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 9月30日   
  
選別思考 1212   
 
土佐錦魚の尾芯と親骨との角度は、ほぼ九十度になっている。
それは鮒尾の上葉の鰭棘と、下葉の鰭棘の動きの角度のほぼ九十度が、開き尾になっても変わらずに来ている。
鮒尾の広がりや縮まりは、九十度からの調整範囲になっている。
神経棘系の尾芯と、血管棘系の親骨は、開き尾になってからも上見からの水平方向への開きは、直角になっている。
横見からの垂直方向の角度も、尾芯と親骨の関係として、ほぼ直角を保ち続けている。(尾皿を見ると、尾芯は尾皿と同じほぼ水平、親骨は、尾皿とほぼ直角が標準になっている。)
だが蘭鋳は、かなりの尾立ちを持っている。
それは基本とされる開き尾和金よりかなり立っている。
それなのに、平付けを保っている。
尾芯と親骨の垂直方向の直角的な連動関係は、崩れている。
これはいったい、どうしてだろうか。
 
2013.09.30(Mon)  土佐錦魚TOP
 9月29日   
  
選別思考 1211   
 
ここには平付けと尾立ちの影響が、大きく及んでいると解る。
南京と蘭鋳も下葉はほぼ平付けだが、上葉には尾立ちがあった。
その下葉の平付けと上葉の尾立ちは、和金から引き継いでいる。
下葉の尾先を下ろす泳ぎも、開き尾和金から備わっている。
ナンキンは、開き尾和金の平付けと尾立ちにほぼ近いが、尾立ちが僅かに寝ている。その僅かな寝方が親骨を連動させて、少し下向きにしている。
その反動的な連動は、土佐錦魚にハッキリ現れている。
土佐錦魚の親骨の下へ向く動きは、尾芯が水平の時に一番大きくなり、尾立ちがあると少なくなる方向になっている。
水平の時に一番大きいのだから、尾下がりになるとやはり少なくなっている。
それは、尾が下がっているほど、反転が大きくなったり、尾が下がっているほど、親骨と尾芯の角度が小さくなったりすることはない。
 
2013.09.29(Sun)  土佐錦魚TOP
 9月28日   
  
選別思考 1210   
 
根元が厚くなっていることは、その根元が強く平付けにならないと、尾先に捲れが起きづらくなっている。
その根元の厚みは、軟域線の折り目を、ナンキンよりハッキリさせている。
蘭鋳の尾の泳ぎの意思は、軟域線より先の軟条をを下ろそうとするところに現れている。
ナンキンの尾は、蘭鋳より平付けが緩くても捲れ(めくれ)が起き易くなっている。それは厚みが徐々に薄くなり、軟域線をハッキリさせていないことからきている。
それは撓り(しなり)として尾に現れている。
また尾立ちが少ないと、親骨がより下向きになってより捲れ易くなる。
それはそれほど平付けがキツくなくても、尾をあおったときに捲れを見せやすくなっている。
全体の量は(質量)同じとしても、厚みや広がり具合(密度)が異なると、形や性質に変化が生じてくる。
 
2013.09.28(Sat)  土佐錦魚TOP
 9月27日  
  
選別思考 1209   
 
仮にナンキンと蘭鋳の尾の質量が同じとして、その違いを形や性質に留めるならば、長尾の方が薄い尾先になり、
短尾の方が、尾先まで厚みを保ち易いことになる。
幅尾でも短尾の方が、尾先まで厚みを保ち易いことになる。
一方、南京と蘭鋳の間ともされている大阪ランチュウは、質量を多くして幅を広げて長くなったが、尾先の厚みは案外保っていたことになる。
だがその保ち方は、ナンキンの尾の薄くなり方に準じていたと思われる。
(ここで一寸だけ。蘭鋳は、ナンキンから変異したという説と、他のランチュウ型の種がナンキンに掛けられたとされる説と、大阪ランチュウから変異したと言う説があるが、大阪ランチュウからの変異説には、なんか違和感を感じてならない。それは尾の質量が違い過ぎる。尾立ちが違い過ぎる。一端尾の質量や尾立ちを大阪ランチュウまでに変異してから、再び蘭鋳の質量や尾立ちに戻すことは、案外大変なことと感じている。)
ナンキンの尾は蘭鋳より徐々に薄くなっていると見え。
蘭鋳は根元がより厚くなっていると見て取れる。
 
