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 10月31日   
  
選別思考 1243   
 
基本的に縦型の尾骨を、尾筒からの棘状と尾芯の棘状が上から順に囲み始め、その尾芯の隙間あけて両側を上葉の広葉の細めの板骨が開き始め、その下の中央の隙間に中葉の棘状が入って、その繋がりの下に下葉の板骨が大きく開いて、その板骨の上に下葉の広葉の棘状が乗って、その先に親骨の棘状が生えている。
板骨が中央よりやや下の神経棘辺りから生えているとした時、板骨の上にある
下葉の棘状は、尾骨の中央辺りから生えていることになる。
この位置は上肋骨の位置に当たり、上肋骨の位置が大きく関わっていることを想像できる。
だが、尾骨の位置当たりを見ることが出来ても、尾骨はどうしても塊的で、
どこがどうなっているかの判明は付かない。
骨にすると棘条が判らなくなり、棘状を解るようにすると尾骨が見えなくなる。
 
2013.10.31(Thu)  土佐錦魚TOP
 10月30日   
  
選別思考 1242   
 
尾筒の神経棘は密集しているように見えている。
その神経棘は、背鰭仕舞いの神経棘より長くなって、尾鰭の方へ向いてなびくように寝ている。
土佐錦魚のその棘条(椎弓)を辿って行くと、挿している棘条と繋がっていることが、ハッキリと見て取れる。
やはり挿しは、尾骨からの棘状と繋がってはいなかった。
土佐錦魚の挿しは、尾筒からの棘状と繋がっていた。
ここにきて棘条と棘状とが、紛らわしくなっている。
尾筒への椎弓と思える棘条は、確かに骨で出来ている。
すると、それはチュ級であり棘条になる。
だが、解剖して綺麗に洗ってしまって骨だけになるとそうなるが、肉がついている状態でのその棘条の先には、神経組織的な細くて白っぽいのが付いている。
その状態を棘状と言っている。
先に状が付いている時には、棘状で、骨そのものか、骨の標本のように付いていない時には、棘条か神経棘か椎弓になる。
 
2013.10.30(Wed)  土佐錦魚TOP
 10月29日   
  
選別思考 1241   
 
尾骨の回りの鱗をピンセットで一枚一枚剥がして行き、次に筋肉とかを徐々に削ぎ落して行くと、縦型の尾骨が見えてきた。
削る前には、尾骨を塊状かと思っていたので、少し驚いた。
熱心のあまりについ削り過ぎたのかと思って、鱗は剥がしても削っていない反対側と見比べて見ると、それほど違わない。
慎重に扱っているが、失敗した時のために片側だけにしている。
開き尾になったために尾骨の厚みは、確かに分厚くなっている。
が、神経棘は上から生えている。尾芯も上から生えている。
上葉の板骨も、中央より上部から二枚生えている。
中央は中葉の隙間になっていて、その下の中央より下部から下葉の板骨が生えている。
こうなっていると、開き尾になっていても、上葉、下葉と呼ぶのが適当と思えてくる。
土佐錦魚の上見から前葉、後葉と呼ぶことは、見た目の説明には当てはまるが、骨骼の説明に用いると場違いになってしまう。
 
2013.10.29(Tue)  土佐錦魚TOP
 10月28日   
  
選別思考 1240   
 
開き尾和金なら、鮒尾より発達していることが当然となる。
それより遥かに振りの激しくなった土佐錦魚なら、尾肩として上肋骨辺りの発達と、それに伴う筋肉の発達が更に当然となる。
それが尾骨に入ると、どの骨がどうなっているか、何が何だか判別が付かなくなる。そして、機能を凝縮した棘状が出ている。
仮に尾骨が、鮒尾時代の縦型を比較的残しているのであれば、平付け様の開き尾に変化していても、尾肩は水平方向を保っている可能性が、より強くなる。
その辺りから生えている親骨は、上椎体骨か上肋骨の発達形態と見られ、水平を保とうとしている尾肩と一緒になって、親骨を形成していると考えられる。
こうして椎体を次第におっていながら尾骨まで見ていると、尾骨が縦型に見えてきた。
いくら開き尾になったからと言って、尾骨を横開きにすることはないと思えてくるから面白い。
 
