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 2月28日

 おはよう

 カラスの声が一鳴き、じきに雨音がひたひた、冷たそう。
工事も水換えも休み?

 結局、肉体作業は気が抜けたせいか、疲れが出たので休みに。
会報印刷の準備を始める。
奇数偶数ページの確認。
用紙とインクを確認、足りない分を夕方買いに行く事に。


 選別思考 267

 影響を受けた黒の遺伝子の働きは、遅れと止まりという二つの現象をもたらした。
褪色期間を長くする遅れ。
一般的な当歳での色変わりを、二歳以降へとする遅れ。
寿命を迎えるまで、とうとう色変わりしないままの止まり。
それぞれに作用する遺伝子は違うかも知れないが、その働きに至る要因は同様と考えられる。
そのなかで、褪色を行わない黒い魚になってしまった、とする可能性は非常に少ないと感じている。
  
2011.02.28(Mon)  土佐錦魚TOP
 2月27日
 おはよう

 今日の作業は残った一枚と一列目のやり直し部分。
二列目を工夫したところを一列目にもすることにした。
やはりデンドルの音が出るので始めるのは九時から、それまでは三角部分の板の割り出しをするよう。

 手の入らない三角一ヶ所に思ったより手間が掛かかってしまい、午前中を費やしてしまった。もう一ヶ所今度は手が入るのでそんな事にはならないだろう。
でも、三角二つと後は昨日急いだ分の調整ぐらいしかできそうにない。
明日雨が酷くなければ、取っ手付けができるのだが。

 あとから始めた三角も思ったより手間取ってしまった。
結局、三角二つと昨日の残り一枚とシーリングしかできなかった。
把っ手以外は一列できたのだから、一応予定通り。
雨風には大丈夫なので、明日は休みにするか。
雨がひどくなければ、水換えにするか。


 選別思考 266

 黒は紫外線に強い。
肌や体質は、黒系の色素沈着によって、紫外線への抵抗力を持つようになる。
主にメラニン色素の作用と聞いている。
土佐錦魚はその段階で、南国の陽を受け続けるあまりに、メラニン色素を増し、大量に溜める性質を強めた。
また、黒色を長い期間持ちつづけようとする性質を、身に付けるようになって行った。
それは、身を守るための黒を必要欠かせないものとして、褪色を遅らせるようになって行った。
その傾向が強くなってしまったために、黒をのける遺伝子の切り替えを抑えてしまった。
或いは、隠れていた黒の遺伝子を再び働かせるようになった。
  
2011.02.27(Sun)  土佐錦魚TOP
 2月26日

 おはよう

 風は唸りを止めている。空気が冷たく透き通っている。
昨日は工事中の列の蓋を閉めてやれなかった。
どこまで冷えているだろう。
今日は蓋をしてやれるはず。

 だんだん要領が解って来ている。
するとだんだん丁寧になってくる。
今日はなんとか頑張れば蓋をできる程度までか。

 もう風が吹いても大丈夫になり、出来上がると掛けていたが、残り一枚で暗くなって印を付けられなくなってしまった。
風も納まったし飛ばない事を願って、その一枚も掛けて来た。
明日で一応納まるだろう。
後は、月曜に取っ手が届く予定なので、それが終われば今期の屋根掛け作業はここまでとなる。他三列はとりあえず台を補強して、来期に台の修理をしてから屋根付けをする予定。
数年前からやらなければと言っていたのが、やっと動き出した。


 選別思考 265

 大阪ランチュウまでは、土佐錦魚の前身も、ナンキンも素赤を嫌っていた。錦へ通じる色模様に拘っていた。
褪色は、比較的し易い性質だった。
水量、水深、水質等環境は、おおらかだった。
色を左右する切っ掛けを持ち込んだのは、流金と考えている。
しかし、流金が特別黒の性質を持っていたとは考えられない。
むしろナンキンには、黒色があった。
眠っていたその遺伝子が目を覚ましたのか。
それとも、鮒だった頃の遺伝子が目覚めたのか。
それとも、環境に耐えかねて、遺伝子を変異させたのか。
その環境に一番弱かったのが流金だったのか。
  
2011.02.26(Sat)  土佐錦魚TOP
 2月25日
    
 おはよう

 蓋の寸法も決まり、朝早くは寸法付け、8時半に金物屋が開くので取っ手を仕入れに、九時過ぎから切り始める予定。
端にアルミテープを張り、アルミ枠を付ける。

 予報通り暑くなって、鉢の蓋も全開。
ポリカの板を切り終わり、これからアルミテープを貼り始める。
午後からは一枠ごとに摺り合わせ予定。

 アルミテープを貼り始めたら風が邪魔になりだした。
二列目は慣れたので擦り合わせが楽になっている。
ザット合わせてから、板を室内に持ち込みテープを貼る事に。

 テープは貼り終わったがやはり風でポリカ板を振り回せない。
細かい調節は明日することに。
調節後に取り付けるアルミ材を今朝頼んだのにもう到着。
明日朝に調節、九時過ぎにアルミを切って取り付けへ。
明日終了すればいいが。
明後日には雨が降るらしい。それまでにはなんとか終わりたい。


