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 5月31日   
  
選別思考 1090   
 
見方によっては中葉が後葉と前葉の始まりのようにも見える、と以前書いているのは、鮒尾が開き尾になり、開き尾が様々に変化しても、変わらずに基準となっている中葉があっての後葉と感じていることが、そのような視点となってくるのだろう。もう一つに中葉は、骨骼の基軸の背骨と直結的になっている。
基軸が始まりとなっていても、おかしいことは一向にない。
なら、前葉の始まりと言う視点は、どのように生じてくるのか。
反転の始めは捲れから始まり、やがて反り返りとなり、琉金が掛けられ尾が大きくなってから、反転と言われるようになった。
その捲れ(メクレ)や反り(ソリ)と、反転とはどこが違うのだろうか。
捲れた尾は、平付けが強く、よって親骨の張りが強く、よって親骨の尾先を下ろせない。すると広葉に捲れが生じてくる。
 
 
2013.05.31(Fri)  土佐錦魚TOP
 5月30日   
  
選別思考 1089   
 
琉金が掛けられたその後の土佐錦魚では、飼育界での成り行きとしか思えない形状に、大きな尾が加わったことになる。
平付けとなって水平になった後葉と、もともと水平位置にあった中葉とが同じ水平位置になったことで、結び付いた。
丸くなった背(筒)の下りが、本来の背骨の位置になっていれば、中葉の位置が水平の標準の位置となる。
逆に中葉の位置が高いときは、筒の下りが足りないことになる。
詰まり中葉の中央の付け根の位置が、本来の水平の基準になる。
そこに後葉の平付けが結び付いた。
中葉が本来の位置であれば、平付けを維持している後葉も安定な水平を確保できる。
これを、中葉と後葉の水平位置での一体化としている。
そしてこれを、水平化の一端として後葉の水平化としている。
この後葉の水平化を、中葉が導いているとしている。
成り行きとしか思えない形状に、大きな尾が加わったことによる後葉の対処の形として、土佐錦魚の基準の一つになっている。
  
2013.05.30(Thu)  土佐錦魚TOP
 5月29日  
 
選別思考 1088  
    
だがその何れも尾立ちがあっての対処となっている。
後葉が水平になっている条件とはなっていない。
尾立ちは推進力の重要な要素になっている。
なら、尾立ちが無くて一層対処が難しい大阪ランチュウでは、どのような変化になっているのだろうか。
平付けが強くて三つ尾の尾芯と、一杯に吊られて広がっている中葉と、張りが強くて、万歳傾向で、尾先を下ろすことのできない親骨が、ほぼ水平位置に並ぶ悪条件揃がっている。
その前葉は、下ろすどころか挙げ気味で捲れている。
この状態が、悪条件への対処になっているのだろうか。
対処どころか、成り行きに流されているとしか思えない。
成り行きでも人に選ばれれば、育てられたり、繁殖できたりするのが飼育界の環境と言えるだろう。
ただし、受け入れられたのは形ではなかったのかも知れない。
大阪ランチュウは、色模様を第一としていた。
色模様を楽しむには、向いている形だったのかも知れない。
   
2013.05.29(Wed)  土佐錦魚TOP
 5月28日  
 
選別思考 1087   
 
大阪ランチュウが掛けられてからの土佐錦魚では、後葉も水平位置になっている。
尾芯と、中葉と、親骨が、ほぼ水平位置に並んでしまうと、尾による推進力は皆無になってしまう。
土佐錦魚のように平付けの後葉が一八〇度あって、後葉と同じ程の広葉を持つ前葉は、親骨が最大限万歳した時にも、一八〇度あることになる。中葉を介して合わせると、三六〇度の展開となり、これではいくら飼育界でも、致命的となってしまう。
その致命的な形が、飼育界では究極に求められているのか。
それに対するように、開き尾の各段階から対処が始まっていた。
基本の和金では、後葉に尾立ちを残し前葉の尾先を下ろして、推進力を得られるようにしていた。その効率を上げるために、尾芯の重なりや、親骨の迫り出しを強化している。
ナンキンでは、その上に長尾型にして、幾らか大きくしている。
蘭鋳では、幅尾型にして、尾立ちと、尾厚を増し、幾分小さい。
大阪ランチュウを挟んで、蘭鋳の方が平付けは強化されている。
  