2013.10.28(Mon)  土佐錦魚TOP
 10月27日   
  
選別思考 1239   
 
椎体は、上方へは神経棘を、下方へは血管棘を発しているが、
その隣から、上方へ上神経骨か上椎体骨を、下方へは上肋骨を発している。
神経棘(椎弓)の間には小さく、トンネル上を繋ぐように、上神経骨と思しき骨が微か(かすか)に見える。
それが尾筒に入ると、神経棘と同じように発達している。
これは役目があれば、発達をしていることになり、役目がなければ、短くなったり、ちょっとした出っ張り程度で納まっていたりすることになる。
尾筒ではどうして、神経棘が倍程になっているのだろうか。
おそらく、尾筒を激しく使っていることと、
来る尾鰭への準備ではないだろうか。
泳ぐ際に尾筒を激しく振ることは、鮒尾から変形すればする程、激しくなる傾向が見られる。土佐錦魚はその最たるものだろう。
おそらく鮒尾でも尾筒の辺りには、お肩代わりに上肋骨辺りの出っ張りが、少し発達しているかも知れない。
 
2013.10.27(Sun)  土佐錦魚TOP
 10月26日   
 
選別思考 1238   
 
その状態は、背鰭の鰭終いの椎体まで続いている。
背鰭から後ろの尾筒に入ると、尾筒が短いので少しの間だが、背鰭までの椎体や椎弓とは、違ってかなり複雑になっている。
まず椎弓が長くなっている。椎弓と椎弓の間に、やや短くてやや細めの椎弓と思しきもう一本が、挟まっている。
これはもしかすると、上神経骨か、上椎体骨が発達したものと感じられる。
その下の椎体の中央に当たるところに、上肋骨と思しき出っ張りがあって、尾骨まで続いている。
尾筒の上方になる神経棘の間の隙間や椎体の隙間はなく、びっちり詰まっている。比較して下方になる血管棘の隙間は、腹終いの背鰭の下から尾筒になっても等間隔になっている。
その押し詰まっている尾筒に、上肋骨と思しき出っ張りが、また目立ち始めている。
 
2013.10.26(Sat)  土佐錦魚TOP
 10月25日   
  
選別思考 1237   
 
そして解剖するとき、肋骨は気をつけないとわりと取れ易い。
取れ易いことは、血管棘としての椎体との結びつきが、肋骨となったことで弱まってしまったことが推測できる。
肋骨となった時に、細く長く大きく広がることと、採餌や抱卵で内容量が変化するために、付け根が柔軟に動き易くなったのだろう。
すると、柔軟になった分、付け根が弱くなる。
そこで、上肋骨を発達させて、肋骨の根元を補強したか、上肋骨そのものが発達したと思える。
それと同様な働きが、尾骨にも起きていると推し量っている。
肋骨のように左右へ大きく開いているのは、下葉の親骨になる。
親骨は板骨の上に乗っていないので、自立する必要がある。
その作用は尾筒の上肋骨と思しき出っ張りから始まっている。
椎体は、肋骨から後ろになると、上肋骨の出っ張りの役目が薄れたのか、目立たなくなっている。
 
2013.10.25(Fri)  土佐錦魚TOP
 10月24日   
  
選別思考 1236   
 
椎弓は、椎体の両脇から始まって、中央で一本に纏まるときに間に隙間を作っている。
肋骨は、下方の椎弓(血管棘)が一本に纏まらずに開いている。
その椎弓は、椎体の両脇の上下の中央から始まっている。
その椎弓と隣の椎弓との間には、小さな棘みたいな出っ張りがある。
それが発達している魚では、横に少し伸びて、上神経骨とか、上椎体骨とか、
上肋骨とかの名前がついている。
土佐錦魚にも、開いた肋骨の根元の直ぐ上に、それが少し出っ張っている。
肋骨以外の椎体には、ほんの少しだけ出ている。
肋骨のところだけ発達していることは、上肋骨と思える。
土佐錦魚の上肋骨は、どんな役目をしているのだろうか。
肋骨を支える役目と、肋骨をより開く役目があると感じられる。
それは開いていない椎体には、上肋骨の発達が見られないことから、そう推測している。
 