 選別思考 264

 肌焼けを起こす順序から考えて抵抗力のなさは、素赤が一番弱いと見ることができる。
その素赤を土佐錦魚へ持ち込んだ可能性は、流金が最も高いと考えられる。
流金は琉球にも薩摩にも根付かなかった。
その理由は南限を越した地域だったからか。
温度や陽光が流金には向いていなかったのか。
逆に、土佐錦魚の黒が鹿児島や沖縄へ行っていたら、繁殖できたかも知れない。
宮崎までは例がある。
宮崎の飼育で第一に手を焼いたのは、温度ではなかった。
桜島の灰と言っていた。
  
2011.02.25(Fri)  土佐錦魚TOP
 2月24日
  
 おはよう

 アルミ部材の寸法付けはあまり音が出ない、少し早くから始められる。
切り始めるのは九時過ぎなら。 

 今日も暖かい。とりあえず足し水を。
明日の春の陽気をやり過ごしてから水換えする事に。
 さ、九時だ。始めよう。

 また午後に一時間ほど邪魔が、その邪魔を休憩代わりにして頑張ったら、
なんとか暗くなる前に組み終わった。
補強と枠造りで二日、枠組みが一日、骨組みが一日、蓋造りが二日とすれば一列六日間、ま、一週間というところか。


 選別思考 263

 肌焼けは、気泡病と同じような、菌によらない環境による病。
気泡病は、酸素過飽和による生命危機の現れ。
肌焼けは、紫外線の酸化作用による生命危機の現れ。
好条件過ぎた作用と言える。
人間の日焼けと似ている。
陽光が強く気温の高いところでは、人間も自然作用として肌の色で対応している。
白人がそのような環境に曝されると、皮膚にシミ、ソバカス、シワのような変化が現れ、皮膚ガンになることも多い。
逆に強い陽射しに対処していた人間が、極端に陽の少ないところで生活すると、光線不足の病となる。
  
2011.02.24(Thu)  土佐錦魚TOP
 2月23日
   
 おはよう

 やはり昨日の夜更かしからペースが乱れそう。
明日からは目覚まし通りシッカリ起きなくては。
 今日の作業はサンダーの音が出るので、九時過ぎから始めることにして、
少しのんびりと。

 屋上は暖かくなった。二枚脱いでも汗をかいている。
2列目はやっぱり慣れて来たようだ。苦労しながらでもけっこう進んでいる。

 午後の途中一時間ほど邪魔が入ったので、終わるかどうか心配だったが、
なんとか暗くなる前に済んだ。自分で誉めたいぐらい。その代わり疲れている。
 こんなとき印刷すると失敗するので、今日の夜の作業はアルミ骨組みの設計をする事に。


 選別思考 262

 人間が求めて止まなかった過酷条件を魚自らが受け入れた事になる。
生命への作用寸前、ぎりぎりの環境条件を可能にした。
人間がより過酷な飼育法を選んだために、
人間がより過酷な飼育条件への対応策を講じなかった代わりに、
魚が自らの身を守る対策をとり始めた。
それが黒だった。
すると焼けた魚は、過酷へ順応する遺伝子の働きがそぐわなかったのか。
すると黒は、過酷への順応の色。
すると黒は、自然選択なのだろうか。
  
2011.02.23(Wed)  土佐錦魚TOP
 2月22日
   
 おはよう

 昨日はどう言う訳か眠くならず、とうとう二時頃までやって校正を終わらせてしまった。こつこつやらずに調子を乱すと後に応えることが解っているのに。
目覚ましを六時にかけてやっと起きたところ。
これでは階段登りをやらずに作業に入るようだろう。

 早々、一回塗り終わり。
昨日一回目のプライマーをを塗っておいたので、これが二回目の中塗り、厚みをつけるので乾きが遅い。上塗りをあと2回、乾いては塗り重ねる。
それでも天気がいいので、夕方には終わりそう。
 
 暖かく、陽が出ているので上塗り一回目がもうできる。

 上塗り二回目がもうできた。
明日は取り付けだ。


 選別思考 261

 イジケは、生命力を温存するために成長を左右する。
成長に影響しても生命力を失うことはなく、長生きできる。
イジケはむしろ、魚自らによる生命温存対策とすることができる。
だが、イジケは生命を保つ事には有効だが、カタチを犠牲にしてしまう。
魚の対策と人間の都合とが合わない事になる。
イジケになる寸前、焼ける寸前、そこのギリギリの条件を、ギリギリの過酷を、人間は求めていたのではないだろうか。
その過酷によって、魚が変化してきたことに気が付いた。
その過酷に敢えて、魚を曝そうとしていたのではないだろうか。
その過酷によって、魚を作ろうとしていたのではないだろうか。
そして、その過酷へ、魚自らが用いた対応策が黒だった。
   
