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  1月31日
   
 こんにちわ

選別思考 604
 
 すると大阪ランチュウか。
再生力の話しも、記録も聞こえてこない。
もう、その以前を追って確かめる必要はないだろう。
すると、土佐錦魚が独自に獲得たものとなるのだろうか。
するとやはり琉金が掛けられたことで、土佐錦魚の尾が大きくなる変化と異常が同時に現れたことと、関連していると見ることができる。
その異常とは、シワやタルミ等の癖。
その変化とは桁の数、桁の幅、桁の長さ、桁の有り様。
それにまつわる桜。
土佐錦魚の様々な尾の癖は、この辺りが大元になっていると関連付けている。
  
2012.01.31(Tue)  土佐錦魚TOP
  1月30日
 
 こんにちわ

選別思考 603
 
 なら何故、そのような再生力が備わっているのだろう。
尾が大きいから、と言われている。
なら何故尾が大きいと、そのような再生力が備わるのだろう。
ただ大きくなっただけで備わるとは思えない。
だが、尾が大きくなったことと、無関係であるはずはない。
なら何故、尾が大きくなったのだろうか。
そして大きくなったことで何が変化したのだろうか。
それは、流金が掛けられた故となる。
すると、流金がその再生力と変化をもたらしたのだろうか。
流金の尾は、再生力が強いのだろうか。
流金の再生力がことさら強いとは、聞いてもいない、見てもいない。
  
2012.01.30(Mon)  土佐錦魚TOP
  1月29日
 
 こんにちわ

選別思考 602
 
 これは絶え間ない人間の欲望の導くところだろう。
人間一代で、遺伝子的に尾を大きくする術は、既に限界に達していると感じられる。
すると人間は、尾先を手術して、少しでも大きくする術を編み出したりしている。
ただ尾先を切るだけで、生えた尾が一回り大きくなる。
ただ尾先を切るだけで尾が大きくなるのは、尾が刺激されるからと言われている。
なぜ尾が刺激されると、大きくなるのだろうか。
再生力が大きいから、と言われている。
再生力とは、再び元に戻す力ではないだろうか。
元より大きくなるのだから再生力以上の再生力となる。
それは、再生力を越えた出来事なのだろうか。
  
2012.01.29(Sun)  土佐錦魚TOP
  1月28日
 
 こんにちわ

選別思考 601
 
*大きな尾へ
 大阪ランチュウが成し遂げたそれまでの土佐錦魚に、流金が掛けられて、現在の土佐錦魚の大きな尾へ歩を進めることとなった。それまでの尾の大きさは、大阪ランチュウの尾の大きさと、大して変わらなかったと推測できる。
それ以前にナンキンが成した尾の大きさは、土佐錦魚の前身よりは大きかったが、大阪ランチュウの尾より小さかったと、これも同様に推測できる。
土佐錦魚の尾は反転と共に、次第に大きくなる歴史を辿っていた。
現在でも土佐錦魚の尾は、常に、更に、大きくなる尾を求められて止まない。
既に十分大きくなっている現在でも、その願望故に、進行を足踏みとはしていない。
  
2012.01.28(Sat)  土佐錦魚TOP
  1月27日 
 
 こんにちわ

選別思考 600
 
 土佐錦魚の前身と流金との結びつきの間には、ナンキンと大阪ランチュウが介在している。ナンキンは大阪ランチュウに乗っ取られたような感もあり、存在が薄い。そのままでは、体が良いだけで尾が粗末に見える。その中でも尾に流金が載っていると、良い体をしていると言われる。その時は付きも流金に乗っ取られた感になり、甘くなる。
付きが丘付けのナンキンになっても、筒に締まりがなくなる。
山付けの戻りは、ナンキン系にはもろに伸し掛かっている。
大阪ランチュウほどにならなければ、耐えられなかったのだろうか。それとも、ナンキンが下地となって、大阪ランチュウを支えたのだろうか。
山付けの戻りは、さまざまな現象をそれまでの土佐錦魚に招いたが、流金が持ってきた大きな尾は、それに余りあるものだった。
 
