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 7月31日   
  
選別思考 1151   
 
それとも節は担鰭骨と鰭条や鰭棘の間の、鱗内と外との境目に存在するのだろうか。
鱗内とは、桁を抜いた時に出てくるひょろっとした先と軟条との間にあるのだろうか。
兎も角、機能的な腹鰭のような形が共通するものになっている。
それは役目の違いとして、自由度の違いをもたらしている。
それは自由度の違いとして、変化の違いをもたらしている。
舵鰭の担鰭骨は、大きさや並び方が背鰭と異なっていても、
基本的には同様となっている。
胸鰭と腹鰭の担鰭骨は、ざっと三本に見える。
鰭始め(ひれはじめ)の棘条用に一番大きな一本、
同じぐらい大きな鰭中(ひれなか)の広条用が一本、
ちいさな鰭終い(ひれじまい)の峡条用が一本、
棘状や担鰭骨の大きさや本数に違いがあっても、基本的に尾鰭も並び方は似ている。
2013.07.31(Wed)  土佐錦魚TOP
 7月30日   
 
選別思考 1150   
 
初期の担鰭骨は、背鰭のようだったと想像できる。
それが、尾鰭のように上下に、あるいは舵鰭のように短く、あるいは丸みを持つようになってきた。
鰭が丸みを持つと担鰭骨の根元は、扇型の様に一点に集中的となる。
やがて押し詰められ、機能の凝縮された形態へ変化していった。
機能が一点に集中されてゆくと、各血管棘との結びつきが弱くなり、神経的な繋がりは薄くなって行った。
一棘一担鰭骨だった担鰭骨は、独立した鰭用に変形して行った。
その時、担鰭骨が次第に纏まったと見るとき、纏まって行く担鰭骨に合わせて、担鰭骨の先にあった節も纏まって変化した。
それとも、節は棘条だけのものだろうか。
軟条の各条は、変形した担鰭骨とは直接繋がらないで、針の先を挿しているだけだろうか。
 
2013.07.30(Tue)  土佐錦魚TOP
 7月29日   

 
選別思考 1149   
 
直接的と、間接的は、どうしてできたのだろうか。
椎弓或いは鰓の骨のように神経を伝える骨と、どんな節で繋がっているのかは、形態的な繋がり方と見える。その形態の変化は、機能的な繋がりから起こっていると感じられる。
機能的な繋がり方とは、神経系統の重なり方ではないだろうか。
古い神経系の機能の上に、更なる役目の神経系の機能が重なってできている。
軟条(鰭条)だけだったごく初期の鰭から、軟条が変形した棘条が出来た時には、別の神経系が誕生していると見ている。
その上に、背鰭のような棘条が出来た時には、また別の神経系が出来たと見ている。次から次に出来たとしても、その度に入れ替わっているとは思えない。
案外古い系統も残っていると感じられる。
異なった新旧の指令系統が役目ごとに入れ替わったり、融合したり、重複したりしてそれぞれの役目を果たしている。
 
2013.07.29(Mon)  土佐錦魚TOP
 7月28日   
 選別思考 1148  
 
尾鰭の広条も一本の棘状から塊状に纏まった節或いは担鰭骨を経て、数本(標準六本)の条が出ていることになる。
胸鰭の鰭中(ひれなか)も、同様と受け取れる。
直接的な繋がりは、神経や棘や独立した担鰭骨一本の節目として、また関節として繋がっていると受け止められる。
間節になっていれば、そして筋肉や神経と繋がっていれば、担鰭骨と言えるのではないか。
だが、外部との境になっていれば節と言えるのではないだろうか。
ならば、担鰭骨が独立して、或いは小さく存在していることも難しければ、変形して節と一体化していることも考えられる。
その方が大きくもなれるし、活躍も出来る。
果たしてそうだろうか。
 
2013.07.28(Sun)  土佐錦魚TOP
 7月27日   
  
選別思考 1147   
 
機能を纏めた棘状に変形した椎弓が発していることになる。
いつも言っているようにこれを、背鰭の鰭終いと同様としたならば、一担鰭骨から二条となって無理は生じていない。
仮に、その担鰭骨が、背鰭からの椎弓と一体化したとした時、椎体から担鰭骨仕様の棘状が始まっていてもおかしくない。
尾骨から発している棘状は、既に担鰭骨の機能を粗方収納化していることになる。
それは先が尖っていないので、椎弓とも棘とも言い難くなる。
そして長かったり、同じ太さに変形したり、骨と言うより神経のように白っぽくなったりしている。
担鰭骨が別にあっても、その機能が有効であっても、ちょっと利用させてもらうだけの仕様の「棘状」と言えてくる。
 
