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 3月31日

曇り
   外   内
朝  6℃ 13℃

心の起源を読んでの比較 17

死とはその造形された空間のエネルギーが費えた時?
エネルギーの期限が切れた時?
エネルギーが破壊された時?
エネルギーが漏れた時?
エネルギーが老化した時?
物質によって空間造形された器が破壊された時?
その命はそこに存在できなくなる。
それが死ではないだろうか。
命はその空間にのみ存在できる。
命がその空間に宿り生命となる。
すると体液は、命の空間を保持し、連絡し、発展し、繋ぐ役割を担っている。

2009.03.31(Tue)  土佐錦魚TOP
 3月30日

晴れ
   外   内
朝  4℃ 12℃

心の起源を読んでの比較 16

 生体における時間とは物のエネルギーと生のエネルギーを費やす速度ではないだろうか。
だから生体の構成によって時間の速度が違ってくる。
だから大いなる時間とは異なる時間となり、異なる次元となっている。
だから大いなる時間とは異なり自分の時間となっている。
だから大いなる時間とは異なる次元での命が宿る試行となっている。
その大いなるものの試行には心のエネルギーが存在する。
その大いなるものの試行の目的に心のエネルギーが働く。
その大いなるものの試行のもとに生心と生命と生体は一体となり、
生物となって目的へ放たれた。


2009.03.30(Mon)  土佐錦魚TOP
 3月29日

曇り
   外   内
朝  4℃ 11℃

26日に冷えの底と書いたのに一向に底から抜け出さないようです。
週間予報では今週半ばには抜けるとなっていました。
まだお祭り的な花見をしていません、
4月の声を聞けばじきに桜も満開を迎えるでしょう。

 晴れても空気はどことなくヒンヤリした種親会でした。
まだ親はできていなく、こんな年も珍しいです。
 ともかく和気あいあいはいつもの通り。
みんなが集まると愉しいですね。

心の起源を読んでの比較 15

一つの細胞が造る空間も多くの細胞が造る空間も、それは物質でしか成しえない。
そこには、物のエネルギーが存在する。
それは、物質が構築し、生のエネルギーを宿し、命とすことのできる、生命が存在する空間造形ではないだろうか。
物と生のエネルギーを保ち、費やすことのできる装置ではないだろうか。
装置だからこそ物や生のエネルギーを必要とする。
物質によって限られた空間だからこそ命を宿すことができる。
命が宿る空間は大いなる空間とは異なることによって、その空間の中であればみずからを物質の構築によって生体とすることができる。
その発展は命の続く限り果てしなく、その世の存在する限り果てしない。
............脈は走り高鳴りは叫ぶ...........


2009.03.29(Sun)  土佐錦魚TOP
 3月28日

曇り
   外   内
朝  5℃ 12℃

心の起源を読んでの比較 14

 そのあたりの疑問の一つを一度、本をくれた人に昔、問うたことがあります。
「アメーバーのような一つの細胞の命も、ゾウのような沢山の細胞の集まりの命も同じ一つの命なのでしょうか、それとも沢山の命の集まりなのでしょうか?」
私はその人を天才と思っているので、きっと答えてくれると。
一言言い切って、『同じ』。
その言葉からは、いつもの感じのように信じる「感じ」は出てきませんでした。
 別れたあとの帰り道、じわーっと、浮かんできました。
”アメーバーもゾウも細胞がかたち造る一つの空間ではないだろうか” と、
突然、いつものように「思い」が開けました。これは閃きでした。
酔っているのに足どりは脈と共に速く、夜道は一本のレールようでした。


2009.03.28(Sat)  土佐錦魚TOP
 3月27日

晴れのち曇りのち夜小雨 
   外   内
朝  3℃ 10℃

 かすかな薄氷、朝は早くなって陽射しは強くなって来ましたが、しぶといですね。
今日あたり花見ができると思っていましたが、来週にしました。

心の起源を読んでの比較 13

 そのうち多細胞が複雑になってくると、神経系のようなものを必要としてきた。
植物に神経があるかは知らないが、とある植物に似たものがあってもちっとも不思議はない。
 植物に神経系がハッキリしないのは活動範囲の狭さにではないか。
動物は動き回り生息範囲が広く、環境や刺激の多さが比べ物にならないから、
体外からの信号の受け取りや体内の複雑な処理に、神経系を発達させてきた。
その神経系がより複雑になってくると、そのまとめ役に脳をつくってきた。
植物は体液の作用を発展させて間に合わせてきた。
体液の作用によって体内外の連絡をとってきた。
動物はその上に神経系をつくり、脳を造ってきた。