2012.01.27(Fri)  土佐錦魚TOP
  1月26日
 
 こんにちわ

選別思考 599
 
 今に、「私は舵鰭二枚の素晴らしい親からしか採卵しない。
どんな素晴らしい魚でも、舵鰭一枚は捨てることにしている。
大きく育ててしまうと撥ねづらくなるので、小さい頃に全部調べることにしている」なんて人が出てくるかも知れない。
また、当会は舵鰭一枚を審査しない。なんていう会がでてくるかもしれない。
その会に、舵鰭二枚の素晴らしい魚達が並んでいるにこしたことはない。
たまたま理想の土佐錦魚が実現した時には、舵鰭二枚の魚であって欲しい。
たまたま理想の土佐錦魚と思える魚が舵鰭一枚だったら、そのときには理想の型とは言わないのだろうか。
やっぱりハネなのか。
土佐錦魚誕生から理想の土佐錦魚誕生までの、尽きない問題点と言えるだろう。
 
2012.01.26(Thu)  土佐錦魚TOP
  1月25日
 
 こんにちわ

選別思考 598
 
 単に鮒への退化的現れと決めつけることなく、
流金によって再び土佐錦魚に起こった、正中線強化関連として、
背鰭強化に伴った現れとして、
尾芯の挿し強化の一連として、
舵鰭一枚の訳をさらに捉え、
舵鰭の現実を捉え、
舵鰭問題を前向きに捉え、
印象に流されたり、希望に囚われたりせず、
無意味に一枚を否定したり、
無闇に二枚を肯定せず、
舵鰭二枚に希望を託して、
二枚偏重へ向かうことを、避けるべきと感じている。
  
2012.01.25(Wed)  土佐錦魚TOP
  1月24日 
 
 こんにちわ

選別思考 597
 
 舵鰭が一枚だからといって、ほか総てが素晴らしい土佐錦魚を捨てる人はいない。
舵鰭一枚でも、素晴らしい土佐錦魚と認められているからだ。
大会でも優勝となり、羨望の的となるだろう。
素晴らしい土佐錦魚は四半世紀、或いは半世紀に一度と言う。
舵鰭一枚二枚を、超越することができる。
事によると、一枚でも理想の土佐錦魚と言われるかも知れない。
上見にて、非の打ち所がない素晴らしい土佐錦魚を、わざわざひっくり返して、一枚だからと言って、「ハネとする」と審査員は宣言しないはず。もし、そうとするなら、審査以前に舵鰭「一枚は土佐錦魚にあらず、審査対象外とする」と、宣言しておくことになる。
そして、その素晴らしい土佐錦魚にはきっと、下向きで大きな舵鰭がついていることだろう。
  
2012.01.24(Tue)  土佐錦魚TOP
  1月23日  
  
 こんにちわ

選別思考 596
 
 子供の頃のちょっとした感心や好奇心が、大人になって持ち上がる、大人になって叶えようとすることは、意外とある。
それは横見からの関心が、繁殖家だけでなく一般的愛好家へと裾野を広げていたと思われる。関心の広がりは、愛好家が繁殖家へと進んだ時に、拘りへの先入観となったかも知れない。
現在、ナンキンもランチュウも流金も舵鰭二枚が好まれている。
土佐錦魚もその例に漏れない。
だが、一枚だからその種にあらずとは、いずれも聞いていない。
およそ半世紀前に一枚か二枚かを質問したが、おそらく一世紀前に質問していても、『二枚がいいに決まっている』と答えが返ってきただろう。
  
2012.01.23(Mon)  土佐錦魚TOP
  1月22日
  
 こんにちわ

選別思考 595
 
 各金魚の種にも、舵鰭一枚が存在している。
その舵鰭一枚と二枚が広く問題視されだしたのは、いつ頃と推測できるだろうか。
おそらく、舵鰭が目に止まるようになってからだろう。
それは、金魚を横から見ることができるようになった頃から、とすることができる。
横見ができるようになったのは、ガラスが普及しだした江戸時代からと推察している。
もしそうとしたなら、ワキンの歴史からすれば近代的問題視と言える。
興味のある人が視認して、新たなことを望むようになる。
望む形の魚を求めるようになる。
多少普及しても大したことが無いように感じられるが、案外その問題視が、推進力を持っていた。
  