2013.07.27(Sat)  土佐錦魚TOP
 7月26日   
  
選別思考 1146   
 
袖元の峡条への棘状が、始めから先まで太く見えていて尖りを感じられない。
途中から節へ二俣にハッキリ見えていることは、やがて別れた先に現れる二つの節が、一棘に纏められていることになる。
その節と尾骨との間に、なんらかに変形した担鰭骨が有ることになる。
棘状も節も担鰭骨もイチョウ型の板状の骨上に乗っかっている。
[イチョウ型の板状の骨といちいち呼ぶのは面倒なのでこれよりは
(板骨、板骨状、尾骨の板骨、椎弓の板骨)と使い分ける]
尾骨から出ている棘状を椎弓とは言えないのなら、尾骨の塊の中にその機能を既に納めていると考えられる。
よって、棘状が上下に一本ずつではなく、数本出すことを可能にしている
椎弓をいちいち伸ばし、そこから担鰭骨を間接的に発する隙間が、足りないための工夫と思える。
 
2013.07.26(Fri)  土佐錦魚TOP
 7月25日   
  
選別思考 1145   
 
すると結局、尾鰭の鰭棘はカレイと同じように、軟条の棘条的変形だったことになる。
結局、胸鰭と同様だろう。
例えば、胸鰭の鰭棘と鰭条が裂けて離れたとき、鰭条は全くの様に動きが、たどたどしくなる。
尾鰭にも似たことが言える。
背鰭は、一条ずつに担鰭骨が付いているので、そこまでにならなくても統制を失ってしまう。
どちらも原則、なんらかの担鰭骨と繋がっていることになる。
その違いは、直接的に繋がっているか、間接的に纏まっているか変形して繋がっているかの、繋がり方の違いと感じられる。
尾骨の節が担鰭骨ではないとした時に、必ずの様に有るとされる担鰭骨は、外部との境の節以前に位置している何かに、変形していることになる。
  
2013.07.25(Thu)  土佐錦魚TOP
 7月24日   
  
選別思考 1144   
 
尾の広条のこの二本の棘状は、広条用の塊の節と繋がっている。
結局軟条も、塊の節の根元から尾骨へ、また棘状になっている。
背鰭の担鰭骨も、棘(椎弓)に向かっては、尖っている。
背鰭の担鰭骨は、背骨の棘(椎弓)の神経から伝達されている。
尾鰭は担鰭骨を経ていないのだろうか。
おそらく、カレイで見えたようなものだろうと想像する。
存在はしていても、小さくて見えないか、筋肉に覆われて見えないか、イチョウ型の骨にくっ付いているのか。
すると、標本となった時には、乾いてしまって見えなくなってしまうかになる。
尾鰭でも操作に用いる筋肉や神経が、その担鰭骨に付いている。
尾鰭の鰭棘や鰭条は、棘(棘状)との間に節を介して、背骨からの伝達を直接的に受けている。
すると、担鰭骨はカレイと同じように、別物の様に横に間接的に付いていると
想像することになる。
 
2013.07.24(Wed)  土佐錦魚TOP
 7月23日   
  
選別思考 1143   
 
鰭棘には、その太さや長さや部位に見合った仲介の節が、用意されて鰭棘を成している。
尾の手術の時、軟条の一条を金座から抜きとってみると、ヒョロっと、それこそ二本の針先(棘状)のようなものが出てくる。
その刺さって見える二本の棘状が塊や二俣の節と繋がっている。
その刺さって見える二本の棘状が外部に出ると、平たい軟条の上下の膜(軟条膜)を形成して、その間に、神経や血管や体液を通したり細条を形成したりして、軟条を形作る。
その棘状二本は、軟条一条の全てを造る元になっている。
手術の時にどちらか一本や一部を残してしまうと、元通りに再生したり、変形してしまったりすることが起こる。
会員の前でその二本を抜いて見せた時の説明は、「ここに神経が通っていて」と、大まかに言っている。
「だからこれを抜くと、この一条の存在が無くなることと同じになる」と。
「シワや桁を抜いて、その条の存在をなくして両側を付けたい時には、この方法を用いる」と、説明している。
 