2009.03.27(Fri)  土佐錦魚TOP
 3月26日

晴れ
   外   内
朝  3℃ 10℃

 今回の冷えの底は今日のようですね。
来週からはのんびりできなくなりそうです。

心の起源を読んでの比較 12

 すると、どういう訳か、神経の伝達は身体のために。
体液の伝達は細胞のために。っと、気づきました。
その伝達は数ある個々の細胞の主張であり、助けであり、調整もしていると。
そして、人間や多細胞は一つ一つの細胞の命の集まりだと。
 この先は気づきからの後追い思考ですが、神経ができるまでは一つの細胞内、あるいは複数の細胞間の連絡のような、化学反応のようなことは、体液がしていたのではないだろうか。
 ”体液は命の基本的な維持繁栄を担っていたのでは”
細胞が海で産まれたならば体内の基本も周りも海水、それを何とかしなければ発展はありえない。体内に他を受け入れるも、体外に集うも、海水を何とかしなければ叶わない。海水をやがて体液とし様々に利用するようになったからこそ発展が叶った。

2009.03.26(Thu)  土佐錦魚TOP
 3月25日

曇りのち雨のち曇り
   外   内
朝  6℃ 12℃

 やっと重い腰を上げ始めて、会場関係へ挨拶回りをして来ました。
いよいよですね。

心の起源を読んでの比較 11

通ううち次第に治ってくると、針を受ける感じが伝わってくるようになっていました。
このビリビリ電気のシビレのようなのは神経だな。
すると、ビリビリ来ない方は何だろう。重いような、もわっとしたような。
そう意識してから受け始めると、なんだか解らないけどこっちは体液だなって感じたのです。すると次々に疑問が浮かんでてきます。
体液に壷ってあるのかな。
体液に神経のような道があるのだろうか。
体液に伝達法があるのだろうか。
すると、体液は細胞の中も細胞どうしも身体のなかじゅう満たしているじゃあないか。
細胞の中の生物どうし、細胞の外の生物どうしをつなげているじゃあないか。

2009.03.25(Wed)  土佐錦魚TOP
 3月24日

曇りときどき晴れ間
   外   内
朝 4℃  10℃

心の起源を読んでの比較 10

 ほっほっほっと笑う仙人みたいなお爺さん、針を打つと患者がビクンとしたり痺れたりするのが愉しそう。だんだん治って行くのが楽しそう。
お尻に10センチもありそうな太い針を打つと、右足の親指に電気が走るようにビリビリッ。
『これは身体で一番太い奴なんじゃほっほっほ』
「今日は小指に来ました」
『小指じゃまだだ、今度はどうじゃほっほっほ』手加減指加減。
「親指です」

2009.03.24(Tue)  土佐錦魚TOP
 3月23日

晴れのち曇り 強風
   外   内
朝  9℃ 13℃

 昨日は会員が元気つけに来てくれて、久しぶりに愉しく話すことができました。
有り難うございました。

心の起源を読んでの比較 9

 ある寝正月、まだ休み癖の最中、5階建ての5階の部屋の塗り替えをやっつけて、さあ帰ろうと、何回も登り降りが面倒だから材料20キロにまとめて降ろそうと持ち上げた途端、寝ぼけてていた腰をギクッとやってしまいました。二、三日横になっていましたが、そうもしてられず腰をかばって膝を使い過ぎ、とうとう右膝に水が溜まりまだ癒えぬ腰と重なって仕事に支障が出て来ました。
親戚の叔母さんがいい針の先生知ってるからと順番取りまでしてくれて、週一で通ってみると仕事をしながらなのに治って行きます。毎日風呂に入って湯船につかって右と左の膝を並べて、比べてみるのが楽しみなほど。


2009.03.23(Mon)  土佐錦魚TOP
 3月22日

曇り 風強し
   外   内
朝  7℃ 13℃

 昨日の新宿公園には驚くばかりのトイレが並び、今朝のテレビにはそのトイレに並ぶ列。ヘリコブターの音が騒がしく、やがてハートやいろいろな形の厚手のトイレットペーパーの紙吹雪が舞って、ハイテンションの群衆がスタートするのでしょうね。

心の起源を読んでの比較 8

 ゴロッと横になっている時、目をつむっているのに情景が目蓋に映っている。なにこれ、目を瞑っているはずって目蓋を開けると、目の前は現実。
えって、目を瞑るとまたその情景。
目を開け続けたり、電話が鳴ったり、何かを始めると消えてしまう。
二回目には片目を開けてみると開けた方だけ現実。
左右とっかえひっかえぱちくりぱちくり。
なにこれ。
始めの頃は静止画像だったのに、やがて動くようになっていました。
青年期には夢の続きを見たいと願えば観ていたのに、これは成年期に突然そうなって、いまだに突然現れては突然消えてしまいます。
 