2012.01.22(Sun)  土佐錦魚TOP
  1月21日
  
 こんにちわ

選別思考 594
 
 それは、舵として芯をシッカリさせる役目の他に、
空振りする平付けの尾を大きく降った時に、多少の推進力を与えている可能性となり、
土佐錦魚の不自然な泳ぎを補助していることになり、
土佐錦魚の大きな一枚の舵鰭には別な役目が生まれてくる。
舵鰭一枚の、背骨の正中線的筋の通りを採るか。
舵鰭二枚の、二枚としての存在を採るか。
舵鰭一枚の、スムーズで力感あるだろう泳ぎを採るか。
舵鰭二枚の、モンローウォークな泳ぎを採るか。
舵鰭一枚の、イメージを捨てずに採るか。
舵鰭二枚の、イメージを進めて採るか。
  
2012.01.21(Sat)  土佐錦魚TOP
  1月20日
  
 こんにちわ

選別思考 593
 
 背鰭と臀鰭を支えている一列に並んでいる坦鰭骨が、背鰭と臀鰭の密接な関係を示している。
背鰭と臀鰭は他の一対の鰭と異なり、体の真ん中の正中線として左右対称を支え、左右のバランスを中央で整えていた。
それは、背骨と舵鰭は中央を支えるという密接な繋がりがあり、
それは、芯がシッカリしていることになる。
そして、正中線の大きくてシッカリした一枚の舵鰭は、同じく正中線の背鰭よりも、舵としての役目を果たしている。
それは、土佐錦魚の泳ぎとして大きな舵鰭一枚の方が、良く泳げる可能性となってくる。
  
2012.01.20(Fri)  土佐錦魚TOP
  1月19日  
  
 こんにちわ

選別思考 592
 
 高等生物は原則的に、左右対称と言われている。
左右一対でなくても、背鰭や舵鰭一枚のように中央であれば、左右対称の内になる。
ならば、舵鰭一枚も背鰭と同じように、左右対称の範囲となる。
背鰭が二枚あることが望ましいとは、誰も言わない。
現実に金魚の背鰭が二枚有る種がいたら、そのような意見が出てくるかも知れないが。
もしかしたらヒラメは、背鰭が対象に二枚あるのだろうか。
下の方の大きな鰭は、臀鰭の変形になっている。
左右対称のような、上下対象のようなその変化は、臀鰭にも付いていた坦鰭骨が、背鰭と同様な変形を可能にしている。
  
2012.01.19(Thu)  土佐錦魚TOP
  1月18日
  
 こんにちわ

選別思考 591
 
 舵鰭二枚は、金魚として進化的な象徴となっているのだろう。
鮒に色が付いてから、鮒であって鮒ではなくなり金魚になった。
やがて、鮒尾が三つ尾になる時がやってきた。
すると、色変わりや尾が長いだけの鮒尾では、原始的な金魚となった。
尾が開いてこそ金魚となった。
それから先の、長い間に、個性ある各種の目覚ましい変化が起こった。
変化する度に、原始的金魚か、進化的金魚かの象徴が、いろいろ浮かび上がってきた。
色が付いているか、いないか。開き尾か、否か。
個性を持つ各種金魚へと進展した中から、共通する象徴を舵鰭に見つけた。
それを原始的金魚か、進化的金魚かの目安にした。
  