2013.10.24(Thu)  土佐錦魚TOP
 10月23日   
  
選別思考 1235   
 
ただ、上葉の細い板骨は、二枚分かれて付いているが間が狭いので、わりと残っていて上部に付いている感じが判る。
その下に付いている下葉の板骨は、やはり中程についている感じを受けるが良く判らない。尾骨の回りのしなびた肉を、気をつけながら少しずつ削り取って行くと、尾骨が縦についているように見えてくる。もしかすると尾骨の縦型は、鮒尾の縦型を、基本的に残していて、棘状や板骨を左右に伸ばして開き尾を形成しているのだろうか。
鮒尾を解剖してみないと判らないが、鮒尾の尾座(尾骨から後方へ広がっていて、鱗に覆われている部分)は、カレイのように真ん中に板骨があるのかも知れない。
カレイの板骨は一枚だが、鮒尾の板骨は、上葉と下葉に分かれていて中葉部分に、隙間があると想像できる。
いつか大きな鮒尾和金の解剖ができた時に、報告をしたい。
 
2013.10.23(Wed)  土佐錦魚TOP
 10月22日   
  
選別思考 1234   
 
既に左右化している鰭には、胸鰭と腹鰭と二枚化した舵鰭がある。
どれも小さめで独立している。
どれも背骨より下についている。
どれもわりと下向きになっている。
左右化した尾鰭の下葉は、わりと平付けになっている。
背骨の中程から出ているようになっている。
その平付けは、血管棘の開き具合だけで開いているのだろうか。
カレイの尾鰭の板骨は、水平の尾鰭の中央になっている。
上の神経棘と下の血管棘に挟まれて、真ん中になっている。
金魚の開き尾は、それを左右に分けて利用していると思える。
すると板骨が既に、中央に位置しているのかも知れない。
その上に、前葉の棘状が乗っかって生えている訳だから、前葉の棘状は、板骨の直ぐ上の、中央付近から出ていることになる。
解剖した尾骨のその辺りをじっくり眺めても、小さいことと、複雑になっていることと、縦とか横とかでなく一体になっているように見えて、どうなっているとはハッキリ言えない。
 
2013.10.22(Tue)  土佐錦魚TOP
 10月21日  
  
選別思考 1233   
 
下葉が左右に分かれたその時から、遺伝子も左右に分かれた。
と言うより、下葉の遺伝子が左右に分かれたから、下葉が左右に分かれたことになる。
遺伝子が左右に分かれると、組織が新しく簡単に造られて出来て行くのだろうか。
新しく造られることはわりと少ないと感じている。そこに在った組織を再利用したり、変化させたり、作り直したりしている。
典型的な尾が、ヂキンの尾と言える。鮒尾系の尾の機能を左右に分けた形になっている。
尾骨にある機能が二つになった。
その元の遺伝子が重複したか、二度働くようになったか。
形は機能の構造だから、機能が別れれば構造も分かれる。
構想が分かれれば、分かれた組織が形作られる。
組織は複雑でも、意外と簡単なのかも知れない。
分かれたその時から、垂直作用だった神経棘から離脱し、椎体の中央の作用が
水平作用となって加わり、左右の働きとなっている血管棘の作用へ、大きく移ったことになる。
  
2013.10.21(Mon)  土佐錦魚TOP
 10月20日   
 
選別思考 1232   
 
鮒尾の上葉と下葉の中葉として、背骨の上下の中央に位置して、上下を接合して、背骨(尾骨)の最後尾に位置していれば、
例え、括れ型でなく、上下葉の棘条がそれほど発達していない団扇型でも、
中葉は峡条になって締まりをもっている。
それは、上でもなく下でもなく、前でもなく後でもなく、もともとは神経棘でも血管棘でもなく、最後尾の中央の棘状として位置している。
それは背骨の上下の椎弓のように間接的ではなく、鰭へ直接的に関与している。
その有様が、尾骨の中に椎弓の仕組みを仕舞い込んでいると、感じさせている。
開き尾では、背骨(尾骨)の最後尾が二俣に別れたのだろうか。
解剖では、尾骨は小さな塊状になって、別れてはいなかった。
尾骨は、その作用を尾骨の中で纏めてから棘状にして出していた。
棘状にすれば、椎体から椎弓を伸ばさなくても、椎弓に担鰭骨を繋がなくても、尾骨から直接左右に伸ばすことができる。
 
