら現れている。
そんな感じを小袖風と言うときがある。
これに対して大きい反転を、大袖風とは言わない。
かい摘んで、少し列記して置こう、
戻り反転を振り袖に例えている。
振り袖には、小振り(小振り袖)、中振り(中振り袖)、大振り(大振り袖)がある。
袖元の上げ方の呼び名は、
巾着(きんちゃく)が結わき傾向、
襷掛け(たすきがけ)が締まり傾向、
袂捲り(たもとめくり)が引き上げ傾向、になる。
 
2014.01.06(Mon)  土佐錦魚TOP
 01月05日   
  
選別思考 1309   
 
現在よく用いられている一文字は、羽衣返りで、並側条で、直返りで、尾厚が薄く、親骨先の抑えが甘くて、迫り出しがあっても親骨先を少し前方へ持って行かれて、すこし弱々しさのある典型的なリュウキン系を示しすことがある。
その理由として、直返り(じかがえり)や並側条を根拠にしていることがある。だが何故、直返りや並側条が一文字と言う名の根拠になっているのかまでに、
説明を受けたことがない。
だが、大阪ランチュウ系の横綱前に対する真逆の形が一文字と言うことであれば、これほど似合う型は他にない。
ただそれには一文字と言う名称が似つかわしくないだけかも知れない。
とは言っても、それがいつの間にか習慣となっているのなら、然しも(さしも)否定する程のことでもない。
 
2014.01.05(Sun)  土佐錦魚TOP
 01月04日   
  
選別思考 1308   
 
一文字も立派であれば、横綱前と呼べるかも知れない。
だが一文字には、角張るような迫り出しが見られない。
あっても隠れていることが多い。特徴的で一般的ではない。
そんな魚がいるのか。迫り出しがなければ駄目魚ではないのか。
決してそのようなことはない。
迫り出しがないように見えても迫り出していないだけで、シッカリとさせるための棘状の重なりは存在している。
迫り出しの角が目立たないだけとなる。
弓なりのことが多い。或いは迫り出しが目立たないだけのこともある。
そのために渡りが左右通して一本に見えることが語源となっている。
むしろ迫り出しに対向して名付けられた名称と感じられる。
これにも的確な型や定義が見つからない。
よって、紛らわしくなっている。
 
2014.01.04(Sat)  土佐錦魚TOP
 01月03日   
 
選別思考 1307   
 
後の平付けは大きくはなっていても大阪ランチュウ時代と基本的に変わりはないが、前を抑えた魚は、当時の方々の目を見張らせたと想像できる。
万歳していては、板前の舟底もない。
おそらく迫り出しも見違える程に立派になっていただろう。
大阪ランチュウ迄では、迫り出しや反転の型を取り沙汰する必要がなかっただろう。大阪ランチュウ迄と、琉金が掛けられてからの格段の差は、求めるものを得たと感じる程の差と思える。
もしかすると、後の発達より前の発達の方が早かったのか、それとも注目度の差だったのか、前だけに限られる賞賛の名称がそこに誕生している。それが横綱前だったのか。
或いは、丸鉢が登場すると、当然の成りゆきの様に前が決まり出した。
その中でも、特に前の決まってこれぞと思える魚をそう呼び出したと推測できる。前のシッカリした大阪ランチュウ系を明確に引き継いだ型が、横綱前と呼ばれている。
なぜなら、それを一文字と呼ばなかったからだ。
 
2014.01.03(Fri)  土佐錦魚TOP
 01月02日   
  
選別思考 1306   
 
板前とはこれと言う決められた形ではなく、目安になっている。
横綱前と言う目安はあっても、これと言う決められた型はない。
横綱前と言う呼び名はひょっとすると、土佐錦魚が現在の型に決められる以前に、そう呼ばれていたかも知れない。
この課題は、何処かで触れた覚えがある。
横綱前は、土佐錦魚が現在の型に決められる過程の呼び名かも知れない。
大阪ランチュウまでの万歳傾向だった土佐錦魚に、琉金が掛けられて次第に現在の型に近付いた頃か、丸鉢が登場た頃かの、丸鉢登場前後ではないかと推測している。
詰まり、琉金が掛けられてからはタタキであっても、反転が大きくなって前の抑えの効いた魚が登場している。
 
2014.01.02(Thu)  土佐錦魚TOP

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