2012.01.18(Wed)  土佐錦魚TOP
  1月17日
  
 こんにちわ

選別思考 590
 
 そうでないと、鮒尾ワキンや朱分金や他金魚の鮒尾類、三つ尾、四つ尾類の舵鰭一枚は金魚でなくなってしまう。
それとも駄金というのだろうか。
あるいは、「高級金魚であれば二枚あることが望ましい」と、望むあまりに極端な論となったのだろうか。
ところが一般的には、品評会で上位に入る魚は二枚が多い。
品評会での開き尾のワキン、ナンキン、ランチュウ、ヂキンは、シッカリ離れて並んでいた。
その時の琉金は、舵鰭の離れ方がわりと近いのが目についた。
大阪ランチュウも二枚が奨励されていたと聞いている。
この例はいずれも、固定されている種と言える。
すると、ここでも、「土佐錦魚はまだ固定されていない」が、もちあがってくるのだろうか。
  
2012.01.17(Tue)  土佐錦魚TOP
  1月16日
    
 こんにちわ

選別思考 589
 
 流金は金魚に間違いないが、その頃でも舵鰭一枚は、金魚として阻害されていたのだろうか。
この時期の一枚か二枚かの問題は、次の段階的な問題であり、金魚か金魚でないかの問題とは掛け離れている。
望まれているところか、望まなくては不可ないところか、気にしないかの、選択的課題となっている。
形態的な変化が著しかったために、舵鰭はとるに足らない問題だっただろう。問題にもされなかったかも知れない。
現在からの見方で、舵鰭だけをとり上げた時、
極端には「一枚は金魚にあらず、鮒に等しい」
と言う見方もできないことはない。
これは誰しもが、なんとなくでも感じるところだろう。
だがそれを、金魚であるかないかの基準、標準とすることには、いささか抵抗がある。
  
2012.01.16(Mon)  土佐錦魚TOP
  1月15日
  
 こんにちわ

選別思考 589
 
選別思考 588
 
 三つ尾の次の発展段階には、四つ尾が待っていたと思える。
三つ尾の記録や、四つ尾の記録や、舵鰭二枚がいつ登場したかの記録があったら、ハッキリしていたのだが。
ハッキリしていなくても、一枚の次の段階として二枚が登場するのは順序と思える。
仮に三つ尾の和金が一般に普及したとして、
その頃には、一枚と二枚が混在したとして、
二枚に拘った繁殖者がいたのか、いなかったのか。
居たとしても、その拘りが今日迄尾を引いているのだろうか。
やがて、流金が登場したが、流金の舵鰭全部が二枚だったとの記録も耳にしたことがない。

  
2012.01.15(Sun)  土佐錦魚TOP
  1月14日
    
 こんにちわ

選別思考 587
 
 皇帝の金魚係りであれば、二枚の舵鰭に気が付いたときに、拘ったとしても頷ける。二枚あったとすればだが。
鮒尾の緋鮒が開き尾より先に、舵鰭二枚になっていたとは思えない。以後の心掛けとして、縁日の金魚すくいを楽しみながら、鮒尾和金を覗いて見ることにする。
鮒尾和金に舵鰭二枚がいたら、舵鰭が先の可能性も出てくる。
 だがここでは、開き尾になったときに、舵鰭が変化し始めたとしても差し支えはないだろう。
しかし、陶器の鉢、木の鉢では、上から見ることになる。
尾が開くと、舵鰭はさらに見づらくなる。
上から見ている分に、舵鰭の枚数は気にならない。
皇帝が拘ったとは思えない。
  
2012.01.14(Sat)  土佐錦魚TOP
  1月13日
 
 こんにちわ

選別思考 586
 
 緋ブナが見つかった当時、中国では貴重扱いされていたと聞く。献上されて、皇帝の金魚係りが取り扱っていたと言う。
おそらく、三つ尾が見つかった時もそうだったろう。
三つ尾の和金は、さらに珍重されただろう。
色の変化だけなら、サカナには色とりどりが居る。
尾の変化は、色よりは少ない。
金魚の場合、自然淘汰の心配のない環境の、人為的保護化にある事で、実現した変化と思われる。
鮒尾から三つ尾になった時に、同時に舵鰭も二枚になったとしたら、皇帝の金魚係りなら、確認していたのではないだろうか。
  