2011.02.22(Tue)  土佐錦魚TOP
 2月21日
     
 おはよう

 昼間の作業が楽だと夜の編集が進む。
とうとう自分の原稿のところまで来た。
少々読み飽きて、さらっと目を通してしまう。
すると、どうして見逃していたのだろうかと、後で気が付く。
もう一回丁寧に見直すようだろうか。

 終わった一列の高さを測ってみたら大してくるっていない。
目測で丸鉢を置いたものだから、横幅が違っていて、高さへ響いてしまった模様。
今さら直せないので、次の列を測るとスゴくくるっている。
一番痛んでいる列だ。
さ、作業開始。
 
 結局、修理は簡単にはできないので補強だけにしてしまい、午前中で終わってしまった。もう一つ、根気と言うかやる気が涌いて来ない。
午後からは枠造り、多分刻むのは今日中にできるだろうが、明日の塗装に時間がかかるだろう。


 選別思考 260

 丸鉢の過酷な条件に慣れていなかった初期の当歳は、苦戦していたかも知れない。
当時の二歳も、丸鉢や浅い鉢で追い込まれていたかも知れない。
昔の親も、浅い鉢で引き続き試練に耐えていたかも知れない。
現在の親は、その試練に耐えた結実かも知れない。
現在の二歳も、そのお陰で抵抗力が備わっているかも知れない。
現在の当歳は、抵抗力が備わっているから、限界温度付近でも元気なのかもしれない。
すると、今でこそ、焼けやイジケで留まっているが、当時は自然淘汰に遭っていたかも知れない。
  
2011.02.21(Mon)  土佐錦魚TOP
 2月20日
  
 おはよう

 体が頑張りに少し慣れて来たようだ。
夜の校正もコツコツ進むようになった。
さ、今日も体操から。

 一列目の屋根工事は一段落。
明日水替えして、明後日からは次の列の枠造り。
今日と明日の午後の休みで、疲れがとれるといいのだが。
 おそらく、今期は二列の屋根付けと修理で精いっぱいだろう。
残り三列は来期と再来期となりそう。
それで間に合うのだろうか。

 一列目に区切りをつけたものの、直線的にならず波打っている事が気になっていた。あらためて眺めてみると、やはり気にかかる。
そこで台の修理を先に済ませ、できるだけ直線的になるか試してみる事にした。
先に水替えをしてしまうと満タンになるため、作業がしづらくなる。
まずは、ジャッキで上げて支柱を入れる事からだろう。


 選別思考 259

 当歳は過酷に耐えるように備わっている。
二歳以降は段々無理が利かなくなる。
高齢魚は当歳とは比べられないほど、高温や直射に弱い。
遺伝子に影響を与えたのは、二歳以降だったのか。
二歳以降も黒を望んだのは、当歳ではなかった、のか。
当歳はそのあおりを受けてしまったのか。
昔は二歳も丸鉢で、できるだけ作り続けたと聞いている。
三歳も出来具合と型を見て、丸鉢が適している魚は入れた。
大きくなると水量からいって、無理が想像できる。
維持からいって、多くは角鉢へ移すことになる。
そのとき大きくなった魚を、当歳を育てていた丸鉢よりも浅くすることは、理に叶わない。
 
2011.02.20(Sun)  土佐錦魚TOP
 2月19日

 おはよう

 風速は4メートル、作業できそう。
昨日は花粉が飛んでいた。これからはマスクが欠かせない。

 体操の時にいつもは足首を簡単に回していたが、痛み出してからは様子を見るよう丁寧にしていた。
今日は違和感がない。
スクワットでも異常なし。
ひねりでも大丈夫。
怖々だが階段登りを始める。
300段無事終了。
300段で汗をかき、筋肉に感じている。
明日もできるといいが。
 
 明日、二ヶ所残りをやって仕上げようと思ったが、やはり改良点が出てきた。
仕上は全部が終わって、仕様が決まってからする事に。
一応、雨風には耐えられるはず。
工事で丸鉢にゴミが入ってしまい、明後日は水換えするようか?
その後、次の列に移れるといいのだが。


 選別思考 258

 だが褪色は、やはり当歳が一番多い。
すると、当歳ではあまり問題が切迫していないのか。
二歳以降の飼育法に問題を見いだせば、解決できるのだろうか。
例えば、田村さんが言っていたように、
親は青水でジックリ飼いなさい。
決まった親は大きな池でもいい。
タタキほどの深めでもいい。
背鰭が出てしまう程の浅い鉢で飼いなさいとは、聞いていない。
当時、浅いな、と感じた方方に質問すると。
答えは、「逆し向くから」が多かった。
  
