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7月31日
  
高い一面の雲と新宿の上だけ低くてぽっかりした黄色い雲の曇り 時々晴れと雨
      外   内          朝   昼
朝の水温 25℃ 26℃     気温 27℃ 32℃

 おはよう、
昨日は陽が出た途端に水が出来てしまい、今日はほとんど替えるようになった。
さあ、日が照る前に。

 やはり、ほとんどだった。
親の列はなんとか代えないで済んだが、苔が変わってしまっていた。
でも、水は濁らないまま。
でも、魚は限界に近い。
明日はここだけなのでその分楽になりそう。

 今日でハネらしいハネはいなくなった。
まだごちゃごちゃにいるが、望みのあるのと、様子を見たいのと、手を掛けたいのと、実験途中の魚ばかり。
あんなに放ったらかしたのに、魚はそれほどいじけないでいてくれた。
成長は遅いが、かえって目先には良い方向となっている。
魚の復調と体調の回復が伴って、少し意欲が湧いて来た様子。

選別 55

 土佐錦魚にとって有利な条件となったと感じられる。
ワキン系の特性を、消し去る方向に働いていた。
ワキン系の特性は、その時点で隠れる方向となった。
ワキン系の特性は、根底に流れるものとなった。
ワキン系の特性は、根底の役目を支えるものとなった。
ワキン系の特性は、根底から台頭できる機会を伺っていた。
ワキン系の特性は、台頭できる機会を時に得ていた。
それは、現在の土佐錦魚の遺伝子の見え隠れから推測できる。
 
2010.07.31(Sat)  土佐錦魚TOP
7月30日
 
曇り 降ったり止んだり 昼ごろ曇りのち晴れ
      外   内          朝   昼
朝の水温 23℃ 24℃     気温 25℃ 29℃

 おはよう、
目が覚めたら明るくなっていた。
寝易かったのだろうか。
ともかく慌てて作業へ。

 曇っていて、じきに降り出したので慌てることもなかったのだが、寝ぼけていたのだろう。
午後から止むそうだから、選別日よりになりそう。

 薄明るくなって来たので止んだのだろう。
さ、これから選別、遅れを取り戻せるだろうか。

 15時頃には照り出した。
水を飲みに休憩。
始める時には麦わら帽子がいるだろう。
風が程々なので飛ぶ心配はないだろう。

 約二日分、こなした。
明日にはまた一週終わるつもり。
以外と根を詰めることが出来たので、これからは熱中症が心配なくなれば、順調に進むかも知れない。

選別 54

 背鰭の無い系統が二度に渡って掛けられていたが、選別では背鰭が有る方を選んでいた。
それは、腹が出ていて背鰭がある魚を選んでいたことになる。
それはまさに、流金型と言うことが出来る。
流金は的を射たように、その比率を飛躍的に高めたと思える。
そのために背鰭の無い系統の方は、混乱を極めていたのではないだろうか。
次から次へと無背鰭を否定され続けてしまう。
完全に背びれの無いことを活かす余地は、無くなってしまった。
だからと言って、土佐錦が流金になってしまっては意味がない。
ここに背鰭の無い系統の存在意義が、土佐錦として流金化一辺倒を阻む役目となっていた。
 
2010.07.30(Fri)  土佐錦魚TOP
7月29日
 
星一つと月が滲んで南風がヒンヤリしている曇り 雨止んだり降ったり
      外   内          朝   昼
朝の水温 23℃ 24℃     気温 26℃ 25℃

 おはよう、
東が一面に朝焼け。
何か不安げな空模様。
ま、とにかく水換え。

 昨日の水の出来が濃かったので、とりあえず晴れように替えたが。
明るくなってしばらくすると空いっぱいのどんより雲。
六時半頃には風に雨まじり、七時過ぎには屋根がびっしょり。
予報には雨マークが追加されていた。
水が変化して、出来過ぎの鉢がなくなってくれればいいのだが。
 
選別 53

 流金が三度目の固定化途中で掛けられたことは、背鰭を有する系統にとって有利となる事へ疑いはない。
ワキン系としての土佐錦魚の前身と、流金が直接的同系統であったことが、ここでも幸いしていたと考えている。
今度は背鰭を有する系統どうしの繋がりが始まった。
ところが今度は、ナンキンの二度目の固定化の過程と、大阪ランチュウの三度目の固定化が既に進行していたことが、その間を協力に阻もうとしていたのではないだろうか。
その事が土佐錦魚にとって、有利な条件となったのだろうか、不利となったのだろうか。
 