2012.01.13(Fri)  土佐錦魚TOP
  1月12日
  
 こんにちわ

選別思考 585
 
 ここで観点をちょっと変えてみよう。
いままでは、体から舵鰭を逐っていたが、舵鰭の厚さ、長さ、形などから逆に逐って見たらどうなるだろう。
厚さ、広さ、短さ、丸さ、固さは大阪ランチュウからきている。
薄さ、狭さ、長さ、細さ、柔らかさは琉金から来ている。
それぞれの特徴が舵鰭にあれば、その舵鰭はその系統からきていると言える。すると、舵鰭一枚、二枚が、どちらかに偏っていれば、持って来た系統が割り出せる。
もう一つ、鰭の動きから逐って見よう。
胸鰭は、複雑で動きか激しい。
腹鰭も下ろすこと、左右に開くこと、少しねじることもできる。
舵鰭と背鰭は、扇のような開けかたはできても、左右やねじることが出来ない。これは担鰭骨に支えられているからだろう。
これはやはり、舵鰭が二枚でも運動的には背鰭系統になる。
  
2012.01.12(Thu)  土佐錦魚TOP
  1月11日  
  
 こんにちわ

選別思考 584
 
 この対鰭化の流れは、どうして起こったのだろうか。
この流れは、金魚に限定してもいいのではないか。
発達した金魚にハッキリ起きていると言える。
もしかすると原始の金魚にも。
それは、飼育界で起きている現象と言える。
自然界では起きていない。
自然界には、存在していない。
出現したにしても、存在できないと言える。
出現しても存在できない世界と、出現がより存在を高めようとする世界がある。
舵鰭一枚と舵鰭二枚の問題は、自然界と飼育界のせめぎ合いと言える。自然界に有りながら、ぽっかりとした飼育界と言う世界でしか成り得ない問題と言える。
   
2012.01.11(Wed)  土佐錦魚TOP
  1月10日
  
 こんにちわ

選別思考 583
 
 これは、単鰭と対鰭のせめぎ合いなのかも知れない。
そのせめぎ合いで、とうとう尾鰭までが経過の対鰭と化してしまったことになる。
するといずれは、背鰭までもが対鰭化に呑まれてしまうのだろうか。だが背鰭には、対鰭と化す要素が全く見当たらない。
そのかわりだろうか、背鰭がなくなってしまった品種がある。
単鰭には支えとなっている一列に並んだ担鰭骨がある。
対鰭になるにはまず担鰭骨を無くすことから始まるのだろうか。
背鰭を対鰭に巻き込もうとして担鰭骨をまず無くしたら、背鰭そのものがなくなってしまった。
背鰭の無い種の始まりはこの辺りかも知れない。
背鰭の無い種で鮒尾はいるのだろうか。
背鰭の無い種がみんな開き尾であったなら、可能性が出てくる。
マルコの誕生は琉金より早いと言われている。
もしそうならば、対鰭化の流れは早期も早期から始まっていることになる。
もしそうならば、舵鰭の対鰭化は当然の如く見られているはず。
それを阻んでいるのは背鰭と言うことになるだろう。
  
2012.01.10(Tue)  土佐錦魚TOP
  1月 9日
  
晴れ
      蓋   内       朝   昼
朝の水温  5℃  9℃  気温  3℃  9℃ 

 おはよう

 出発前に鉢の点検。
蓋を開けると思ったより水が痛んでいた。
ちょっと手入れをすれば済むと思っていたのが、大事に。
90鉢位済ませたところで、手首まで感覚がなくなり、物にあたるといたく感じ、やむなく休憩。感覚が戻るのに一時間。さて、また始めるか。

 今日から例年のようにスキーへ行くので、水温や気温を書き入れは今日迄になります。
選別思考の書き入れは、いつものように出せるよう予約して行きます。
帰って来た時には大分良くなった鬱を、すっかり解消してくるつもりでいます。
もっとも何年か前に、鬱でない時に出かけたのに、帰ってきたらせせこましい東京に当てられてしまい、軽い鬱になったことがありました。
今期はそれを意識して戻ってくるつもりでいます。
帰ってきたら、壊れたPCの後始末で、直ぐに会報の編集、制作に取りかからなくてはならなくなっています。今期は考える間もなく、直ぐに東京の忙しさに慣れるはずです。

