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101

  11月30日


 高知が度々盛衰を繰り返した事は、ごっそうの宿命かも知れません。
態勢に逆ったり己を強く信じ、時に妥協を拒む事が分裂を招いていました。
自己を信じるあまりに、伝統を薄弱なものにしているとは気が付かないで。
そこには、伝統があるという意識をもたず自己を主張してしまう、伝統への無意識がありました。
しかし、多くの場合は歳をとると自分の外が見えてくる。
(私は自分の内は見えてきたようなだが、外はより見えなくなっているようだ)
また土佐錦が寂れてくると危機意識が産まれ、自然と絶妙のまとまりを見せています。
 この現象は伝統への意識が少なくても、高知の内の出来事、伝統の範囲内での出来事だったために、方向性を誤る事はありませんでした。
 その頃までの高知気質、高知の美意識の目指すところはとどのつまり一緒で、目指す方向性の違いのようなものだった。
 だから幾度も纏まった。

2007.11.30(Fri)  土佐錦魚コメント(0)TOP
100
 
 11月29日

 毎日コツコツと深刻に思いあぐねていたら、いつのまにか No.100 に辿り着いてしまいました。
 まだ続いているのですが。


 かつて、自己判断の誤認は師が指摘してくれました。
師はその師から、その指摘、指導は伝統に基づいていました。
誰もが認める魚作りと人格的指導者は、大所高所的見知から協力な指導力を以て、軌道修正を行い伝統路線を導いていました。年寄りを敬う事によって翼下は自然と納まり、伝統を全員が背負う形が出来て、高知はすっぽりと伝統に納まっていました。

2007.11.29(Thu)  土佐錦魚コメント(0)TOP
99

  11月28日

 曇り

    朝    昼
 外  8℃  12℃
 内 14℃  14℃
外はとっくに冬籠りに入っていたが、いよいよ内も冬籠り。
去年より約一ヶ月程早いのですが、遮光による籠りが一ヶ月長くなるとどうなるか見てみようと思っています。

 明日から天気と水温の記載を、来春までの間しばらく中断いたします。


 土佐錦魚の創造を成した気候の享受が呼吸のように無意識であったなら、苦しくなってから初めて無くてはならないもの、恵まれていたものと気が付くのでしょうか。
 羨ましいと必要条件を意識し獲得に努力している地方とでは、既にスタートから一歩も二歩も遅れをとってしまいます。
 意識することで、好条件を無意識に阻害する事無く、余す事無く活用し、余っても足りなくても工夫を心掛けることができます。
 なにが、どこまでが、どうすれば、どうして好条件となるのか。
シッカリ認識しないと、判断は誤認に等しくなってしまいます。
                         (誤認の認識)

2007.11.28(Wed)  土佐錦魚コメント(0)TOP
98

  11月27日

 曇り

    朝    昼
 外  9℃  14℃
 内 14℃  15℃


 高知では常に意識があって当然、忘れる事は許されません。
もし高知という名に甘えて無意識下にあるようでは、気高い高知の名誉を回復する事は覚束きません。
高知であるが故の一層の精進あってこそ、本場の名声が維持できるのではないでしょうか。
精進を支えるものが意識です。自覚です。
ただ 高知だぞ と声を張り上げても最早届かない程、土佐錦は全国へと広がっています。
 振り向かせる、常に集中させるにはかつての高知のように、
各地方とは違う、
歴史に裏打ちされた、
わたしが観たとき、田舎の高知にこれ程の美があったのかと感銘を与えた、
自分の無意味になおごりに気をつかせてくれた、
高貴な美意識と
気高い誇りと
人に負けない努力と
いごっそうと
判官びいきの心意気と
一心へのまとまりをとり戻してもらいたい。       (高知の高知化)