2010.07.29(Thu)  土佐錦魚TOP
7月28日

雲一つない晴れ
      外   内          朝   昼
朝の水温 24℃ 25℃     気温 28℃ 34℃

 おはよう、
陽が出たら大変だと思わせる。
少し急いで替えよう。

 やっと一周した選別。それなのにハネらしいハネがいなくて、まだハネきれていない。今日水を替えていたら、もう黒くなっているの気がついた。
まだ様子を見たいのが沢山いるのに。
 それでも真夏の陽射しに気後れしていた選別が、なんとなく出来そうな気がして来た。
 
 この風なら、雨雲を吹き飛ばしてしまう。
その風に麦わら帽子を飛ばされて、チリチリ暑い思いをして逃げ下りて来ました。
せっかくその気になって選別を始めると、風に邪魔されて、?

選別 52

 三度目の固定化途中の土佐錦魚と流金が掛けられたことで、体の丸みと背鰭の固定化への道が、画期的に開けたのではないだろうか。
しかし、それ迄自己を失わないように懸命な抵抗をしてきたワキン系が、再び息づいたことも想像できる。
そのワキン系には、背鰭問題での負担が軽くなったにしても、丸さの問題が、ナンキン、大阪ランチュウ、流金と三重にのしかかって来てしまった。
それでもワキン系は系統樹の根元である強さを、見失う事はなかった。
 
2010.07.28(Wed)  土佐錦魚TOP
7月27日
 
薄雲にまた星一つの晴れ
      外   内          朝   昼
朝の水温 24℃ 25℃     気温 26℃ 33℃

 おはよう、
体が大分動くようになって来たので、朝の寝床体操が半分程復活。
もう少しのよう。

 晴れているのに星が一つしか見えないのは、湿度があるからだろうか。
連日の陽気に選別のやる気が鈍ってしまう。
結局、元気だが大きくならない。
 親の列で高知で見たことのある苔が、今期始めて生え出した。
この暑さが高知並なことを示している

 日照りの中でも屋上は、海岸のような風が吹いている。
肌は赤くなっていても、心地いい。
もう日焼けか、汗疹か、はたまた火傷か、見分けがつかない。

選別 51

 ワキン系の土佐錦魚の前身へ、背びれの無いナンキンと大阪ランチュウが掛けられて、背鰭の有る体は丸みを貰い、尾はより平付けとより反転を貰った。
背鰭の有る体は、基本的にワキン系を受け継いでいる。
この頃では背鰭を得ようとしているが、体が丸みを帯びていれば、背鰭の欠損方向のハネが相当でていたと想像できる。
この頃では体が丸みを得ようとしているが、背鰭が有れば、長手方向のハネが相当でていたと想像できる。

 
2010.07.27(Tue)  土佐錦魚TOP
7月26日
 
星数個、高い薄雲、新宿の空がオレンジの晴れ 暗くなる頃にわか雨
      外   内          朝   昼
朝の水温 24℃ 25℃     気温 26℃ 33℃

 おはよう、
今日も晴れの水換えになりそう。
直ぐ水が出来るので夕立なら心配ない。

 今日も雨マークが消えてしまった。
このところ水の出来が速くて思わぬ水換えをしていたが、親の列の苔ができて濁らなくなって来た。試しに昨日の一回を水替えをしないでみたが、今日も透き通っている。
よく観察すると鰓まくれをしたのがいた。透き通っていてもこの天気では水が濃いことを示している。解っているが次の水換えまでそのままにして、どうなるか様子をみるつもり。

選別 50

 以前高知が土着金魚の南限と書いたが、薩摩に流金が伝来していても、土着金魚が誕生していないところを見ると、薩摩が高知より亜熱帯に近いことが、繁殖、普及の妨げとしてあげられる。
琉球での繁殖、普及が成されていないことと、共通する点を見いだせる。
そのことは、ワキン系、ナンキン系より日本伝来が遅い上に、加えて江戸を迂回していることによって、ナンキン系より遥か遅れて土佐へやって来た十分な理由となる。
  
2010.07.26(Mon)  土佐錦魚TOP
7月25日
 
薄い雲 星一つの晴れ
      外   内          朝   昼
朝の水温 24℃ 25℃     気温 27℃ 33℃

 おはよう、
昨日を終えて少し気が楽になっている。
雨が降ると言うが、雨用の水にする気がしない。
晴れに慣れているのか、熱さのせいか。

 晴れ用の水で正解だったか。
曇りが晴れへ訂正されていた。
降るのは夕方らしいから、既に水が出来ている頃。

 見回りに行っただけで腕がチリチリ。
たまに薄雲が遮ってくれるが、ものの5分程で赤くなった。
これでは、日が陰らないと選別は無理だろう。
魚の方は、最好調に達するだろう。