2013.07.23(Tue)  土佐錦魚TOP
 7月22日   
  
選別思考 1142   
 
ならば背鰭や舵鰭の一本目の棘条も、その例外とはならないだろう。
よく見ると、太さや長さに見合った繋ぎ目(節)がある。
これが、太さや長さや状況に見合った、担鰭骨なのだろうか。
それは強度的や役目的にも、担鰭骨以後に強化されたと思える。
すると、あとから造られたものと感じられるものでも、
それ以前からと感じられる担鰭骨が繋がる先でも、
とにかく外に出るには、節を経なくてはならないことになる。
また、鰭としての動きをしたり、感覚的な役目を果たしたりするには、
節を経なくてはならないことになる。
その節には、筋肉や筋や神経が、しっかり繋がっている膨らみがある。
削ろうとしてもなかなかとれない。
その繋がりが、機能としての鰭を動かしている。
 
2013.07.22(Mon)  土佐錦魚TOP
 7月21日   
  
選別思考 1141   
 
今まで椎体の一部とした尾骨からの棘は、特殊になっている。
椎体から出ている棘なのに、その先に自らの役目を備えている。
棘が尾としての特性に合わせて変形しているのか。
棘の先と間接的に繋がっているはずの、担鰭骨が見当たらない。
椎弓(棘状)と鰭棘の間に関節のような繋ぎを入れて、直接的に外部へ出ている。
関節のような繋ぎ(仲介の骨)迄は、皮膚に覆われて内部として、外部との境目になっている。
尾骨の神経棘と直接的に繋がる尾芯の棘条化も、棘条が軟条の膜に覆われて鰭条化され、棘条の先が軟条化されて行く様子を感じさせてくれた。軟条膜は鰭の皮膚に相当している。
胸鰭と腹鰭では以前から強く感じさせてくれたが、尾鰭の棘条も軟条の膜で包まれることで、一体化した鰭条に他ならない。
それを、鱗や皮膚に隠れている関節のような繋ぎの骨が、既に、仲介的におこなっていたことになる。
 
2013.07.21(Sun)  土佐錦魚TOP
 7月20日   
  
選別思考 1140   
 
二本に別れているのは以前述べたように、軟棘条になっている。
軟棘条は軟条による棘条状態として、軟条に属している。
深い四つ尾のほとんどは、半側条になっている。
それは、半分の側条を軟棘条として、棘条へ提供していることからなっている。
提供を受けた肝腎の棘状が発達を留めている。
深い四つ尾の代表はヂキンとなる。新しくは蝶尾になる。
両者は共に、軟棘条での半側条となっている。
そして尾芯は、ほぼ根元だけとなっている。
おそらく、深い四つ尾でありながら、軟棘条であり且つ側条が並側条となりえるのは、土佐錦魚だけではないだろうか。
土佐錦魚の四つ尾には、それが存在している。
ただし、深い四つ尾を見たことがない。
それは小さい時にハネてしまうか、手術してしまうからだろう。
 
2013.07.20(Sat)  土佐錦魚TOP
 7月19日   
  
選別思考 1139   
 
背鰭にも、胸鰭にも見当たらない。鰭全体が、鰭条なのか。
鰭全体が、柔らかめの棘条と条間膜で出来ているのか。
そう言えば細条がない。よって軟条がない。それで棘条もない。
カレイの尾骨は、椎弓が背骨よりも沢山出ているように見える。
それでもど真ん中からは出ていない。
それは椎弓が上下でなく、左右になっているからと思える。
金魚の開き尾の尾骨は左右に出ているが、背骨の椎弓が上下なので神経棘が上部の真ん中になる。よって、尾芯は中央になる。
中央の椎弓の神経棘から来ている尾芯と、左右のイチョウ型の神経棘系の尾骨との間に、葛藤が生じている。
左右のイチョウ型の薄い板みたいな骨に支えられている、血管棘系の棘状は、軟条として左右方向になっている。
四つ尾は、その葛藤の軟条有利の形になっている。
だが、尾芯の棘条が左右に別れて二本ある訳ではない。
尾芯はあくまで真ん中の一本になっている。
  