2011.02.19(Sat)  土佐錦魚TOP
 2月18日
  
 おはよう

 良く降っている。一応蓋にはなっているので、雨のはけ具合を見に行こう。

 こんな私が作ったのに、雨にも負けず、風にも負けず、じっと耐えてくれていた。
止んだのか、止み間の内に、精一杯ちゃんと作ってあげるため、また材料を買いに行こう。

 早めに乾いてくれたので、早めに昼を食べて、作業開始。

 張り切って始めたのはいいけれど、風速7から10メートルにあおられて作業が進まない。
隣りの列の丸鉢は雨水で満タン、水しぶきが飛んでくる。
作業中のポリカの板は飛ばされる。一枚破れてしまった。
飛ばされても針金を巡らしてあるので外には出ないが、危険でとてもやってられない。
あえなく断念。
なかなか思うようにはいかないものだ。


 選別思考 257

 すると当歳の時には、ことさら黒い必要はなかったのだろうか。二歳以降に必要だったのか。
当歳で焼けていた魚のほとんどは大きかった。
過度の成長は錆ることが解っている。
過度な成長が当歳での焼けを呼んでしまったのか。
すると、二歳、三歳程度に大きくなった当歳と、二歳以降の飼育法に問題があったのだろうか。
老けと、歳をとるごとの抵抗力低下の差か。
代謝力低下の差か。
老化と関係しているのか。
すると、歳をとればとるほど褪色しないほうがいいことになる。
 
2011.02.18(Fri)  土佐錦魚TOP
 2月17日
  
 おはよう

 疲れていると寝付きと寝覚めが良い。
気分の良いだるさ、スキーのときと同じ。
 雨マークは消えたけど、今日組み立て終り、雨が入らないようにして、
明日仕上まで行きたい。

 いくらか慣れたと見え、今のところ順調。
昨日の繰り返しなのでそうでないと困る。
余裕とまではいかないが、とにかく一休み。

 午後は度々邪魔が入って、もう5時になるというのにいくらも進まなかった。
明日は午前中雨模様とか、終わるのは明後日か。
ま、なるようにはなるだろう。


 選別思考 256

 まだ褪色が始まらない夏の黒い頃の当歳は、限界温度に見舞われても比較的元気でいる。
肌焼けしているとは感じられなかった。
限界温度を度々越えると多少イジケることもあるが、限界温度手前の方がむしろのびのび育っていた。
それは、当才用の丸鉢が親用の角鉢より深かったからだろう。
親用より水の管理が小忠実だったからだろう。
水深水量に対する体積比が少なかったからだろう。
活発な泳ぎによる運動比多かったのだろう。
若さによる代謝比が多かったからだろう。
酸素消費量、酸素蓄積量比が少なかったからだろう。
上見からの面積比が少なかったからだろう。
  
2011.02.17(Thu)  土佐錦魚TOP
 2月16日
  
 おはよう

 今日からは本格始動。
とにかく一列完成させるまで頑張るぞ。

 切るだけ切って組み立て始めたが、上手くいかない。
寸法はなんとかなりそうだが、組み立ての余裕をとって置かなかった。
キツ過ぎて、台の歪みを吸収できない。
とにかく納まるように続けて頑張るしかない。

 スッキリとさせることはあきらめて、とにかくカタチにすることにした。
なんとか明日には出来る目処が立って、今日は終了。
久しぶりに電ノコ、サンダー、ドリル、電ドラを使ったので、忘れていた筋肉や筋が悲鳴をあげている。熱っぽくて、重くて、だるい。
明日は、雨が出来るだけ遅くなることを祈っている。
 疲れたので、夜の編集はお休み。


 選別思考 255

 遺伝子の働きの変異や切り替えを招く可能性は、大きなものとなっていた。
想像に余りある南国効果へ人意効果が加わり、生命維持に関る限界作用となっていたと推測している。
過酷極まりない高知でも、黒の魚には焼けのような事は見られなかった。
一番ひどかったのが素赤、次ぎに更紗、次ぎに白と言ったところだろうか。
黒は、吸収しながら多くを防ぐ。
白は、反射しながら防ぐが通しもする。
素赤の赤は、中間色に近く最も影響を受けやすい。
更紗は、素赤と白の中間と言ったところだろうか。
  
2011.02.16(Wed)  土佐錦魚TOP
 2月15日
  
 おはよう

 五センチも積った朝は静かで、こよなく寝坊。
雪かきが必要か見に行かなくては

 屋上は7センチ、玄関の外も歩くのに支障のない程度。
雪かきはせずに溶けるのを待つことに。
雪の後は大概暖かくなるので、今日で溶けてくれるだろう。

 屋上の工事を進めなくては行けないのに、雪と材料が届いていないことにかこつけて、最後の原稿書きに費やしてしまった。
甲斐あって、なんとか書き終わった。
目が痛くなり、少し疲れたので今日は文字から離れて、頁並べ、校正は、明日からに。