2013.10.20(Sun)  土佐錦魚TOP
 10月19日   
  
選別思考 1231   
 
舵鰭の鰭終いの奇形的な接合は、その現れと見ることが出来る。
これはあたかも、尾芯で起こっている尾翼化に似ている。
似てはいるが非なるもので、尾翼化は尾鰭の尾芯の鰭始めに起きているが、
舵鰭は鰭終いの峡条に起きている疑似尾翼となる。
棘条の鰭始めでは、分離の元になっても、接合は起こらない。
尾翼は、分離以前の元の形に戻っただけとなる。
峡条の鰭終いは分離の終になっているが、接合も起こりうる。
鮒尾の括れ部の峡条は、上下の接合部になっている。
鮒尾の峡条はクビレて、上下が接合しているようになっていても、そこに分離が起こる気配はない。
それは、接合して中葉としての存在になっている。
そこには、中葉の役目としての締まりが起きている。
鮒尾が括れ型の中葉になっていることは、上下葉の棘条が高度な発達をもたらす、可能性を示唆している。
 
2013.10.19(Sat)  土佐錦魚TOP
 10月18日   
  
選別思考 1230   
 
土佐錦魚の舵鰭二枚化は、未だ足踏みしている。
ほとんどの人は、二枚への過程と、常識的に思っているだろう。
はたしてこれは、一枚から二枚への歩みの過程だろうか。
それとも、二枚から一枚への戻りの過程なのだろうか。
二枚化の葛藤の歴史はじれったいように長いが、一枚化の戻りの歴史は現在の土佐錦魚になってからと推測できる。
三つ尾が受け入れられた、大阪ランチュウ時期からの最近的と言える。
現在に至る以前の土佐錦魚は二枚だった可能性がおおいにある。
和金型であった土佐錦魚の前身も、ナンキンが掛けられてからも、大阪ランチュウが掛けられてからも、琉金が掛けられてからも終始二枚が受け入れられてきた。
なのにどうしてこうも、一枚が出てくるのだろうか。
以前にも触れているが、観点をかえて触れてみよう。
 
2013.10.18(Fri)  土佐錦魚TOP
 10月17日   

 
選別思考 1229   
 
舵鰭の各担鰭骨は、上方のそれぞれを受け持っているはずの血管棘へ向かわずに、一斉に一本目の担鰭骨の方へ向いている。
その纏まり方を例えれば、背骨が丸まったとすることができる。
これは棘条(太い一本目)が、その後部に連なる担鰭骨の作用の統轄を、引き受けてしまったからと考えられる。
一斉に棘条の方へ向いている担鰭骨がやがて、一本化された棘状へと変化して行けば、腹鰭のようになって行くことになる。
さらに掌節へと発達すれば、その下に板骨ができて支え出し、一本化は、進んで行く事が想像される。
これは、背鰭型に各神経棘から始まっている軟条も、棘状からの作用によっては、一本化されたり、消えたりもする変化の可能性を、もっていることになる。
その可能性は、血管棘の方が神経棘より高いことを伺える。
 
2013.10.17(Thu)  土佐錦魚TOP
 10月16日   
  
選別思考 1228   
 
なら何故、背中の途中に軟条が生える異常が起こるのだろうか。
それは背中の途中でも、神経棘(椎弓)から直接的作用を受けている担鰭骨の
名残の現れ、と踏んでいる。
舵鰭が一枚になるか二枚になるかは、まだ不安定な状況にある。
先日、ハッキリ離れて二枚になっている魚を解剖したところ、左右の舵鰭の棘条の担鰭骨は、腹終いの少し広がった短くて太い血管棘から左右別々に始まっていた。だが、舵鰭の軟条の担鰭骨は、一条一条独立して付いている。
ならば背鰭のように、一条ごとに各血管棘からいちいち作用を受けているはず。それなのに、その様子は全くない。
それは、背骨から下部の血管棘(椎弓)から担鰭骨までの距離が、遠退いてしまったからと考えられる。
 
2013.10.16(Wed)  土佐錦魚TOP
 10月15日   
  
選別思考 1227   
 
鰭が独立する作用は、棘条が司っている。
棘条からの独立分離の作用の働きは、尾先に作用している。
棘条からの独立分離の作用の働きは、尾先から伝わって鰭終いに作用した時、
鰭終いの担鰭骨からの作用と連携して、その鰭を分離独立させている。
独立した胸鰭と腹鰭の異常で、棘条が欠損していながら軟条だけで働いている鰭を、今までに視認したことがない。
逆に、棘条だけが最後まで残っている風な肺魚は見ている。
これは、胸鰭と腹鰭でも鰭全体に及ぼす存在的な作用を、棘条が持っているものと感じさせてくれる。
背鰭の棘条が持つ存在的な作用は、背鰭の有無のどちらかを選ぶ択一的なものと、以前に述べている。
 