2013.07.19(Fri)  土佐錦魚TOP
 7月18日  
  
選別思考 1138   
 
解剖したては、イチョウの葉型の薄い板のような骨だけに見えるのだが、乾燥して行くと今度は棘状がハッキリ見え始めて、薄い板のようなイチョウ葉型の骨は幾ど目立たなくなっている。
だが細い棘状が、定位置のように安定的に並んでいる訳がない。
きっと尾座として、銀杏葉型の薄い骨が支えているに違いない。
これは、カレイの尾骨の全体に広がっているイチョウ型の薄い骨と、同様に思える。その骨も乾燥すると目立たない。
カレイは尾全体に大きく一枚だが、土佐錦魚は開き尾なので、左右前葉に一枚ずつで二枚あるが、後葉は小さいかハッキリしていない。
そしてその間は繋がっていない。
その間に尾芯が通っている。中葉が通っている。
中葉は、イチョウ型の薄い骨の上に、乗っていないことになる。
そう言えば一枚尾鰭のカレイには、尾芯がない。中葉がない。
そう言えば一枚尾鰭のカレイには、鰭棘が見当たらないない。
 
2013.07.18(Thu)  土佐錦魚TOP
 7月17日   
  
選別思考 1137   
 
鮒尾の尾骨からの棘状の扇型の広がりは、棘状や節が扇状に集まった一枚の
板のようにも見える。
土佐錦魚の小さめの魚の尾骨からは、その扇状の骨がイチョウの葉の様に、
左右に大きく開いて生えている。
若いか小さいと、個々の節や棘状の一本一本はハッキリしていない。
未熟魚と熟成魚の骨骼には、これほどまでの相違があるものなのか。
骨骼の熟成が段階的な成熟の形となるのだろう。
この段階的な有り様が過程の形となって存在しているのだろう。
過程の形の骨骼は、成熟と共に消えてしまうのだろうか。
その機能は、それなりに維持されながら残るのだろうか。
その上に、成熟するに連れて追加されて行くのだろうか。
土佐錦魚のように掛け合わせが繰り返されて出来上がった種は、突然変異の
種のように、ある時点からその型が始まっていない。
それは、変化の積み重なりと言える。
 
2013.07.17(Wed)  土佐錦魚TOP
 7月16日   
  
選別思考 1136   
 
解剖したては、半透明の骨が半透明の膜や筋肉に包まれているので、繋がりが
ハッキリ見えない。
干してしばらくすると酸化したのか、少し黄ばみながらも軟骨が白っぽくなり、硬質軟骨は白濁してきた。
膜が乾燥すると、凸凹もいくらかハッキリしてきた。
すると、「何だ、この変なのは」と異質なものが見えてきて、疑問がふつふつ湧いてきて、まためくるめく考察が始まる。
それは、神経棘や血管棘が、直接鰭棘になったことに非ず、
「そこをよく見ろ」と、示しているように感じた。
椎体からの神経棘や血管棘が直接外に出て、鰭棘になるとは誰もが思わないだろう。だが直接的に繋がっている。
その変化は椎弓が棘状化していることから始まり、
あるいは、椎弓が尾骨化することから始まっている。
 
2013.07.16(Tue)  土佐錦魚TOP
 7月15日   
  
選別思考 1135   
 
さて、元の1100辺りへ唐突に戻って続きを始める事にする。
尾鰭に至っては、どれが担鰭骨なのか、全部が担鰭骨なのか、全部が担鰭骨ではないのか、さっぱり見分けがつかない。
多分他の名称がついているのだろう。詳しく調べがつかない。
とにかく鰭として外に出す繋ぎの骨は全部該当するのだろう。
椎体からの棘状と鰭の棘条との繋ぎになる。親骨の迫り出し、棘条の数本化、
尾芯脇の細条の減数化、軟条との滞りない繋がり、軟条とそれに伴う変化、
それぞれにそれぞれなりの繋がりとした時に、全てが一度に腑に落ちてくる。
すると鮒尾の鰭棘の根元にも、担鰭骨があるのだろうか。
外へ出る時には必ずあるとなれば、担鰭骨があることになる。
あるとすれば、それが背骨の棘との仲介で繋がっているはず。
鰭条の場合は棘と直接繋がってはいない。間接的になっている。
鰭棘の場合には、直接的に繋がっている。
 