2013.05.28(Tue)  土佐錦魚TOP
 5月27日   
  
選別思考 1086   
 
ならどうして一般的に、開き尾のことを平付けと言わないのか。
一つには、上葉に尾立ちがあるからだろう。
土佐錦魚では、後葉も平付けのままの立ちが見られる。
付きの角度が上向いている形は、土佐錦魚に結構多く見かける。
欠点ながら見ようによっては、土佐錦魚らしい立ちと言える。
もう一つにはランチュウ型と言っているが、前は平付けなのに後が立っている場合になる。
土佐錦魚からすればランチュウ型だが、この型の方が多くの種に見られて一般的と言えるだろう。
もう一つには、山付けを多く見掛けるからだろう。
土佐錦魚の付きには、山付け、丘付け、平付け、皿付けとある。
土佐錦魚では、平付けが基準で、丘付けまでが標準範囲になる。
蘭鋳では下葉の丘付けが、標準的ではないだろうか。
一般的な金魚の印象は、下葉が山付けになっている。
だが和金でも魚の場合は、蘭鋳的で丘付けになっている。
一般的な印象は、市販の魚から導かれているからだろう。
 
2013.05.27(Mon)  土佐錦魚TOP
 5月26日   
  
選別思考 1085   
 
かと言って、大阪ランチュウや土佐錦魚の前葉の平付け傾向は、そのままに維持されていた。
開き尾の標準が、前葉の平付け傾向になっていたためと考えられる。
それは親骨の付けの根元が、背骨の中央付近から始まっていることからきている。
それは鮒尾の中葉が、背骨の中央付近と直結的な最後尾となっていることからきている。
それは鮒尾の上下二俣になっている中央の位置が、背骨が造る水平の位置となっている。
尾が開き尾になった時点でも、その水平位置を保持していた。
水平位置が左右横二カ所へ移動しただけになっている。
そのことと、親骨が水平位置へ移動したことによって、中葉と前葉の双方がほぼ水平位置に並んだことになる。
このことによって前葉(下葉)の平付け傾向が自然的に、開き尾の標準と言える形になっている。
  
2013.05.26(Sun)  土佐錦魚TOP
 5月25日   
  
選別思考 1084   
 
土佐錦魚は土佐錦魚独特の峡条を、ここに来て始めて手に入れたと言える。
そして、峡条が土佐錦魚の構成要素となった。
その後の変化は、袖元の縮まりを切っ掛けにして始まっている。
それは土佐錦魚が大きな尾になった故に、クビレの一部が、仕切りの支えとして変化する必要性から始まった。
クビレ部の一部が峡条となって、仕切りの支えになってくれたお陰で、持て余す程の大きな広葉を活用できたと言える。
なぜ、このようなことが可能だったのだろうか。
大阪ランチュウ時代からの後葉が水平を成せたことから、可能への道筋が始まっている。
かと言ってこれまでも、平付け傾向の開き尾は結構いた。
だがそれは、大阪ランチュウや土佐錦魚のような後葉(上葉)ではなく、和金、ナンキン、蘭鋳のようにむしろ前葉(下葉)に現れていた。
  
2013.05.25(Sat)  土佐錦魚TOP
 5月24日   
  
選別思考 1083   
 
琉金が掛けられてからの土佐錦魚では、尾が急激に大きくなり、尾の大きさを
持て余してしまったと考えている。
持て余すと、尾を広げるために平付けの後葉を広げないままで、中葉を引っ張ったり、前葉の反転が中葉を吊ったりして、クビレ部の条や条間膜を広げる必要がなくなってくる。
前葉の反転も持て余すようになると、反転部が親骨より前方へ出る程になり、
前方への意思が親骨から反転の折り返し付近に移るようになった。
親骨は前方へ吊られる傾向が少なくなり、おかげで親骨は本来の後方への抑えを取り戻し易くなった。
親骨が抑え出すと、反転が大きくなる好循環が始まった。
平付けがしっかりして、後葉が大きく広がる広条化が進んだことで、
広葉とは反比例的な中葉は、峡条化へと自動的に強いられてしまった。
前葉と後葉の極端な広葉化が、中葉の極端な峡条化を招いたと言える。
   