2007.11.27(Tue)  土佐錦魚コメント(0)TOP
97

  11月26日

 晴れ

    朝    昼
 外  6℃  17℃
 内 14℃  17℃


 プライドの履き違えではないかと推測できます。
発祥の地として誇りある高度な認識、本場の水準維持のため弛まぬ努力が常に求められる認識、を怠ったのではないでしょうか。
高知化は意識です。
 地方では高知化の無意識があっても当然です。地方地方の独立性、排他性が最初の壁となって受け入れを拒むでしょう。それを乗り越えて学ぶ事により、初めて高知化の意識を得る事ができるからです。
 地方の人は魚を手に入れる事が最大の目的、目的を果たして一通りの飼い方を知れば後は自分で開発しようとします。今のように手近で魚が手に入れば、手近で飼い方を学なべ、こと足りてしまいます。それほど高知を必要としません。
                        (認識の履き違え)
2007.11.26(Mon)  土佐錦魚コメント(0)TOP
96

  11月25日

 晴れ

    朝    昼
 外  4℃  18℃
 内 11℃  20℃
閉めて良かった、なんとか11℃。魚も餌を欲しがってきました。
明日も暖かいとか、今日も閉めて明日も餌をあげよう。


“高知に住んで土佐錦を飼えば本場の土佐錦だ”
確かに本場ではあっても、本当の土佐錦であるかは別問題です。
矢野城桜さんの土佐錦属の言葉は、その当時の高知であっても油断してはならない事を物語っています。
「高知の種魚は要らない」 大変残念ですが現在各地から聞き及ぶ言葉です。
 かつては引く手数多、垂涎の的であった高知の魚が、何故今日に至ってしまったのでしょうか。
 かつて押し寄せた見学ツアーが敬遠されるようになったのは、何故でしょうか。                         (高知の違和感)

2007.11.25(Sun)  土佐錦魚コメント(0)TOP
95

  11月24日

 晴れ

    朝    昼
 外  4℃  16℃
 内 10℃  17℃
今朝は10℃を保っていて昼暖かくなると言うので、久しぶりに少し餌を与えました。
明日冷え込まないと言う事ですが絶対10℃は保ちたいので、総ての窓を今期初めて閉めました。


 最早高知に伝統は途切れたに等しいのか。
現在の高知には昔を取り戻そうと努力を傾ける方もいます。少なからず望みを託していますが、強い志をもって伝統復活を謳うまでにはなっていません。
伝統は宙に浮いて、現在の高知は悲しくも一地方の主張者になってしまったかのようです。
灯台下暗しなのでしょうか、高知にいるとプライドが空回りして、意外と気が付いていないのかも知れません。

2007.11.24(Sat)  土佐錦魚コメント(0)TOP
94

  11月23日

 晴れ

    朝    昼
 外  3℃  12℃
 内  8℃  16℃

 中間的人物率いる若年は、とうとう多数決で会長の任期を一期のみという制限を可決してしまいました。
その頃には若手五十前後の方々は年寄りとして相応しくなっていました。
歳の順のように次々と任期を立派に務められましたが、十年程で皆さん辞めさせられるように会を去って行きました。
そして、中間の人物は自分が会長になると、会長任期の制限を撤廃してしまいました。
それからの審査は伝統とは掛け離れてしまった事、それに増す異変を想像するに余る有るところです。
 土佐錦は大きい方が上を目指す発言、上納金を要求されたり、それから徐々に東京からの足は遠退くようになりました。
私はその頃を“高知の暗黒時代”と呼んでいます。

2007.11.23(Fri)  土佐錦魚コメント(0)TOP
93

  11月22日

 晴れ

    朝    昼
 外  4℃  11℃
 内 10℃  12℃

 数では敵わないという思いは、当時の土佐錦魚保存会でもあったのかも知れません。
私が高知へ昇った始めの頃は、審査も運営も丁々発止の合議制で意見をぶつけあい、結論は納得尽くでした。
審査では審査員が決定した後でも、田村さんの一言が有無を言わせぬ威厳を持っていました。
昔は長老が実力者人格者として、会を統率していました。
しばらくすると審査は投票制に、運営は多数決になっていました。
昔を受け継いできた方々には時代の流れと解っていても、どこかに釈然としない無意識が残っていたと察します。