2009.03.22(Sun)  土佐錦魚TOP
 3月21日

晴れ

   外   内
朝  4℃  9℃

 今度の冷えの来週をやり過ごしたら、産卵への水換え、餌やりを始めるようだ。
まだ余裕のある間に花見がまっている。白ワインを仕入れにいかなくては。

心の起源を読んでの比較 7

 そのことを "動いていても座禅は出来る”と、会報へ書いたような書いてないような。
 座禅はただ座る何もなくただ座ると聞いたことがあります。座るという行為はそれを最もし易くする態勢なんだろう。そこはその環境なんだろう。
態勢や環境は整わなくても「何もなく」になると、思いが消える、すると何かが浮かんでくる。
 朝の忙しい時には世話をすることで精一杯、そんな中でもアンテナさえ広げていれば無意識に何かを受け取ることができていた。
その信号が無意識の意識に浮かんできた時、気づきとなった。そう解釈しています。


2009.03.21(Sat)  土佐錦魚TOP
 3月20日

曇り 南風強しのち雨 風弱くなる のち晴れ 
   外   内
朝 15℃ 15℃

 昨日外の鉢の世話をしておいて良かった。
しなかったらこの水温でいたんでいたろう。
ぎりぎりだった。
 マスクをしていたのに、鼻はぐじゅぐじゅ、目はくちゅくちゅ。
雨が降って来たので鼻は落ち着いてくれましたが、痛し痒しのようです。

心の起源を読んでの比較 6

 その後は何をしていても、うらうらと春の陽射しを受けながら身体が覚えているペンキ塗りをしていても、何かがどこかをさまようような、心ここにあらずと言うのでしょうか、そんなことが度々。
一人の時には仕事をしていても手が動いていても、突然、気づきが疑問の答えが浮かんできます。
 その気づきは愉しいものでした。錦魚との会話のように。つぎつぎに巡ります。
その場で直接会話ができなくても、いつのまにか会話しているんだ。
そんな気分にしてくれます。

2009.03.20(Fri)  土佐錦魚TOP
 3月19日

晴れ
   外   内
朝 7℃  14℃

 やっと外の鉢の汚れ水だけ入れ替えました。
溜水もいま入れています。
今度暖かくなる時水替えして、いよいよ始動です。

屋上へ上がる時にはマスクをしていますが、花粉用のメガネをしていないため、目がかゆくて、掻かないようにしてはいますが5月になるまで毎年辛抱です。

心の起源を読んでの比較 5

 その日はうつろのままそれでも世話していましたが、明くる日から魚を食い入るように見詰めだしました。見詰めながら何を言っているのか聴こうとしました。語りかけを始めました。語りかけたとて返事がかえってくる訳でもなく、ただなにかあったら聴き漏らさぬように。
何日たってもなにも言ってくれません。便りのないのが良い知らせ、少し諦めが、すこし油断か、それでも怠らないように。
すると錦魚って何なんだろうなんて考えるようになってきました。餌をやり、水を換え、大きくする、増やす、死なす、ただそれでいいのだろうか。その意味を考えながら見詰めながら、もくもくと世話をするようになっていました。



2009.03.19(Thu)  土佐錦魚TOP
 3月18日

晴れ
   外   内
朝 7℃  14℃

 錦魚置き場の工事をそっちのけで、朝からと熱心に書いています。
正直なところ、何故か体が動こうとしないので頭だけでも、そんなところです。


心の起源を読んでの比較 4

 このことを昔の会報に
「ご主人様はいったい私に何をしたのですか。信じていたのに」こんなふうに書いたような気がします。
原因は愛着のあったその魚だけに与えた餌でした。
溜まり水にボウフラのような小さな虫が発生していたので、いい活き餌が涌いてきたとその魚だけに与えると、嬉しそうにぱくついていました。
 その虫が毒を持っていたとは。
のちに同じような被害にあった会員の話しでは、溜水にかまわず発生させていると水までもが汚染されたそうです。


 今日は取り憑かれたように書いていました。
こんなに書くことができるとは自分でも不思議です。
今迄しまっていたものが噴き出て来たのでしょうか。
版画を彫っていたときのように目が疲れましたが、頭が疲れたのは初めてです。
このぐらい何時も使わないと惚けてしまうのか、こんなに使うとおかしくなってしまうのか。
頭が疲れたって出て来たら、今日一気に書いたところです。