2013.05.24(Fri)  土佐錦魚TOP
 5月23日   
  
選別思考 1082   
 
その琉金だが、クビレ部の形が様々になっていて、過去の形からも現在の形からも、特定することが難しくなっている。
このことは、クビレ部がその後の環境如何で、変化しやすいことを示している。そして琉金では、形態を統一し且つ維持しようとする、人間的な働きが弱かったことを感じとれる。
そこで、琉金の総体的な柔軟性と拡長性が、土佐錦魚の尾の峡条造りにどう影響したかを対象にしつつ、どの型が土佐錦魚に取り入れられたかをも、探って見てみよう。
琉金の柔軟な大きな尾が加わったのだから、大阪ランチュウ時代から尚更に、
クビレ部の条間膜が広がることを当然のように感じられるが、どうして逆に、
条や条間膜が狭まる中葉の峡条化へ進んでいったのだろうか。
 
2013.05.23(Thu)  土佐錦魚TOP
 5月22日   
  
選別思考 1081   
 
大阪ランチュウ迄の土佐錦魚は、広葉が中葉を吊ったり、広げたりする傾向に
あった。
親骨が反転に吊られてしまい、抑えが利かず万歳傾向が強かったのに、どうしてだろうか。
和金、土佐錦魚の前進、ナンキン、大阪ランチュウと続けて、何れも広葉より
中葉を、いくらか広げる系統となっていた。
鮒尾の方がまだ、全体的な融通性を持っていたと思える。
開き尾になって、広葉を強めて、調整はもっぱら中葉の役目となっていた。
おまけに反転までもがその作用を強めている。
決定的ではないにしても唯一後葉の平付けが将来的に、クビレ部を狭くする要素として用意されていた形になっている。
その後のリュウキンの参入が、クビレ部峡条への決め手になったと考えられる。
 
2013.05.22(Wed)  土佐錦魚TOP
 5月21日   
  
選別思考 1080   
 
大阪ランチュウ系の巾着型の初期は、万歳傾向になっている。
二歳前後まで、反転の発達は足踏み状態となっている。
初期の袖元は、反転に吊られているため水平感や縮み感がない。
初期では、袖元が隠れている様子にもなってない。
中期になっても、親骨の抑えがまだ足りないと感じさせている。
後期になってやっと、親として仕上がってくると袂(たもと)が現れ出して、
次第に袖元が隠れ出し、隠れる頃には峡条が締まるようになり、クビレ部が
縮まり出して、水平度が増し、袖元がハッキリし出して、反転が大きくなり出し、親骨までが効果的にな抑えを見せてくる。
普通親骨の抑えは、始めが甘いと次第に甘さが増す傾向になる。
巾着型は、作り方次第で抑えの戻しを目にすることが出来る。
 
2013.05.21(Tue)  土佐錦魚TOP
 5月20日   
  
選別思考 1079   
 
土佐錦魚の前身の頃のクビレ部は、捲れに少し吊られたかも知れないが、和金と大差なかったものと推測している。
だが、土佐錦魚の前身はヂキンに似ていると聞いていることから、広葉部はいくらか広がっていたのかも知れない。
ナンキンが掛けられた頃のクビレ部は、土佐錦魚の前身の頃より、幾らか広くなったのではと推測している。
だがこれも、条間膜の調整範囲内と推測できる。
それは尾長が幾らか伸びても、尾型の大勢に影響していない。
大阪ランチュウが掛けられた頃は、万歳型が多かった。
万歳型は、クビレ部をむしろ引き延ばす傾向にあった。
前は返っていたものの、反転として大きく発展できなかった。
峡条としての進展も縮むより、むしろ逆方向だったと思われる。
 
2013.05.20(Mon)  土佐錦魚TOP
 5月19日   
 
選別思考 1078   
 
広葉の細条数の倍加が進む過程で、尾は大きくなると納得できるが、峡条の四本は幅が極端に狭く、長さも短いのに、どうして獲得できたのだろうか。
峡条の代表のように書かれている土佐錦魚でさえ、初めからこれほどの峡条を備えていなかった。
和金型のときも、ナンキン型でも、大阪ランチュウ型になっても、当歳の土佐錦魚でさえも、際立った峡条になっていない。
土佐錦魚としての型が決まるにしたがって、成魚になってくると、生長段階で平付けが決まり、反転が大きくなって、袖元らしくなってくると縮んで固くなるかのように、峡条と呼ばれるに相応しくなってくる。
それでも系統によって、尾型によって、反転の型によって、縮み方、伸び方によって、括れ型が違ってくる。
袖元が隠れてしまう程顕著なのは、リュウキン系の袋型になる。
一番袖元が伸びやかなのは、大阪ランチュウ系の巾着型になる。
  