2013.09.27(Fri)  土佐錦魚TOP
 9月26日   
  
選別思考 1208   
 
土佐錦魚と名付けられた土佐錦魚の前身は、現在の土佐錦魚からすると、土佐錦魚とは呼べない形と言える。
では、土佐錦魚の前身にナンキンが掛けられてからは、土佐錦魚と呼べる形になったのだろうか。やはりなっていない。
これには呼び名が付いていない。
仮に背鰭が無くなっていれば、ナンキントサキンとでも呼ばれ直されたかも知れない。
背鰭は有したが、体型はナンキンをそれなりに受け継いでいた。
そこに大阪ランチュウが掛けられてからは、ナンキンから変異した大阪ランチュウの尾の質量を、その土佐錦魚が受け継いだ。
ここに来て初めて、土佐錦魚の基礎ができたことになる。
その基礎は、体の質量と尾の質量が定まったことによる。
 
2013.09.26(Thu)  土佐錦魚TOP
 9月25日   
  
選別思考 1207   
 
土佐錦魚の尾筒は蘭鋳ほどに太くならない。
宿命的なものとしてナンキンから大阪ランチュウへ、そして琉金が足されて、
土佐錦魚へと引き継がれたものとなっている。
だが、腹形は蘭鋳より出ている系統がある。
その腹形も、ナンキンから大阪ランチュウへ、そして土佐錦魚へと引き継がれたものとなっている。
尾立ちのなさも引き継がれている。
尾立ちがなく、前葉の尾先の下ろしが少ないと、振り幅が大きくなる。
振り幅は引き継がれる以上に大きくなって行った。
その腰と腹は、蘭鋳のように力強さを感じられず、そのぶん尾の振りで補おうとしている。
ナンキンから引き継がれていないのは、大阪ランチュウの尾の大きさや質量になる。これはナンキンからの変化ではなく、大阪ランチュウの尾への変異になっている。
 
2013.09.25(Wed)  土佐錦魚TOP
 9月24日   
  
選別思考 1206   
 
基本的には似ていても、尾が僅かに伸長しているために、尾先の揺らぎも蘭鋳より柔軟になっている。
尾立ちも蘭鋳よりは柔軟な方向と感じられ、降りによる尾芯の揺らぎが多いため、クビレ部の引かれ方も少ないと感じられる。
蘭鋳より総体的な柔軟性があると考えられる。
このナンキンの特徴が土佐錦魚に引き継がれている。
この特徴がそのまま現れていると、尾幅が狭いとか、尾先が尖るように狭いとか、桜っぽいとかで嫌われている。
このとき、普通はナンキン系とは意識されずに、ただ詰まらない魚としてハネられることが多い。
このとき、ただ尾幅が狭いだけだったら、腹形が良くなるか見極めが着くまでは、育ててみる価値がある。
腹形が良くなったなら、尾幅が広くなるかまでは、育ててみる価値がある。
尾幅は広くなることがある。
だがそこまで持ち堪えられない。
待てないままで掛けられた系統の特徴がもろに現れると、土佐錦魚らしくないとして、ハネられてしまうことが多い。
 
2013.09.24(Tue)  土佐錦魚TOP
 9月23日   
  
選別思考 1205   
 
その力強さは、厚みのある尾先の丸さと幅にかかっている。
尾先が南京の様に、やや薄めで尖り気味では叶わないだろう。
その力強い振りを可能にするために、尾のクビレ部は広がりを見せ、厚みを薄くして、その分の密度を広葉部に提供している。
南京も、元域と親骨と尾芯付近に密度を集中して、特に親骨には、棘条を重ねて迫り出しを大きく構え、軟条にも厚みを持たせ、元域を筋っぽく列ねて蘭鋳よりやや大振りになっている。
軟域線が厚みの区切りになって、尾先を下ろせるようになってはいても、その尾先は次第に細身になり、薄くなっているので揺らぎ易くなり、尾立ちがあまりないので、先域の下ろしより体幅に合わせるように尾肩が広まり、腰の力強さより振りの強さによって、推進力を得られるようになっている。
 