2013.10.15(Tue)  土佐錦魚TOP
 10月14日   
  
選別思考 1226   
 
土佐錦魚の峡条は、今までの金魚には見られなかった独自の役目を果たしている。変りものや珍しいを通り越して、独特の美観を放つ要(かなめ)の一つになっている。
遺伝子には、全体の上下、前後、左右を司るものもあれば、
体や尾の部分的な上下、前後、左右を司るものもある。
その遺伝子の働きが、範囲や区切りとして現れている。
その範囲の始まりの形を鰭始めの棘条が司り、奔放な軟条の形を鰭中が司り、
その鰭中の形を鰭終いが締め括っている。
鮒尾を元としている金魚の鰭終いは、大概狭くて短い。
狭くて短くなるには、締まるか、縮むしかない。
前後左右の締まる、縮むは、軟条の発達を留めたり萎縮させたりしている。
軟条の萎縮は、時に鰭を分離させたりもする。
  
2013.10.14(Mon)  土佐錦魚TOP
 10月13日   
  
選別思考 1225   
 
逆に言えば中葉の在り方が、立ち上がり方の括り(くくり)として、前型や後型へ大きく影響している。
中葉の在り方の相違、特徴が、袖元の形となっている。
ところが、本来は後葉の尾芯を中心とした鰭始めからの広葉の水平部を、鰭終いとして締めくくることをしている。
本来は前葉の親骨の鰭始めからの広葉の反転部を、鰭終いとして締めくくることをしている。
反転を立ち上がりから見ると、袖元が始まりのように見えたり、水平部を円的な見方にすると、袖元が始まりに見えたりもする。
土佐錦魚の袖元は締めくくりとして、その締め括りが左右の後葉と前葉を、各々左右の範囲とする中央に位置している。
段差的な中央の締め括りが、前後への始まりと見受けてしまう。
 
2013.10.13(Sun)  土佐錦魚TOP
 10月12日   
  
選別思考 1224   
 
峡条が前方の始まりとなり、尾芯が後方で纏める感覚を受ける。
峡条の役目は、軟条の端を区切ることをしても隔ててはいない。
隔てていなければ、尖端として示すことは出来ない。
後葉の水平と前葉の反転の垂直的な折り目や、繋ぎ目を隠してしまう袖元が、
見えない隔たりがあるように錯覚させてしまう。
峡条どうしの接合は可能となっている。
軟条の区切りになっている峡条どうしが接合している状態を、尾鰭の中葉(クビレ部)としている。
後葉の水平から中葉なしに、前葉の反転がいきなり立ち上がることはできない。
水平方向と垂直方向の仲立ちを、中葉(括れ部)がしている。
 
2013.10.12(Sat)  土佐錦魚TOP
 10月11日   
  
選別思考 1223   
 
前葉の反転(広葉)と、後葉の水平(広葉)と、その間の中葉(峡葉)との反比例関係を、土佐錦魚は最も顕著に現している。
鰭が分化したときに鰭始めには棘条が、鰭終いには峡条ができ、
鰭のなかばの軟条も、分化に伴って変化している。
棘条は、鰭を他の鰭と隔てる仕切りとなり、
峡条は、棘条に続く軟条の後を締め括る役目となっている。
棘条の役目は、棘条と他の鰭の峡条とを隔てている。
棘条の役目は、前方を示すこともしている。
棘条がある方向が、平付けになる前までは前方になっていた。
棘条で中央にある尾芯が水平になると、上下方向で前方を示すことができなくなる。尾芯からの方向性が消えてしまった。
鮒尾からすると、考えられない事態となる。
開き尾の後葉(上葉)の平付けは、金魚離れの一つと言える。
  