2009.03.18(Wed)  土佐錦魚TOP
 3月17日

晴れたり曇ったり
   外   内
朝 7℃  14℃

心の起源を読んでの比較 3

 そのまま立ち去ろうとするとやっぱり何だか気に掛かかって、出口から振り向くようにうかがえば、なにもなかったかのように泳いでいました。。
まだ薄暗い朝、入り口を開けるといきなり水面の白が目に飛び込んできました。
白は不吉な色。
その白色は水中に納まりきらなかった氷山の一角のように不気味な衝撃でした。
どかっと、座り込みそうな、
その瞬間、突き上げるように、何でだ。
こんなはずはない。
あの眼差しは何かを訴えかけていたのだ。
絶対そうだ。
何も受け取れなかった。
何で受け取れなかったんだ。
何かを受け取らなければいけなかったんだ。

2009.03.17(Tue)  土佐錦魚TOP
 3月16日

晴れ
   外   内
朝 4℃  10℃

 やっぱり、朝の冴えた空気はいいですね。
元気な雀と会えたし、なんか故郷に帰って来た感じです。
蓋を開けて水を足したただけですが、錦魚と一緒にこちらも少しづつ気を高めて行こうと思います。

心の起源を読んでの比較 2

 私の体験と言ってもさほどのことではなく、意味の分からない変わった体験という程度です。
 その切っ掛けなった出来事は、ちょっと個性はあるけど一般的良さとは違うので、他の人に「これ良くなるの」と聴かれたことのある三才魚です。
この魚は化けそうと特別の思い入れがあって、五才には良くなるはずと答えていました。
 鉢を次々と見回りいつもの点検、その魚と目が合い足が止まりました。彼は身じろぎもせずに私を見詰めているのです。何かいつもとは違う視線を感じて反射するように返すと、裏淋しいような、恨めしいような。数分間でしょうがやけに長く感じました。何事もなかったかのように目を隣りの鉢へ移すともう終わった出来事になっていました。

2009.03.16(Mon)  土佐錦魚TOP
 3月15日

晴れ

 まず本の紹介をしましょう。
木下清一郎著
心の起源 生物学からの挑戦 
中公新書 2002年9月発行

専攻 発生生物学 
東大名誉教授等等。

心の起源を読んでの比較 1

 私の先生は錦魚ですから学問とは言えない成り立ちです。この本と比較することなどおこがましいのですが、触発をされたことで現在もっているものを纏めることができました。自分を書き留めるつもりでいつものように勝手を始めることにします。

 読み終わってつくづく感じたことは、私のように体験から始まった探りと、知識から始まり探求する知識とでは、求めるものは同じでも正反対だったことです。
外から内へと、内から外への方向性。
疑問から理論へと、信じることから疑問への展開。
裏付けや根拠からの学問的論理と、裏付けや根拠も何もない感じからの後追い。
解明を将来へ託せる外向性と、託せず自己の閃きに求め続ける内向性。


 明日から錦魚シーズン開幕を告げることにしました。
我池では今朝、外の鉢に氷が張っていましたので、内のみの蓋開けです。
隙間からの光だったのを全面に開放、しばらくは光と温度と苔の成長を促し、水換え、餌やりは、少し先になります。
 それにしてもいままでは、遅くて桜の咲く頃、早くて彼岸でした。
一日でも彼岸前に始めるのは初めてです。

2009.03.15(Sun)  土佐錦魚TOP
 3月14日

南の窓をたたくような荒れた雨のち曇り

 本をわざわざ持って来て下さった方へのメールです。

 心って命と同じ次元と感じていることが、お陰さまでハッキリして来ました。
命あるものはアメーバでも心を持っていると、お陰さまで言葉に出すことができます。
本の前書きを読むとやはり脳を基準にしているようです。
もう出発点から違う、この本を読み終わった時、果たして考えが変わるだろうか。
一層持論に凝り固まってしまうのだろうか。
 心と言葉にした次点で脳を介している。
それはもう心を表現した二次的なものとなって、脳が生んだものと捉えられてしまう。
心はその表現を産み出すもと。
人間は言葉でしか考えることができない。
人間は言葉でしか考えることができないから、脳を基準にして当然。
でないと掴みようがない。
人間は掴みたがる動物?