 アルミ部材は少し遅れたが、暗くなる前に届いた。
とりあえず、一ヶ所だけ試しに切ってみる。
屋根の中央の高さ約30センチ、傾斜部の長さ約70センチ。
蓋の入れ方は落とし込み。部材の関係で上下左右1センチづつの掛かりで固定。
もう少し細部を詰めなくては。


 選別思考 254

 スモッグなどなかった当時の高知の紫外線は、生命維持に大きく作用したと考えられる。
澄みわたる空気による、透過効果、
海からの反射による、相乗効果、
暖流による、温暖効果、
北側の連山による、屏風効果、
透明度を高く維持するようになった飼育水による、透過効果、
浅い水深による、近接効果、
水量の少なさによる、急変効果、
丸鉢による、日受け効果、集中効果、過酷効果。
  
2011.02.15(Tue)  土佐錦魚TOP
 2月14日
  
 おはよう

 今日は午後から雨模様とか。
アルミ部材は午前中に求めに行こう。

 体操、スクワット、ひねりまで異常なし。
今日は階段登り、まあ100回からだろうなとはじめる。
一往復目登りのひねったところでピシッと痛み、で断念。
階段登りはスキーのイメージトレーニングも兼ねている。
でも、明日はひねらないで普通の階段登りを試してみよう。

 アルミ部材はやはり注文、明日の夕方までには届くとのこと。
あまりゆっくりもしていられないので、出来るところから始めることに。

 選別思考 253

 日除け板をほとんどしない我池の錦魚でも、焼けは過去に数尾しか経験していない。しかもその一連の系統を捨ててからは、現れなくなっている。
その後も、東京では精一杯となる過酷条件を続けていると、黒も色付きも共にイジケが多くなっていた。
その後、遮温、保温対策をさらに講じてからは、イジケも少なくなっている。
過酷の過度、限度、程度が土佐錦魚の焼けとイジケと作りの境目となっている。
焼けは個体差が多い、イジケと作りは個体差が少ない。
これが高知だったら、過度になりやすくスゴい焼けになるだろうなと、想像させるには十分だった。
 
2011.02.14(Mon)  土佐錦魚TOP
 2月13日
   
 おはよう

 そろそろスクワットを始めて見ようか。
それが滞りなかったら、ひねりも。
どうかな。

 氷は8ミリ、蓋した中にもかすかに薄氷、温室は5℃。


 選別思考 252

 その焼けの原因は、南限となるほどの陽光に加え、水深の浅さ水量の少なさ、遮温、保温のなさ、何れも人間の都合に起因している。
焼けるほどの過酷をわざとしていることになる。
島根、名古屋、大阪では土佐ほどの焼けは起こらないのではないだろうか。
あるいは東京での焼けは、色を悪くしたり老けて見えたりする程度で、けっこう長生きをする。
命に関わるような焼けはほとんど起こらない。
焼けやすい魚がいなっただけとも受けとれた。
土佐錦魚を地方へ持ち帰る時に、焼けている魚は除外していただろう。
 
2011.02.13(Sun)  土佐錦魚TOP
 2月12日
   
 おはよう

 気が抜けて目覚ましかけ忘れ、ぐっすり眠って自然に目が覚めた。
屋根の雪は溶け始めて、明るくなっている。
今日も作業は休み、編集はコツコツ予定。

 今期は冬籠りさせている鉢に蓋をしているので、雪が入っていない。
いつもと同じ寒い日となるぐらいで、おそらく尾は溶けていないだろう。
蓋をしていない鉢では、氷が2ミリほど、シャーベットが5ミリほど。
早く工事を済ませて、ちゃんとした蓋をしてあげよう。

 設計を変えたのでアルミ部材を手配しなくてはならなくなったが、金物屋が昨日から明日まで連休。
月曜になるまでこちらも連中。


 選別思考 251

 厚さ三センチなら温度調節は保てると教わっている。
だが、陽射しは水深と水質で浴び方が決まる。
ことさら陽射し対策、遮温、保温対策へは、思いが向いていなかったようだ。
対応策としては、日除け板を置いたり、日に二回水換えしたりしていた。
それでは根本的な対応策になっていない。
解決法とはほど遠い。
丸鉢は、陽受けを効率良く考慮した形になっている。
焼けても、沸いても、泳ぎに不自由でも、魚を過酷に曝して来た理由があるのだろう。そこには意図して過酷を行っていた理由があるに違いない。
  