2013.10.11(Fri)  土佐錦魚TOP
 10月10日   
  
選別思考 1222   
 
なら、大阪ランチュウまでの土佐錦魚に琉金が掛けられただけでは、現在の土佐錦魚の反転にならなかったのか。
ここに、土佐錦魚の中葉の在り方が大きく関係してくる。
万歳の要素は、反転の発達加減と親骨の抑え加減だけではない。
中葉(クビレ部)の締まり加減が、大きく作用している。
開き尾和金も、南京も、蘭鋳も、中葉は鮒尾時より開き(伸び)気味になっている。これは開き尾になって、鮒尾時代より閉じ加減になった広葉を、中葉の開き加減で調整していた。
例えば、鮒尾の広葉が閉じ加減になった時、中葉が開くことで元の鮒尾の角度や面積を確保した時と、似た型になっている。
土佐錦魚の場合は逆に、広葉が一層開き出している。
すると反比例的に中葉は、一層閉じ出すことになる。
 
2013.10.10(Thu)  土佐錦魚TOP
 10月09日   
  
選別思考 1221   
 
この基礎に、琉金が掛け合わさったことで、それまでの土佐錦魚は、劇的な変化を遂げた。
後葉と前葉が広がりだして、広葉の広条化がやっと始まった。
すると、前葉(下葉)のネジレが更に発達すると単純に推理できるが、広条化は親骨のネジレに、直接関係を持っていない。
ネジレより捲れていた広葉の発達をもたらし、反転へと進めた。
捲れに留まっていた尾先が反転となって親骨より前へ行くと、親骨をさらに吊り出して、万歳まで進むようになっていった。
おそらく、大阪ランチュウまでの頃より万歳の頻度は、飛躍的に増えたと考えられる。
尾幅の少ないネジレや捲れだけでは、上方へ持って行こうとしても、抑えを甘くする程度だろう。
親骨を万歳まで吊ってしまう要素としては、乏しい。
尾幅がもっと増えて、捲れの尾先が親骨より前方へ出て、反転の尾先が前方へ向くようになると、親骨を強く吊り出す。
推進力を生む支えの親骨が、その役目を失ってしまう。
抑えが利かなくなると、タガが外れたように吊られてしまう。
  
2013.10.09(Wed)  土佐錦魚TOP
 10月08日   
  
選別思考 1220   
 
さて、上葉までが平付けになってしまい尾立ちがなくなると、和金から引き継いだ下葉の尾先を下ろす性質が失われ、さらに下葉の平付けが進むと、尾先を下ろすどころか反対に、尾先を上げ気味になってしまい、捲れが現れてしまう。
その吊れ気味の広葉の調整を、大阪ランチュウ時代まではクビレ部が広がることで補っていた。
この尾型から広葉とクビレ部が更に広がり、四つ尾になって行けば蝶尾へと進むことになる。
とにかく、南京と蘭鋳より、大阪ランチュウは泳ぎが下手だったことが想像できる。大阪ランチュウの広葉は、土佐錦魚ほどに広くなかった。
それは尖り尾で、三角尾方向だったと推測できる。
広葉の発達が少ないと親骨を吊る度合も少なくなって、親骨のねじれや万歳も、極端にはならなかったとも推測できる。
ここまでの様々な変化は、土佐錦魚の基礎の一つを作り上げていることに、間違いはない。
 
2013.10.08(Tue)  土佐錦魚TOP
 10月07日   
  
選別思考 1219   
 
平付けと尾芯の関係を書き留めておこう。
土佐錦魚の後葉の棘条(尾芯)が水平になると、左右に平付けを造り始めた。
尾芯が平付けだと繋がる後葉も平付けになる。
尾芯が水平より下がると後葉は水平を保とうとして掬いになる。
それは中葉(括れ部)が中央を維持していることから来ている。
水平の基準は、椎体の中央であり尾骨の中央になる中葉となる。
前葉が水平を維持している時、中葉より尾芯が上がると後葉は段々山形になって行く。
更に上がるとランチュウ立ちになる。
前葉が水平を維持していない時、付きそのものが水平ではなく角度を持っている時には、中葉もその角度となる。
その角度をつくるのは、尾筒の椎体の曲がり様となる。
詰まり、尾筒(腰)の折れ下りとなっている。
中葉は腰の折れ下りがどうであっても、椎体の中央を維持する。
尾筒の曲がり様で、尾骨がその高さや角度になれば、中葉はその位置の角度や高さでの中央を維持している。
2013.10.07(Mon)  土佐錦魚TOP
 10月06日   
  