 気持ちの良い南風、ほど良い曇り、見回りをして選別でも始めるかと、一度は思ったのだが、たまには自分も日曜日をしよう。
 家の中に入るとムワッとして、屋上へ戻りたくなる、戻ったら選別。
キーボードの前で、うなっている。

選別 49

 薩摩から直接土佐へ運ばれた可能性もある。
仮にそうとしたとき、各地方から土佐へやってきた他の金魚と同様、一度薩摩に定着し、普及したのち、他藩へ流出する可能性が高くなるだろう。
仮に薩摩から直接土佐へやってきたとしても、伝来直後とは考えにくく、流金が薩摩で繁殖して幾分の余力を得てからになるだろう。
或いは定着をして幾分の多様性が加わり、薩摩地方の金魚となっていただろう。
輸入直後に土佐へ伝わっていたら土佐人は、流金の土佐的多様化を図っただろうか。
それとも掛け合わされていただろうか。
 
2010.07.25(Sun)  土佐錦魚TOP
7月24日
 
曇り 直ぐ陽射し 雲の多い晴れ
      外   内          朝   昼
朝の水温 25℃ 26℃     気温 28℃ 35℃

 おはよう、
陽が出ると雲が消えて行く、今日はどうなるだろう。

 雲が多くて絶好の選別日和になるかも知れない。
何気なく選別が出来るようになって来た。
意欲をかき立てなくても向かうことが出来ている。
今日で一週終了予定。練習期間は終り。
明日からは本格的な選別になるだろう。

 選別を始めるころには陽がカーッと照って、もう2度も水を飲みに来ている。
まだ一列終えていない。でも休憩。

 やっと一週終えて送りました。
明日着です。

選別 48

 流金の経路は、中国から琉球を経て、薩摩へ伝わった時を日本伝来として、
その後江戸を迂回経由することによって、土佐へ伝わったとしている。
その論拠の一つは、時代の流れだが、
もう一つには、土佐に伝わった時の流金が、
中国を発った時の形と変わっていない。
多様性を獲得していないところにある。
流金の型は伝来してから基本型を変えていない。
発展的変形や突然変異型が地方に残っていない。
多様化を進める必要のない親しまれた形なのか。
土佐へ来るまでに多様性を得る期間がなかった。
流金の型はそれほど頑に変形を拒んでいるのか。
薩摩が金魚を繁殖するには向いていなかったか。
 
2010.07.24(Sat)  土佐錦魚TOP
7月23日
 
夜雨のち曇り すぐ晴れ 夕方曇り
      外   内          朝   昼
朝の水温 25℃ 26℃     気温 27℃ 35℃

 おはよう、
雨が降っても、それほど下がっていない。
この雲で朝日が少し遅れるといいのだが。

 どうやら一昨日の疲れがとれていないようだ。
やはり、無理なのだろうか。
 でも、熱い分にはさかなは元気。
それだけあれば、あとは元気が出るのを待つだけ。
 
 今日の来客とはワイングラスをあげる仲。
この香りは初めてと黄金色のシャルドネ。
大きなグラスを下ろしてみた、最初のフルーツの香りは素晴らしく、でもグラスの中で次第しだいに消えて行く。
紫色の残ったメルロー。
新鮮な香りと後の香りがグラスの中に、いつまでもいつまでも漂っている。
このグラスは赤向き?
薄く凄く薄いグラスは唇にふれたのだろうか。
ワインがそのまま注がれたのか。
このグラスは赤ワイン向き。

選別 47

 土佐までの流金の経路を江戸経路。
土佐までのナンキン、大阪ランチュウの経路を中国経路。
と初期の会報へ載せたことがある。
中国のマルコが島根地方に定着してナンキンになり、その後大阪に定着して大阪ランチュウになっている。
その地方に定着していた金魚は、定着後大きな迂回をせずに、土佐へ伝わったと推測している。
中国(マルコ)経路は以外にも、流金が土佐へ伝わるより早かった。
 