2011.02.12(Sat)  土佐錦魚TOP
 2月11日
   
 おはよう

 雪に近い雨?
昨日は出来るところまでやったので、心おきなく寝床へ。

 ちょっと遅い朝食を済ませると、アルミ部材による屋根(蓋)の骨組み設計を始めた。
屋根の高さをどうするか、高ければいいにこしたことはない。
すると、設置の困難さ、風に飛ばされる危険性が増す。
結局、必要最低限が、これからの体力を考えれば仕方のないところと妥協。
さて、その高さは。
 
 始めは一番楽な方法を設計。
すると、どう工夫しても通路が数センチ狭くなってしまう。
今でさえ立てに歩くと不自由を感じる。
結局少し面倒でも、これも必要最低限の出に。
毎日の取り外し取り付けの手間はかかるが、単純な設計になりそう。
ま、とにかく一列、やってみよう。

 骨組み設計は一段落。
夜はコツコツ編集へ。
丸手、中手、長手の原稿が一、二ページ残っていて、そのあとの頁数が決まらない。これもとにかくコツコツと。


 選別思考 250

 どうしてここまでして、浅い鉢で飼育するのだろうか。
気候の穏やかな地方でも、そこまで浅くする飼育法を見たことがない。気候の厳しい高知で、あえてこのような飼育をしなくてはならない理由は、あるのだろうか。
親魚は腹びれが底についていたり、背鰭が水面に出たり、そのため折れ曲がったりしていた。
しかも地池ではなく飼育環境が屋上では、輻射熱により底面や側面からも熱くなっている。モルタルの厚みが三センチ以上だと保温になり、側面からも気化熱による温度調節ができると教わった。昔の鉢には良く見かけたが、現在は二センチが多い。
三センチでは重くて制作設置に手を焼いてしまうことが理由。確かにそうだった。
  
2011.02.11(Fri)  土佐錦魚TOP
 2月10日
   
 おはよう

 昨日頑張って、おまけに目覚ましをかけ忘れてしまい、寝坊。
今日も朝飯前に1塗り。

 予定まで無事終了。
乾く間にゆっくり朝食。

 昨日の夜、今日の早朝と頑張り過ぎて疲れが出たもよう。
無理して造った部品のあるだけ今日済ませたら、明日の雪模様はお休みしよう。


 選別思考 249

 二歳に至ってはちょくちょく目にした。
三歳ではもう焼けを通り越して生命力が削がれ、最早寿命が尽きようとしている有様に痛感した。
肌焼けは、肌が錆びるとも言われる。酸化作用による老化を感じさせる。
焼けやすい魚は、産卵能力も弱くなるだろう。
そんな魚から採卵する気にもならないだろう。
次第に淘汰されて行くだろう。
これも自然淘汰になるのだろう。
 
2011.02.10(Thu)  土佐錦魚TOP
 2月 9日
  
 おはよう

 スキーから帰って来て初めての雨らしい雨。
今日の作業は午前中なかだるみだろう。

 コンパネの切断、塗装一回まで午前中にできて、午後は後2回塗る予定。
乾かす時間があるので、暗くなってしまうかも知れない。

 朝方小雪が舞い、午後に陽射しが出たとはいえ冬の寒い日、乾きが遅くて2回塗るのが精一杯だった。
もう20時過ぎているが、明日一番に使う分だけこれから三回目を塗りに行く。


 選別思考 248

 黒への必要性が増していった。
その頃から黒への現象が始まりを告げた。
どうして鉢が小さくなったり、浅くなったりしたら、黒への必要性が増して、褪色への異常作用が起こったのだろうか。
そこには、南限と言われるほどの陽光が関係している。
限界と言われる水温、
強い紫外線による作用、
毎年高知へ行ったおりに、褪色した素赤の大きな当歳の色がスッカリ焼けて、当歳というのにもう老け込んでしまった魚を、何度か見かけた事がある。
普通は環境に適応しようと次第に順応して行く、人間でも暑いところや寒いところに住むと、次第に暑さ寒さに慣れて行く。
もしかすると、順応できなかった魚は焼けやすいのだろうか。
 
2011.02.09(Wed)  土佐錦魚TOP
 2月 8日

 おはよう

 今日は温室の屋根を終わらせてしまおうと、早めに始めることにしました。
階段登りがない分容易いことです。

 終り頃に慣れて来るのは常、順調に行っている。
雨は夜と言っているが早めに降っても間に合いそう。

 順調で12時過ぎている事も気が付かずに作業していました。

 朝早く始めた甲斐あってもう終了。
ツマミでも買って来て、自分と乾杯することに。
明日からは、丸鉢回りの工事に移る予定。
 

 選別思考 247

 比較的小さく浅めの角鉢や、丸鉢に拘り出したのは、何時頃だろうか。
流金が掛けられ、尾が大きくなり、体が丸くなり、海老前から横綱前を作りだそうとすると、おおらかな飼育では納まらず、土佐錦魚独特の作りの飼育法になって行った。
体がいっそう丸くなり出すと、逆し向く心配が出てきた。
土佐錦魚作りが増すと、鉢への制限も一層加わり出した。
水深が浅いと陽が直接的にあたりやすくなる。
丸鉢や比較的小さな鉢によって、水温が上がりやすくなる。
水がいたみやすくなる。
地池とは比べ物にならないほどの過酷さが、南限故に始まった。
  