2007.11.22(Thu)  土佐錦魚コメント(0)TOP
92

  11月21日

 晴れ

    朝    昼
 外  4℃  17℃
 内 10℃  17℃


 門外不出と言われた土佐錦を全国へ出す話しへとなったのでしょうか。
「錦魚の血が濃うなってきた」
「高知のもんはなんかあるとじき止めてしまう」
後継者としてせっかく魚を渡しても甲斐がないというような、残念な思いが伝わってきてしまいます。
 もう一つの言葉として、「東京は人口が多い、とても数では敵わない、他のもの(例えば土佐犬)は本部を持って行かれてる、そう言う事はしないか」
今思えば、既に今日的な外部の台頭、高知の弱体を予測できていたようです。
私は即座に『そのような事は絶対しません。少なくとも私の目の黒い内は』
面倒を見て頂き、魚を分けて頂き、教えを頂きながら裏切るような事は出来ようはずがありません。
振り返れば、こんにち尚続くかたくなな志は、その瞬間に固まったかに思えます。
2007.11.21(Wed)  土佐錦魚コメント(0)TOP
91

  11月20日

 曇りのち晴れ

    朝    昼
 外  5℃  15℃
 内 12℃  14℃


 それは伝承がなんの気なしであっても、さり気なく行われていた純粋的な継承の時代から、戦後生まれの個人主義的風潮が影響しているようです。
また全国的にも広がりを見せ土佐錦は増えたものの、強烈な高地色が各地の趣味的な伝承意識へと薄らぎ、各地各様の自己主張が主流の時代となってきたからだと思われます。
 戦後個人主義的風潮の戦後産まれと五十歳前後の若手との間には、伝統意識や美意識に大きな隔たりができていたようです。
 その頃高知に戦後産まれの後継者の数は少なからず居ました。
それなのにどうして、土佐錦の将来を危惧したのでしょうか。

2007.11.20(Tue)  土佐錦魚コメント(0)TOP
90

  11月19日

 晴れ

    朝    昼
 外  4℃  14℃
 内 10℃  17℃
ここのところ外は絶食、水も手を付けなくなりました。
      内も今日は水換え無し、明日も無しの澄み具合です。
お陰で七時過ぎにはお寺の屋根の上でした。
明日もそうなりそうです。
順調なら明後日で仕事は終わり、次に年賀状彫り、続いて会報が今年中に出来ればスッキリするのですが?


 五十歳前後の若手は戦前の青年期に師に面倒を見てもらい、戦後は共に苦難を乗り切った師弟の堅い結びつきと、ときには一子伝承のような純粋的に受け継いだ系統がそこに在りました。
今でも、綿々とした歴史の上に敬意を以て師の名を戴き、近森系、野中系と呼ばさせて頂いています。
 各系統は個人的受け継ぎが多く、継承者が無くば絶える事が多く、当時も綱渡りのような状況でした。
例えば、近森さん、野中進さんが急に止めていたらハッキリとした系統は消えていたでしょう。
お二方が全うされたお陰で魚は繋がりましたが、時を経た現在では悲しい事に明確な系統立てが難しくなっています。

2007.11.19(Mon)  土佐錦魚コメント(0)TOP
89

  11月18日

 晴れ

    朝    昼
 外  4℃  18℃
 内 10℃  17℃

 それでも、五十歳前後の若手の方々と田村さん宮地さんとは一世代以上の隔たりがあり、田村のおんちゃん、宮地のおんちゃんと、私達の世代が野中進さんや近森さんを呼ぶ時のように、親しみとなんとなく甘えが含まれています。
 それは若いときから田村さん宮地さん、また師のもとへ通い、魚を頂き、教えを頂き、仰ぎ可愛がられ心通じた仲だからです。
 当然見方飼い方は傾倒して行きます。それでも道からそれることがあれば指摘、導きがあったはずです。
 戦前の隆盛時には深い結びつき、戦後苦難の時には一層の堅い結びつきがなされていたのではないでしょうか。