2013.09.23(Mon)  土佐錦魚TOP
 9月22日   
  
選別思考 1204   
 
南京と蘭鋳の尾は、質量的にあまり変わっていないことになる。
広さと長さと厚さのわずかな違いになっている。
双方とも、クビレ部と広葉部が逆転するかのように、前後の広葉部の元域に密度が集中している。
蘭鋳は、親骨と尾芯付近に集中して、特に迫り出しを構え、親骨には棘条を重ねて、広条の元域に厚みを持たせて、骨筋っぽく列ねて軟条と言う印象が少ない。それでも細条の別れ目が厚みの区切りになって、尾先を下ろせるようになっている。蘭鋳は尾先にも厚みを残し、幅と丸みがある。
その尾には流れや揺らぎが少なく、尾立ちの負担を和らげ、強い腰の振りによって小さな尾の振り幅でも、推進力を得ることができている。
それは尾を振ると言うより、筒を振るかに感じ、尾の付け根より、背に対しての筒の付け根が要点となっている。
 
2013.09.22(Sun)  土佐錦魚TOP
 9月21日   
  
選別思考 1203   
 
開き尾和金を基準とした時、
長尾に傾いて、尾先の丸みを保つ程度の南京と、
幅尾に傾いて、尾先の丸みを増している蘭鋳とを対象にして、
密度による性格を、厚みと、広狭と、長短から逐ってみよう。
密度の高い方が、厚く、狭く、短い。
密度の低い方が、薄く、広く、長い。
密度の高い方が、細条数は少ない。
密度の低い方が、細条数は多い。
密度の高低差は、反比例している。
ナンキンと蘭鋳の元の尾は、ワキンの開き尾になっている。
ワキンの開き尾を質量に置き換えた場合、基本的には大して変化がなく、
形を変えて大きくなれば密度は低く、小さくなれば密度が高くなっている。
 
2013.09.21(Sat)  土佐錦魚TOP
 9月20日   
  
選別思考 1202   
 
これは、土佐錦魚の大きな尾への進路と、厚い尾から薄い尾への経路が関係している。
選別思考として現在に辿り着いているが、厚い尾から薄い尾への経路辺りの課題から、ここまでの脱線に至っているのか。
厚い尾とは、大阪ランチュウ系に象徴される。
薄い尾とは、リュウキン系に象徴される。
厚い尾の部位は、小さめの尾と、大きくなった尾の元域となる。
薄い尾の部位は、大きめの尾と、大きくなった尾の先域となる。
その大きくなるにあたって、薄くなるにあたって、土佐錦魚は数々のことを連ねてきている。
尾の厚みや質量が和金とほぼ同じと言えるのは土佐錦魚の前身。
尾の厚みや質量が土佐錦魚の前身とほぼ同じと言えるのは南京。
尾の厚みや質量がナンキンとほぼ同じと言えるのは、蘭鋳。
尾の厚みや質量は、開き尾和金から蘭鋳まで大して変わらない。
 
2013.09.20(Fri)  土佐錦魚TOP
 9月19日   
  
選別思考 1201   
 
土佐錦魚の三つ尾は、桜尾に、三つ尾側として隠れている。
この辺りが土佐錦魚や他の種でも、ほとんど考えられていない。
土佐錦魚は変わる。他の種では考えられないほどに変わる。
この辺りが土佐錦魚の面白みであり、難しさでもある。
それを捉(とら)えた手術は、難しさを通り越して面白みの極致となる。
いろいろなものが、手術から引き出されてくる。
尾の手入れの再生は、大まかに面積に比例すると説明している。
実は、面積だけでなく体積(厚み)も加味しなくてはならない。
それと、密度も加味しなくてはならない。
根元と、中程と、尾先では、付着度や再生速度も考慮する。
それと、再生から生長の範囲に近付いた時には、全体の成長速度を考慮しなくてはならない。それと部位も。
 