2011.02.08(Tue)  土佐錦魚TOP
 2月 7日
   
 おはよう

 階段登りができないとなったら、途端に起きる気力が減少。
目覚ましが鳴っても止めるだけ。
明るくなってしまった。

 この頃昼間は、屋上の工事を始めています。
明日には温室の屋根の張り替えが終わる予定なので、風が強くならないことを祈っています。
この頃温室の魚の崩れが顕著なので、これで幾らか緩和すればいいのですが。
 屋根張りが終わると、取り外した古い屋根を利用して、丸鉢の屋根を掛けるつもりでいます。
丸鉢の方は雨よけと保温が主なので、曇っていても差し支えなしとの判断。
とりあえず一列を造って、後は改良するつもりの気楽な作業。
産卵までに何列できるか。
できなかった分は、また来年。
コツコツ続ける予定でいます。


 選別思考 246

 このタタキ池の話しには、田村さんが昔、飼っていた光景も浮かべていた。
現在と昔の違い、ここに注目して、土佐錦魚の歴史を探ってみることにする。
土佐錦魚の前身と、ナンキンが掛けられた頃と、大阪ランチュウが掛けられた頃までは、浅さに拘る必要が無かった。
地池やタタキ池で飼育するのが一般的だった。
それでこそ南限での飼育に適し、土佐の環境を活かすことによってさらに大きく成長した。おおらかで、魚の大きさに合わせることもできたと考えられる。
ことさら、比較的小さく浅めの角鉢や、丸鉢に限って飼う必要もなかった。
それまでは、実状にも魚にも、タタキ池の方が適していたと考えられる。
  
2011.02.07(Mon)  土佐錦魚TOP
 2月 6日


 おはよう

 起きても様子を見に外に出ないから、一日の始まりの変化がない。
編集に目処がついたら、久しぶりに歩いてみるか。

 朝の体操が終わって、階段登りの準備運動としてすくわっと100回、膝と足首のひねりを100回いつも通りにやっていると、ひねりの途中で足首に激痛。
少し休んで歩いてみると何ともない。
ではと、少しひねってみるとやはり痛む。
これでは用心して階段登りは取り止め。
ちょっと気が抜ける。
 運動しっぱなしから、一転して座りっぱなしが招いたのか。
それとも、過度な運動の無理が今頃出てきたのか。
しばらくはおとなしくしているようだろう。
 

 選別思考 245

 土佐錦魚は南限の金魚。
それなのに現在は、タタキ池より浅い鉢や小さい鉢や丸鉢で飼育されている。
田村さんが、
『形の決まった親魚は、一坪やそれより大きなタタキ池でもいい』と言っていた。
「タタキ池にすると深くなると思いますがそれでもいいんですか」と質問すると、
『大丈夫』
実際に、四歳と五歳を四尺×六尺池で試してみると、崩れてしまった。
高知での四、五歳は、もう寿命を迎える頃。
我池での四、五歳は、まだ完成の余地を残している。
決まりの出来具合の差と受けとめている。
完全に決まり出来上がった親魚の余生をおくらせるには、大きな池でもいいと、解釈することにした。
   
2011.02.06(Sun)  土佐錦魚TOP
 2月 5日

 おはよう

 昨日少し遅くまでしたら、寝坊してしまった。
動かない頭を使い過ぎると、疲れが違うようだ。

 11時前に軽い揺れ、南北方向に近く、我が家に苦手な方向。
それと、非常持ち出しのところへ飛んで行き、控えると、大した揺れにはならなかった。
この揺れでは震源地は遠そう、ま、ちょっと休憩して、緊張をほぐすことに。


 選別思考 244

 土佐錦魚の黒は不自然なほどに気嫌いされていなかった。
高知に馴染んでいた。
ここに黒が浸透に到る、公然とした理由が潜んでいるのでは、と感じていた。
黒が現れた切っ掛けは、なんだったのだろうか。
その黒が土佐錦魚に公然と現れ出したのは、いつだったのだろうか。
切っ掛けは、流金が掛けられたこと。
その黒が土佐錦魚に現れたのは、はるか昔ではなく意外と新しく、切っ掛け後の土佐錦魚が現在のかたちに近くなる、流金が掛けられた頃からと推測している。
 