2007.11.18(Sun)  土佐錦魚コメント(0)TOP
88

  11月17日

 晴れなのか曇り

    朝    昼
 外  5℃  11℃
 内 10℃  12℃

 田村さんは大分以前から錦魚をつつく(高知の方言で飼う、世話する、作る、いじると言う意味で、話しの流れでそれぞれに解釈しています)のを止めていましたが、会に見えられると審査委員長として最終審査をされていました。
 宮地さんは数鉢でしたが、独特の魚を飼われていました。
御二人の審査を見聞きし、近森さんに伴われて宮地さんの魚を見る事ができ、御二人の話をゆっくり聴けた事は、生涯の宝となっています。
 近森実さん、野中進さんの師である片岡さん門田さんは、お話の中でしか接することができず、続くお歳の方が初代会長でしたが名誉的のようで、魚やお姿を拝見する事はできませんでした。そして年寄り扱いされていた門田真澄さんが現役で、まだ若手のつもりで居るかのように魚をつついていました。

2007.11.17(Sat)  土佐錦魚コメント(0)TOP
87

  11月16日

 曇り

    朝    昼
 外  8℃  15℃
 内 13℃  15℃


 大きな掴みとしてみると、四十年程前当時若手の五十歳前後の方々と、まだ小僧の戦後産まれ(私も)とでは、感覚にかなりの隔たりが感じられました。
中間の方は、どちらかに偏る傾向が見られ、その辺りが今日に至る鍵を握っていたようです。
 実際見ごたえのある魚を作っていた五十歳前後の方々は、基本的には田村さんに従っていました。田村さんが成し遂げてきた業績に敬意を持っていたからです。
 亀太郎からの受け継ぎ、亀太郎の太鼓判付きの目利き、横綱舞いへの貢献、
戦後復活劇の立役者、後継者の育成、錦魚屋としての役割。
以上を肌で実感できた世代と言えます。

2007.11.16(Fri)  土佐錦魚コメント(0)TOP
86

  11月15日

  晴れ

    朝    昼
 外 10℃  22℃
 内 14℃  20℃


 さて、その他の口伝えは、
いごっそうが斯くも揃った御歴々ですから、言う事が微妙に違っています。その違いは個性の自己解釈が入るためと、各自維持している系統の違い、師から受け継いだ教えと各自好みの違いのようです。
それでも聴き求めて集約すると、とどのつまり田村翁に辿り着きました。
 蓄積した知識を幹に例えると、
[須賀亀太朗→田村さんと当時の方々→恩師の方々]となります。
高知だけの狭い社会にあったればこそ筋道がハッキリしていたのかも知れません。 私事で恐縮ですが
[須賀亀太朗→田村さんと当時の方々→恩師の方々→(私がここへ入れたら)→その次の世代→やがて理想の土佐錦魚]への筋道が成り立ってくれると本望なのですが。

2007.11.15(Thu)  土佐錦魚コメント(0)TOP
85

  11月14日

 晴れ

    朝    昼
 外  9℃  22℃
 内 13℃  19℃

伝統って何を言っているのか掴みどころが無い?。
伝統に触れていなければ、そんな感じを抱くのももっともです。
伝統伝統と言ってもハッキリとした体系化がなされていません。
口伝え、そんな感じでした。
それでも年寄りを習い敬い、土佐錦に魅入られた志が支えていました。
全国へ広めるに当たって何の指針もないと掴み所をえないので、33年以上前に理想の土佐錦魚の絵図をやっと創った程です。
その絵図を描く時にも口で説明して頂き、東京にメモを持ち帰り、こんな感じに違いなと言うところを高知へ送り、良く出来ているとのお墨付きを頂いて、指針とするに至りました。             (伝統の体系化へ)

2007.11.14(Wed)  土佐錦魚コメント(0)TOP
84

  11月13日

 晴れ

    朝    昼
 外  9℃  23℃
 内 13℃  20℃
いつしか青みがかった東南の低い空に、
1つだけ、
一番最後星は、最後に消えてくれます。


知識として受け取った伝統も活用しない事には、具現化はできません。
受け取っても自己解釈によって乱用してしまえば、模擬化へとなってしまいます。
 知識の活用には知恵を働かせる?
知識を学んで知る閃きの小悟は、知恵の働き、
一段昇って再び小悟するのも、知恵の働き。
知恵を働かせる智慧と、智慧を求める知恵。
在る智慧、法則としての智慧、知らす智慧、働かせる智慧、目標としての智慧。
気付く知恵、法則に導かれる知恵、知る知恵、働く知恵、 目標への知恵。
                           (智慧と知恵)
2007.11.13(Tue)  土佐錦魚コメント(0)TOP
83