 何かあった時でも留守番には留守番しか頼んでいません。
私が帰ってくるまではいろいろの対処ができませんので、ご了承ください。


選別思考 582
 
 ジキンの尾鰭は、左右に別れていることが良しとされている。
この現象がどこからか導きだされたものとしたら、導きだすことが出来るところは、二枚の舵鰭しか見当たらない。
もしそうとすると、舵鰭が先に二枚になってから、その影響によって尾鰭が舵鰭のように、二枚になったことになる。
すると舵鰭二枚は、尾鰭の三つ尾化から導きだされたことにはならなくなる。
全く逆の流れとなってしまう。
その流れは、元から有った背骨からの単鰭の流れよりも、
尾鰭が対鰭になった現象よりも、早く、且つ強いことになる。
あるいは、同時進行的になる。
  
2012.01.09(Mon)  土佐錦魚TOP
  1月 8日
  
晴れ
      蓋   内       朝   昼
朝の水温  4℃  8℃  気温  3℃  9℃ 

 おはよう

選別思考 581
 
 体型が和金系のヂキンが、舵鰭二枚を有している。
これは和金系として最高に進化していることになる。
和金系なのに、鮒から最高に遠いことになる。
すると、他の高級金魚とされる種はどうなるのだろう。
特に腹の膨れた高級金魚は、いったいどうなる。
たまたまヂキンは尾鰭が突然変異で別れていたから、舵鰭も別れやすかった、として落ち着くのか。
和金系の一品種としては、最高度に進化したとするのか。
他の高級金魚も、ヂキンのように二枚になったときが、最高に進化したときとするのだろうか。
舵鰭二枚には意味があるのか、ないのか。
   
2012.01.08(Sun)  土佐錦魚TOP
  1月 7日
  
晴れ
      蓋   内       朝   昼
朝の水温  5℃  8℃  気温  4℃  9℃ 

 おはよう
 
 今日はスキー場へ荷物を送る日。
やっと忙しさを感じています。

選別思考 580
 
 数は少ないがその時見た限りでは、舵鰭は二枚だった。
舵鰭はおろか、尾鰭迄四つ尾以上に左右に別れているのだから、もう文句の言いようがない。
舵鰭二枚に憧れている者としては、ちょっと割り切れないおかしな気分になっている。
体型の長さや丸さによって、舵鰭二枚は決まっていない。
腹形の豊満さによっても決まっていない。
すると、尾鰭の前葉が出来て左右に別れたことが、舵鰭二枚を決めているのだろうか。
それとも、尾芯が挿していないことか。
それとも、四つ尾になったことなのか。
  
2012.01.07(Sat)  土佐錦魚TOP
  1月 6日
  
晴れ時々曇り
      蓋   内       朝   昼
朝の水温  4℃  8℃  気温  4℃ 10℃ 

 おはよう

選別思考 579
 
 それはもう一方として舵鰭としての役目がうすれ、腹鰭や胸鰭の対鰭に近づいたと見ることが出来るのか。
舵鰭二枚の中には、左右の間が狭く平行して見える形がある。
この形は二枚でも、正中線離れが少ないと感じられる。
左右の間がより広く腹鰭のように先広がりになっていると、正中線離れが進み、そこへ対鰭が進み込んだことになる。
この見方では、尾鰭の開き尾もいずれは対鰭に近づく可能性も感じられてくる。
これは順序が上から来たか、下から行ったかの違いになっている。
より腹鰭に近くなった舵鰭二枚は、肛門から上の舵鰭までが腹の続きになったと見ることができる。
舵鰭一枚は、上から順に筒の稜線、続いて尾芯の挿し、続いて舵鰭までが、正中線的背骨の影響下にあると見ることができる。
舵鰭一枚は、左右の腹の影響が及んでいないと考えられる。
なら、後腹が張っていれば二枚の可能性が高いのか。
そうでもない。
なら、腹が張る雌なら、可能性が高いのか。
そうとも言えない。
なら、ヂキンでは、どうなるだろう。
(その前に、地金、地錦、六鱗、四つ尾や地方名を付けている例があるので、
 ここではヂキンを総称として用いています。)
   