2013.05.19(Sun)  土佐錦魚TOP
5月18日  
  
選別思考 1077   
 
蝶尾は、クビレ部が広条風になった代表になっている。
クビレ部の幅が大きく広がり、広葉風までに発達して、長さも伸びて、細条数が増している。
だが所詮、括れ型に変わりない。
土佐錦魚のような峡条の面影は全く無く、仕切りや調整役でなくなり、区切りが三分割になったような形となっている。
一つには、クビレ部の細条数が増す程に幅広くなっていること、
もう一つに、細条数が増す程に伸長していること、
もう一つに、条間膜が広がりっぱなしになっていると思える。
クビレ部が最大限、広葉風に発展した形になっている。
一方の土佐錦魚は、クビレ部が峡条の代表になる程に、峡条へ進展した形になっている。
面白いことにその峡条にも、細条数は四本ある。
しかも広条には、八本から三二本ある。
  
2013.05.18(Sat)  土佐錦魚TOP
 5月17日   
  
選別思考 1076   
 
ナンキンから発展したとされる、ランチュウはどうだろう。
ナンキンとの違いは、尾幅に広がりが見られ、棘条の長さは短くなっている。
このことは、開き尾和金を標準とする時、ランチュウは、尾幅の拡張型へ傾いたと見て取れる。
拡張型へ傾いても、クビレ部は峡葉にならずに、幅が更に広がっている。
これは、ナンキンでは和金同様に少なかった尾立ちが、ランチュウでは高まり、中葉を更に引っ張ることをしている。
それは、拡張方向であっても、尾自体は小振りに留まり、細条数も標準範囲に留まることで、大きな変化となっていない。
よって細条数は、クビレ部も広葉部もさほど変わりない。
クビレ部は、長さが短くても幅が広がっていて、広葉部はクビレ部より長さが長くなっているのに、幅が然程変わらない。
 
2013.05.17(Fri)  土佐錦魚TOP
 5月16日   
  
選別思考 1075   
 
クビレ部の大元の鮒尾では、峡条になっている。
開き尾のクビレ部の原形の開き尾ワキンでは、中葉であって峡条であっても、
条間膜が広くなって、峡葉とは言いづらい。
それが、開き尾の原形であり、標準的な峡条と言える。
開き尾ワキンの尾は、現在までに進展を遂げているが、その良型の魚の尾を検討対象にした時、以外と現在のナンキンの尾に似た印象を受ける。
下葉は平付け気味で、尾芯はナンキンみたいに寝ていて、四つ尾を良しとしている。違いは、ナンキンは和金より尾が伸長しているものの、幅はそれほど広がっていない。
このことは、ナンキンの棘条が長くなって、伸長型の尾へ傾いたと見てとれる。
その調整か、クビレ部の幅がいくらか広がっている。
このことは、ナンキンのクビレ部が、和金より拡張型へ傾いたと見られる。
だが顕著な拡張は、条間膜に見られている。
クビレ部が広がると、上下の葉部は広がらない傾向になる。
逆に、クビレ部が狭まると、葉部は広がる傾向になる。
 
2013.05.16(Thu)  土佐錦魚TOP
 5月15日   
  
選別思考 1074   
 
土佐錦魚特有な尾が、特有な仕切りとしての峡条の支えを均整の要として、必要としたのかも知れない。
この仕切りがあることによって、平たい後と袋状になる程の前との均衡を、可能にしたと考えられる。
そうとするなら、他の開き尾の種(しゅ)では、この棘状が土佐錦魚ほど目立たないか、発達していないかも知れない。
そうとするなら、中葉を峡葉あるいは峡条と呼べるのは、土佐錦魚に限られてくるかも知れない。
反対に、クビレ部の条幅が、広くなっている種は案外いる。
俗に言う、尾を絞り込んで泳ぐ種に、当てはまることが多い。
土佐錦魚はその反対で、尾を広げて泳いでいる。
鮒尾はクビレ部に限らず、尾全体を縮むも伸ばすもできる。
その役割をどの部位に与えるかの、その部位に、伸縮のどちらを取り入れているかで、尾の変化の方向が決まってくる。
 