2013.09.19(Thu)  土佐錦魚TOP
 9月18日   
  
選別思考 1200   
 
桜尾を嫌う人には、案外蘭鋳経験者がいる。
以外とそんな人ほど、桜尾を排他する傾向を見せている。
そんな人ほど、蘭鋳での習性を土佐錦魚に当てはめたがる。
そんな人ほど、三つ尾でなくてはならない。
そんな人ほど、まず三つ尾でなくてはならない、で切り捨てる。
そんな人ほど、ツマミへの偏りを容認したりする。
そんな人ほど、蘭鋳での三つ尾を毛嫌いする。
そんな人ほど、土佐錦魚を軽視している。
そんな人ほど、蘭鋳と対称的な土佐錦魚を理解していない。
そんな人ほど、土佐錦魚を学んでいない。
そんな人ほど、手術を毛嫌いする。
そんな人ほど、自己の見方を押し付けたがる。
  
2013.09.17(Tue)  土佐錦魚TOP
 9月17日   
  
選別思考 1199   
 
三つ尾と四つ尾が葛藤する宿命を背負わされている。
三つ尾と四つ尾の出発点は、桜尾になっている。
桜尾を選ぶと四つ尾と三つ尾が着いてくる。
三つ尾を選ぶと桜尾が着いてくる。
四つ尾を選ぶと桜尾が着いてくる。
桜尾を捨てると、四つ尾が着いて来なくなる。
なら、土佐錦魚では、桜尾を捨てればいいじゃないか。
桜尾を捨てると、三つ尾の余裕がなくなる。
桜尾を捨てると、三つ尾がつまらなくなる。
桜尾を捨てると、土佐錦魚がつまらなくなる。
桜尾を捨てると、土佐錦魚の尾幅がなくなる。
桜尾を捨てると、土佐錦魚の系統の幅もなくなる。
桜尾を捨てると、土佐錦魚の味わいもなくなる。
 
2013.09.17(Tue)  土佐錦魚TOP
 9月16日  
  
選別思考 1198   
 
これは棘条が仕切ろうとしていても、仕切らせないように仕向けていることになる。その代表が四つ尾になる。
その辺りからも、三つ尾は退化的なイメージを被ってしまう。
人間が好むのはゆらゆらとした軟条と言うことになる。
尾に関しては、軟条が発達していることを好んでいる。
体(たい)の好みは、ふっくらとしていることになるだろう。
それぞれの種が、それぞれに特化した持ち味をもっている。
土佐錦魚の持ち味は、三つ尾や桜尾にある。
それなのに土佐錦魚では四つ尾指向の種が多く掛けられている。
しかも三つ尾指向の種は一種しか掛けられていない。
それなのに土佐錦魚では、背鰭の有無が二対二で拮抗している。
しかも丸手指向で背鰭があるのは、一種しか掛けられていない。
 
2013.09.16(Mon)  土佐錦魚TOP
 9月15日   
  
選別思考 1197   
 
それは矛盾した方向を、人間が勝手に選んだところにある。
人間が勝手につくった環境にある。
飼育界が安定していないことにある。
人間の好みが、千差万別なところにある。
人間の思惑が、勝手をしたがるところにある。
人間の好みが、時代や個人によって千変万化するところにある。
人間が勝手につくった環境によって、変わり行く形の変化は、勝手気ままな軟条から始まることになる。
あまりに突飛な変化では、生存に支障をきたす。
そこで、棘条が規制を始める。
その兼ね合いの形を人間が選ぶことになる。
 
2013.09.15(Sun)  土佐錦魚TOP
 9月14日   
  
選別思考 1196   
 
それは矛盾した方向を、人間が勝手に選んだところにある。
人間が勝手につくった環境にある。
飼育界が安定していないことにある。
人間の好みが、千差万別なところにある。
人間の思惑が、勝手をしたがるところにある。
人間の好みが、時代や個人によって千変万化するところにある。
人間が勝手につくった環境によって、変わり行く形の変化は、勝手気ままな軟条から始まることになる。
あまりに突飛な変化では、生存に支障をきたす。
そこで、棘条が規制を始める。
その兼ね合いの形を人間が選ぶことになる。
 