2009.03.14(Sat)  土佐錦魚TOP
 3月13日

曇り

 本を夢中で読んでいたら気が付くとこの時間、立ってはじめてお尻が痺れていることに気が付くしまつ。
 めったに読まない本だが、こんなに本を読み込んだことは今までなかった。
今まで表現しようと思わなかった自分の意見を、比較検討し始めている。
触発されてぐるぐる回っている持論をまとめるには少し時間がかかりそうです。


 親自らが印を残したとすることに疑問を感じられるその場合は。
例えば稚魚が多摩川へ放流されたときにはどうなるだろう。
この例は現実に行われたことなので、極僅かながらも遡上が確認されている。
だが、それも直ぐ途絶えてしまった。
それは堰を登ることができずに産卵できなかったから?
水の汚れがまだ遡上を拒んでいたから?
継続性を与えず実験的放流を途絶えてしまったから?

 多摩川ならかつて遡上していたことがあるので、かつてのサケがつくったアミノ酸組成が微かに残っていたとしても否定はできない。
 だが、全くサケが登ったことのない川へ放流した時に、戻ってくるのだろうか。
これはサケの南限を過ぎた川となりえる。
それだけで可能性は薄れて、実験の過程は成り立たないのだろうか。
 全く鮎が存在したことのない川へ放流しても、戻ってくるのだろうか。
これは北限に遮られてしまうのだろうか。


 あと10ページを残して読み疲れ、夕食を食べたら今日じゅうには読んでしまうつもり。
明日からまとめに入るつもりだが、グリグリされた頭が果たして動いてくれるだろうか。


 とうとう読み終わりました。
終わりの方は気の毒な程に迷いが現れ、解決すべく課題を出すと余計に混乱してしまうことを感じてしまいました。
 私は起源の方は知識から搾り出すものではなく、感じるものとして捉え、こんなものだろうということから始めているので、思考は段々親しいものへ近づいて行くため、あとは当て嵌める知識があれば何とかなる気楽なものとしていました。

2009.03.13(Fri)  土佐錦魚TOP
 3月12日

晴れ

 例えば、巣離れするまでに残した糞の特性とか。
リンの採掘場は鳥の糞がとてつもなく積もった所と聴いたことがある。
そこまで行かなくても、巣立ち前までの糞が独自な特性を持っていることは容易に感じられる。
鳥の場合仮にそうだとしてもサケの糞がそうさせているとは感じにくい。
産卵まで餌を食べないとも聞いたことがある。
サケが川に残すものとは?
サケそのものであるという可能性が浮かび上がって来た。
遡上時に天敵に食べられて、その亡骸が微生物に分解されたり、その天敵の糞となる。
これだけでは弱い。
産卵時の精子や卵の関係?
これはもっと弱い。
産卵を成し遂げた後のむくろ?
 遡上する流域の動植物は遡上しない流域の動稙物より成長が良いことは調査済みとなっている。
流域を養っているとまで言われている。
膨大な骸が分解されて直接土壌に含まれている。
水や土壌から植物に取り込まれて徐々に放出される。
動物の糞からも循環を経て川へ戻って行く。
特定できる要素としては十分に考えられる。
死して尚、アミノ酸組成を残すのだろうか。


 サケの回帰とか蛸の能力はとか遺伝子とかを書いていたら、心の起源と言う本を届けて下さった方がいらっしゃいました。
いま猛烈に読んでいるところです。
大変勉強になっています。
サケのことが終わりましたら、その本からの合点や相違点をいずれ書かさせて頂きます。

2009.03.12(Thu)  土佐錦魚TOP
 3月11日


曇り時々晴れ

 何故だろうと疑問を持ち出すと、熱くなる部分と冷静になる部分が出来る。疑問に疑問が浮かんでくる。すると新たな展開が始まる。
 ボロボロになってまでという部分は、川に引き寄せられるからだろうか、
むしろ寿命が尽きるまでに子孫を残さなければという、サケ自らに突き押される方ではないだろうか。
アミノ酸組成の鼻印は単なる道しるべ?
強烈なものではなくても弱くても、受容体へ伝達可能な特性をもつっているものなのか。

【それはそこに元々在るものではないと感じられるからだ】

それはサケだけが感じとれるものなのか。
それは川が独特でなく、サケの方が独特、特有なものと言えるのか。
それはサケがつくるものなのか。
鳥ならその鳥が自らつくるものなのか。

2009.03.11(Wed)  土佐錦魚TOP
 3月10日

暖かい晴れ

 川で産まれ海で育つサケが川の何を察知して戻ってくるのか?
ということに巡り巡ってち戻ると、
科学者がさんざん調べて、川のアミノ酸?と特定としているので、
そのアミノ酸はどうして出来るのか?
をまだハッキリ述べていることを聴いたことがないので、
それはハッキリと解っていないからと感じている。
私は気軽な立場で好きなことを言えるので、ここで以前出て来たことを思い返してもらうと。