2013.05.15(Wed)  土佐錦魚TOP
 5月14日   
 
選別思考 1073   
 
かつて尾骨の最後尾の真ん中だった棘状はやがて、各鰭の鰭終いになる峡条と
同様の構造となっている。
その棘状二本で、尾鰭の中葉(クビレ部)を形成している。
棘状一本の鰭終いどうしが、二本に結合した形になっている。
上下二俣の鮒尾は、上下対象の鰭を結合させていることになる。
上下左右対称の開き尾は、尾芯を中央に残しながら、中葉が左右へ移動してしまったことになる。左右へ移動してしまっても中葉は、背骨からの上下的な中央に留まっている。
中央に留まることが、背骨の最後尾が水平を保つことになる。
背の丸くなってしまった金魚では、背骨の最後尾が水平線へ下りられなくなったものがある。尾に掛かる浮力や、尾と体の比重や、尾の吊りや、形からの浮き袋の不具合によって、逆し向く魚が出てくるようになっている。
 
2013.05.14(Tue)  土佐錦魚TOP
 5月13日  
  
選別思考 1072   
 
その小さな塊のようになった尾骨からでは、ヒラメのように全部の条へ棘をくまなく出すには、縦横に込み入り過ぎている。
金魚の尾骨からの一本の棘状に見えても、太かったりねじれたりして、数本の棘状を纏めているように見える。
その棘状から直接や枝分かれして出ている棘状からは、節を介して直接的に、鰭棘としての棘条が出ている。
また、棘状の先に二俣や塊的な担鰭骨を介して、間接的に鰭条としての軟条が出ている。
そうとするなら、条が発するところの骨は、担鰭骨的な節か、または変形した担鰭骨となるのだろう。
担鰭骨的な節の先は、棘条になっている。
塊的な担鰭骨的な節の先は、軟条の広条になっている。
二股的な担鰭骨的な節の先は、軟条の峡条になっている。
 
2013.05.13(Mon)  土佐錦魚TOP
 5月12日   
  
選別思考 1071   
 
これは金魚と共通していないようだが、鮒尾は尾骨が縦に二俣へ分かれたことで、四個目が尾骨の要として、尾骨化が進んでいると見てとれる。
その辺りのヒラメの椎弓の間隔は、三個目と四個目は引き寄せたように近く、
四個目と五個目の間からは、背の間隔と同様になっている。剥がすときも、
四個目は三個目の尾骨の方に付着しいていて、背側とは簡単に離れてしまう。
ヒラメの四個目も、やはり尾骨に近いと感じられる。
干物にされて、肉を食べられて、骨ばかりと化して、ここにあるカレイの団扇型の尾鰭は、九十度に満たない開き具合だが、泳いでいる時には、九十度前後まで開いていると想像している。
鮒の二俣になった尾の開きも、九十度前後と想像できる。
金魚の開き尾は、左右に倍の一八〇度のように展開している。
 
2013.05.12(Sun)  土佐錦魚TOP
 5月11日  
  
選別思考 1070   
 
上下に二俣になっている鮒尾のクビレ型には、尾骨からの棘状の密集や、その先に膜のような薄い骨や、二重は見られない。
その後開き尾になったのだから、尾骨は塊のようになって、何がなんだか分からなくなっていても、不思議はない。
塊のようになった尾骨からの、煩雑な棘状の密集を纏めて、棘状数を少なくして、効率良く整理をしている。
その棘状の元々は、二重になっていたのかも知れないのだから、一重の開き尾になる可能性も、元々秘められていたことになる。
尾骨の棘状には、椎弓的な要素が強く残っていて当然となる。
ヒラメの尾骨に見られる、棘状がやたらと生えている椎体は、後ろから三個と見てとれる。これは金魚と共通している。
ヒラメの筒と見られる、椎弓が上下に一本ずつの椎体は、後ろから四個目になっている。
  