  11月12日

  晴れ

    朝    昼
 外 10℃  22℃
 内 13℃  18℃
星空の晴れ、外の水換えをする予定でしたが、10℃に怖じけずいて止めてしまいました。内の13℃だけでもシビレがまだ残っています。
手仕事が細かい作業なので自重。今日は気温20℃に届くようなので、昨日迄の雨の質が悪くない事を祈ります。


伝統には淘汰されて残った貴重な知識の蓄積があります。
放っておくなんてもったいない、学ばない手はありません。
今の文化、学問でも基礎は何千年も前に始まっています。
学べば自分のものにできます。
過去の人と対話や対抗もできます。なぞる事もできます。
受け継いで進める事ができます。発展させる担い手に成れます。
歴史の一員に成れます。

2007.11.12(Mon)  土佐錦魚コメント(0)TOP
82

  11月11日

  雨降ったり止んだり

    朝    昼
 外 11℃  17℃
 内 14℃  15℃
足掛け三日の雨がやっと止んでくれて、(と思ったらまた降り始めてしまいました)
明日は夜明け前から久しぶりに忙しくなりそうです。
置き水もそのつもりで溜めたので丁度良く三日目、
今日休みを貰ったので体力も回復のはず、
80鉢程の水換えとハードな仕事、明日は若い頃を思い出させてくれそうです。


土佐錦魚に訪れた気候条件を受け止めて自己のものとする気候の高知化。
                          (気候は享受)
伝統を学び自己の指針とする知的高知化。       
そこには常に受け止め受け入れる受け皿と、学び発信する自己があります。
                          (知識は伝授)
 話しが大幅に飛びますが、
人間が活動を押さえられていた氷期の頃、耐えて永い間知識の蓄えを重ねていたと思われます。脳への蓄積は進化を促し、氷期から解放されて活動を始めた一万年程以前には活動と呼応するように、人間の脳は目覚ましく発達したと言われています。現在の私達と大して変わらない程迄。
 以前この事を茶飲み話で口を滑らすと、
「まさか、そんなのあるはずないよ」
『じゃぁ、ピラミッドを設計できます。
 ギリシャの哲人と対抗できますか。
 四千年の歴史と言われる料理は?』
「そう言われると、そうかな」
『対抗できるとすれば、今ある知識です。
 違うのは知識の蓄積だと思のですが』
「ま、そんな昔の事どうでもいいや」

2007.11.11(Sun)  土佐錦魚コメント(0)TOP
81

  11月10日

  雨

    朝    昼
 外 13℃  14℃
 内 14℃  15℃


 伝統を横目に見ながら、土佐錦魚の基準を自分が創作したものとして、そこから出発するのでしょうか。           (土佐錦魚の自己化)
見栄えよくて、飼い易くて、手に入り易い土佐錦魚属は手近にいます。
伝統を学ぶにもいまや探さなくてはなりません。
現地に行っても見ることに苦労します。
現に伝統を志す人たちは淋しさをゆがめません。
 伝統にのっとって、土佐錦魚の担い手として、保存と啓蒙と発展を押し進めて行く人達。                    (自己の高知化)

 土佐錦魚の自己化と自己の高知化との対比には、
見栄と誇り、自己主張と自己表現、欲と自戒、強権と畏敬を見ることができます。

2007.11.10(Sat)  土佐錦魚コメント(0)TOP
80

  11月 9日

 曇り

    朝    昼
 外 11℃  21℃
 内 14℃  20℃
仕事を始めた途端に激しい労働、残業続きでもうくたくた。
普段さぼっているとバチがあたります。


 「小難しく高知化なんて、呼ばなくたっていいんじゃないの」
 確かに。
もしかしたら、こんなふうに感じていませんか。
土佐錦魚を飼っていても、土佐錦魚を志していない人なら、それでいいのです。
『別に高知を知らなくたって、ここに良い土佐錦がいるのだから、それでいいじゃないか』
それは貴方が創った土佐錦魚の基準に合わせているだけで、伝統の基準に照らしてはいません。
『別に伝統なんて、いいじゃないか』
それもそうです。それも貴方の道です。
 高知化になぞらえると当然、伝統を基準としてしまいます。
『いまさら伝統を持ち出さなくても、現にここには高知よりいい土佐錦魚がいるから』
 貴方は土佐錦魚を自己に照らすのでしょうか。