【すると鳥でも魚でもその能力を働かす切っ掛けとなる物質はいたい何時出来るのだろうか。
それはそこに元々在るものではないと感じられるからだ。
ヒナで移されたアホウドリは地形や草や鉱物を覚えただけで、それに強く引き寄せられるのだろうか。
絶滅に瀕しても繁殖場を捨てようとはしないところまで執着できるのだろうか】

 地質や苔が作るアミノ酸組成だけで、サケをあんなに強く引き寄せられるのだろうか。
それほど明確な個別性をもっている物だろうか。
刷り込みをする切っ掛けとなるにはもっと独特の何かが有るに違いない。
サケがボロボロになりながら登って行く映像を見ながら、そう感じていました。

2009.03.10(Tue)  土佐錦魚TOP
 3月 9日

曇り

 昨日の夜のテレビで変身の上手な蛸のことをやっていました。
どうして変身できるのかは、はたして経験的学習なのか、記憶なのか、遺伝なのか解っていないということでした。

 そのことを勝手に今までの思考を通じて当てはめれば、
生存に必要な基本的本能と共に記憶は遺伝されている。
その記憶を働かす切っ掛けは危険や対象物を見たことによる経験。
その経験が記憶を呼び覚ます物質を働かす。
その物質の働きは記憶の遺伝子を選択する。
その働く選択能力はやがて本能へ積み重なる。
その学習選択能力はやがて記憶へ積み重なる。
その記憶選択能力はやがて遺伝子へ記憶として積み重なる。

 経験が脳で認識され、選択され、遺伝子へ伝わる。
その伝え方はどのようなものか?
今まで絶え間なくアンテナを広げて来た疑問となっている。

 先日、ロボット工学の博士が、脳に心があると言っていた。
ロボットに脳が出来れば怫然的に心も生ずると言っている。
その必然的に生ずる心とは感情ではないか?
脳は発達とともに知識を溜め、感情を持ち、言葉をもって考えることが出来る。
脳は単なる臓物で、身体の発達と共に身に余る能力の調整役として高度に発達して来たものと感じている。
心とは脳と遺伝子の間にあるのではないだろうか?
または遺伝子と神秘的な間に?
心は別もの。
その心は、遺伝子との関連が濃いと感じている。
むしろ遺伝子との連絡的存在が脳と絡み合っているのではないかと。

 蘭に似たカマキリは感覚的記憶や生存的記憶を脳に積み重ね、それが遺伝子に伝達、選択され、遺伝子が受け入れた時に変貌を成し遂げる。
 細胞として、組織として、器官として、身体として、脳としてそれぞれに違った、それぞれの遺伝子へ、それぞれ心への伝達方法があるようにも感じている。

 仮に、脳が遺伝子をかえ、神秘を行う能力があるとなれば、心も脳がつくると認めざるを得ない。


 魚の起源は海からだから、海で産んでいたサケが川で産むようになった理由は、産卵したり子が初期に育つための安全性が高かったからではないだろうか。
また川はそうであっても、孵った全部の魚を育てるだけの保有力がないため、扶養はやはり海に求めた。
そこに元々あった産卵場へ戻る習性が川へ帰らせた。
 川の保有力に合わせることを獲得した魚は川に残り、
そこが川でなく湖沼となって閉じ込められても、獲得した魚は湖沼の鮎やマス(陸封型)のようになったのだろう。
 そのときは、成長を環境に合わせて順応して行ったことが伺える。

 琵琶湖で生まれた鮎を他の川で放流すると、そこで育った親から産まれた子はその川に帰って来る。
これはアホウドリが巣立ちしたところに帰って来るのと、共通しているのではないだろうか。
 回帰する能力は備わっているので、必要となれば働かすことが出来る。必要になった時に、物質や位置を刷り込むことが出来る。

2009.03.09(Mon)  土佐錦魚TOP
 3月 8日

曇り

 そのまま川に残って生活するものは何年か何回か産卵して寿命を向かえる。
海に行って生活するものは大きく成長して寿命を向かえる寸前に産卵する。
もしかすると年月を別とすれば、寿命を使い切るということでは同じなのかも知れない。
寿命中一回の産卵が可能となれば数量的賄いとなり、
寿命中数回の産卵が可能となれば回数的賄いとなる。
振り分けの多様性?
 錦魚も早く大きくしてしまうと寿命を速く使い切ってしまうことは、共通するところとなっている。