2013.07.15(Mon)  土佐錦魚TOP
 7月14日   
  
選別思考 1134   
 
今回の稚魚達はいくら温度掛けの産物とは言え、確認のために育てることはしても、種親にするには二の足を踏んでしまう。
温度掛けをして産まれて種親になった場合は、温度掛けの作用をずっと抱えてしまうのか。
それとも良い魚は良いのだろうか。
それとも荒れた遺伝子を、ずっと秘めてしまうのだろうか。
一度採卵をして確認する必要があるような気になってきている。
とにかく実際に、現場としての検証をしなくては始まらない。
ヂキンも同様なことだろうと思える。
結論を出すのは、その過程を見せてくれるヂキンのハネではないだろうか。
これ以上の推測は、ヂキンの子引きをしたことのない身では、差し控えるべきになる。
 
2013.07.14(Sun)  土佐錦魚TOP
 7月13日   
  
選別思考 1133   
 
先祖返りとしてのこのキレイな突然変異になるには、機能に異常があってはならない。
変異や変化であっても異常ではない。
言い換えると、遺伝子内の切り替えと言えるかも知れない。
それでなければキレイにならないだろう。
もしかすると現在の科学者が、突然変異を徐々に言い換えている概念に当てはまるのかもしれない。
遺伝子内の突然の切り替えによる方向転換が突然変異なのか。
先祖返りによるその時点からの切り替え的な変異が、その可能性を持っている。
深い四つ尾の開き尾和金の先祖返りから、鮒尾が普行に見える変異が出てきた。
しかも開き方の大きめが出てきた。
しかも遺伝子内の同状況下で同時に複数が出てきた。
更に深い四つ尾は、その先の精進によるところ、と推察できる。
見事な開きも、その後の選別での精進によるところと推察する。
おそらくハネには、浅い四つ尾や悪い開きが出ているだろう。
 
2013.07.13(Sat)  土佐錦魚TOP
 7月12日  
 
選別思考 1132   
 
仮に偶然突然変異に巡り会って誕生しても、寿命が短かったり、弱い遺伝子だったり、単独だったりして繁殖に問題が多い。
開き尾和金から先祖返りをしたとしても、それは尾翼型になる可能性が非常に高くなる。
開き尾が並行まで閉じる先祖返りは、別方向の変異になる。
血管棘が閉じて行く変異になる。
単なる変化としては起きづらく、やはり変異となるだろう。
尾骨に瘤が出来る奇形を伴わない、キレイな変異となる。
その変異が起こって初めて、尾骨が縦型のキレイな並行となる。
この変異が起こる偶然を、待望することになるだろう。
起こったとしても、次は下葉がそのままで、上葉が逆向きに開く変異を待たなくてはならない。
ここでまた、キレイな変異か突然変異が、起こればいいことになる。
尾座が並行に開くことになる。
  
2013.07.12(Fri)  土佐錦魚TOP
 7月11日   
  
選別思考 1131   
 
四つ尾が固定的に強い親だったら、四つ尾の下葉が下方向へ変異的に閉じることも有り得るだろう。
この場合は原則的に、ツマミやビヨクになりにくい。
四つ尾でありながら、次第に鮒尾状が並行する可能性は高くなるが、とてつもない時間が掛かり、一代二代では困難だろう。
では、突然変異だったらどうなるだろう。
鮒尾和金から突然変異して、鮒尾が二枚並んだらこんな手っ取り早いことはない。可能性としては十分にあるが、そんな簡単なものだろうかと考えてしまう。
もう一つは、開き尾和金から一挙に現在のヂキンの基の形へ突然変異して産まれた説になり、もっと手っ取り早い。
やはり可能性はあるが、奇跡的な出会いが必要だろう。
 