2007.11.09(Fri)  土佐錦魚コメント(0)TOP
79

  11月 8日

 晴れ

    朝    昼
 外 10℃  21℃
 内 14℃  21℃


 既に高知よりここは良い気候だと言える地方もあるのでしょう。
その気候で土佐錦魚を上手に飼えば、自動的に土佐錦魚になるのでしょうか。
高知より良い気候なら、しかるべくすべからく高知より良い土佐錦魚のはずです。
そのような魚たちから土佐錦魚の伝統を見いだすことは、希な事です。
高知を見いだすことも、なぞることも、
高知を意識しなければ、
高知を知らなければ、
伝統の土佐錦魚を知らなければ所詮叶わないことです。
 この意識に基ずく学びと伝統への傾倒を “知的高知化” といい、気候の高知化と対をなして、高知化を形成しています。
知的高知化のもとで温暖化を意識するとき、はじめて温暖化を高知化と言うことができます。                    (知的高知化)

2007.11.08(Thu)  土佐錦魚コメント(0)TOP
78

  11月 7日

  晴れ

    朝    昼
 外 12℃  21℃ 
 内 15℃  21℃

 土佐錦魚に成す時、ギリギリを必要とする。
ここもまた、他の名品種と一線を画すところとなります。
温暖化をあえて高知化と呼び替えたところも、ここにあります。
ただ東京が暖かくなってきただけなら、温暖化のままでいいでしょう。
そこに高知を見いだし、地方の土佐錦魚に高知をなぞり、地方に土佐錦魚の伝統を具現化する。
それを可能とする温暖化。
その温暖化を意識することによって、高知化は可能となります。
                          (高知化は意識)

2007.11.07(Wed)  土佐錦魚コメント(0)TOP
77

  11月 6日

 朝雨のち曇り

    朝    昼
 外 14℃  17℃
 内 17℃  17℃

 土佐錦属、土佐錦魚属と度々登場しますが、これは矢野城桜さんの言葉を、敬意をもって引用させて頂いています。
門ーコイ目ーコイ科ーフナ属ー種ーその品種の土佐錦魚に矢野さんは
土佐錦魚に誇りをもって、
土佐錦魚の美しさに魅せられて、
土佐錦魚へ賛美をよせて、
土佐錦魚が作られる難しさを例えて、
土佐錦魚と呼べない形に留まっている魚を、
土佐錦魚から脱線してしまった魚を、
「それでは土佐錦魚と呼べないよ」と言う、思いを込めての位置付けと解釈しています。
 言い得て妙。
土佐錦魚属、この言葉を書く度に矢野城桜さんの人柄を偲ぶと同時に、自戒とさせて頂いています。

2007.11.06(Tue)  土佐錦魚コメント(0)TOP
76

  11月 5日

 晴れのち曇りのち夜雨

    朝    昼
 外 11℃  23℃
 内 15℃  22℃


 作らなければ土佐錦魚にならない土佐錦魚を、一般金魚化へ向けてしまうことは、土佐錦魚作りとは反対方向になります。その象徴がオバケと言えます。
                     (オバケは一般金魚化の象徴)
 土佐錦魚が他の品評会を有する名魚と一線を画すところは、
土佐錦魚は遺伝子を持っているだけでは土佐錦属としかならず、
土佐錦魚は作らなければ土佐錦魚に成り得ないところにあります。
その土佐錦魚を成すこと、維持することは非常に厄介です。
 甘んじたり、怠ることは、土佐錦魚の放棄になりかねません。
土佐錦と呼ぶのは分類上土佐錦魚属でも仕方ありませんが、
土佐錦魚と誇りをもって称する限りは、オバケ方向でもイジケ方向でも土佐錦属で甘んじても不可ないのです。          (土佐錦魚の線引き)