 川または湖沼に残っているものにはその範囲内の記憶や能力で済む訳だから、海へ行き海から帰るための能力は失われてしまうのだろうか。
現在の川または湖沼の環境では必要ないので隠されているとすれば、
そのスイッチを再び入れることになれば、
海にでも活路を得ることができるのではないだろうか。
 川に残ってはいても海から帰ったものから産まれた魚どうしの交配、
あるいは川に残った魚と海から帰った魚との交配から、当然のように海へ行く魚が出ることは、遺伝子のスイッチオン、オフの差だけのような気がする。

2009.03.08(Sun)  土佐錦魚TOP
 3月 7日

晴れ

 魚類は鳥類より系統樹の根元に近い。本能的なものがより鮮明に働いていると言える。
残っている能力は、適応力や柔軟性より多様性として見受けられる。
 サケ科でも海に行くものもいれば、川に残るものもいる。
川に残るものは成長が遅く小さいが産卵行動を経ても生き残る。
海に行くものは成長が速く大きいが産卵行動をすると死亡する。
同種のものでも海へ行くもの川に残るものの双方見ることもある。
多様性は種の保存のなせる技として不可解極まりないところとなる。
 
 サケのなかでも回遊はするが川を上らない変わりものがいるそうです。
真偽の程は別としてそんなサケを頂いたことがあります。とても美味しかったことを忘れられずにいます。
下さった方は漁師さんから貰ったとか、その時聴いた話しとして川へ登らないと卵の色素がとられないため身が白くならず、体力の消耗が少ないので脂がのったままだとか。また希に中性がいたりするそうです。

 錦魚でも、卵を抱いてるのに産まない雌、追い星が出ているのに精子が出ない雄がいます。雌雄同体、性転換も結構見られます。
ここで錦魚を出してしまうと混乱を招いてしまうので、中性は障害的別物としてしまいます。

産卵態勢が整っていても登らないのは何らかの理由があるのではないでしょうか。
例えば、太古の昔は海で産卵していた名残りとか?


 少し前の週間予報では明日から三日程天気が安定しそうなことでした。
そこで重い腰を上げてそろそろ作業にと。
ところが今日の週刊予想ではそうでもなさそう。
 でもあまりに怠惰で、身体が重くなってしまっています。
やっぱり、そろそろですね。

2009.03.07(Sat)  土佐錦魚TOP
 3月 6日



 するとその鳥は、ヒナ自体が孵化から巣立ちまでの間に促進物質あるいは抑制物質をつくっていることになる。
 その信号物質をつくるのがそこの環境に育まれたヒナ自体と限定してしまうには不安もあるが、ヒナの記憶の地形や草や鉱物だけで強く引き寄せられるのだろうか、という疑問から糞が自己や種を導くための切っ掛けとなる物質としては十分な気がする。
それはそこに元々在るものだけではないと感じられるからだ。
 その記憶だけでアホウドリやペンギンのように、絶滅に瀕しても繁殖場を捨てようとはしないところまで執着できるのだろうか、という疑問からだ。

 ならば、サケのその能力を働かす切っ掛けとなる物質はいたい何であって、いったい何時出来るのだろうか。
 各例からすると習性や能力自体は、親の遺伝子から当然として備わっている。
それは成熟した親であっても産まれて間もない子であっても変わりはない。
 魚類より進化したものは、本能的なもの以外に視覚的等新たな能力を加えていることが伺える。
 進化したものほど回帰に失敗しても、その時点の条件が成り立つ範囲が広ければ繁殖場を広げたり、反対に条件範囲が狭ければ変化によって繁殖できなくなったりする。
条件範囲が狭い場合は、恵まれた条件下にある時が多く、その恵まれた条件を壊すのが人間であることが多い。

2009.03.06(Fri)  土佐錦魚TOP
 3月 5日

晴れ

 アホウドリの繁殖場所が危ういので、産まれたヒナを人間が安全な場所へ移し、人間が餌を与え、巣立ちをむかえ親になった鳥は移され育ったところへ戻って来ているそうです。それをさせているのは地形や地軸等の記憶だけだろうか。
 何でヒナを移して叶えられ、親を移すことでは成し得ないのだろうか。
繁殖のために戻る場として巣立ちの場が刷り込まれて初めて、その本能が働き指針が決まるようになるからではないだろうか。
 これは、先日教えて頂いたサケの刷り込みと共通していると考えられる。
その刷り込みは、親から遺伝子として授かったものではない。
巣立ちした記憶だけでなし得ているとも考えにくい。
ならば、巣立ちに至るまでの記憶、これが総てとも考えにくい。
となれば、切っ掛けとなる物質、記憶させる物事や時期が在るに違いない。
 餌付けは人間が介して親に似せた手袋にて行っていたので、親が直接与えたものではない。親は遺伝子しか伝えていない。