2010.07.23(Fri)  土佐錦魚TOP
7月22日
 
星一つの晴れ
      外   内          朝   昼
朝の水温 25℃ 26℃     気温 28℃ 35℃

 おはよう、
今日も陽が出る迄に。

 今日の水換えは楽だったのに、やはり少し、疲れが出たか?
気分をのんびりさせよう。

 この間作成資料の説明を求められ、スッカリ時間とやる気を取られてしまった。
今日は選別が出来ず終い。

選別 46

 大阪ランチュウがもたらした三度目の固定化の期間は、またしても十分とはならなかった。
それは、土佐に流金がやって来た。
ヂキンやナンキンは、いつの頃からか前身の魚が各地方に伝わり、その土地に定着し、発展を遂げ、多様性を獲得し、地方独自の金魚となった。
流金は、薩摩が琉球を経て輸入した金魚として、薩摩に普及、定着を待たずして、早くに江戸へ伝えたと推測している。
やがて江戸民衆にまで普及した流金は、参勤交代の折り土佐に辿り着いた。
また、江戸と地方を結び、飛躍的発展を遂げた回船にて、高知へ伝わったとする推理は、時代の流れに沿っていると思える。
 
2010.07.22(Thu)  土佐錦魚TOP
7月21日
 
星は見えないけれど晴れ
      外   内          朝   昼
朝の水温 25℃ 26℃     気温 28℃ 34℃

 寝て居て熱中症になりそう。
日が出ないうちに丸鉢だけでも終わらせてしまおう。

 寝苦しくも、猛暑でも、土佐錦の夏に魚は元気そのもの。
水が思ったより出来て、明日の予定が2列今日になってしまった。
尾数が多過ぎる。当歳を始めたばかりだが、全部をしなくては。
ここに来て焦ると、今迄放っておいた意味がなくなる。
もう少し。

 2列、何気なくできて少し安心。
最も、中に入ろうとしなかったのが良かったのだろう。
しばらくはこの調子で。
 家の中に入った途端、粒の汗が噴き出した。
屋上のがよほど涼しい。

選別 45

 金魚の系統樹ではワキンから、マルコと流金が早くに枝分かれしている。
その根元で分岐したワキンとマルコの子孫が巡り巡って、互いの多様性を加えながら再び掛け合わされていることに、不思議な回帰性めいたものを感じてしまう。
回帰性は、曲線的
多様性は、直線的
二つの紐の交わりは波打ち始める切掛けになるのだろうか。
 
2010.07.21(Wed)  土佐錦魚TOP
7月20日
 
かすかな雲が一面に星一つの晴れ 日の出からカーッと晴れ
      外   内           朝   昼
朝の水温 24℃ 25℃     気温 28℃ 33℃

 寝苦しかった夏の夜、それでも目覚めは良かった。
今日も魚が待っている、そんな気持ちになって来た。

 選別をしなかった間、水換えも擦りも手抜きしたので苔がスッカリ生えてくれた。
お陰で水の出来がとても良くなっている。 

 今日も一列だったが、軽くできた。
明日は二列に挑戦してみよう。

選別 44

 ナンキンと大阪ランチュウ、この二つの背鰭の無い系統が掛けられていても、土佐錦が背鰭を失わなかった。
そのことは、背鰭の欠損が劣性であったと思えるが、ワキン的要素の方が遥かに凌いでいたとも言える。
現在の採卵から背びれの欠損傾向は頻繁に出るが、無傷なナンキンやランチュウのような背はめったに出ない。
その多くは背鰭の有無のどちらかの痕跡をとどめている。
その事が今日においての、先祖帰り的尾型を招いていること。
ワキン的長手を消し去る事ができないでいることを、示唆している。

2010.07.20(Tue)  土佐錦魚TOP
7月19日
 
晴れ
      外   内          朝   昼
朝の水温 23℃ 24℃     気温 26℃ 33℃

 雲一つなく、精いっぱいの星、ほど良い南風の晴れ
おはよう。

 資料作りは昨日で終了。
丸鉢はギラギラし出したし、カラダも軽くなって来た。
さ~て、選別できるだろうか。

 ゆっくり、気楽に、遺伝子に捕まらないように。
2時間で1列。
今日は慣らしなので、このへんにしておこう。
 一ヶ月以上もしていないと、以前との差がハッキリ分かる。
シワが見え隠れしてできそうだった鉢でも1尾もいない。
これからかも知れないが、
ストレスを与えていないせいか?
水換えをサボったせいか?