2013.07.11(Thu)  土佐錦魚TOP
 7月10日   
  
選別思考 1130   
 
土佐錦魚界では、掛け合わせ説がもはや常識になっている。
掛け合わせは、時を掛けて複数種を交配している。
劇的な一瞬を、土佐錦魚の創出とすることは出来ない。
交配による変異を否定すれば、突然変異に寄るしかなくなる。
突然変異は、形の現れや固定が早い。
交配による変異は、突然変異よりも固定が遅い。
土佐錦魚はまだ固定されていないとまで言う人がいる。
ジキンへの経過で、尾が閉じたり開いたりするのを選別して達成することを、
経過的変化と言うならば、一番遅い変化となる。
どの説にも経過的な変異や変化を伴っている。
経過的変化以外の変異には、突然変異か先祖返りが伴っている。
三つ尾はどうしてもツマミ、ビヨクへの経過になりやすい。
なら、尾芯の短い四つ尾は、次第に閉じて行くのだろうか。
 
2013.07.10(Wed)  土佐錦魚TOP
 7月09日   

 
選別思考 1129   
 
もう一つの説は、創作者となっている須賀亀太郎と、連綿たる先達からの証言による[掛け合わせ説]となっている。
この説では琉金が掛けられている。
すると、琉金型の体が出ることは至極当然のことになる。
突然変異はどこにもない。
学者は突然変異説を発表する以前の調査で、高知を訪れている。
その時掛け合わせ説を聴取している。資料も持ち帰っている。
それなのになぜ、掛け合わせ説を無視した結果なのだろうか。
何人が言っても伝説的と受け取れば、科学的証言にはならない。
だが琉金から捲れ尾が出ていても、土佐錦魚は琉金の突然変異体と言う、科学的証明にはなっていない。
尚現在でも土佐錦魚の元の遺伝子へ、科学的に辿ってはいない。
科学的な証明は未だされていない。
科学的とは面倒なものだ。
 
2013.07.09(Tue)  土佐錦魚TOP
 7月08日   
  
選別思考 1128   
 
ヂキンへ至る一つの説は[開き尾和金からの変化説]で、ヂキンの祖先の尾が
四つ尾の開き尾になってから、次第に閉じて行き、尾座が並行状態になってから再び開いたとする説になる。
もう一つは、緋鮒から[突然変異]をしたとする説になる。
土佐錦魚でも、一つは学者の唱える[琉金の突然変異説]で、
琉金の平付けのきつい尾から捲れた尾が出ていることを根拠としている。
随分薄い根拠だが、学者は科学的な根拠を示さなくてはならない。
その頃は遺伝子を辿ることなど考えられない時代だった。
手元の標本に目が止っても無理はない。
だが現場にいると、ランチュウからも捲れた尾は出る。
他の種からも、平付けがきつければ捲れ尾は出ている。
捲れ尾は、遺伝子を特定する根拠には薄いことになる。
すると残りの根拠は、体が琉金に似ていることだけになる。
体が琉金に似ている種は、やたらにいる。
 
2013.07.08(Mon)  土佐錦魚TOP
 7月07日  
  
選別思考 1127   
 
なんで、先祖返り的な変異や風変わりな奇形が、こうも多く出るのだろうか。
自然界では、滅多に起こらない。
それは温度掛けのように極端な不自然が自然界では起こらない。
仮に起こっても、自然界では生き抜く可能性が少ないとされている。
生き残らずに発見されることが稀(まれ)とされている。
だが稀でも残ったものは、やがて繁栄すれば種(しゅ)になる。
昔、廃液による東京湾の生物奇形は、かなり生き残っていた。
見とがめることができたから、廃液の垂れ流しを止められた。
その奇形は繁殖力に乏しかったのか、問題として発覚してから十年ほどで姿が
見られなくなって行った。繁栄はしなかった。
人間による飼育界では、種魚に使いたいと思えば繁殖もできる。
面白いと思われれば繁栄もできる。
金魚の変異の仕組みを、人間が面白がっているのだろうか。
飼育界では金魚に限らず、互いに利用しているのかも知れない。
  
2013.07.07(Sun)  土佐錦魚TOP
 7月06日  
  
選別思考 1126   
 
むしろ四つ尾方向になっていると思われる。
四つ尾方向であっても、ツマミができる限界だったと思える。
このツマミの現れは温度掛け以前のこととして、多少荒れた遺伝子をも持ち合わせているのではと感じられる。
琉金型尾翼の場合は、鮒尾型より尾が一回りだけ大きかった。
そのことから琉金方向から鮒尾方向への尾翼型と見ている。
鮒尾型は、全体に滑らかで固さがある。泳ぎも鮒らしい。
ここまで来ると、方向性を見る目安が掴めない。
おそらくその遺伝子は、逆方向の親の方まで響いていると感じられる。
そうならば、腹の出が少なく、長手が多いいだろう。
両方の親はもう種魚には使えない、と感じさせている。
 