2013.09.14(Sat)  土佐錦魚TOP
 9月13日   
  
選別思考 1195   
 
四つ尾は、選ばれていない土佐錦魚の一つとなる。
それは、土佐錦魚となる前に切り捨てられている。
土佐錦魚となるために捨てられ、土佐錦魚になってからも捨てられ続けたのに、未だに現れるのが現実となっている。
それは過去に受け入れた、土佐錦魚としての腹形などと一緒に着いてきてしまっている。
四つ尾時代の代表がナンキンになる。
ナンキンの顔や腹形を採ると四つ尾がついてくるのが故となる。
選ばれなかった過去の方向と、選ばれた未来の方向とが、未だ現れては選別され続けていることの、故となっている。
未来になるべきものとして選んだはいいけれど、かえってその方が希少になっている現実。
いまだ過去の方向が多く現れては、困るほど無くならない実状となっている。
 
2013.09.13(Fri)  土佐錦魚TOP
 9月12日   
  
選別思考 1194   
 
現在の未来への方向は、何れ現れてくる遺伝子的な形だが、それは一つのみではなく、一つの方向性として備わっている。
一つの方向性とは、その範囲内で選択の余地があることになる。
その範囲とは、それまでにその魚が得た変化の順序にある。
その変化の順序とは、緋鮒が飼育界に入ってから始まる。
近い過去とは、土佐錦魚の前身から土佐錦魚になるまでを言う。
現在の過去とは、土佐錦魚になってから始まる。
現在の過去への方向とは、土佐錦魚になってから現在までを言う。
現在の未来への方向とは、現在の土佐錦魚になってから未来の土佐錦魚への、
必要な要素として選んだ方向となる。
よって、現在の過去への方向とは、未来に選ばれなかった方向となる。
選ばれなかった土佐錦魚とは、土佐錦魚属が代表となる。
 
2013.09.12(Thu)  土佐錦魚TOP
 9月11日   
   
選別思考 1193   
 
手術の結果は、治ったり、治らなかったり、変化したり、異常になったりする。
その全部が、再生力と言えるだろう。
その再生力がどっちの方向へ、進むか、戻るか、傾くか、移るか、或はそのままかを、付随性の自由度の範囲と言っている。
付随性の自由にも方向性がある。
遠い過去への方向と、現在の過去への方向と、現在の未来への方向と、遠い未来への方向とに分けることができるだろう。
遠い未来への方向とは、人間が選択し作り出す形となっている。
そのとりあえずの目標が、理想の土佐錦魚と言える。
遠い過去への方向とは、鮒尾や尾翼などのハネ的な形と言える。
現在の過去への方向と、現在の未来への方向とは、その魚が持っていても現在現れずに隠れ控えている性質と考えている。
 
2013.09.11(Wed)  土佐錦魚TOP
 9月10日   
  
選別思考 1192   
 
尾芯脇の一桁が狭い(半側条)時には、尾芯主導の場合が多い。
尾芯脇の一桁が広い(並側条)時には、軟条主導の場合が多い。
尾芯脇の二桁を切る時には、並側条への付随性による変化の可能性を探ることになる。
棘条や軟条の性質は、根元から発していると見られる。
根元の棘状や纏まった節は、遺伝子的信号を出している。
その時点の性質は、尾先まで一律な信号と思える。
出している信号は、普遍的なようにも思える。
そうであったとして何も変わることがなければ、誰も手術なんかしないだろう。
一寸癖が見つかれば捨てれば良いだけとなる。
初期構築時の遺伝子と、段階的構築時の遺伝子と、運営的な遺伝子は、異なる場合が多い。
生長時の遺伝子と、成長時の遺伝子は違ってくる。
  
2013.09.10(Tue)  土佐錦魚TOP
 9月09日  
  
選別思考 1191   
 
例えば、尾芯両脇の一桁を除いても元通りのようになってしまう時、次には両脇二桁を除くことを大概の場合している。
これは、尾芯脇の付随性の問題を対象にした試行になっている。
二桁を除くことで、軟条の性質が尾芯脇、つまり軟棘条にも及ぶことがある。
軟棘条が刺激を受けて尾芯を伸ばせば大当たり。
辺りで小桜、当たらずとも袋尾、悪くてもとの様。
上手くいくと、尾芯を長くすることができる時がある。
尾芯への関わりがより少なくいうえに、尾先の長い並条を棘条の隣にしてみたら、偶然、尾芯を長くしたり、長くすることを許したりする性質があることに、一分の望みを託している。
長尾型は幅尾型より、治る確立が高いことが多い。
確立の低い幅尾型が治った時の喜びは一入(ひとしお)となる。
 