選別 43

 土佐錦魚の中での大阪ランチュウの発展要素が、現在の土佐錦魚へ全て受け入れられるものとは、なっていなかった。
但し、何処を受け入れるかは人間が土佐錦の枠として勝手に成す事で、大阪ランチュウにとっては迷惑な事になる。
大阪ランチュウとしては、しぶとくならざるを得ない。
口の大きさ、目幅、肉瘤は、いまだに厄介ものとされている。
大阪ランチュウの特性の何処を取り入れ、何処を捨て去るか。
ナンキンの特性の何処を取り入れ、何処を捨て去るか。
そのナンキンと大阪ランチュウどちらの特性を選ぶかは、その後の固定化の方向として人間の役割となっている。
  
2010.07.19(Mon)  土佐錦魚TOP
7月18日
 
スッキリした晴れ
      外   内          朝   昼
朝の水温 23℃ 24℃     気温 26℃ 31℃

 梅雨明け宣言が昨日出た。
あと一週間は晴れが続くはず、その間に。

選別 42

 土佐錦魚の中での大阪ランチュウの発展要素が、選り太み厚みを得、力強くなり、腰折れが加わり、よって平付けが増し、金座と呼ばれるようになる土佐錦魚の道へと、新たな固定化が始まりを告げている。
*それは三度目の、固定化の歩みと言えるだろう。
その三度目の固定化の中に、大阪ランチュウが江戸ランチュウへ到る要素が現れている事に、大阪ランチュウが江戸ランチュウへ到る必然性のような、発展形態を見てとれる。
 
2010.07.18(Sun)  土佐錦魚TOP
7月17日
 
わずかに星が見える曇り 新宿の空が少し朝焼けになってから晴れ
      外   内          朝   昼
朝の水温 24℃ 25℃     気温 26℃ 31℃

 西日本も夏の縁に入ったのだろうか。
被害が収まるといいのだが。
さ、始まり。

 陽が出ても梅雨時のように蒸さなくなっている。
どうやら、関西の方も落ち着いて来た様子。
梅雨が明けたら魚を送る約束の人への用意を始めなくては。
そろそろ、鉢の心積もりを。

 資料作りが思ったよりかかってしまい、明日終わる予定。
明後日から選別開始できそう。

選別 41

 現在の土佐錦魚からは、江戸ランチュウの要素の一部さえ見ることができる。その事から安易に、江戸ランチュウか、大阪ランチュウかを明記せずつい、ただランチュウと書いたり言ったりしてしまう。
この時代に江戸ランチュウが掛けられているはずはなく、大阪ランチュウが土佐錦としてのなかで、その要素の発展を成したか、または、後に江戸ランチュウが掛けられたかの何れかになるが、江戸ランチュウが掛けられた気配はない。
 
2010.07.17(Sat)  土佐錦魚TOP
7月16日
  
星がハッキリ見えて合間に雲の晴れ 
      外   内         最低  最高
朝の水温 23℃ 24℃     気温 26℃ 32℃

 空は高いが雲は低いのか。
雲の流れが目まぐるしい。
いい感じで目覚めた。早速作業開始。

 気温32℃で陽射しがあると丸鉢は36℃には届く。
やっと良い感じになって来た。

選別 40

大阪ランチュウの遺伝子は、ナンキンとの存在性を有した。
大阪ランチュウの遺伝子は、ナンキンとの相乗性を有した。
大阪ランチュウの遺伝子は、ナンキンとの交互性を有した。
大阪ランチュウの遺伝子は、ナンキンとの相互性を有した。
大阪ランチュウの遺伝子は、ナンキンとの継続性を有した。
大阪ランチュウの遺伝子は、ナンキンとの発展性を有した。
 
2010.07.16(Fri)  土佐錦魚TOP
7月15日
 
      外   内         最低  最高
朝の水温 23℃ 24℃     気温 26℃ 31℃

 薄雲の晴れ。
南風はもう梅雨明け、東京はこのまま真夏になるのだろうか。
今日から夏の水換え。

 昨日の重さから開放されたような感じ。
明日重さが戻らなければ、少し動いてみたくなって来た。
昨日は選別をあの程度書くのに四苦八苦だったが、今日は書けそうな気がする。

 選別を書いた後は資料作り、大分動くようになって来ているので、
明日続ければ一つできあがる。

選別 39

それは、ナンキンの固定化を妨げるものにはならなかった。
それは、二度目の固定化期間を無駄にするものでもなかった。
それは、ナンキンと大阪ランチュウが直接的同系統であったことが、幸いしていたと考えている。
ナンキンの特性を、消し去る方向にはならなかった。
ナンキンの特性は、その時点で留まった。
ナンキンの特性は、どこかに生かされていた。
ナンキンの特性は、引き継がれるかたちとなった。
ナンキンの特性は、密かに受け継がれるものとなった。
それは、現在の土佐錦魚の遺伝子の見え隠れから推測できる。
 