2011.02.05(Sat)  土佐錦魚TOP
 2月 4日
 
 おはよう

 編集はコツコツ進んでいる。
この分なら二月中に編集ができそう、
三月には会報ができそうだが。

 十時の休憩もぽかぽか陽気の中、三寒四温にはまだ早い。
次の風が吹くと花粉が沢山飛んできそうだから、この日を楽しんでおこう。


 選別思考 243

 多くの土佐錦魚では通常の褪色を見ることができるが、中には褪色開始から半年、一年近くかけて終える魚もいる。
褪色期間の長いこと。 
褪色時期の遅いこと。 (褪色年齢が当歳とは限らない)
褪色が不安定なこと。 (止まったり、戻ったりする)
この多様な変化には、ただの遺伝子異常で片付けられない必然性が存在しているのではないだろうか。
土佐錦魚には黒が必要だった。
なるべくしてなった。
土佐錦魚を毎日眺めていると、そんな気を以前から感じられてしょうがなかった。
 
2011.02.04(Fri)  土佐錦魚TOP
 2月 3日


 おはよう

 夜は22時頃まで編集作業をするようになって来た。
寝付きも寝起きも良くなってきた。

 暗くなってくると丸手、中手、長ての続きを書いています。
飽きると他の原稿へ移り、とにかく夜は釘付け。
少々お尻が痛くなることが、眠りへの信号となるようです。


 選別思考 242

 黒を退ける遺伝子の働きは本当に弱くなっているのだろうか。
弱くなっているとすれば、どの程度弱くなっているのだろうか。
何時褪色するかが、どうして決まるのだろうか。
長年黒のままの魚は、とうとう黒を退ける遺伝子が働かなくなってしまったのだろうか。
それとも、黒を退ける遺伝子はそのままだが、黒を残す遺伝子が強くなったのか。
だから、黒を残す遺伝子が弱まれば、再び褪色作用が起こるのか。
一度弱まりを見せて剥げ始めた黒を残す遺伝子が、途中からでも強まれば、再び黒に被われてしまうのか。
褪色作動の遺伝子と、黒を残す遺伝子と、あるいは黒を強める遺伝子が、なんらかの要因で変化をきたし、そのせめぎあいを目の当たりにしているのか。



2011.02.03(Thu)  土佐錦魚TOP
 2月 2日
  
 おはよう

 昨日は編集資料がやっと見つかり、進む見通しがついて、安心して床に着くことができ、ぐっすり眠れた。
 今日も体操から始まり。

 スキーで激しく動きっぱなし、編集でピタッと座りっぱなし。
もうお腹が出てしまった。
標準体重ギリギリ。
例年と変わらず。


 選別思考 241

 黒の下にポツンと隠れながでも、どこかに赤が滲み出ている魚は、黒が退かないのに色の出る作用が働き、赤が出てしまったと推測している。
黒が退いてから色が出る順序を、待てなかった部分だろう。
ポツンと滲み出た赤は、色変わりの作用が一度働き出した、証しとすることができる。
それなのに、黒は消えようとしなかった。
どうして、そこまでして、黒は退こうとしないのだろうか。
残る必要があるのだろうか。
必要があったからそうなったのか。
一度色変わりが働き出したのに、どうして変わらなかったのか。
その必要性は。
黒をどける遺伝子が、どうして働かなかったのか。
その必要性は。
 
2011.02.02(Wed)  土佐錦魚TOP
 2月 1日
  
 おはよう

 目覚ましはスキー場と同じに、5時。
帰ってからもスキーをしていると同じように、階段登りをします。
今回初めて腹筋が割れて帰って来たので、涙ぐましく維持しようと。
若い時には洗濯板でしたが、この年で筋肉がついて、標準体重真っただ中で帰ってきたのが嬉しくて。
 これからは現実生活。
そう上手くいだろうか。

 足し水をしてきた。
風当たりのところは三分の二程なくなって、氷が3センチ程。
平均二センチというところか。
寒かったので昼間も溶けなかっただろう。
蓋をしてあるところは減りも少なく、氷も張っていない。
甲斐があるものと言える。

 早速会報の編集にかかっています。
例年通り苦戦中です。


 選別思考 240

*これは色変わり遺伝子が一度作用したのに、褪色が阻害された。
 そこで褪色作用が終息してしまえば、二度と起こらないことになる。
*或いは、褪色作用が継続していれば、中断していることになる。
*また、褪色が進んで黒が禿げていたにもかかわらず、途中で黒が再び上って来
 た事もある。
(褪色とは一般的には黒が退いて色が出ることを言うが、この場合は黒が退く事
 を言っている。)
この三つの例は全て、色変わりが始まっていたのに黒が退かなかったことになる。
進めようとしても、色が出ようとしても、上手く行かなかった。
 
2011.02.01(Tue)  土佐錦魚TOP

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