選別思考 1218   
 
土佐錦魚では、尾筒の折れ下りが良いことを望んでいる。
ランチュウ型の尾筒を望んでいる。
それが実現したかと思ったら、挿しているのに尾立ちになってしまっている。
しかも力強さを持っている。尾筒の太身がある。泳ぎが上手い。
安定性がある等良いことずくめだが、土佐錦魚ではランチュウ立ちをハネとしている。
土佐錦魚の付きとは認められていない。
その傾向の軽い魚を、品評会でもたまに見受ける。
ランチュウ立ちを説明すると「そんなのがあるんだ」と順位を落とされたことを、納得してくれる。
土佐錦魚で挿していても、ナンキンで挿していなくても、腰の湾曲が良くて尾芯との関係を強く持ってしまうと、尾立ちになってしまう傾向がある。
 
2013.10.06(Sun)  土佐錦魚TOP
 10月05日   
  
選別思考 1217   
 
蘭鋳は、その尾立ちと腰の関係のみを受け継いでいる。
それは、腰と尾立ちの関係を、独自のものとしている。
この関係も一つの鮒離れと言えるだろう。
では、土佐錦魚のランチュウ立ちはどうなっているのだろうか。
土佐錦魚の腰の折れ下りと、水平な尾芯との関係はやはり九十度になっている。これも挿していながらの鮒離れと言える。
そのことが蘭鋳に似ていることから、挿している尾芯でも、引き起こされていることが感じられる。
尾筒が下りていても、尾芯が下り切っていない尾立ちもある。
逆に、尾筒の折れ下りが良くて尾立になっていると、ランチュウ立ちになりやすい。これは尾筒の湾曲が良いことになる。

 
2013.10.05(Sat)  土佐錦魚TOP
 10月04日   
 
選別思考 1216   
 
蘭鋳は挿していないことで甘い連動の関係から更に離れている。
尾皿は甘い平付けになっているが、尾芯が一切連動しなくなって、尾皿の角度とは関係を絶っている。
腰の角度との関係のみになっている。
土佐錦魚のように水平線を基準とせずに、垂直線を基準として四五度に分かれている。これは挿していないことが、実現させている。
挿していると、挿しに到っている尾筒の棘状との関係から、鮒尾の上葉の鰭棘の角度になり易い。
それは、開き尾和金の尾立ち程になりやすい。
ナンキンの尾筒の湾曲の少ない時の尾立ち程になり易い。
挿していないナンキンでも、基本的にはそうなっている。
尾筒の湾曲があれば、尾立ちもそれなりに立って行く。
 
2013.10.04(Fri)  土佐錦魚TOP
 10月03日   
 
選別思考 1215   
 
それは、挿しから来ている。
土佐錦魚は、挿している。
挿しは、鮒尾の鰭棘から引き継いでいる。
開き尾になってからも、上葉と下葉との角度を継いでいる。
尾芯が鮒時代の基礎を、引き継いでいることを示している。
それは、尾芯と親骨の連動が保たれていることを示している。
それは水平の関係も垂直の関係も、直角として引き継いでいる。
土佐錦魚の尾芯と尾皿が水平になると、親骨は直角に下を向く。
蘭鋳の付きは、土佐錦魚からすると甘い平付けになっている。
尾皿が水平に近くても、親骨は直角に近くならない。
それは、下葉の尾先を下ろす都合から来ている。
直角にすると、土佐錦魚のように捲れが起きて下ろせなくなる。
2013.10.03(Thu)  土佐錦魚TOP
 10月02日   
  
選別思考 1214   
 
緋鮒でも背骨の胸部に湾曲を持っている。
ナンキンの背骨の胸部は、一層湾曲している。
ナンキンであれば、胸部に湾曲を持っていることになる。
その胸部の湾曲は、胸部の幅も増やしている。
丸手への始まりとも言える。
その湾曲が腹部と腰部に引き続がれれば、綺麗な弧になる。
その弧を持つ可能性は丸手にしかない。
その丸手の可能性は、ナンキンも、大阪ランチュウも、ランチュウも、土佐錦魚も共通するところとなっている。
土佐錦魚は、蘭鋳とは設定が異なっているが、理想の尾筒の立上がり角度は、
水平な尾芯の位置から直角となっている。
その差は、どこから来ているのだろうか。
 
2013.10.02(Wed)  土佐錦魚TOP

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