2010.07.15(Thu)  土佐錦魚TOP
7月14日
 
霧の中の雨のち曇りのち晴れ
      外   内         最低  最高
朝の水温 20℃ 21℃     気温 20℃ 31℃

 新宿の霧の雨は赤い。

選別 38

 それは新しもの好きの高知へ、大阪ランチュウがやって来たことで、新たな展開が始まった。
大阪ランチュウが高知に来れば容易に繁殖しただろう。
増え始めれば、須賀家が入手して当前掛け合わせていただろう。
それは、二度目の固定化半ばで、再び新たな系統を加える事態となった。
その結果、ナンキンの特性は消えてしまうのか。
ナンキンが掛けられたと言う記録がないように、土佐錦から消されてしまうのだろうか。

2010.07.14(Wed)  土佐錦魚TOP
7月13日
  
ポツンと星一つ見える曇り 屋根が濡れる程度の降り
      外   内         最低  最高
朝の水温 24℃ 25℃     気温 25℃ 27℃

 昨日はサボったので、その分今日は忙しい。
早速開始。

 降ったり止んだり、被害が出るような降りでないだけ良しとして、
やはり活動は梅雨明けを待つようなのか。 

選別 37

 須賀家がナンキンを掛けていたかの記録はないが、亀太郎が一人前になった頃には、高知に普及していたと推測できる。
亀太郎がナンキンを掛けたと言う口述がないことから推して、
この時代は、高知と言う広い括りで、土佐錦は歩んでいたのではないだろうか。
一度目の土佐錦魚の前身の固定化は定かとなっていないが、期間的には十分であったと考えられる。
土佐錦魚の前身とナンキンとを掛け合わせた二度目の固定化は、ワキン、ヂキン系どうしの掛け合わせ、或いは変異より、長期間必要とされているが、時は間をくれず事半ばで新たな展開へ到っている。
 
2010.07.13(Tue)  土佐錦魚TOP
7月12日
 
南風が強い曇り 昼頃雨
      外   内         最低  最高
朝の水温 23℃ 23℃     気温 26℃ 29℃

 書こうとしてもなにも浮かんでこない。やっぱり疲れているのか?

 風がおさまったのか、屋根にポツポツ雨あとが、ジッとしていることにした。

選別 36

 固定化がすすんでいた和金様の尾のまくれたものと、ナンキンが新たに掛けられてからは、現在の土佐錦から推して、腹が出て、口が細く、平付けが増し、少しの腰折れが現れて、背鰭を維持しているものが、新たな土佐錦魚として採り上げられたと推測できる。
そのなかで、選り平付けで、平付けを得て選り前が返り、選り腹が出て、選り筒の下りているものが好まれ、同時に口の小ささに関心が向いてきた。
それはナンキンの体を採り入れたことを意味している。
ワキンの体からナンキンの体への移行という新たな固定化の道を選び、
*二度目の固定化として進んで行ったと考えられる。
 
2010.07.12(Mon)  土佐錦魚TOP
7月11日
 
空は青みがあり星がぽつりと見えていても薄い雲が広がっている曇り
会が始まる頃からぽちぽち、終わる頃で傘のいらない程度の雨
      外   内         最低  最高
朝の水温 22℃ 23℃     気温 24℃ 28℃

 さてとりあえず丸鉢は替えるとして、親はどの列になるだろうか。

 いつもながら和気あいあいの愉しい会。
今回は前回より一層の協力を頂き、会員の皆さんには感謝が絶えません。
有り難うございます。
 少し気が晴れたのだろうか。
離れていた選別を試してみる気が出てきたのかも知れない。

選別 35

 後を次いだ亀太郎はまだ八歳、すみやかに受け継いだとは考えにくい。
その間の空白は、克三郎を手伝い、用事ある時などに代わりをしていたであろう、しっかり者で働き者の高知の女性、亀太郎の母親が補っていた。
また同業者の指導、協力を得ていたとも想像できるが、
須賀家のみを通してのこととせず、普及に伴い高知全体のこととして、
一度目の固定化は進んでいたのではないだろうか。
 
2010.07.11(Sun)  土佐錦魚TOP
7月10日
 
晴れ
      外   内         最低  最高
朝の水温 22℃ 23℃     気温 24℃ 30℃
 
 空は綺麗に青く、銀色の帯のような雲が輝いている。
昨日の雨がいくらか温度を下げたか、少しサッパリた空気。
 今日は水換えがないからと気を抜いたら、寝坊をしてしまった。
陽が水面を照らす前に水の調整をしなくては。