2007.11.05(Mon)  土佐錦魚コメント(0)TOP
75

  11月 4日

 気持ちいい晴れ

    朝    昼
 外  9℃  23℃
 内 13℃  21℃
このところ一日置きに飲みに行っています。
と言うことは、六日に飲みに行って、七日から仕事か、、、。
暮れから正月にかけてのワインも一ダース仕入れてきたし、
でも、チャンと一日置きに会員のところへも見に行っています。
来られると迷惑だったかな?
これも来期への意気込みですが、意気込んでいると陸なことになっていない。
 ここへ出す時間もいつもより不定期になっているのはそのせいです。
ご容赦。(したたか酔っているので)


土佐錦魚と金魚の境があいまいな人は、土佐錦魚の金魚混同。
土佐錦魚を土佐錦魚属のままにする人は、土佐錦魚の一般金魚化。
土佐錦魚を作ろうとする人は、土佐錦魚の土佐錦魚化。
土佐錦魚を歩む人は、土佐錦魚の理想化。        
                           (ありようの意)

2007.11.04(Sun)  土佐錦魚コメント(0)TOP
74

  11月 3日

 曇りのち晴れ

    朝    昼
 外 11℃  18℃
 内 15℃  17℃
昨日は、新国立美術館のフェルメールへ行ってきました。
受胎告知みたいにそれだけかと思って行ったのですが、多数のオランダの絵画や版画に触れることができて、入る時には高く感じた入場料も出る時には安く感じるほどでした。
版画はデュラー以来魅入られていますが、年代もルネッサンス以後の人間の内外探求、日本人に通じるような素朴で暗い気風が肌に感じられました。
あまりにも有名なフェルメールよりニコラース.フェルコリュが印象に残って、久しぶりに図録を買い求めてきました。
ちょと奥に秘めた色気あって、奥行きのある空気と、えも言われぬ雰囲気を感じて、作者と握手ができたような思いです。


オバケに驚き、喜びを感じるひとは、土佐錦魚と金魚の境があいまいな人。
オバケを育てようとするひとは、土佐錦魚を土佐錦魚属のままに終わらす人。
オバケとイジケを失敗作とするひとは、土佐錦魚を作ろうとする人。
オバケとイジケを戒めとするひとは、土佐錦魚を歩む人。
                          (変様のありよう)

2007.11.03(Sat)  土佐錦魚コメント(0)TOP
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  11月 2日

 曇り

    朝    昼
 外 15℃  18℃
 内 18℃  18℃
11月というのに外の水温15℃、手のシビレが最後の方で僅かに来ただけ、楽に世話ができて有り難い。雨上がり、今日あたり最後の水温になるのではと、外用の溜水を3日前にしておいたのが功を奏しました。土日に陽が照るようなのでピッタリです。
 タワシで鉢を擦ってもあまり汚れが出なくなってきました。
いよいよ楽ができる頃になったようです。
 今年は早めで7日から仕事になってしまいました。


愛と欲との狭間で土佐錦魚を飼おうとする人は、オバケに驚き、喜びを感じる。
欲の最中で土佐錦魚に夢中の人は、オバケを育てようとする。
欲を背負って土佐錦作りを役目とする人は、オバケとイジケを失敗作とする。
伝統の一員として土佐錦魚に貢献する人は、オバケとイジケを戒めとする。
                          (ありようの変様)

2007.11.02(Fri)  土佐錦魚コメント(0)TOP
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  11月 1日

 朝晴れのち曇りのち雨

    朝    昼
 外 13℃  21℃
 内 17℃  21℃
今日は年金の手続きをしてきました。
年金で税金を払うようです。
いよいよ慎みやかに年金生活です。


 錦魚の過程を愛と欲と貢献の三つにする時、
土佐錦魚を飼おうとする人は、愛と欲との狭間、
土佐錦魚に夢中の人は、欲のさなか、
土佐錦魚を作ろうとする人は、欲を背負っての貢献。
土佐錦魚を人生の役目とした人は、伝統の一員。   (過程のありよう)

2007.11.01(Thu)  土佐錦魚コメント(0)TOP

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