2013.07.06(Sat)  土佐錦魚TOP
 7月05日   
  
選別思考 1125   
 
どうして一腹だけ、ハネの様子が違っていたのだろうか。
今まで、稀にしか見ることができなかった桜尾のツマミやビヨクを、結構見つけることができた。
これは、親の遺伝子が固定的に強い桜尾だったと推測できる。
この桜尾のツマミが出たことと、琉金方向の尾翼型が出たのは似た現象と捉えている。
親の遺伝子の偏りが、それぞれの方向に向かって強かったと考えている。
元々偏りが在ったから温度や他の切っ掛けで出て来たと思える。
その偏りが、土佐錦魚としてのその魚に現れている。
桜尾の場合は、見た感じそのもので強い桜尾となるだろう。
ツマミでも桜尾と言うことは、三つ尾方向を望めないだろう。
それはツマミが側条を引き上げていることになっている。
引き上げても尚桜と言うことは、相当大きな桜だったと言える。
 
2013.07.05(Fri)  土佐錦魚TOP
 7月04日   
  
選別思考 1124   
 
ほかの一腹には、珍しく桜尾のツマミが出ていた。
ツマミの先型は常に注意していたので、複数の桜のツマミは重ねて珍しかった。
そして温度掛けによってでも、琉金や出目金や和金型の尾翼型が出ていることも確認できた。
これまでに出ていても無関心に調べもせず、単にハネとして捨てていたと思える。それは、目に止るまで大きく育てることなく、初回の選別時に、鮒尾と同様扱いでハネていたところにある。
そして、大阪ランチュウ方向へ先祖返りをする系統の尾翼型が、我池には多い。土佐錦魚であれば当然だが、荒れが見えている。
これからはもう、研究対象としての尾翼型へさしも関心を払わずに、血を薄めることに一層努力しなくてはならない。
 
2013.07.04(Thu)  土佐錦魚TOP
 7月03日   
  
選別思考 1123   
 
昔の東京湾の背骨曲がり等の奇形は、廃液の不法投棄の重金属や薬物によって
起こった。
よって生命力に問題が起こり、よって生存や繁殖が上手く行かなかった。
ならば温度変異による奇形の場合は、生命力や機能に問題が起こっていないのか。少なくても先祖返りの過程で、異常は起きていない。
先祖返りは奇形ではなく変化の方向性と感じられる。
異常や変異はその所々で別の出来度として発生する。
尾鰭の付け根に瘤を生じた奇形の場合は、一部分の形態が異常でも、繁殖能力には影響していないような気がする。
仮にその魚から子引きをした場合、瘤があるのとないのが出そうな気がする。
その魚にとっては異常が通常となるだろう。
少なからずその異常が、出発点となって行く。
鮒尾(緋鮒)まで先祖返りをしていると、もう戻る先祖がいない。
鮒尾からは逆向きの土佐錦魚へ、子孫返りになるだろう。
   
2013.07.03(Wed)  土佐錦魚TOP
 7月02日  
  
選別思考 1122   
 
なら素直な遺伝子は、子孫方向を向いているのだろうか。
すくなくても現状を保ち、過去方向の幅が少ないことは解る。
過去方向の幅が少なくても持っていることは、未来方向の幅も少なくても持っていることになる。
そして、なによりも遺伝子の安定を保っている。
その安定は親と同じ水準と、一寸下と、一寸上の水準となる。
その一寸上の水準を、ちょっと「洗練」されている、と言う。
先祖返りによる銘魚の出現は、それが銘魚と讃え(たたえ)られる限り、現状の水準が過去より低いか同等と言うことになる。
先祖返りの銘魚が懐かしく感じられる程度ならば、現状の水準がその頃より向上していることになる。
水準は一寸ずつしか向上しない。一足飛びに向上しない。
荒れた遺伝子は、過去指向になっている。
素直な遺伝子は、ちょっと未来指向になっている。
素直な遺伝子の飼育者は、未来志向になっている。
 
2013.07.02(Tue)  土佐錦魚TOP

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