2013.09.09(Mon)  土佐錦魚TOP
 9月08日   
  
選別思考 1190   
 
人間に飼われた飼育界では、徐々に拮抗が解かれて行った。
解かれた拮抗は、鮒の種の形として持っていた色々な丸みの形へと先祖返りを
しながら、獲得して向かって行く事を始めた。
鮒尾の丸みの変化は、開き尾に言い直すと、基本の桜尾から多少の幅尾か長尾かの選択だった。
開き尾になってからも、その選択は桜尾を基本に始まっていた。
そこには常に桜尾を保とうとしたり、桜尾へ戻ろうとしたりする働きがあった。金魚になってからでも、桜尾の種として存在したり、それぞれの種でも桜尾を
消しきれなかったり、ハネとして出てきたりしている。
ハネとされがちな土佐錦魚の桜尾の手入れの際、条件の選定が、成功への秘訣になっている。
これは、隠れている姿をいかに引き出すかの手法として、また、成長の早さ、
軟条と棘条のどちらを主導とさせるか、段階の時期の選定、切り方、季節の選定になってくる。
2013.09.08(Sun)  土佐錦魚TOP
 9月07日   
  
選別思考 1189   
 
軟条の自由度は、どっちに向いているのだろうか。
軟条は幅尾で解るように、広がる狭まるの横方向になっている。
棘条は長尾で解るように、伸びる縮まるの縦方向になっている。
双方の兼合いで様々になるが、基本的には見た目で判る。
軟条の自由度とは、自身の持っている形と加えて横方向と、棘条から与えられる縦方向の内にある。
棘条自体には自由度がない。むしろ他へ与える規制度になる。
鮒の頃には、尾先の丸みが種(しゅ)の差の一つになっていた。
鮒の種の差として尾先に丸みがあったことは、鮒の時すでに、軟条が丸みの変化を持っていたことになる。
鮒から緋鮒になった時でも、鮒からの丸みを受け継いでいたと推測できる。
自然界では鮒尾の丸みを種として保っていた。
 
2013.09.07(Sat)  土佐錦魚TOP
 9月06日   
  
選別思考 1188   
 
だがこの区分は、遺伝子的なものとして目に見えて現れている。
土佐錦魚の尾の複雑さは、この出来事を一つの起因としている。
もう一つの複雑さは、棘条と軟条の兼ね合いが起している。
そうなると本当にこんがらがってくる。
尾の左右の遺伝子の違いは、頻繁に見ることができる。
後では、片方が幅尾であって、片方が長尾であったりしている。
幅尾と長尾の相違が前では、反転の違いとなって現れてくる。
反転の違いや、側条の片方が直反りで片方が桁反りの違いや、棘条と軟条の兼ね合いが、系統としての起因となっている。
棘条に機能の方向性があると見た時、その機能の方向性には自由度があるように見えない。
棘条の再生には適応性が少なく、変化は不安定で、しばしば後天的な奇形的になっている。
軟条に形の方向性があると見たとき、形の方向性には自由度を見ることができる。再生は容易で、変化は気ままになっている。
 
2013.09.06(Fri)  土佐錦魚TOP
 9月05日   
  
選別思考 1187   
 
それでも尾翼の尾芯は、後葉の区切りをしているのだろうか。
尾翼と平付けの後葉は、別々の組織ではなかった。
一つの上葉(後葉)的な範囲の内に連動していた。
むしろ一つの区切りの内と言える。
鮒尾のように一枚として中央と繋がっていたからこそ、尾翼のクビレ先と尾先が無理矢理でも繋がらなくてはならず、エグレのようになってまで尾芯の陰の様に伸びていた。
だが、鮒尾の上葉と、平付けの後葉とが、同じ区切りの内とは何かしっくり掴めないところがある。
前葉(下葉)と後葉(上葉)の区分からすると、後葉として鮒尾の上葉が尾芯を中心にして開いたのだから、尾芯を中心とした両側が一つの区域となっている。
そこへ開き尾としての左葉と右葉の区分が関わってしまうと、こんどは、左葉の前葉と後葉の区分と、右葉の前葉と後葉の区分が関わってくる。そんな区分はこんがらがってくる。
 