2013.05.11(Sat)  土佐錦魚TOP
 5月10日   
  
選別思考 1069   
 
鮒尾型になった時におそらく、ヒラメのような団扇(うちわ)型の尾鰭とは異なる、クビレ部が出来たと考えている。
うちわ型とクビレ型と取りあえず名付けて分けているが、その差は棘条と峡条の発達の違いと見ている。
赤カレイのうちわ型には、密集した棘や、その先に膜のような薄い骨があって、両端より真ん中辺りが太く見えている。
真ん中辺りの太身は、背骨の先的で峡条的な発達と見ている。
真ん中辺りがより発達していると見えても、その成り立ちや構造の差は際立っていない。
その先に膜のような薄い骨が行き渡っているように、一様となっている。
一様が発達形態ならば、二重構造も発達形態となるのだろう。
ここでは、カレイの団扇型が二重になっていると気が付いたが、もしかすると
団扇型の元は、二重になっているかも知れない。
  
2013.05.10(Fri)  土佐錦魚TOP
 5月 9日  
  
選別思考 1068   
 
椎弓が纏まった一本による鰭の一枚的な変化は、胸鰭や腹鰭のように、既に分かれ切ってしまってそうなっているか、背鰭のように分かれなくてもそうなっているかの何方かになっている。
その要素を、上が神経棘として下が血管棘として決めている。
金魚では背鰭と尾鰭の尾芯までが、分かれない方になっている。
尾鰭の尾芯から下(先)と舵鰭が分かれ易い要素をとどめて、胸鰭と腹鰭が既に、分かれている要素となっている。
赤カレイでは、最後の小さな尾骨に、それが凝縮している。
金魚の開き尾になった尾骨が、最も凝縮していても当然となる。
鮒尾型は、尾骨が縦に二俣へ分かれているのだから、その分はカレイより複雑と思えるが、一重になっているところは、単略化されているとも考えられる。
だが一重になったことで、複雑な動きと構造を手に入れたのではないだろうか。
  
2013.05.09(Thu)  土佐錦魚TOP
 5月 8日   
  
選別思考 1067   
 
背鰭の担鰭骨としていたところの先には、膜のような薄い骨が見られなかった。小さな担鰭骨らしき骨も見られなかった。
するとやはり、二重になっているようでも担鰭骨なのだろう。
その先の背鰭の付け根をまじまじ見ると、尾鰭と同じように、椎弓のように、
両側からの二本が結合して一本になっている。
ヒラメの背鰭と尾鰭が、金魚のより厚く太く見えることや、剥がしづらいのは、結合が二重になっていることからと思える。
金魚の背鰭の付け根をまじまじ見ても、椎弓のような構造には見えない。それは、担鰭骨の変化によるところと感じている。
椎弓からの担鰭骨が既に、一本になっている。
それは椎弓そのものが既に、二重を発信していないと思われる。
  
2013.05.08(Wed)  土佐錦魚TOP
 5月 7日   
 
選別思考 1066   
 
付いていたら団扇の様に扇ぐことしか出来ない。
自由に動きたい胸鰭は、やはり一重の条になっている。
椎弓の付け根の様に、神経や血管がその間を通っているように、
赤カレイの胸鰭や腹鰭は、尾鰭のような二重の条が左右に分かれることで、
一重として出来たものだろうか。
そこで、尾鰭の部分を台紙から剥がして、横から見てみると、まるで椎弓の
ように、二本が結合して一本に纏まっている。
なら、担鰭骨らしき小さな骨も、両側にあるはず。なっていた。
なら、密集している棘も、両側から来ているはず。なっていた。
そこで、改めて、背鰭の方も剥がして横から見直してみると、
椎弓の先の担鰭骨としていたところからくっついていながら、二本重なって
いるように見える。
以前その担鰭骨としていたところを数える時、一本には数えづらかったが、
それはくっついていたからと、つかえが取れた。
  
2013.05.07(Tue)  土佐錦魚TOP
 5月 6日   
  
選別思考 1065   
 
尾を水平にした分、構造を変える必要ができたのだろう。
尾骨の棘状も表裏になっている感じで、鰭条の付け根も膜状の骨を両側から挟んでいる二本が、先で一本に纏まっている。
膜状の骨や担鰭骨らしき骨が、その間に扇型に並んでいる。
椎弓の構造を、尾鰭がそのまま持ってきている感じさえ受ける。
膜のように薄い骨の構造的な組織と神経組織は、共存的に感じられるが、小さな担鰭骨らしき方は、骨なのか、筋肉的なのか紛らわしい。
筋肉的なものが固くなっていって、骨的になることは見られるから、その途中なのかも知れない。
ハッキリしたと二重構造は赤カレイだけで、スーパーで売っている他のカレイでは見ることができなかった。
赤カレイの尾鰭は、二重の条が膜のような薄い骨を挟んでいる。そんな赤カレイでも、胸鰭や腹鰭は一重の条になっている。
それでも膜状の骨は、胸鰭や腹鰭の根元にも付いているのか。
付いていなかった。
 