2012.01.06(Fri)  土佐錦魚TOP
  1月15日
  
 こんにちわ

選別思考 588
 
 三つ尾の次の発展段階には、四つ尾が待っていたと思える。
三つ尾の記録や、四つ尾の記録や、舵鰭二枚がいつ登場したかの記録があったら、ハッキリしていたのだが。
ハッキリしていなくても、一枚の次の段階として二枚が登場するのは順序と思える。
仮に三つ尾の和金が一般に普及したとして、
その頃には、一枚と二枚が混在したとして、
二枚に拘った繁殖者がいたのか、いなかったのか。
居たとしても、その拘りが今日迄尾を引いているのだろうか。
やがて、流金が登場したが、流金の舵鰭全部が二枚だったとの記録も耳にしたことがない。
  
2012.01.05(Thu)  土佐錦魚TOP
  1月 5日
  
晴れ
      蓋   内       朝   昼
朝の水温  4℃  8℃  気温  2℃ 10℃ 

 おはよう

選別思考 578
  
 流金の鮒尾型(たまさば)の舵鰭は一枚と想像できる。
見た範囲では、果たせるかな全部が一枚だった。
流金の鮒尾型は舵鰭一枚の種として固定しているから、ハッキリそうなっているのかも知れない。
固定しているからにしても単純に捉えると、流金の鮒尾の例を以て、開き尾から舵鰭二枚が誘導されたと言うことができる。
遺伝子的に二枚が現れた可能性や増えた時期は、左右がハッキリした四つ尾の時が、さらに可能性が高いと言えてくる。
土佐錦魚では桜尾の方が二枚の率が多く感じられる。
三つ尾では、舵鰭も左右どっち付かずで、舵鰭も三つ尾のように上部が繋がったり、奇形的な付き方をしていたりする率が多く感じられる。
尾の形が舵鰭の形に影響しているとなれば、舵鰭一枚は尾と共に正中線を離れられないことになっている。
腹線から左右がハッキリ別れている腹の延長として舵鰭を含んだ時、左右に別れたあばら骨の延長が、舵鰭にまで及んだとすることができる。
   
2012.01.05(Thu)  土佐錦魚TOP
  1月 4日
  
晴れのち曇り
      蓋   内       朝   昼
朝の水温  4℃  8℃  気温  3℃  9℃ 

 おはよう

 昨日の続き
中継所での出来事の判断は、錦魚の審査にも共通するところがある。
意気に照らしてみると、昨日の出来事は感じるところが大いにあった。
規則に照らしたらどうなるだろう。
定刻の10分は過ぎていた。
過ぎていた襷のつなぎは当然無効となるはず。
だがピストルの合図が遅れたことによって、幅が出来てしまった。
それなら有効になるだろうか。
この判断までが情的な配慮として、検討される。
その対象が10位以下だったので、問題の重要度が低かった。
もし対象が優勝争いだったらおそらく、問題になっていただろう。
 もう一つの決定的な問題が隠れている。
襷を受け取る方は停止線内で待ち受けていた。
それより出て受け取ることは出来ない。
受け取る範囲は、何メートルかの内と決まっている。
その範囲内で受け取らなくてはならない。
襷を運んで来た走者は、その範囲に到達して渡さなくてはならない。
寸前で、何度も倒れながら両手を張って差し出した襷を、まるでひったくるように取って次の走者は走り出した。
そのとき走り出した走者は範囲を表示する白線の内だった。
そのとき捧げ渡した走者は範囲を表示する白線の外だった。
必死の走者は白線まで届いていなかった。襷は届いたが走者は範囲の外に倒れ込んでいた。
渡す走者も白線内で渡さなければ、無効となるはず。
決められた距離を全うしたことにはならない。
これは決定的なルール違反となる。
往も復もスタートの時には白線を踏まないように、審判員が確認をしている。
これは厳格さを示している。
これが幅跳びのような競技であったら、ビデオ判定までしてファールとしていただろう。
 ま、ともかく個人的には、公式に認められて良かったと思っている。
これが、上位決定やシード権決定に関わっていたら、認めるべきではないと思ってもいる。
 