2009.03.05(Thu)  土佐錦魚TOP
 3月 4日

(夜中に雪)曇りのち雨

 これからも気楽に進めさせて頂きますので、指摘、指導、意見をよろしくお願いします。

 産卵すると死んでしまうものにはイカがいますが、イカは何を覚えて産卵場所へ行くのでしょうか。
地形でしょうか。海藻でしょうか。結局は産まれたところ?
そこの繁殖条件に異変があれば激減してしまうような、産まれたところに何か在るのでしょうか。

 ペンギンも毎年同じ繁殖地ということで、温暖化等で条件が悪化し子を育てることができなくても、自分が死に瀕してもその地を去らないそうです。
どうしてそこまで執着するのだろうか。
地形を覚えるとかの他に、もっと本能的に決定的に引き寄せるものが存在するのではないだろうか。
 少し違うが、その種のペンギンは親子を確認する手段として声を利用している。
サケが場所の確認に臭いを利用しても不思議でないように感じます。

2009.03.04(Wed)  土佐錦魚TOP
 3月 3日

曇り夕方雨

 先日の北方系に詳しい会員から再びサケのことを教わることができました。
今度はそのままのペーストが出来ました。

3/2日のブログを読みました。
ハトの帰巣本能に関しては定かではありませんが
サケの場合ごく短時間で臭いの記憶なり体内座標のデータなりが刷り込まれるそうです。
産まれた川に回帰するのか、それとも稚魚として放流された川に回帰するのかという実験では放流された川に回帰するというデータがあるそうです。但しこの稚魚での放流が稚魚のどの時期かを明記していないので問題はありますが・・・


嬉しいことに、南方系に詳しい会員からウナギのことを教わることができました。
 下記はそのままをペーストすることが出来ました。

 ウナギの場合、日本の川から下ってマリアナ海峡まで本当に泳いで 行っているのかは、以前から疑問視されています。
理由はウナギの遊泳力の無さで、殆どの日本のウナギは泳ぎ着く前に死んで、アジア地域のウナギのみがマリアナ海峡にたどり着き 産卵に参加しているのではないかと言われています。
 また、ウナギの稚魚はレプトケファルスから稚魚に変態をするのですが レプトケファルスの時は遊泳力は殆ど無いので、生まれた川に意図的に 戻る事はないのではないでしょうか? http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%8A%E3%82%AE
レプトケファルスとは木の葉のようなという意味で、ただ黒潮に流されて 日本に近づき、変態してシラス(透明な稚魚)になるだけです。
また、シラスになっても遊泳力はさほどありません。

 忙しいなか時間を割いて頂きまして有り難うございます。
 上記お陰をもちまして、サケの回帰の鼻印問題としては、ウナギを入れない方が面倒にならないで済むと判断させて頂きます。

2009.03.03(Tue)  土佐錦魚TOP
 3月 2日

晴れ

 頂いたメールを写す時に間違えてしまったところがありました。
マリアナ海嶺のスガル海山と書いてしまいましたが、
スルガ海山にどうやってたどり着くかのスルガ海山でした。
指摘を頂きましたので訂正させて頂きます。

 ところで、専門知識のある方から基本を頂いてから、知識のない者がどう進めて行くのか、所詮いつものように勘の趣くまま、閃くままに恐れのなきままにものを言って行きます。
 鳩レースをやっていた人から、鳩は地軸、磁気を感知できるから戻れると聴いたことがあります。実際鳩にカメラを付けて飛ばした実験映像からは、大まかな方向は合っていても真っ直ぐ帰る感じは受けず、視覚に捕らわれたり、寄り道的な迷いも見られても、いつのまにか修正して辿り着いていました。
帰巣本能が強かったり、修正が早かったり、寄り道が少ない鳩が速いように受け取れます。
 鳩の帰巣本能は産卵後の雌が最も強いそうですが、突然見知らぬ遠隔地で放される訳です。どこからでも巣の方向を察知できる機能が本能にある、能力として遺伝子に組み込まれているとしか言いようがありません。
 そのなかでも帰れずに途中で脱落してしまった鳩がいても、その地で新たな生活を始めたりする柔軟性があるそうです。

 海亀のある種が産卵地から赤道をまたいで回遊し再び産卵地へ戻るのは、最初は短い距離だったのが大陸が移動してしまったため、亀は万年単位の時間をかけて徐々に途方もない距離になってしまった。亀からするとそれが日常として当然のようにただ続けている行動と聴いたこともあります。

2009.03.02(Mon)  土佐錦魚TOP

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