選別 34

 ナンキンが高知に普及する以前既に土佐錦魚の前身は、土佐錦魚と名付けられる程に普及していた、と推測する。
須賀克三郎の頃には、高知へナンキンが伝来している頃になっているが、伝来後直ちに普及していたとは考えられず、金魚を副業としていた須賀家が、即刻手に入れていたかは定かでない。
手に入れていたとすれば、産卵期にはナンキンどうし、或いは他種と掛けられていたと想像できる。
だが、その口述らしきは、須賀亀太郎から始まっている。

2010.07.10(Sat)  土佐錦魚TOP
7月 9日
 
白い曇と青い空と星が少し混ざった晴れ 滲んだ月が見え隠れしてすぐ曇り 夕立
      外   内         最低  最高
朝の水温 23℃ 24℃     気温 25℃ 28℃ 

 親の水がやはり進んでいた。
ほとんどの水換えになりそう。

 やはり、全部になってしまった。
終わると筋肉痛ならぬ筋通。
足のあっちこっちがつっぱっている。
梅雨明けを前にして、少し鍛えておかなければ。

 またしても資料作成で時間を取られている。
選別を出すことだけは。

選別 33

 現在ではその形を〝残しては不可ない〟
         〝育てては不可ない〟と否定されているが、
土佐錦魚史の一歩として敬意を表している。
一つ、推測へ到らない事項としては、克三郎が土佐錦魚に着手としている年代から、土佐錦魚の歴史が始まっているのか。
そうとすれば、没するまでの十八年間で完成したのか。
固定できたのか。
それとも、既にいた和金様のものに着手して、完成へと導いたのか。
それとも第一人者であったのか。
未だ、はがゆいところとなっている。

2010.07.09(Fri)  土佐錦魚TOP
7月 8日
 
曇りのち朝から晴れ
      外   内         最低  最高
朝の水温 22℃ 23℃     気温 23℃ 30℃

 まるで晴れているように空が青い。雲は低くてもくもくしている。
昨日は降られてから、予定がくるってしまった。
今日はこなさなくては。

 夜明け頃には雲が消えて、久しぶりの夏らしい陽が照ってきた。
魚も一息つくだろう。
そのかわり、いっぺんに水が出来るだろうから明日が大変そう。
あいさつ回り、お中元の手配、その他も順調に出来て、魚と同じように夏の陽射しを私も待っているかのよう。

選別 32

 その後定着していた金魚は、以前からのワキン、ヂキン、そして、体は和金様、尾は現在より小さく、反転もねじれのようで、山付けで、金座と呼ばれる程のものは現れていない土佐錦の前身の、三種であったと推測できる。
名は土佐錦魚とつけられていても、現在の土佐錦魚からみると遺産的なものとして、土佐錦魚であっても土佐錦魚ではない、前身の土佐錦魚と分類している。
前身と言う位置に留めてはいるが、名付けられた当時、土佐地方独自の金魚として誇りをもって、土佐の名を冠したものと感じられる。

2010.07.08(Thu)  土佐錦魚TOP
7月 7日
 
曇り降ったり止んだり
      外   内         最低  最高
朝の水温 23℃ 24℃     気温 24℃ 27℃

 雨上がり、少し霞んでいる程度。
きょうは多い日、期日前投票にも、他にも、久しぶりに忙しい。

 期日前投票に行って来たが、帰り道で降られてしまった。
久しぶりに走って、運動能力の衰えを痛感。

選別 31

 土佐錦魚の前身と分類した訳は、江戸時代だった須賀克三郎の頃には、
*以前から高知に和金とヂキンいた。
須賀家の副業として成り立っていた金魚とは、既に普及していたワキンが主で次いでヂキンと推測できる。
和金様も、ヂキン樣も、奇形でなければ育てていたと考えられる。
そんな中から尾の捲れた変わり種が産まれて来たのか。
そこから、尾の捲れた魚を選ったのだろうか。
突然変異の淘汰か、掛け合わせによるものかは、口述も記述も伝わっていない。