2013.05.06(Mon)  土佐錦魚TOP
 5月 5日   
  
選別思考 1064   
 
扇型に並んでいる結合部の条を、数桁外して掘じってみると、そこにはまるで
膜のように薄い骨が扇型の先に付いていて、小さな担鰭骨らしき骨と条が交互に並んでいる。
どう見ても、その扇型の先の薄い膜のような骨は、鰭条の根元に挟まれているように見える。
それでカレイの尾鰭が何となく、厚みがあって丈夫そうに感じられるのか。
挟まれていると言うことは、両側に鰭条があることになる。
凝視すると確かに、膜のような薄い骨の向こうにも条が見える。
膜状の骨と条の間に、担鰭骨のような小さな骨が並んでいる。
この辺りの骨の並び方(構造)は、金魚のような、棘、担鰭骨、節、鰭条が一定の順序にはなっていない。
 
2013.05.05(Sun)  土佐錦魚TOP
 5月 4日   
  
選別思考 1063   
 
改めてヒラメやカレイの骨に、目を凝らした。
脊椎からの椎弓一本からは、担鰭骨が二、三本出ている。
椎弓は、尾に近付くと次第に短くなり、背鰭が終わったところの尾筒からは、
あまり変わらなくなって、尾骨へとなって行く。
三つの小さな尾骨の手前までは、椎弓だろうなと見て取れるが、三つの小さな
尾骨になると、棘状が扇型に生えている。
竹節のような尾骨の継ぎ目から、放射状に密集している。
棘状の先に鰭が付いている。
棘状と鰭条の腫れぼったい結合部の剥がれたところをよく見ると、
担鰭骨のような小さな骨を見つけた。
これが担鰭骨なら、尾骨には棘状が密集して生えていることになる。
密集しているのは担鰭骨ではないことになる。
だが見た目では、その棘状の先に条が直接結合して見えている。
小さな担鰭骨らしき骨は、腫れぼったい結合部の内部に隠れるように平行して
あるのだろうか。
   
2013.05.04(Sat)  土佐錦魚TOP
 5月 3日   
  
選別思考 1062   
 
鮒尾の中葉は、或いはヒラメでも、背骨最後尾からの先端部として、中央に位置して直結的になっている。
その中央の背骨との、直結的で延長的な位置や作用によって、広条のように発達できずに峡条になっている、と感じている。
なら、開き尾金魚の中葉は、背骨と直結的で延長的になっているだろうか。
見た目では、そうなっているとは感じられない。
中央部から左右へと移動しているうえに、直結的にも見えない。
その形態を実現するために、中葉の棘が変形して発達したのか。
中葉が左右に展開するために発達したその棘は、果たして棘なのだろうか、
それとも担鰭骨なのだろうか。
この場合の棘とは、椎弓のことを言っていることになる。
 
2013.05.03(Fri)  土佐錦魚TOP
 5月 2日   
  
選別思考 1061   
 
土佐錦魚の解剖をしていたとき、金座に隠れている尾骨から左右の中葉の節
(仲介の骨或いは担鰭骨)のところへ、別の一本太くなって伸びている棘状(棘)があることに、気が付いた。
見つけた時、ふとっ「この棘の先の骨も担鰭骨なのだろうか」と、いつものように疑問が涌いてきた。
あとから考えてみれば、仲介の骨と言っていたところは、全部がこの疑問に当てはまるのかも知れない。
「これもそうか」と、疑問の繋がりがあちこちに湧いてきた。
それにしても中葉の棘状は、他とはちょっと異なっている。
おそらく、鮒尾にもあると思えるが、開き尾になった時点で、鮒尾よりもかなり変形したか、新たに出来たと思われる。
或は、平付けで大きな尾の土佐錦魚に特有と言える程の、大きな変化になっているのだろうか。
  
2013.05.02(Thu)  土佐錦魚TOP

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