2013.09.05(Thu)  土佐錦魚TOP
 9月04日   
  
選別思考 1186   
 
さて、横道から横道を辿ったので、大分以前に戻ることをする。
横道を辿って深く探ったことで、大分以前の事柄が理解し易くなっているといいのだが。
ビヨク(尾翼)が鮒尾の上葉さながらに立ち上がるとき、尾芯は、上へ上へと追いやられた感がある。
尾翼は尾芯の際から、鮒尾化して行くと考えられる。
ビヨクは開き尾でないのだから、尾芯ではないはず。
縦位置となる尾骨からの棘状から、生えているはず。
だが一向にその様子が感じられない。
尾座が横位置のまま悪戯のように生えている。
尾芯が、尾翼に乗っ取られてしまった風がある。
平付けの後葉が、尾芯に吸い上げられた風でもある。
両側のなん桁かが、中央に引き寄せられている。
両側の後葉は、引き上げられた分、中央寄りの桁を失っている。
 
2013.09.04(Wed)  土佐錦魚TOP
 9月03日   
  
選別思考 1185   
 
尾芯際の問題やシワ等は、誰でも手術と関係あると思うだろう。
そのはず、手術をしていて逆に、その問題へ辿り着いている。
手術をする度に、いろいろの問題が浮かび上がってきている。
そこからの探求が、様々な答えを浮かび上がらせてくれた。
何故尾芯際にシワが出易いのだろう。
そのシワは何故治りづらいのだろう。
すると他のシワは、どうなのだろう。
桁反りは、どうして起こるのだろう。
桜は、どうして治る時と治らない時があるのだろう。
棘条と側条の構造は見えてきたが、その関連現象は。
尾芯際と、ツマミの関係はどうなっているのだろうか。
三つ尾を欲しいばっかりにツマミから採卵すると、ツマミを増やすばかりでなく、尾芯際のシワを増やしたり、失くせない状態に落ち込むことになる。手術をすると、隠れている癖や、隠れている遺伝子や、成長過程や、現れる順序を教えてくれる。
 
2013.09.03(Tue)  土佐錦魚TOP
 9月02日   
  
選別思考 1184   
 
棘条が長いか短いかは、棘条が受け継いでいる遺伝子となる。
それがどのように変化するかは、区切りや範囲の基となる遺伝子の現れる順序で、複雑な変化を見ることができる。
付随している尾芯際の細条が、曲条的か直条的かや、直反りか桁反りか等々で、過去や系統的なものを察することができる。
だが、将来的や秘められている遺伝子を、見抜くのは難しい。
それを導き出したり、作りに活用したり、種(たね)に選んだりすることは、
更に高度となって行く。
土佐錦魚の難しさは、殺さないことだけではない。
この辺りの見極めが、神髄となっている。
 
2013.09.02(Mon)  土佐錦魚TOP
 9月01日   
  
選別思考 1183   
 
では、前葉はどうなるだろう。桁反りと直反りの違いがある。
左右共に将来的には同じ長尾形になっている。
前葉としての範囲の基は、同じ遺伝子に統一的と言えるだろう。
だが、左右としての区切りは、幅尾と長尾の違いがあった。
幅尾と長尾の違いが、桁反りと直反りの違いとして現れていた。
だが側条の手術で直反りの様相になったことは、直反りの要素も無くならずに
秘められて在ったことになる。と言うよりも、以前は直反りで幅尾だったが、
のちに、桁反りで長尾の魚が掛けられたために、片方だけに桁反りが出てしまい、そのあとから掛けられた長尾が出てきたと思える。
右葉と左葉の差は、持っている遺伝子の出方にかかっている。
 
2013.09.01(Sun)  土佐錦魚TOP

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