2010.07.07(Wed)  土佐錦魚TOP
7月 6日
 
曇りのち雨のち陽射し
      外   内         最低  最高
朝の水温 24℃ 25℃     気温 25℃ 30℃

 ビルの下の方まで霧で見えない。
まるで雲の中に居るよう。

選別 30

 突然変異にせよ、掛け合わせにせよ、魚型としては体が和金様、尾は変形程度で、固定化され易いと推測できる。
ナンキンが掛け足されるまでにはかなりの期間もあり、前身の土佐錦魚は、固定されたか、それに近い段階だったと、推測による結論付けをしている。
遺伝子的な方向を狭く土佐錦魚の固定化と定めて、昨年会報へ載せた
【丸手、中手、長手】の抜粋四行から、さらに逐うこととしよう。
*以前から高知に和金とヂキンいた。
*その後高知にナンキンが定着していた。
*やがて大阪ランチュウがやって来た。
*追うように流金が来た。

2010.07.06(Tue)  土佐錦魚TOP
7月 5日
 
曇りのちパラリのち陽射しのち暗くなる前に一降り
      外   内         最低  最高
朝の水温 25℃ 26℃     気温 25℃ 30℃

 蒸し暑い夜。
昼間も昨日より蒸し暑くなるつもりの水換えに巣よようか。


 餌を与える頃屋根が濡れる程度にパラッと来ると、水蒸気の空気は過ぎて行ったよう。
 ほとんどの水をいじったら久しぶりに疲れて、終わると朝寝をしてしまった。

選別 29

 土佐錦の前身として、和金様の尾のまくれたものが江戸時代後期に登場している。
勝手に前身と分類しているが、その当時、土佐錦と名を拝した魚の絵は、尾がまくれた和金様のもので、ヂキンに似ていると感想されるものだった。
その前身とされる魚の時代は、ナンキンが掛け加えられるまで、かなりの期間続いていた。
その前身の魚がヂキンから生じたものか、ワキンから生じたものかは、口述も記録も伝わっていない。

2010.07.05(Mon)  土佐錦魚TOP
7月 4日
 
雨のち曇りのち陽射し
      外   内         最低  最高
朝の水温 23℃ 24℃     気温 24℃ 31℃

 昨日はぽちぽち気を持たせていたが、やっと降った。
今日は親の列の水換え。

選別 28

 現在、一般的金魚の原則をなんとなく守って、なんとなく守れなくても、なんとかなっているのが土佐錦の実状とも言える。
そこには、土佐錦特有の遺伝子の存在が浮かんでくる。
土佐錦は、突然変異を淘汰して出来た金魚ではないことが。
土佐錦は、掛け合わせによって出来た錦魚ということが。
このようなときには、助けとなっているから、なんとかなっているのだろう。
どのあたりがそうなのか。
土佐錦魚の歴史を遺伝子的な方向から取りあげて見よう。

2010.07.04(Sun)  土佐錦魚TOP
7月 3日
 
曇り
      外   内         最低  最高
朝の水温 22℃ 24℃     気温 24℃ 29℃

 ただもくもくと水換えができるようになってきた。
後半月程、それまでになんとかなっていれば。

選別 27

 ところが、「そんな贅沢言ってられないよ、親子掛けも兄弟掛けもしなければ、そんなに沢山、魚がいないんだ」。
かつては幻の錦魚と言われていた。今でこそ手に入り易くはなっているが、それでも良魚はおいそれとならない。
今でも、土佐錦全体の血が濃いことは周知の如く。
その度に、どこからか、血の違う良魚を手に入れてくるなど、やっぱりむずかしい。
すると、馴染みの錦魚仲間との交換がいいところとなる。
昔の高知も遠からずそんな様子だった。

2010.07.03(Sat)  土佐錦魚TOP
7月 2日
 
曇りときどき薄日 夕方ぱらつく
      外   内         最低  最高
朝の水温 21℃ 23℃     気温 23℃ 30℃

 なんか雨が降るまでに日がでそうな薄い曇りなので、少し多めに水替えしてみることに。

 魚の世話は最低限しかできていないから、ここに書くこともできなくなってしまった。
それでも、どういう訳か、書く選別の方は、一行足し、一行足しして、少し書けるようになって来た。
暇があるせいかも知れない。

選別 26

 同じように中手と丸手を掛けた場合でも、長手から出た中手の雄か雌。
丸手以外から出た丸手の雌を掛けた場合、片腹や多形が出る可能性が高くなる。
中手と丸手を掛けると良いと聞いた時に、原則的なことが理解できている人であれば、言葉の奥を踏まえた上の理解ができるだろう。
理解なしに、原則なしにただ丸手と中手を掛けることは、危険性を増してしまうことになりかねない。

2010.07.02(Fri)  土佐錦魚TOP

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