選別思考 577
 
 すると、強く泳ぐ必要がないから、そうなったのか。
土佐錦魚でも稚魚の時には、ぐるぐる長くそして素早く泳いでいるように見かけられる。これはそのように泳いだことがあった名残だろうか。
すると対鰭への変化は、自然界での必要性の薄れと、飼育界という限られた世界の必要性から、そうなったのか。
自然界でも飼育界でも必要性のせめぎ合いで、変化の向きが変わることになる。
自然界でも飼育界でも気候変動次第で、変化の向きが変わることになる。
気候変動、温度変化で、鮒尾が増えることは確認している。
泳ぎの必要性の変化で尾鰭のように舵鰭が変化することは、確認するところまでに至っていない。
だが、可能性としては十分感じられる。
すると、逆説的に土佐錦魚の舵鰭が、いつまでたっても二枚に統一できないことは、泳ぎの必要性が加わっているのだろうか。
大きくて推進力の無い尾による泳ぎが、強い振りを必要としているのだろうか。
    
2012.01.04(Wed)  土佐錦魚TOP
  1月 3日
  
晴れたり曇ったり
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朝の水温  4℃  8℃  気温  4℃ 10℃ 

 おはよう

 箱根駅伝をテレビ観戦をしていました。
鶴見中継所で神奈川大学が繰り上げスタートに間に合うか、あわやというところ。
目の前で倒れてしまった。
それでも立ち上がり前方へまた倒れる。また立っては倒れる。
繰り上げスタートの時間切れとアナウンサーは叫ぶ。
それでも襷を受け取る選手はスタートしない。
脇ではスタートしろと係員が突っついている。
でもスタートのピストルがなっていない。
とうとう襷を受け取った。
同時にピストルが鳴った。
スタートせずに受け取った選手は、違反をしたのだろうか。
ピストルを鳴らさずに遅らせた係員は、違反をしたのだろうか。
神奈川大学は失格だろうか。
係員はどうなるだろうか。
必死で届けた選手と、違反でも待った選手と、遅らしてでも鳴らさなかった係員の気持ちに、思わず胸がいっぱいになって、目尻から涙がこぼれた。
選手の行いは当然の行為と感じられる。
その気持ちに応えてピストルを鳴らさなかった係員の行為の粋さに、テレビ画面に向かって粋だよと呼びかけていた。
テレビでは、公式発表があり次第お知らせいたしますと言っている。
しばらくして、公式に時間内と認められましたと言っていた。
審査した人達も粋があるじゃないか。


選別思考 576
 
 海に住み強く泳ぐイルカやマグロなどには、シッカリとした尾肩が認められる。
その尾肩の位置は、強く振る尾の向きと直角に在って尾を支えている。
その尾肩の位置は、尾骨の一部と言うよりも背骨の終端に見えている。
その尾肩の位置は、必要性に応じて背骨に見えたり尾その物に見える。
哺乳類のイルカでさえ、同じ環境下では似たような変化を見せている。
尾肩の本来は、強く降られる尾鰭を支えるために発達したことになる。
その尾鰭は、土佐錦魚の後葉にあたる。
その尾肩は、土佐錦魚の前葉にあたる。
強く泳ぎ長く泳ぐ必要のある環境では、尾肩が前葉に発達するとかえって邪魔になってしまう。
その自然界でも強い泳ぎや長距離の必要がなくなり、流れが無いところや餌に不自由しないところでは、必要性が薄れることになる。
すると尾肩が弱まっても、不自由ではなくなる。
変化への自由度の高まりが許されてくる。
   
2012.01.03(Tue)  土佐錦魚TOP

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